2-5 c さいきんの冒険もの
街並みを歩くのは初めてなので(実際に歩いているのはオリヴァなんだけど)少し楽しい。
エルミーネの時に馬車の窓から見ていたのと違い、街並みが窓から眺めているだけの景色ではなく、自分の居る舞台として感じられるからだ。
通りの店は、いわゆる店舗ではなく露店がほとんどだ。通りの建物には看板がぶら下がっているが、そこに店はなく、その前に露店があることから、自分たちの家の前に露店を出しているのだろう。あるいは、看板のかかっている通りの建物の持ち主が大家で目の前の敷地を露店の商人に貸しているのかもしれない。
通りは活気に満ちていた。往来も多い。いくつもの露店で客と店主が喧々諤々で商談を進めている。だいたいは食料関係の露店だ。客のあまり入っていない雑貨商のような露店では、店主が安穏と煙草をくゆらしている。先日アリスが行ったスラムとは大きな違いだ。
オリヴァは特に買い物をするでもなく通りを進んでいく。
そして到着したのは城下町の一角にある酒場だった。まだ日の沈んでいない酒場の中に客は誰もいなかった。
「お連れ様はすでにお着きでございます。」
オリヴァが中に入るとすぐに酒場のウェイトレスだろうポニーテールの可愛い女の子がやってきて、オリヴァをフロアの空席ではなく、部屋の奥の階段へと案内した。
オリヴァが案内された階段を下りて地下に降りると、そこには扉があった。
「私にございます。」オリヴァが扉の向こうに声をかけると扉が内側から開いた。
扉の先から若者が一人現れ、オリヴァが通れるように扉を開いたままに支えた。
中には丸い木のテーブル。テーブルにはいくつかの木のカップと真ん中には地図。地図の角二つにワインのボトルが置かれていた。
机の両サイドには4人の人間が座っている。いずれも40代から50代の男たちだ。扉を抑えていた若者も机に座っているおっさんたちも、全員帯剣している。机の奥側には空席の椅子があり、その向こうにやはり4、50代の男がカップを片手に立っていた。
「おかえり、オリヴァ。」奥の男が前の机に置いてあったワインを煽った。「首尾はどうだ。」
「王に謁見するところまではたどり着きました。ミスタークィーン。」
「エクセレント!。」ミスタークィーンと呼ばれた男がオリヴァをたたえた。「ネルヴァリウス王はどうだった?まだ息は長そうか?」
「かなり、痩せてはいましたが、まだまだ持ちそうかと思いますね。」
「老害ってやつだね。」扉を開けた若者が自分の座っていた席に戻って来てつぶやいた。
「まだ、影響力はあるようです。エラスティア公が王の下できっちり支えているせいですね。エラスティア公自身が王に対して心酔している気があります。王の寵愛も依然厚くございます。」
「ステークホルダーはやはりエラスティア公か。困ったものだ。」眼帯の男が言った。「景気は悪くなる一方だというのに、一切の動きもない。エラスティア公がついているとなればなおさらだろう。彼が経済的な手綱を握っていることが我々にメリットが回ってこない最も大きな原因だというのに。」
「王の無能ぶりもさることながら、エラスティア公をはじめとする貴族たちが好き勝手していることが一番の問題でしょうな。」机を囲んでいた男の一人が言った。
「エラスティア公の立案したやり方では我々国民はあがったりだ。」別の男が言った。「貴族たちの立場が強すぎる。せっかく苦労して買い付けても買いたたかれて儲けなど雀の涙だ。」そういって彼はコップの中身をあおった。
「市民用の物資は儲けは出るものの所詮の単価だし限界がある。それすらも昨今の不作と安価な輸入品のせいでほとんど金になっていないからな。これじゃ我々はおまんまの食い上げだ。」机を囲んでいたもう一人がお手上げという感じで天を仰いだ。
街を見ている限りそんな悲惨な感じは受けなかったけれど、城下街の一部分だけ元気ということなのだろうか?スラムとかもあることだし、この国では見えているものがすべてではないのだろう。
「それもこれも王とエラスティア公の定めた”貴族商取引法”のせいだ。」そう言って、男の一人が手に持っていた木製のコップを机にたたきつけた。
「あれ、無茶苦茶だよね。」扉の脇に居た若者が机の前の空いている椅子に腰を掛けると、目の前のコップにボトルからワインを注いで、男たちの話に加わった。「あれのせいで、うちの父さんの商会もつぶれたんだ。」
いったい、どんな法律なんだろう?
「あの法の制定以来、いくつもの商会が消えた。そしてそのぽっかり空いた商流の穴を埋めるように居座ったのがエラスティア公だ。」
ここでもエラスティアだ。
エラスティア公とは一体どんな奴なのだろうか?噂だけだと、あまり良い印象がない貴族だ。
「昨年の不作の影響がここまで大きいのも、エラスティア公が諸外国から優先的に輸入食料を買い占め、価格を釣り上げたことが原因と存じます。」オリヴァも開いていた椅子に座って男たちの会話に加わる。「あの値段では貧しいものに糧食が行き渡りませぬ。」
「我々に必要なのはソリューションだ。エラスティア公とアミール殿下を切り離すことは可能か?オリヴァ。」ミスタークィーンが訊ねた。
「まず、無理かと存じます。」
「やはり、つくとしたらジュリアス殿下か・・・。ネルヴァリウス王が亡くなってもエラスティア公が牛耳る限り、今の圧政は変わるまい。」
「そもそも、エラスティア公が元凶っぽいしね。」若者が同調し過激な意見を付け加えた。「やっぱり、クーデターがいいと思うね。」
「せめて革命と言いなさい。」オリヴァがたしなめた。「今の我々だけでは革命など到底無理です。政治に対する理想も薄い。国王を打倒することはできたとしても、その先に国を治めていくことはできないでしょう。そもそも有志が居ない。」
「私も今のフェーズでは反対だ。」ミスタークィーンもオリヴァに賛同した。「革命には多くのマンパワーが必要で、支払うコストも大きい。今後のステージでもっと、我々の考えに同調してくれる同士を集めなければならない。」
ちょっと、キナ臭い感じの集まりだ。レジスタンスとかいうやつだろうか。
ミスタークィーンとかいう面白い名前のリーダー格らしいおっさんが反対してはいるものの、発言の中に”今の”とか”今後”とか、そのうち革命を始めそうな可能性が見え隠れしている。
まいったな、暗殺のケリがついたと思ったら今度は別の心配が芽吹いてきた。
オリヴァからここの連中に感染したいところだが、まだオリヴァに存在している自分の数が少ない。まあ、今後こういった感じで集まって大声で話し合ってくれるようなら、簡単に誰かには【感染】できそうだ。
「ベルマリア公に協力して、ジュリアス殿下が即位した際に便宜を図ってもらうということは可能だろうか。もちろん”貴族商取引法”を取り下げてもらうという点についてはマストだ。」ミスタークィーンが言った。
「取り入ることは可能かと思いますが、我々に便宜を図らせるほど恩を売れるかどうかが問題でございます。」オリヴァが答えた。そして、続けてとんでもない提案をした。
「それよりも、王女殿下につくというのはいかがでしょうか。」
一同が予想外の提案に無言でオリヴァのほうを見つめた。
「王女殿下には、後ろ盾の貴族が王のほかおりませぬ。しかしながら、順当にいけば彼女が次期国王でございます。」オリヴァが自分の考えを綴った。「それに王女殿下は民が不当に搾取されているのを好まぬようです。我々の考え方に合い通ずる部分もあるかと思われます。」
おうふ。
とんでもないところでアリス派が誕生するかもしれない。王政とはがっつり対立してる側の集団だけれども。
なぜだろう、生前の洗面所にあった塩素系洗剤のラベルの『混ぜるな危険!』の文字が真っ先に脳裏に浮かんだ。
「ほう?」ミスタークィーンが興味のありそうな眼差しをオリヴァに向けた。
「あのお姫様、美人で可愛らしいし、やっぱりそういう子って優しいんだね!」若者が少し声を上気させて言った。
はたしてそれはどうかな?
「きっと大切に育てられて来たんからなんだろうねぇ。」
「若いの。不埒な理由で物事を進めるのはやめてくれたまえよ。」男たちの中の一人が若者を注意する。
「お優しいのは構わんが、我々は彼女の父にあだなそうとしている一派だ。仮に、仲間に引き込むことができても、甘えや弱音で足を引っ張られることになるのではないか?」机を囲んでいた男の一人が言った。酒のせいで少し鼻が赤い。
「王女殿下がお優しいのはそうなのでしょうが、やさしさ故に国民のことを思っているのでは無いと考えます。」オリヴァが答えた。そして考えながら続けた。「なんというのでしょうか、貴族だけが金を得ることにスジが通っていないと感じているとでも言うのでしょうか。」
「スジとな。商人らしくて結構じゃないかね。」
「オリヴァという強力な接点もあるし、悪くないかもしれんな。」
「仲良くなっておく分には損はあるまい。」
「一体、どのような御仁なのですかな、王女殿下は。」
「そうですね・・・・端的にいうなれば、あら――。いえ、なんでもありません。そうですね・・・」オリヴァは何かを言いかけてやめ、アリスを表現するに良い表現を考え始めた。
「オリヴァよ。ファーストインプレッションは大事だ。特にあなたのようなベテランがインスピレーションで選んだ言葉ならきっと王女のキャラクターをうまく表しているに違いない。」ミスタークィーンがオリヴァに飲み込んだ言葉を話すよう促した。
「その、ですね。なんと言いますか・・・『あらくれ者』でございます。」オリヴァは言って良いものか悩む素振りを見せながらも答えた。悪くない言葉のチョイスだ。自分だったら『チンピラ』って答えるかな。
「?」一同に浮かぶはてなマーク。
オリヴァ以外の全員が互いに目線を交わす。
「・・・・しかし、王より先に亡くなるという噂ですしな。」しばらくの沈黙の後、一人が言った。
「アルト卿が治したと聞いております。」オリヴァが即座に反論する。
「それより、王女を暗殺してベルマリア公に恩を売るってのはどうかな。」若者がにこやかにとんでもない提案をした。
「穏やかではありませんね。てっきり、あなたは王女を引き込みたいのかと思いましたが。」とオリヴァ。
「僕らを不幸にして手に入れたお金で幸せに過ごしてきたお姫さんを?冗談でしょ!?」若者が笑いながらわざとらしく首をかしげた。
「オリヴァの提案は悪くない。王女がそのまま即位すれば要らぬ革命を起こさずとも、我々の要求が通せるやもしれん。オリヴァの話を聞く限り、王女を味方にできる可能性はありそうだ。だが、早急であるな。このミッションにおいては目的を共にできる味方こそが信頼に値する。王女がそれにあたるかは解らぬ。一方で継承権第一位というステークホルダーがパートナーとなればそれはそれで心強い。仲間になりうる強力なステークホルダーを消すメリットは皆無だ。」ミスタークィーンは言った。「だいたい現段階で我々に王女殿下を暗殺するチャンスなどなかろう。」
あるぞ。
だからオリヴァはアリスを学校に行かせたかったのか!?
ベルマリア公もどちらかと言えば乗り気だった。やっぱり二人ともアリスの暗殺が目的なのだろうか。
まあ、一番乗り気だったのは王だったけど・・・。
「でも、損得論で言えば、こちらが相手に利益を与えればその相手は裏切らないよ。王女を暗殺してその恩をベルマリア派閥に売ったほうが確実じゃなかな?」と若者。そして、おどけて続けた。「逆に『あらくれ者』相手じゃ、仲間だったとしてもこちらの思い通り動いてくれるかどうか。」
「暗殺まで行うのはリスクが高すぎる。仮に、暗殺でベルマリア公に恩を着せたとしても、その後に裏切られない状況が担保できなくてはならん。」
「王女暗殺の後はアミール殿下の即位を防ぐ方向でベルマリアと協力していくっていうのはどう?」
「王女暗殺の実行犯となったさいに、いつその罪で後ろから刺されるか分からないということが問題なのだ。」
「でも、ほかにベルマリア公に取り入る方法があるの?」
「だから、王女と組するほうが良いのだよ。彼女が第一継承者なのを忘れてはいけない。」
「しかし、病気が治ったというのは本当なのか? 不確定なものに対してリスクをかけるのは避けたいぞ。」
地下の一室で活気のある会議が進む。王女を味方につける派とベルマリア公を味方につける派でちょうど半々に割れたため会議は踊り続けた。
だが、何故かオリヴァはアリスが学校に通うために城を出ることに関してついぞ明かさなかった。




