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10-13b さいきんの王国革命戦記

 アミール率いるエラスティア軍3000は、城下町の外、街の大通りへと続く街道の上に陣取った。

 王城の貴族街の周りには城壁があるが、その外側の市民の暮らす城下町の周りには城壁がない。

 アミールたちの軍隊はその街が始まる数百メートル手前に陣取った。街には攻め入らないとアピールするかのような位置取りだ。

 兵士たちは四角く整列し、王都がどう動くかを窺うかのように待機していた。

 兵士たちの固まっている場所に【感染】している人間が居ないかを調べると、60人ほどの兵士が【感染】リストにピックアップされた。

 試しに一人に視点を合わせる。 

 彼は、身じろぎもせず前を見つめていた。

 盾を小脇に握りしめ、剣は抜いていない。

 彼はとても緊張していた。反王国軍と王国軍が戦いを開始する直前の兵士たちの様子と似ていた。

 アミール軍の兵士たちは誰も口を開かず、王都の街のほうを心配そうに眺めていた。

 軍隊を恐れてか、通りに市民たちの姿は誰一人も見えなかった。

 そんな誰も居ない道の先から、赤いドレスに身を包んだアリスがたった一人、歩いてきた。

 兵士たちはついてきていない。

 アミール軍の到着が届くとすぐ、アリスは一言も発することなくそっと立ち上がり、大股で部屋を出ていこうとした。

 ミンドート公がアリスがどこへ向かおうとしているか感づいてアリスの事を慌てて止めにかかった。

 当然だ。

 敵かもしれない軍の前に現国王がたった一人で、対抗馬を担ぎ上げている軍勢に向かおうと言うのだ。

 普段の落ち着いた態度のミンドート公は珍しく感情を露わにして叫びながらアリスの前に立ちふさがった。

 感情の高ぶりまくっていたアリスは「ごめんなさい」と一言呟くと、ミンドート公のみぞおちに無言で一発入れ、扉の前に崩れ落ちるミンドート公を残して速足でここまでやってきたのだった。

 皆、ネルヴァリウス王の気違いじみたわがままに付き合わされて疲弊しきっていたためか、ミンドート公以外にアリスを本気で止めようとする者はいなかった。

 オリヴァが慌てて革命軍や近衛騎士たちをかき集めて城を出るころには、アリスは街の境界線を大きく越境し、アミール軍の前へと歩み出ていたのだった。

 王都から出て来たのがたった一人の王女だったので、アミール軍の兵士たちは大きく安堵し、そのすぐ後に一層の不安が彼らを支配した。

 兵士からアリスへと視点を戻す。

 アリスは視界に並ぶ真っ黒な鎧の兵士たちに向けて臆することなくその歩みを進めていた。

 アリスが街の外に一歩踏み出したのを合図としたかのように、綺麗に整列していた軍隊が真ん中から割れた。

 アリスの正面、割れた軍隊の間から3人の人間が歩み出てきた。

 アミールとロッシフォール。

 そして、アミールの第一騎士、ヘラクレスだった。

 あいつ!この大事な時にまた居ねぇと思ってたら!!

 ヘラクレスとアミールはアリスのほうに歩きながら何やら話している

 アミールが時々驚いたような顔でヘラクレスを見ている。一方のヘラクレスはアミールではなくアリスのほうを見ながら少しニヤニヤと笑っている。

 一体、何を話しているのだろうか。

 二人の会話には参加していないが、隣に居るロッシフォールの顔が真っ青だ。

 おそらくロッシフォールは、まさかアリス一人で出てくるとは思わなかったのだろう。

 王都の市民たちの目の前で、軍隊で一人の女の子を呑み込むわけにはいかない。

 そんなことをするようなら、そのトップであるアミールはとんでもない人間だ。他の公爵たちも市民も絶対に従わなくなるだろう。

 アリスはいつもの暴挙で、ロッシフォールの連れてきた3000の兵を一瞬で無力化してしまったのだ。

 アリスとアミールたちは、軍と街のちょうど中間で対面した。

 最初に動いたのはアミールだった。

 ばっと駆け出すとアリスに抱き着いた。

 「姉様・・・こんなにもの傷だらけで・・・。」アミールはアリスを抱きしめた。美しい青年はアリスとそれほど変わらない身長にまで成長していた。「父様は?」

 「死んだわ。」アリスはアミールに抱きしめられたまま静かに端的に答えた。「私が現国王よ。」

 「そうですか・・・。」アミールは父の死を聞いて驚くことも無く、ただ、悲しそうに、まだほんの少しだけ背の高いアリスの頭をやさしく撫でた。

 「アリス殿下。殿下の即位を認めるわけにはいきませんな。」ロッシフォールがねちっこい口調で話しかけてきた。「殿下もこの騒乱を引き起こした責を持つ一人だ。それが、ネルヴァリウス王を死に追いやり、自らを王と呼称する。」

 ロッシフォールはそこまで言うと少し言葉を区切り、そして声高にアリスを糾弾した。

 「殿下は自らが王となる正当性を示すことなどできるのか?殿下の行いは簒奪でないと声高に言えるのか!」

 「そうね、否定はしないわ。」アリスはアミールから身を離して答えた。

 「な!?」アリスがいちゃもんをすんなり受け入れたのでアワを食った様子のロッシフォールは驚いた。「ならば、その責を取りて王の座を辞退し、アミール殿下の元に下るということか?」

 「それもできない。」やはりアリスは静かに答えた。「このような私でも必要としてくれる者が居る。このような私にすべてを託した者が居る。このような私に夢を見ている者が居る。今の予は私一人の身に在らず。おめおめこの座を譲る事はしない。」

 「!」ロッシフォールの顔が怒りと驚愕と呆れに塗れた情けない顔になった。

 ヘラクレスが近づいてきてアミールに耳打ちをした。

 アミールは無言でヘラクレスを睨んだ。

 「こうなってしまっては、致し方ない事かと。」二人の様子を見たロッシフォールが、アリスにも聞こえるように言った。

 「許容できません。」アミールが言った。「考えれば何か筋を通す方法があるはずです。」

 「我々はアリス殿下に決闘を申し込む!」ロッシフォールはアミールの言葉を明らかに無視してアリスに向けて大声で宣言した。「アリス王女殿下は自らに正当性があることを力によって示したまえ!」

 !!

 くそっ!

 戦争がダメでも、こういう手があるのか。

 これなら、アミールの名は傷つかない。

 ヘラクレスが意気揚々と前に出た。

 当然、相手はこいつか!

 「ロッシフォール!!ヘラクレス!!」アミールが信じられないというようにロッシフォールとヘラクレスを見て叫んだ。

 「アミール。あなたは3000の軍を率いて街に迫っているのよ。」そう言ったのはアリスだった。「あなたもあなたの起こしたこの騒乱を収めなくてはならない。」

 「これは、バゾリたちの反乱を押さえるための援軍にございます。」アミールは必死に答えた。「姉さまと戦い、国を乱すための軍勢にはありません。」

 「それではみんなが納得しない。ロッシも兵も貴族たちも。」アリスが言った。「あなたはあなたのために集まったこの3000の兵士たちと、あなたを支える貴族たちのために頑張る必要がある。私も皆に託された思いを背負って受けて立たなくてはいけないの。」

 「姉様!」アミールは納得しない。「だからと言って他に方法はあるはずです。誰も傷つかなく手すむ方法を探しましょう。」

 「決闘はこの場で決着をつけるには一番犠牲の少ない手段よ。私達以外誰も傷つかない。どうせヘラクレスの提案なんでしょうけど。」

 「物分かりが良くてよろしい。王女。」ヘラクレスが言った。

 「殿下。」ロッシフォールがそっとアミールの肩に手を置いた。「いずれにせよ、何時かは争わなくてはならなかった王位なのです。」

 「それでも・・・」アミールが食い下がる。

 「みんなの思いはそう安々とは止まらない。」アリスは言った。「結局、みんなを納得させるためには誰かがそのすべてを捧げたことを示す必要があるのよ。」

 アリスの台詞になんとなくネルヴァリウス王の姿が脳裏に浮かんだ。

 「私だって本当は知っていたのよ・・・。」アリスはうなだれた。「あなただってそうなのでしょ?」

 「姉様。それでも私は悲しくございます。」

 「ごめんなさい。」アリスはうつむいたまま謝った。「本当にごめんなさい。」

 それは、アミールに対してなのだろうか、それとも父王に対してなのだろうか。

 「ヘラクレス、姉さまを殺さないでください。」アミールがヘラクレスに命じた。

 「殿下。かの御仁は女性にありながら、唯一私が剣豪として認める人間です。」ヘラクレスはアミールではなくアリスを見つめながら言った。「お約束はできかねます。」

 「それでもお願いします。」アミールは言った。「民衆が犠牲にならないだけでは私は満足しません。姉様もあなたも生きて帰って来て下さい。」

 ヘラクレスはうやうやしく頭を下げたが何にも口には出さなかった。

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