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10-13d さいきんの王国革命戦記

 気づけば街の入り口に王都の住民たちが人垣を作っていた。

 決闘の噂を聞きつけて駆けつけてきたのだろう。

 彼らはアリスの背後から遠巻きに離れ、アリスとヘラクレスを興味本位で見守っていた。

 反対側、ヘラクレスの背後からは、アミールと彼の引き連れてきた兵士たちが一合でも見逃すまいと二人の様子を見つめていた。

 「来い。」ヘラクレスが剣を構え、射貫くようにアリスを見つめた。いつもとは少し違う構えだった。

 再び二人の剣客は互いを確認するように冷たく睨み合った。

 そして、どちらかの死が結末に待っている戦いに向けて二人は迷いなく踏み出した。

 剣撃の金属音が冷たく鳴り響いた。


 ああ、ヘラクレス。

 お前までそうなったら、この戦いはどう終わるんだよ?

 お前はアリスが大事じゃなかったのかよ?

 あの時アリスの事で怒ってくれたのはなんだったんだよ?

 お前がアリスを殺すのは良いのかよ。

 アリスも、分かれよ。

 国の重みが何だよ。

 ヘラクレスは大事じゃないのかよ。

 国なんかよりヘラクレスの命のほうがよっぽど重いだろ。

 いつまでもヘラクレスがお前の剣を笑って受け切ってくれると思ってるのか?

 甘えるなよ。

 頼むよ・・・。

 何でお前らが命を投げ出さなきゃいけないんだよ!

 こんな二人の終わり方は間違ってる。そうだろ?

 二人とも、やめろ。

 頼む、聞いてくれ。

 こんなのだめだ。

 どっちかが死ぬんだ!

 分かれよ!!

 頼む。

 頼む!

 お願いだ。

 聞いてくれ。

 届いてくれ!

 嫌だ。

 嫌なんだ!

 お前たちのどっちが死ぬのも絶対に嫌なんだ!!


 ちくしょう。


 無力だ。

 何ができる?

 何をすればいい?

 誰か教えてくれ。

 自分は誰かの足を引っ張る事しかできない。

 今この場でそれが効くのはアリスだけだ。ヘラクレスには【感染】できていない。

 今、このタイミングでアリスの足を引っ張ればヘラクレスは確実にアリスの命を奪うだろう。

 そうでなくても、今までだって恐ろしすぎて何の手出しも出来なかった二人の戦いだ。この状況で、自分が石を投じるなどできるわけがない。

 助けてくれ!

 誰でもいい。

 誰でもいいから・・・。

 お願いだ。

 二人を助けてくれ!


 自分ごときのそんな思いが誰かに伝わるわけもない。

 いまさら自分がひたすらに無力な存在であると痛感する。


 二人の命の応酬は絶え間なく続いていた。

 アキアの時同様、アリスが積極的に仕掛け、ヘラクレスが受けに回っていた。

 アリスのギアはどんどんと上がって行く。

 ヘラクレスもアキアの時と違って防戦一方ではない。アリスが3度攻撃する間に必ず一度は攻撃の手が入った。

 ヘラクレスの攻撃はアリスの攻撃と違い崩しに近い攻撃だった。アリスの攻撃の終わりの最も体勢の厳しいところを狙い、アリスがかわすことで体勢を崩せば良い、そんな意図の見える攻撃だった。

 しかし、アリスはヘラクレスの攻撃を避けるマージンをギリギリまで削った。命を奪われない傷なら負ってもいいという判断だ。体勢はまったく崩れない。

 アリスの左半身は赤く血だらけだった。顔にも血が垂れている。

 たぶん、アリスはヘラクレスを殺せるのなら、左頬くらいは捨てる覚悟なのだろう。

 一方のヘラクレスには傷一つついていなかった。

 アリスの刃はヘラクレスの肌に触れることすら許されていなかった。

 ヘラクレスは常に集中し、アリスの攻撃を完全に封じていた。

 しかし、一方で、まったく余裕がないのも見て取れた。

 ヘラクレスの攻撃はアリスに小さな傷を作るものの、アリスの思うようにかわされ先へ展開することができない。一方で、アリスの全力の攻撃はヘラクレスを圧迫し、なおもその圧力を増していた。

 アリスの滝のような攻撃がヘラクレスを追いつめ、ヘラクレスの光のような反撃がアリスの身体を切り裂いた。

 そして、長い間休みなく続いた何百合にも渡った応酬は一瞬で終わりへと向かった。

 アリスの攻撃の厚みがヘラクレスの防御を決壊させたのだ。


 ついに、アリスの横薙ぎの一撃がヘラクレスを捕らえた。


 かわすことのできない、渾身の一撃だった。

 実際、ヘラクレスにこの攻撃をかわすことは無理だった。攻撃終わりの剣を戻して受けることも間に合わなかった。

 だから、ヘラクレスはアリスの攻撃を剣では受けなかった。

 急いで戻した右手そのものでアリスの一撃を受けとめたのだ。

 ヘラクレスはひじを引くように身を捻り、右手の骨、手首から肘まで続く骨をアリスの剣の軌跡に沿わせるように並行に当てた。

 ヘラクレスの手首から肘までの肉が一気に開裂し血しぶきが飛んだ。

 アリスの手に刃が何か固いものにあたった感触と大さなパキンという音が伝わってきた。

 だが、アリスの剣がヘラクレスの胴体に食い込むことは防がれた。

 ヘラクレスの胴が血しぶきを上げることは避けられ、剣を持っていた右腕だけが破壊された。


 これで終わりではなかった。


 ヘラクレスはアリスの一撃を受ける寸前に右手に持っていた剣を手放していたのだ。そして、落下するその剣を、身体を捻りながら左手で受け取っていた。

 ヘラクレスはこの動作を、アリスの一撃を右腕の骨で受けるという曲芸を行いながらこなしていたのだ。

 落下する剣をキャッチしたため、ヘラクレスは不格好に左肩を下げながらしゃがみこみ、身体が右にねじれていた。

 が、

 体勢は崩れていなかった。

 刹那。

 ヘラクレスの剣の切っ先がアリスのほうを向いたのが分かった。

 ヤバい!

 アリスがハッとしたのが分かった。

 まずっ!遅い!!

 アリスの体重移行が完全に出遅れたのが分かった。

 ダメだっ!

 アリスっ!

 ヘラクレスが下がっていた左肩を振り上げて、アリスの鎖骨から頭骸に向けて剣を貫き上げた。


 ヘラクレスの剣はアリスの鎖骨を的確に捕らえ、


 そして、砕け散った。


 アリスは反射的にヘラクレスの腹を貫いた。

 渾身の一撃がまさかの剣の粉砕という形で不発に終わったヘラクレスにはアリスの反撃を避けることができなかった。

 アリスはあまりに簡単にヘラクレスに刃が通ったため、あっけに取られてヘラクレスを見つめた。

 アリス!

 まだだっ!

 「もらった!!」

 ヘラクレスが大きく吠えた!口から鮮血が飛び散った。

 ヘラクレスはアリスの刃を自分の腹に押し込むようにして前に出ると、左手の折れた剣をアリスに向けがむしゃらに振りかぶった。

 まずい!


 「ヘラクレスっ!」


 アリスが叫んだ。

 アリスの足元から血の巡るような暖かさが駆け上がってきた。

 目に口に鼻に耳に、そして心に、全ての感情が吹き出すかのごとく蘇った。

 アリスの心の足元にあった冷たくて固い何かが決壊し、今まで押さえつけてきたすべてのものが溢れだしてきた。

 今更、

 今更だ。

 「ヘラクレス!嫌っ!!」アリスが目を見開いて叫んだ。

 アリスはヘラクレスの腹から吹き出る血を押さえようとするかのごとくしゃがみこんだ。そこにはさっきまでの自暴自棄で冷酷なアリスは無かった。

 「死なないで!!」

 振り下ろされたヘラクレスの剣はアリスの寸前で止まっていた。

 ヘラクレスの手がゆっくりと下ろされた。

 「ずるいや・・・。」ヘラクレスが口から血を吐きながら弱々しく言った。「勝てたのに・・・。」

 そう言って、ヘラクレスは意識を失った。

 「ヘラクレス!ヘラクレス!!」アリスの悲痛な叫び声が響いた。


 「誰か!ヘラクレスを助けて!お願い!!誰かっ!!」

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