10-14b さいきんの王国革命戦記
先王ネルヴァリウスが始めたこの騒乱はアリスの即位宣言を以て終結した。
アリスが王になって、王位継承の問題に片がついた。
アミールもロッシフォールもアリス傘下にくだった。
残る問題は王都の西で向かい合っている反王家軍と王国軍と革命軍だったが、この日は戦闘は起こらなかった。
結局、アリスを王の元へ届けるための戦いが最後の死線であった。
革命軍の過激派は、司令官であるエンヴァイとペケペケを失い、アリスには逃げられ、800居た兵の実に3割以上を失った。彼らはそれ以上のまとまりを保つことができず朝を待たずに霧散していた。
バゾリたち反王家軍はこの日は王国軍と向かい合っただけで何も起こさなかった。ジュリアスのほうも何も仕掛けなかった。
バゾリたちから見れば、革命軍が王国軍に合流したことによって歩兵の数で負けてしまい、しかも、戦略行動を行うには騎兵が少なくなり過ぎていた。
それはジュリアスたちから見ても同じだった。歩兵の数では勝っているものの練兵も不十分であり、そもそも革命軍は指揮下に無い。こちらも騎兵の数は反王家軍同様に少なく、行動が起こせなかった。
本来、ミンドート軍が到着する前にケリをつけたい反王家軍であったが、彼らの耳にはアミール軍3000が王都へ迫ったとの情報が伝わっていたようだ。彼らはアミール軍が合流してくれることを望んだようだ。
そのため、この日は互いに消極的なにらみ合いだけが続いた。
アリスとヘラクレスの決闘は、ともすればこの戦場の代理の闘いでもあったのかもしれない。
そして、アミールたちがアリスにくだり、アリスが即位したとの一報を受けた反王家軍は夕刻には敗残の兵として撤退を始めたのだった。
反王家軍は戦場を離れると、王都から遠ざかるように移動し始めた。
まずはミンドート軍の行軍ルートから離れたラヴノスの領土へと向かうつもりらしい。ラヴノス伯爵領に逃げ込んで立て直したあとは、一時の亡命を狙うつもりのようだった。
だが、そうはさせない。
敗残の兵の中には野犬に噛まれた人間がたくさんいた。
返り血を浴びた人間もたくさんいた。
これだけ【感染】者が居れば簡単なんだ。
おまえたちには未来など与えるつもりはない。
夜。
アリスの即位と、ようやくここ数日の危機感から解放された街は、夜更けにもかかわらず大いに活気づいていた。
市民たちは酒を飲んで騒ぎ、さながら祭りのような喧噪が街を埋め尽くしていた。
新たな王の誕生に王都は高揚し、酒場に入りきらなかった人間たちが通りのあちこちで酒を飲んでは騒いでいた。
王都だけではない、ワルキアやヌマーデンは久しぶりの平和と革命軍の勝利を祝って王都以上の大盛り上がりを見せていた。
皆、笑顔だった。
彼らは新たな時代への期待に満ち満ちていた。
アリスはそんな街の様子をうかがうことも無く、城の尖塔の最上階、病気だったアリスが閉じこもっていた部屋に戻って来ていた。
父王は死んだ。
ミスタークィーンも死んだ。
ヘラクレスも未だに意識が戻らない。
顔見知りの兵士も死んだし、知らない兵士たちもたくさん死んだ。
みんなアリスのために命を落とした。
アリスは鏡に近寄ってその中の自分を見つめた。
ああ・・・。
アリスの両の目が今にも溢れんばかりに涙で潤んでいるのが分かった。
アリスは鏡の中の自分を見つめながら、必死で涙があふれ出るのを我慢していた。
視界がゆがむ。
「泣かない。」
アリスは小さく呟いた。
きっと、アリス自身が見ているから。
きっと、新しい王の門出が涙であって良いはずが無いから。
きっと、弱音を吐くのは死んでいった人たちに申し訳ないから。
でも、そんな事どうでもいいのに。
泣いたっていいのに。
自分自身にくらい甘えてくれよ。
見てて辛いんだ。
なんて、歯痒いのか。
ただアリスに寄生し、彼女の人生を覗き見ているだけの自分という矮小で卑屈な存在を心から不愉快に感じる。
自分には何もできない。
こんなアリスの姿だけ見せられて、慰めの言葉をかけてやることすらできない。
何一つ伝えることができない。
仮に何かを伝えられたとしても、それが何になろうか。
自分が何を言ったところでどうなるものでも無い。
自分はアリスにとってただの細菌だ。
そんな存在の言葉に意味なんてない事は解かっている。
王よ。
見ているか?
お前ならできたんだぞ。
たとえ明日死ぬ運命だったとしても、今日この時まで生きていればアリスを抱きしめてやることだって出来たんだ。
お前のその胸で泣かせてやることだってできたんだ。
何で死んでんだよ!
全部、お前のせいなんだぞ!!
片目となったネオアトランティスに移って、アリスの事をお願いする。
別に自分が何かしなくたって、ウィンゼルもネオアトランティスもアリスのことが大好きだ。アリスだって彼らのことが大好きだ。
ネオアトランティスもウィンゼルも心配そうにアリスを見ていた。
蚊帳の外の自分の言葉じゃ駄目なんだ。
自分の心では伝わらない。
こんな何だか分からない存在に何かを言われたって、気持ち悪いだけだ。
アリスが信頼している、アリスが知っている、アリスが愛している、お前たちの言葉じゃないと届かない。
自分じゃない。
アリスを頼む。
お願いだ。
「クェ~。」ネオアトランティスが今まで聞いたことのないような困った声を上げた。
そして、とてもやさしい声で一言言った。
「アリス。」
ウィンゼルもアリスの足元に走り寄って来て、アリスを心配そうに見上げた。
アリスはネオアトランティスとウィンゼルを見て、無理やりニッコリとほほ笑んだ。
「ありがとう、ネオアトランティス、ウィンゼル。大丈夫。私はこんな事じゃ泣かないわ。」アリスは二人向けて元気に答えた。「だから、大丈夫!」
アリスの頬を伝わり落ちて、いくつもの水滴が床を濡らし始めた。
それでも、アリスは泣かなかった。
だって、アリスがこんな事では泣かないと決めたのだから。
10章完結になります。
まだ、続きます。




