Ex さいきんのSS 公爵、愚痴る
『驚きの地』
それは、旧カラパス領の中に最近できた大きな宿所のことだ。
はたまたどう理解したものか、名付けた者のセンスを疑う宿所だ、とロッシフォールは思っていた。
ミンドート公に誘われて渋々同行した『驚きの地』だったが、ここに来てロッシフォールの人生観は大きく変わった。
ここはロッシフォールにとって初めの娯楽施設だった。
そもそも宿泊すること自体を娯楽と捕らえようとした事がロッシフォールには無かった。これを思いついた者がどうやってこのような発想に至ったのだろうかと、彼は不思議でならない。
今となっては、この施設はロッシフォールにとって宿所ではなく、まさに『驚きの地』と呼ぶに相応しいものであった。
特に、風呂がロッシフォールのお気に入りだ。
彼はいままで風呂など汚れを落とすための作業だと思っていたが、ここの広い浴場の湯船に漬かっているのは極上の気持ちだった。何もしないでただ温まっているという事がこれほどまでに幸せな事だとは思わなかった。あの小娘に散々捻られて弛み切ったロッシフォールの心に張りが戻ってくるようだった。
ここならば絶対に彼の天敵である『あの小娘』が闖入してくることも無い。
実のところ、ロッシフォールは他の客を風呂から追い出して貸し切りにしようとしたくらい、この風呂が気に入っていた。
だが、それは叶わなかった。
宿の主はOKしようと思ったらしいのだが、彼の女房が許可を出さなかったらしい。
ここでは女将と呼ばれる女房のほうが権力が上なのだとロッシフォールは説明された。もともと女将は貴族の娘で、宿の主は商人だったらしい。それでパワーバランスが決まってしまったのだ。
ロッシフォールはこういった馬鹿げた話を平民とすること自体が稀有、というか、初めてであった。
そもそも彼はエラスティアの公爵だった。貴族以外で話すことのあった相手は衛兵や使用人くらいだった。
だが、彼はもうエラスティア公爵ではない。
もちろん勇退したとはいえ元公爵であるため貴族としての地位は約束されているし、そもそも彼にはもう一つ紫薔薇公爵という特別な立場が与えられていた。
しかし、今更、紫薔薇公爵などという訳の分からない立場を傘に着てまで風呂を貸し切ろうとは思わなかった。
湯上りのロッシフォールは、お付きの侍従たちに休むように伝えると、一人ミンドート公との待ち合わせの場所へと向かった。
何人かの客とすれ違ったが、誰も彼がロッシフォールだとは気づかなかった。
ミンドート公が飲んでいるという食堂の前に来ると、金色の髪の美しい召使が現れ、彼を食堂奥の一室へと案内した。
「お連れ様の命により、お料理とお酒はすでにお持ちしております。」金髪の召使は丁寧に頭を下げた。とても行き届いた作法だった。社交界ですら通用する優雅さだった。
ロッシフォールは片田舎の宿でこれほどまでに行き届いた礼儀を見せられて思わず嘆息した。エラスティアの旅路で世話になった伯爵たちの城でも彼女ほど完璧に礼を行えた者は少なかった。
彼は頭のどこかでアキアの地を片田舎と決めつけていた自分を恥じた。
「お酒の追加が御要り様でございましたら、中のベルを鳴らしてくださいまし。」
「うむ。ご苦労。」
「それではごゆるりと。」
召使が去って行ったのを見届けてから、ロッシフォールは部屋の奥のテーブルにいたミンドート公に近づいた。彼の前のテーブルには様々な料理が並び、そのいくつかにはすでに手が付けられていた。
ミンドート公の前には飲み途中のグラスが置かれていた。すでに二杯目だ。
「どうだね。」ミンドート公はそう言ってロッシフォールに向けて空のグラスを差し出した。「悪くなかっただろう。」
ロッシフォールはミンドート公の向かいに着席すると、ミンドート公の差し出したグラスを受け取った。
「まいった。素晴らしかった。」ロッシフォールは素直に同意した。「楽しかった・・・と言っていいのだろうか?まあ良かったのは間違いない。」
「酒も良いぞ。」ミンドート公はロッシフォールのグラスに酒を注いだ。「とはいえ酒自体は我々がいつも飲んでるような物だが。あてが中々良い。城では食べられないものばかりだ。いくつかレシピを献上させようと思っておる。」
「ほう。」
ロッシフォールは恐る恐る酒に口をつけた。一級品のブランデーだ。
「風呂上がりの酒というのは美味いものだな。」ロッシフォールは素直に賞賛を口にした。「しかし、宿に宿泊すること自体を商品化するという発想は非情に素晴らしい。あの宿の主は若いというのになかなかやりおる。」
「いや、女将の発案らしい。もっと若いぞ。」ミンドート公は言った。「さっきお前を案内してきた金髪の娘がそうだ。」
「真か。いやはや、なんとおぞましい。」ロッシフォールは金髪の若い女性が発案したというミンドート公の言葉に反射的に顔をしかめた。
「相当だな。」ミンドート公は苦笑いをした。「まあ、気持ちは解らんでもない。」
「で、その当人の様子はどうなのだ?」ロッシフォールはミンドート公に訊ねた。「王国としては機能しているようだが。」
ロッシフォールの言う『当人』というのはアリスというこの国の王の事だ。最近、王になったばかりの若い金髪の女性だ。
「まあ、順調と言えば順調だ。」ミンドート公は少し眉を潜めながら答えた。「やりたい放題やっとる。」
「それは聞かんでも分かる。」
「新しい武器や道具を作ったり、市民に法案の参画をさせたり、酒を自ら作ってそれに税金をかけたりと、やる事が突飛すぎてかなわん。」
「待て?市民が参画だと!?」
「おう、有力な市民たちを集めて新しい政策に口添えをさせとる。」
「そんなの他の貴族たちが黙っておるまい?」
「まあな。ミンドートやアキアの貴族からも不満が上がっとる。」ミンドート公はしかめっ面で答えた。「あの娘は、早くもネルの残した『貯金』なぞ使い果たしてしまったぞ。というか、ネルが異分子たちを片づけてなかったならすでに各地で反乱が起っとるわ。」
アリス王の父親でもある先王ネルヴァリウスは反アリス派の貴族たちを陰謀により一掃し、自らも貴族や国民たちの怒りと不満を引き受けて処刑された。彼の言う『貯金』というのは、彼の犠牲によって祭り上げられたアリス王の好感度のこどだ。
「何故、止めなかった?」
「分かるであろう?あの小娘、あのタイミングでしか通せないと解かったうえで提案し、確実にものにしおる。」ミンドート公は酒を煽ってグラスを空にした。「そして、一回話が通ったとなれば毎回平民どもを呼ぶようになりおった。」
「良く誰も暴れ出さんものだ・・・。」
「一応、形骸化しとる事になっておる。」ミンドート公が答えた。「国政会議で貴族たちが承認せねばどのような市民の意見も通らん。」
「なるほど。所詮は市民の声は意見として聞いているだけで、政策を決定しているのは貴族という事か。」
「まあ市民の声を『聴く』場はこれまた別にあったりするんだがな。」ミンドート公は手酌で酒を注ぎながら答えた。「決定権があろうとなかろうと平民が政策に口出しをすること自体良く思われとらん。かなりのマイナスだ。だと言うに、これがまた、専門的な知識を持った市民が加わったことで良い政策が生まれたりするから腹が立つ。」
「まあまあ。」ロッシフォールは少し笑った。「あの王女の事を考えたら、よく形骸化したとだけ感謝しておこう。」
ロッシフォールは自分が完全に蚊帳の外に居ることに心からの安堵感を覚えた。関わっていなくて良かったと心から思った。
ロッシフォールは別にアリスの事が憎いわけではない。
むしろ、ネルの子供として彼女の弟のアミール共々とても大切に思っていた。そして、とても大切に思っているからこそ、心底腹立たしく思うこともあった。そして、散々振り回されて、いいかげんもう疲れていた。
この度、アリス王女もめでたく王になったわけだし、もう親離れさせてくれ、と、いうのがロッシフォールの感想だ。今回のエラスティア公爵からの勇退も『そろそろこの苦痛を誰かに受け継いでもらいたい』と常々思っていたことを実行したに過ぎないのだ。
そして、その引継ぎ相手のミンドート公が目の前に居る。
これが今回ロッシフォールがミンドート公の誘いに付き合った一番の理由だった。
ミンドート公は、少し、いや、だいぶアリスに苦労していることだろう。
その話を聞くことがロッシフォールは楽しみでしかたがない。
あのわがまま娘も少しは大人になっただろうし、立場が人を大人にするとも言うから、ミンドート公もそこまでむごい目には合っていないだろう。ちょっとくらいであれば、他人の不幸で溜飲を下げたって罰は当たるまい。そう、ロッシフォールは考えていた。
「言っとくが、エラスティアが一番フラストレーションが溜まっておるぞ。特にトマヤが息巻いとる。」ミンドート公はロッシフォールを睨んだ。「あれは何とかならんのか?」
「ぐぬ。」ロッシフォールは突然安全圏に居たはずの自分に矛先が届いたので思わず言葉を飲みこんだ。
トマヤというのはアリス王を毛嫌いしている反アリス派の急先鋒だ。
トマヤと彼を操っている橙薔薇という人物の件は、ロッシフォールがこの場でミンドート公に相談したかったもう一つのことだった。
ロッシフォールはこの問題を信頼のおけるミンドート公に託してしまいたいと願っていた。
すでにロッシフォールは公爵では無い。
橙薔薇たちの陰謀を食い止めるには力が足りない。橙薔薇の件は誰かに引き継ぐべき問題であった。
かといって橙薔薇の件をアリスや現エラスティア公のアミールに託すことは躊躇われた。他に託すとなると、ミンドート公か、当事者でもあったジュリアスくらいしかロッシフォールには思いつかなかった。エラスティア国内の貴族たちはどこで橙薔薇と繋がっているか分からない。こと、エラス侯爵が橙薔薇派閥なのが良くない。
ロッシフォールがあれこれ考えていると、ミンドート公が勝手にアリスについて愚痴り始めた。
「いやな、この間の会議ではな、国内に麻薬をばらまこうとしたり、国庫の金で賭け事に手出しようとしたりするのを皆で未然に防いだりしたんだぞ。」
思った以上に酷い話がミンドート公の口から紡ぎ出されたので、ロッシフォールはたじろいだ。
「一人で城を抜け出して菓子を買いに行くのを止めるのはもう諦めた。」ミンドート公は疲れたように下を向いて、一口グラスの酒をすすった。
「そ、そうか・・・。」さすがのロッシフォールも声が出ない。あの小娘は相変わらずのようだ。「まあ、麻薬をばら撒かせなかっただけでも良かったとしよう。」
と、彼はそう言ってから、実は誰も周りに付けないで国王が一人街をほっつき歩いているのが最もまずい事に気づいた。が、ミンドート公の弱々しい姿に、その件について追及をするのは止めた。
「そういう時はな、遠くを見つめてやり過ごすんだ。」ロッシフォールは言った。これは彼が経験上ミンドート公に出来る最も的確なアドバイスだ。
この歳になって本当の意味で苦楽を共にした友ができるとは思ってもいなかった。
「いやな?別にアリス王女は悪意でいろいろやっている訳じゃないんだぞ?」ミンドート公が今更国王の事をフォローし始めた。少し酔っているのだ。「あれはあれで、国のための事を考えて動いているのだ。それが空回りしとるだけで。」
「知っとるわい。だからたちが悪い。」ロッシフォールは大きくため息をついて遠くを見つめた
「そう、だからたちが悪い・・・。」ミンドート公も虚空を見つめた。
しばらくの静寂。
「却下はしているがどの案もある側面では劇的に効果的なのだ。主に金銭的な面で。」ミンドート公は呟いた。「本当にたちが悪いのだ。」
「分かる。」ロッシフォールは頷いた。アリスという王女はなんだかんだでとても聡かった。「だが、あの小娘は加減と躊躇と常識を知らん。」
二人は揃って、大きなため息をついた。
「だいたい、あれはなんだ?」ロッシフォールはずっと愚痴りたかった事をここぞとばかりに口に出した。「女一人で3000の軍勢の前に出て来るというのが信じられん。心臓が止まるかと思ったぞ。しかも、ドレスでだ。何故、あいつを止めてくれなかった。」
「止めたぞ。止めたんだ。」ミンドート公はいっそう弱々しくそう答えた。「その後、殴られて気絶した。」
「・・・ファブリカは獣の国ではなかったと記憶していたが。」
「今は獣の治める国だな。」
「・・・。」ロッシフォールは言葉も出ない。
「ともかく、それに関しては、お前が上手く納めてくれて助かった。」ミンドート公は言った。「お前が王女を軍隊で蹂躙していようものだったら、友を一日に二人も失うところだった。こうして飲むことも無かったろうて。」
「そんなことするものか。」ロッシフォールは吐き捨てるように言った。「そもそも、決闘なんぞもしとう無かったのだ!」
当時を思い出してロッシフォールの頭に怒りがふつふつと込み上げて来た。それを少しでも冷やそうとしたのか、彼は水も氷も入っていないブランデーを一気に煽った。
「お前の王は本当に獣じゃぞ?あの小娘、しょっぱなから舌戦を放棄してこっちに全選択権を分投げてよこしおった。」ロッシフォールは少し早口でまくしたてた。「アミール殿下はいくらでも柔軟に場を治める構えが出来て居たというに!!」
「その獣は未だお前の王なのだぞ?」ミンドート公が興奮気味のロッシフォールをなだめるように言った。「公爵を辞めてもお前はファブリカの民だ。そもそもお前、今も紫薔薇公だろうに。」
「そんなもん、知るかい!」
「ところで、お前はあの時王都に現れるまで何をしておったのだ。」ミンドート公はロッシフォールがヒートアップしてきたのでまずいと感じたのか、急に話題を変えた。
「だいたいエラスティア諸侯への牽制だな。」
「もう数日早く来てくれていればかなり色々助かったのだが。」
「勘弁してくれ。さすがにいくら何でも無理だ。」と、ロッシフォールは答えた。「ワルキア共があのような暴挙に出るところまでは読めなんだ。」
「それもそうか。ネルもその辺りは読み違えたのかもしれんな。」
「お前たちの動きは見事だったな。」ロッシフォールは少し落ち着いたのか、ミンドート公を褒めた。「特に、ワルキアたちの事がエラスティアに伝わる前に、ベルマリアの軍勢が街道に陣取ったのがとても良かった。あれで、状況を見極めようとしていたエラスティアの諸氏が様子見を選択してくれた。おかげでこちらはかなり助かった。」
「運が良かっただけだ。それに、それはジュリアスの手柄だ。」ミンドート公は謙遜して答えた。「まさか、ワルキア共も計画を立てた次の日の朝にはその内容が我々の耳に入っていたとは思うまいて。」
「王都の酒場で反乱の会議をしてた・・・か。愚かしい話だな。」そう言ってから、ロッシフォールは気づいたように付け加えた。「まあ、今こうしている我々が言えた話ではないか。」
「何はともあれ、おかげで色々と片付いた。」ミンドート公が軽く頭を下げた。「お前もここ数か月はあの王女から解放されて、のんびりできたろう。」
ロッシフォールがエラスティア公爵の地位を辞してから、はや3か月経つ。
「冗談言え。エラスティア公への引継ぎやら何やらで大忙しだった。」ロッシフォールは答えた。「アミール様に教えながら実務をこなさせんといかんから、むしろ大変だったぞ。部下もおらんようになったし。」
「そうかね。」ミンドート公が苦笑いで応じた。「しかし、新エラスティア公の成長は凄まじいぞ。あれは才能だな。」
「そうだろう。」ロッシフォールは誇らし気に言った。「教えたことを綿が水を吸うかのごとく吸収しおる。」
そう言ったロッシフォールは、まるで自分の孫を褒めているかのようだった。実際、彼の姪の娘がアミールの母なので彼は大々伯父に当たる。
「そろそろ、手を離れて寂しくなるんじゃないのか?」
「まあな。これからは平穏に暮らしたいところだ。」ロッシフォールは橙薔薇の事を思い出して表情を少しだけ曇らせた。
「?」ロッシフォールの表情に気づいたミンドート公が不思議そうに彼の顔を見つめた。
「正直な、今も残るアミール派の強硬勢を押さえきれる気がしない。」ロッシフォールは弱音を吐いた。「公爵の座を辞したのは性急だったかもしれん。」
「アリス王のもとを去ったのを後悔しているのか?」ミンドート公が訊ねた。
「いや!よく考えたら失敗ではなかったかな!」ロッシフォールは元気良く言い放った。彼にとってあの小娘に振り回されるよりはぜんぜんましなことだった。
「お前な・・・。」ミンドート公は呆れた声を出した。
結局、選択肢のどちらをとっても苦労はついて回るというだけの事だったのだとロッシフォールは理解した。
しかし、それでもロッシフォールの胸中は不安で一杯だった。
ロッシフォールはエラスティア公では無くなったため、彼の元には以前よりも情報が入って来なくなっていた。
ロッシフォールはそれでも、長年のエラスティア公としての経験から何かしらの陰謀めいたものが進んでいるのを察知していた。
彼は考える。
ミンドート公の言うように、ここ最近のエラスティアはピリピリしている。
エラスティア全土の貴族たちが何やら画策している節もある。
橙薔薇公が暗躍しているのは明らかだ。
彼はアリスが王になれば橙薔薇公も鳴りを潜めるものだと勝手に思っていた。
だが、アリスが王位につきロッシフォールが退任すると、橙薔薇はむしろ増長し、エラスティアのNo.1の地位を自称し始めた。橙薔薇はエラス候よりも高い地位であるかのように振る舞っている。そして、周りの貴族たちもそれを良しとしているらしい。
エラス近郊に限れば、今や橙薔薇の影響力はロッシフォールをも上回っていた。
ロッシフォールは大きなため息をついた。
年老いたロッシフォールはいまわの際が近くなってきたのを自覚するにつれ、前国王のネルヴァリウス王が何故あのような暴挙に出たのかを理解できるようになっていた。
ロッシフォールは公爵を辞してから、彼は若者にはこの国を綺麗な状態で引き継いでやりたかったと考えるようになった。
汚したのが彼の責任なのだから尚更だった。
何かかんだでロッシフォールもこの国が好きなのだ。
だから、新たな王にこの国を嫌いになって欲しくないのだ。
きっとこの気持ちはミンドート公も理解できるはずだ。
橙薔薇の事は本来ならミンドート公に相談するべきことなのであろう。
「どうした?ロッシよ?」オネット=ミンドートはだいぶ酒が回って来て赤ら顔だった。だから、久しぶりにロッシフォールの事をロッシと昔の呼び方で呼んだことに気が付いていないようだった。
「何でも無いさ。」ロッシフォールは笑って答えた。
ロッシフォールの事をロッシと呼ぶ人間はほとんどいない。
エラスティア公に在任してからは、二人だけが彼の事をそう呼んでいた。
一人はアリス王女だった。
彼はそう呼ばれるのが好きだった。
もう一人彼の事をこっそりとそう呼んでいたネルはこの世を去ってしまった。
その代わりに、ミンドート公が――オネットが久しぶりに自分の事をロッシと呼んだ。
「何でもない。」
ロッシフォールはもう一度、自分に言い聞かせるように言った。
「これは私がやらなくてはならない事なのだ。」
ロッシフォールは心の中で決意を固めた。
何故なら、橙薔薇の所業を先王から隠匿し続けたのは他ならぬロッシフォールなのだから。
生存証明のために投稿します。
予定通り12月18日あたりから再開できるのではないかと思います。 21/12/04




