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10-13a さいきんの王国革命戦記

 革命の日の長い夜は開けた。

 

 ネルヴァリウス王の亡骸は胸の上に腕を組んで、彼のベッドの上にあたかも眠っているかのように安置された。

 彼の頭部は安らかな死に顔を浮かべていた。

 オリヴァたち革命軍は彼の遺体には何をも求めなかった。

 近衛騎士たちは死してなお王の身を守るかのように部屋の前を固めていた。皆、目が真っ赤だった。

 アリスも父の最期の笑顔を大切にしたかったのか、死した父王の元へと向かおうとはしなかった。

 それに、どのみちアリスには時間は与えられていなかった。

 街は戦争で動揺しており、王都にはすでに王城に革命軍が入り込んだとの噂が流れ始めていた。

 アリスはこの事態に収拾をつけなくてはならない。

 王城の門は降伏するとばかりに開かれ、正午から王都の民に向けて新王アリスの宣言があることが触れまわられた。

 王都の人間たちはアリスの名前が出て少しだけ落ち着いたようだったが、それでも王都の間近での戦争や王城の騒乱は市民に不安の影を落としていた。

 実のところ、先代ネルヴァリウス王はなんだかんだで名君ではあった。

 確かに民の暮らしは豊かではなかった。だが、飢えている者は少なかった。

 ネルヴァリウス王の前には飢饉の度に人が大勢死んでいた。

 しかし、彼の即位後飢饉で死ぬ人間はほとんど居なくなった。

 ネルヴァリウス王は封建的な社会の中で、目指すべき国民の暮らしのレベルをそこに置いただけなのだ。そして、全員を救いあげることも目指さなかった。

 民の暮らしを民の望むところまで引き上げたのではなかったため、彼は民には恨まれた。そして、飢饉対策費用として民に財を還元をしたため貴族にも恨まれた。それだけだ。

 貴族商取引法を悪用されたために晩節こそ汚したりもしたものの、それでも、ネルヴァリウス王は国民の暮らしから飢餓の恐怖を取り除いた賢王であったと言えよう。

 その彼を誅した人間は、そこらの人間ではあってはならなかった。

 この革命がクーデターでありこそすれ、貴族や民衆による簒奪であることはだれも望んではいなかった。

 オリヴァや名も知らぬ貴族が最初に民衆の前に現れる訳にはいかない。

 それはアリスでなくてはならなかった。

 アリスがその業を負うのだ。

 アリスは心の整理をするに十分な時間を与えられなかったどころか、一睡もしなかった。

 王城を解放するように指示したのもアリスだ。

 アリスは、グラディスを呼び寄せた。

 ウィンゼル卿によって束縛を解かれていたグラディスは王城にやって来てもオリヴァに文句を言うことは無かった。グラディスはオリヴァに頭を下げると、自分の仕事を全うしにかかった。

 グラディスの前にアリスが現れた時、彼女はアリスの言葉などすべて無視して傷だらけのアリスを強く抱きしめた。

 「グラディス。」アリスは抱き着いて離れようとしないグラディスに少し冷たく言葉をかけた。

 「ダメです。」グラディスは泣きながら言った。「アリス様。ダメなのです。」

 アリスは泣いていなかった。強いまなざしでグラディスの向こう側の壁をずっと見ていた。

 「大丈夫。」しばらくして、アリスが根負けして小さなため息をついた。「私は大丈夫よ。」

 「私は!私が!私が!アリス様を、アリス様をお慕いしております!」グラディスはオリヴァに囚われた時でさえ見せることのなかった激情を露わにして叫んだ。「忘れないで下さい!」

 アリスの中に居た自分には、グラディスにまっすぐに見つめられたアリスが心の底から動揺したのが感じ取れた。

 しかし、アリスは何も答えなかった。

 グラディスは抱きしめていたアリスをそっと放すと、アリスの前髪をかきわけてその表情をじっと確かめてから、仕事に取り掛かった。

 アリスが王として民衆の前に登壇するのに相応しいドレスを選ぶ。

 これがグラディスが王城に呼び出された理由だった。

 グラディスは戦場を駆け抜けてきたアリスの惨状を見て、手首までの袖のドレスを選ぼうとしたが、アリスはそれを拒んだ。

 身体のそこかしこに刻まれた、もはや消えないであろう傷をアリスは隠すことを良しとしなかった。

 アリスの姿にグラディスはずっと涙していたが、それでも彼女は彼女の務めを最大限に全うした。

 グラディスは新しい王に相応しい、威厳があり、神々しく、凛とした深紅のドレスをアレンジした。

 そして、そのドレスに身を包んでアリスはいっそうアリスらしかった。

 きっと、それはグラディスの願いなのだ。

 グラディスの選んだドレスに身を包んだまま、珍しく塞ぎこんで座っていたアリスの元にミンドート公とオリヴァがやってきた。

 「陛下。ご覚悟をお願いします。」オリヴァが父を無くしたばかりの女の子に対して呪いのような言葉を吐いた。

 「大丈夫よ。やることは分かっているわ。」アリスはオリヴァのほうを見ることも無く、うつむいたまま静かに答えた。

 この騒乱を誰かが締めくくらないといけない。

 御した先王に全ての罪をかぶせてでも、アリスは民にこれから安永の時間が来ることを約束しなくてはならなかった。

 アリスは大きく息を吐くとゆっくりと立ち上がった。

 そして、アリスがその一歩を踏み出したその時、兵士が駆け込んで来た。

 彼はとんでもない一報をアリスたちにもたらした。

 「大変です!!」駆け込んできた兵士は大声で報告した。


 「アミール様を擁立したエラスティア軍およそ3000が現れました。王都に向かってきています!」

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