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10-12a さいきんの王国革命戦記

 アリスは正面の城門から騒々しく転がり込んできた。

 城の中で何が行われているか何も知らない門番の兵士だったが、アリスが来たら急ぎ通す事だけは命じられていた。

 アリスはすぐにミンドート公の元へ通された。

 「父様は無事?」ミンドート公が待機していた部屋に入るなりアリスは尋ねた。

 「アリス殿下!」ミンドート公があまりにも速いアリスの到着に喜びの声を上げた。「待っていた。まだ、陛下は無事だ!」

 「話は聴いてるわ。」アリスは手綱を持つためにはめていたグローブを脱いで、後ろで結わいていた髪を解いた。「オリヴァが父様を処刑しようとしているってホント?」

 「その通り・・・って、その傷!戦場でいったい何をしてきた!?」ミンドート公がアリスの体中の傷に気が付いて喚いた。顔についているかすり傷に目が釘付けになっている。

 「ジュリアスに加勢してきたのよ。」アリスは言った。「あっちはワルキアで旗揚げした市民軍と合流したわ。勝つのは無理だけど、足止めだけなら十分にできると思うわ。」

 「馬鹿なっ!戦いに身を置いたのか?」

 「そうよ。それより・・・。」

 「無事で済む訳がない。」ミンドート公はアリスの言葉を遮るように呟いた。

 「無事にここに居るじゃない。」アリスが少し苛立った様子で反論した。「むしろ王城のほうが無事じゃないじゃないの。」

 「馬鹿言え!無事なものか!傷だらけじゃないか!」ミンドート公が怒鳴った。「お前は女の子なのだぞ!」

 「生きて帰ってきたんだから問題ないわ。そんなことより陛下の事よ。」アリスは平然と言った。

 「・・・終わったら話があるからな。」ミンドート公が怒りをはらんだ口調で言った。

 「受けて立つわ。」アリスはこぶしを握り締めてファイティングポーズをとった。なんでだよ。

 アリスは一回誰かにボコボコにされたほうが良いんじゃないかな?

 ミンドート公がアリスに広間の状況を説明している間に、アリス到着の知らせが、廊下の前で待機していた城の兵士たちのみならず、広間の近衛騎士と革命軍にも伝えられた。

 アリスの到着に廊下の兵士たちも近衛騎士たちも革命軍も沸き立った。

 むしろ、革命軍たちのほうがアリスの到着を喜んでいるくらいだった。

 「陛下、お願いです。最後に今一度、王女殿下とお話合いくださいませ。」オリヴァが王の前に走り出てきて、両ひざをついて深く頭を下げた。

 「オリヴァよ。アリスをこのような騒乱の場に呼んだのはお前か!」王が激昂気味に怒鳴った。

 そりゃ、来るだろ。

 あなたの中の娘像、だいぶ間違ってますよ?

 「残念だ。落日の王なれど、王としての威厳を損なうわけにはいかない。宣言したことは守らねばならぬ。」王は言った。「我が騎士たちよ。予が死しても裏切者のオリヴァとその一族をこの世から抹消することを誓え。」

 「恐れながら陛下!」エウリュスがオリヴァの横に飛び出してきて跪いた。「オリヴァ殿は陛下の事についてアリス殿下を含め誰にも話しておりません!」

 「まことか?」

 「ネルヴァリウス王の名にかけまして。」

 ネルヴァリウス王は自分の名に誓われて、ちょっと困ったような顔をした。

 「殿下がお父君の事を心配して飛んでくるのは当たり前にございます。」エウリュスは頭を下げたまま言った。

 「という事はミンドート公か。」王が苦い顔をした。「アリスをみすみすこのような危険な場所に呼び込むとは・・・。」

 「おそらくはその通りかと。」

 「そもそもアリスには謹慎を申し渡しておる。」王が近衛騎士に言った。「勝手に堂々と出歩かさせては困る。責任は・・・おのれ、ケネスだったな。」

 「はっ!申し訳ございません。」騎士の一人がエウリュスの横に並び出て頭を下げた。「我々が気を利かせておくべきでございました。」

 「アリス殿下のようなお方です。わざわざ見張りをつけようなどと、誰が思いましょう。」オリヴァが言いえて妙なフォローを入れた。

 見張りを付けても脱走するからな。

 「まあ、確かに、兵の少ないこの状況でわざわざアリスに無駄に見張りをつけておくわけにもいかぬか・・・。」

 お父さん?オリヴァが言ったのは『アリスは大人しく謹慎するから見張りが要らない』って意味じゃないですよ?

 オリヴァにいいように転がされてんじゃねえか。

 この調子で、この状況も何とかしてくれないかなぁ。

 と、扉の向こうから叫び声が近づいてきた。

 「ちょ、殿下!待って・・・危ない、ダメ・・・待ちなさい。待て!待てって!!お願い、待って!」

 ミンドート公の焦り散らした声だ。

 「皆の者よ。予はあくまで人質じゃ。予がアリスに王位を譲るべく此度の事を企てたことを決して気取られてはならぬ。」王は言った。「アリスに予を裁かせるな。予を裁くのは市民たちでなくてはならない。」

 オリヴァは苦悶の表情を浮かべながら頭を垂れた。

 「お前たちは、予を糾弾せよ。予はそれを受け入れる。それを見ればアリスも理解しよう。」王は少し焦った様子で部屋の全員に向けて誰にともなく言った。「良いな!」

 その瞬間、広間の大扉がバァンと開かれた。

 この大きさの扉はそういう風には開かないと思うんだがなぁ。

 扉があまりの衝撃で開き轟音を立てたものだから、部屋の中の全員が扉のほうを見て固まった。

 扉の開いた瞬間、王座に向けて一直線に飛び出してきた生き物がいた。

 もちろん、アリスだ。

 アリスの手には、部屋への突入の寸前に近くの兵士の腰から掠め取った短剣が握られていた。

 兵士は自分の短剣が無くなったことに気づいてすらいない。

 アリスは革命軍たちの間を矢のように駆け抜けると、広間の中央、近衛騎士たちの手前で、急に電池が切れたかのようにヨタヨタと止まった。

 そして、アリスは棒立ちで呆然と辺りを見渡した。

 「どういうこと!?」アリスは呆れたような口調で訊ねた。「父様?これは一体何なの?」

 「アリスよ・・・。」王が白々しくも塩らしい声を上げた。「すまぬ。予はやり過ぎてしまったようだ。」

 「陛下。お黙り下さい。」エウリュスが抜剣して王の喉元に切っ先を向けた。「陛下の命は我々の手にあります。王女殿下に命乞いをしても無駄です。王国の民の平和を千々に乱したこと、許される事ではございません。」

 「仕方あるまい、それが時代の流れであれば受け入れようぞ。」王はがっくりとうなだれて答えた。

 「アリス殿下。」オリヴァが言った。「我々は、狂王を廃し、殿下を王として・・・

 「エウリュスもオリヴァも口を挟まないで!私は父様に聞いているの!」アリスはオリヴァの言葉を遮って言った。「この茶番は何!?」

 あれ?

 アリス、もしかして、王が黒幕って気づいてる?

 アリスって探偵としてはヘッポコなのに、こういう大事なところでの洞察力がたまにすごい時があるから侮れない。

 「何を言っているんだ、アリスよ?」王が困ったような声を上げた。

 「オリヴァたちはともかく、近衛騎士ともあろうものが人質を取っておきながらこの位置取りはあり得ない。狂言にしてもお粗末すぎよ!」アリスが近衛騎士たちに吠えた。「もし、本気でその配置が問題ないと思っていたのなら、今すぐ近衛騎士を辞めなさい!」

 近衛騎士たちが思わずたじろいだ。

 探偵はヘッポコでも、戦いはエキスパートだったよ!

 でも良かった。

 この茶番を止めろ、アリス!

 お前のためにみんなが血路を開いてくれたんだ。

 アホな父親を説得するんだ。

 「父様!いえ、陛下!!」アリスは極めて憤慨気味だ。「説明をお願いします。近衛騎士はおろかオリヴァやミスタークィーンたちまで巻き込んで何がしたいというのですか!!」

 「・・・参ったものだな。」王は玉座に座したまま呟いた。「お前は聡い。確かにオリヴァたちを招いたのは予だ。」

 「何でこんな事を?陛下はワルキアたちが反乱を起こす事は前もって分かっていたのですね?」

 「予が死ぬまでに王国の膿を出し切りたくてな。ワルキアたち現体制の悪しき貴族たちを試したのだ。」王はさっきまでの情けない口調はどこへ、凛として言った。「そなたであろうと、アミールであろうとこのまま王国を引き継ぎたくは無かったのだ。」

 「今回の騒ぎで、どれだけの人が酷い目にあったと思っているのですか!」アリスは王を怒鳴りつけた。

 「こうでもしなくては、この国に数十年かけてこびりついた淀みは落ちぬ。」王は言った。「それとも、このまま淀みに皆が苦しみ続けたほうが良かったか?」

 「他にもやりようがあったはずです!」

 「血を流さずに、世界が変わると思うな。」王は答えた。「事実、此度予が罷免を命じた貴族共は黙って引き下がりはしなかったではないか。」

 「彼らを凶行に追立てなくとも、少しずつ制度を変えながら、彼らの利得も守りながら変えて行けば良かったのです。」アリスは反論した。アリスらしからぬ台詞だ。

 「予には時間が無くてな。」

 「ならば私が引き継げば良かったのです。」

 「彼らはそなたの足を引っ張ったであろう。」王は言った。「予は予のせいで次世代の国が苦境に陥ることを好まぬ。この革命は予が為すべき後始末なのだ。」

 「余計なお世話です!」アリスは怒鳴った。「たとえ時間がかかろうとも私は私の力で何とかしてみせます!」

 「では、カラパス卿は領地をしばらく持たぬままだ。そして王都の周りの領地の領民たちは長きに渡り苦しむことになろう。」

 「・・・・・・。」

 「そなたが以前言ったように、この国には貴族が多すぎるのだ。伯爵や公爵は世襲だ。子爵から伯爵に上がる者もある。勲功を立てれば男爵になる。貴族は増える一方だ。貴族には貴族なりの生活が求められ、それは年を追うごとに、競い合うように絢爛になっていく。」

 「ならば、貴族が増えたなりに、抑制をかけるような制度を設ければ良かったのです。」アリスが反論する。「貴族なれば領民たちのために一歩譲りましょう。」

 「一部の貴族たちは庶民のことなど考えておらんぞ?貴族として相応しい生活を送ることが彼らの正義だ。」

 「それを改めさせれば良い事です。」

 「何故だ?」王はアリスに問うた。「貴族として相応しく生きることは悪か?」

 「領民を虐げることが悪なのです。」

 「それは、そなたの意見だ。」王は静かに言った。「多くの貴族たちにとっては領民をギリギリまで使い倒すことが正義なのだ。領民の暮らしなど最低が補償されていれば良い。領民が豊かになる必要はないのだ。」

 大昔、エルミーネが同じようなことを言っていた気がする。

 「ならば、そんな正義は私が変えます。」

 「何故彼らが従う必要がある?彼らのやり方でも国は回るのだ。」王は言った。「むしろ、中央に資金を集めやすい分、国家にとってはとても都合が良い。隣国の民はもっと虐げられておる。ならば、隣国ほどに絞りあげなければ民は満足するだろう。それもやり方の一つなのだ。」

 「それでは民に幸せはありません。民の幸せこそが領地の豊かさです。」

 似たようなことを、ちょっと前にオネステッド卿が言っていた。

 「笑止。お前は身をもって知っているであろう。お前は、スラムを豊かにし、アキアを豊かにした。その結果、今まで彼らを下に見て満足していたエラスティアの農民たちが不幸せになった。そして、その農民たちはヌマーデンで蜂起をした。」王は続けた。「それはお前のせいだ。お前の正義は必ずしも国が求める正義ではない。」

 「たとえ、それでも私は私の正義を貫きます。」アリスは引かない。

 「アリスよ、お前は人間の幸せを勘違いしている。彼らの幸せは生活の豊かさそのものには無い。周りから羨んで貰えるかどうかにあるのだ。そのために民衆も貴族も豊かさを求めるのだ。」王は言った。「となれば、最下層の民衆の暮らしを底上げすることなぞ国にとって百害在って一理も無い。」

 「たとえ彼らが幸せだと満足しなくても、私は路傍の草を食まなければならない民の居る国より、皆が小麦を食べられる国を望みます。」アリスは答えた。

 「報われぬぞ。」

 「かまいません。」アリスは即答した。

 「そうか。」王は少しほほ笑んだように見えた。

 「もう一度問います。陛下は何故、こんな事をしているのですか?陛下も報いられることが無かろうとも、この国の民の幸せを願っているからではないのですか。」

 「予は長くないからな。」王は静かに言った。「お前の正義に近いものを継がせようと思うのだ。」

 「もう十分でしょう。」アリスが王を睨みつけた。「処刑などと言わず、投降してください。」

 「この王国の悪と共に予は処されなくてはならない。」王はアリスを見つめ返した。「アリスよ、振り上げたこぶしには納めどころが必要だ。それに、ワルキアやヌマーデンは予の大切な配下であった。一緒に責任を負ってやらねば可哀そうであろう。」

 「それこそ馬鹿馬鹿しい。」アリスは言った。「彼らの責は彼らの責。」

 「違うな。彼らの責は王の責でもある。明日からのお前もそうだ。」王は言った。「ここで予を処さねば、お前はすべての業を負うことになろう。」

 「私にとって都合の悪い事をすべて陛下に押し付け、断罪せよとでも言いたいのですか?」

 「その通りだ。そなたの理想には革命が必要だ。」王は答えた。「すべての貴族と民も納得させて、お前の正義を貫くことなどできない。正義がある以上悪は生まれる。お前は現体制とその象徴である予を悪と断じねばならない。」

 「陛下は自らが悪となるために、民をも巻き込んだとでも言うのですか?」アリスは言った。「陛下。私がヌマーデンに居なかったら、あの暴動はどう落ち着いていたのですか。」

 「さあな、まさか、無血で事が進むとは思いもよらなかったとだけ言おうか。」

 「彼らは何もしてなかったのよ。」アリスの心に怒りの火が灯ったのが分かった。「彼らの言ったようにこの国は不公平だったようね。」

 「運は不平等なのだよ。」

 「運?あなたが選んだんでしょ?」アリスの口調はもはや普段の横柄な口調へと変わっていた。「くだらない。あなたの陶酔に民を巻き込まないで!」

 「予はお前の理想の邪魔をしたくないのだよ。」

 「理想ごときを実現するための手段が問題だって言ってんの!」

 「次期国王よ。今はまだ予の時世だ。予のやり方が気に入らぬのであれば、革命を遂げお前の時世とせよ。お前には革命を経て理想を実現する権利がある。民を巻き込んだ予を罰する権利もある。そして、予は予の間違った行いを罰せられるためにここに居る。それが予の王としての最期の義務である。」王は答えた。そして、アリスとの舌戦はもうたくさんだとばかりにオリヴァのほうを向いて言った。「オリヴァよ。伝えたいことはすべて引き継いだ。処刑の準備をせよ。後はアリスがアリスなりのやり方でそれを形にするであろう。」

 「オリヴァ、止めなさい。」アリスが叫んだ。「父様も世迷言は辞めなさい。私はその道は選ばない。」

 「分かっておろう。アリス。もう遅いのだ。どこかでこれは必要だった。それが今というだけだったのだ。」王はアリスに向けて穏やかな声で言った。「つらい思いを強いてすまぬな。アリス。」

 「父様!」アリスが声を荒げた。「こんなやり方は間違ってる。考え直して!」

 「もう引き返せるところではないのだ。」王は少しすまなそうに、そして断固として言った。「そして、引き返す時間もないのだ。」

 アリスは信じられないといった表情で王を見つめた。

 王はやさしくアリスにほほ笑んだ。


 なに、笑ってんだよ?


 そういうのじゃないじゃん。

 お前、人として実態あるだろ。

 自分と違ってなんだってできるじゃんか。

 アリスを撫でたり

 慰めたり

 抱きしめたり

 いっぱいできることあるじゃないか。

 引継いだ、じゃねえだろ!

 お前、親だろ?

 アリスがどんだけ悲しんでるか分かってるだろ?

 アリスがどんだけ悲しむか解ってるだろ?

 お前さ、これから殺されるんだぞ!!

 そしたらアリスはどう思う?

 アリスはどう思えばいい?

 どうすればいい!?


 いい。

 もういい。


 滅茶苦茶にしてやる!

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