10-10 b さいきんの王国革命戦記
反王家軍に流れていた情報通り、昼過ぎになってミスタークィーンたち革命軍が到着した。
彼らはかなり歩みを急いでくれたようだ。
革命軍は、南北ににらみ合っている両軍の西側に陣を敷いた。王国軍には合流するつもりはないようだ。
バゾリは革命軍の布陣を見ながら自軍の陣形を整え直した。バゾリにとっては二正面作戦だ。ここ二日の戦闘で反王家軍は2000の農民を無視できない数にまで減っていた。
革命軍のほうの陣が整うと、馬に乗った十人くらいの一団が王国軍の陣に向かってきた。
先頭に居たのはミスタークィーンだった。
ジュリアスと数名の騎士が出迎えた。
「久しぶりだな。貴殿はアリス公のところの商人だったな。」ジュリアスは代表として前に進み出たミスタークィーンに言った。
「ミスタークィーンと申します。」ミスタークィーンは頭を下げることなく堂々と答えた。「此度、悪しき貴族たちを一掃するために立ち上がりました。この場はワラキアたちを倒すため、互いに強力致しましょう。」
良かった、さすがに敵対はしないか。
「協力いたみ入る。」ジュリアスはそう言って右手を差し出した。「この度の反乱にも紛う農民たちの蜂起についていろいろと言いたいことはあるが、この場ではよく来てくれたと述べよう。」
「ありがとうございます。」ミスタークィーンはジュリアスの手を握った。英語使わんなぁ。
「しかし、一言だけ、私個人から言わせてくれ。」ジュリアスがミスタークィーンを睨んだ。「そなたたちがアリス公の名を語ったため、アリスが大きく迷惑している。その件についてはアリスと会って十分に謝罪をして欲しい。こじれてしまった現状を戻すことまでは求めん。それはそなた達には出来ぬこと故。それはアリスがやるだろう。」
「・・・。」ミスタークィーンは少し眉を潜めるとジュリアスの言葉には答えずまったく別の事を話し始めた。「我々革命軍の一部が離反しました。」
「ほう?」ジュリアスが良く分からないといった表情で答えた。
「我々の仲間であったエンヴァイという者が800名ほど連れ、我々より遅れこちらに到着いたします。」ミスタークィーンは続けた。「彼らは、我々と異なり全ての貴族を敵と考えております。つまり、ジュリアス様たちの敵でもあるのです。」
「彼らはどこに?」
「我々よりはかなり遅れているはずです。」ミスタークィーンは答えた。「時、2、3刻ほどで到着いたしましょう。我々同様北東側から、つまり、ジュリアス様たちの背後から現れるものと存じます。」
2刻とは2時間後という事だ。
ジュリアスが眉を潜めて呟いた。「うーむ・・・。反乱軍と合わせると3100か・・・。」
ミスタークィーンたちと王国軍を合わせてると3000だ。
エンヴァイたちの離脱さえなければ、3800と2300と圧倒的に有利になっていたというのに。
「ジュリアス様。我々、アリス殿下に降伏ください。」ミスタークィーンがとんでもない提案をした。
「!」
ジュリアスがミスタークィーンの言葉にハッと顔を上げた。
しかし、ジュリアスの表情が示すものはミスタークィーンの物言いに驚いたからではなかった。その表情はアリスがロクでもないことを思いついた時の顔に良く似ていた。
「我々は戦術、戦略を持ち合わせておりません。が、一方で数はおります。」ミスタークィーンは言った。「非戦闘員ゆえ、ワルキアたち貴族たちの軍にもジュリアス様の軍にもかないませんが、ジュリアス様が我々の戦術面でのアドバイスをしてくれるというのであれば別でございます。」
「我々が正義も何も持たぬ平民に下ることは無い。」ジュリアスはミスタークィーンの提案をはねつけた。「このまま、三つ巴、いや、四つ巴といこうではないか。」
「我々は、アリス殿下の配下にございます。」ミスタークィーンが反論した。「世代の遷移において、次期王の配下となることはジュリアス様には正義にあらずとと映りますかな?」
「アリス旗下とは笑止!」ジュリアスはこれ来たりと笑った。「貴殿らはアリス公の名を語り狼藉を行っているだけに過ぎん。」
「ジュリアス様。現王にすでに正義はございません。」ミスタークィーンは主張する。「アリス殿下にこそ思想と正義がございます。」
「アリス公に正義があろうとなかろうと関係がない。貴殿たちがアリスを担っていないと言っているのだ。貴殿らはアリス公の配下ではない。かってにそう主張しているだけにすぎぬ。アリス公にとっては迷惑至極であろうぞ。」
「我々はアリス殿下の配下にございます。」ミスタークィーンも譲らない。「ノワルを共に興し、アキアを共に改革し、そして今度はこの国全体を変えようと志す者にございます。」
「片腹痛いとはこの事だ。アリス公は我々王国軍の旗下に居るぞ!」ジュリアスは恫喝するかのように声を大きくした。「アリス公は我ら王国軍の義勇兵だ。何をして、貴殿らはアリスに率いられているとなどと流言を飛ばすか!」
確かに。
ミスタークィーンたちのトップ、今、ジュリアス軍でお昼寝してるわ。
「なっ、なんですって!?」ミスタークィーンが驚愕の声を悲鳴を上げた。
そりゃあ、自分たちが勝手にトップに祭り上げてる人間が、王国側に義勇参加してるんだもんな。
「ミスタークィーンよ。答えよ!」ジュリアスがここぞとばかりにミスタークィーンに詰め寄った。「何故そなたはアリス公に率いられているなどと嘘を申したか!返答によってはこの場で・・・」
ジュリアスは物騒な事を言いながら仰々しく剣を抜いたのだが、そんな事はお構いなしにミスタークィーンがジュリアスに詰め寄って来た。
「ア、ア、アリス殿下は本当にここにいるのですか!?」ミスタークィーンはジュリアスがドン引きするくらいに狼狽してジュリアスにしがみついた。「王都ではなくて!?」
「その通りだ!お前たちが勝手に担ぎ上げているアリス公は我々の・・・。」
ミスタークィーンはジュリアスの勝ち誇ったような台詞にはまったく耳も入っていない様子で膝から崩れ落ちた。
「ば、ばかな・・・なんて事だ。このままでは・・・。ああ、」悲愴に暮れたミスタークィーンが今にも泣き出しそうな顔でジュリアスを見上げた。そして懇願するようにもう一度問うた「ほんとに、ほんとにアリス殿下はこちらにいらっしゃっているのですか?」
「あ?ああ。」ジュリアスがあまりのミスタークィーンの悲嘆にくれっぷりに戸惑いながら返事をした。「そもそも、アリスがこの状況に大人しくしているわけ無かろう?」
せやせや。
「・・・カルパニアに足止めさせたのよ。」ジュリアスの後ろから怒りを押し殺した女性の声が聞こえてきた。
アリスだ。
「えっ!?」ジュリアスがアリスの登場とカルパニアという予想外の名前の登場に驚く。
「てっきり、ジュリアスの差し金かと思ってたけど、ミスタークィーン、仕組んでたのはあんただったのね?」
「ああっ!アリス殿下!!」ミスタークィーンが突然神に遭遇したかのようにアリスの前に両ひざをついた。「何故!何故!こんなところに!こんなところに・・・。」.
「今さら慌てたってダメよ。」アリスはミスタークィーンを見下ろして言った。「言い訳があるなら聞いてあげる。それからぶちのめす。」
言い訳に意味がないじゃないか!
「王女殿下、一生のお願いでございます!今すぐ王城にお向かいくださいませ!!」
突如ミスタークィーンはそう叫ぶと、アリスの前に土下座をした。
そういや、最初にミスタークィーンにあった時にも土下座してたなぁ。
「ほう?」
アリスは腹の中のご立腹が生まれ出て来たかのような声を上げると、流れるようにミスタークィーンの頭・・・っておい!!
こいつ!土下座してる人間の頭の上に足乗せやがった!
それ正気の人間がやっちゃダメなやつ!!
あ。
そっか。
もしかしたら、土下座踏みつけるのはこの世界だと王様あたりなら割とオッケーなのかな?
周りにいた騎士やら兵士やらが全員アリスを見ながら、わなわなとドン引きしてる。
やっぱダメなんじゃねぇか!
ミスタークィーンに付き添ってきた革命軍の人々の表情がやべぇ!
すっげぇ、衝撃受けとる。
これのせいで革命軍が反王家軍側に寝返ったりはしないよな?しないよな?
「アリス、それはさすがにダメだ。」ジュリアスがあまりの出来事から立ち直ってアリスを諫めようよした。
「少し黙っていなさい。」アリスは静かに言ってジュリアスを睨んだ。ヤクザの組長が若い衆を脅す時の口調だった。
ジュリアスが気合負けして黙る。
「ミスタークィーン。言うに事欠いて、私に願いを乞うか。」アリスは自分の足の下の頭に向けて言った。
「お願いでございます。」ミスタークィーンはアリスに頭をふまれたまま再び嘆願した。「これは、やむにやまれぬ事情があっての事なのです。」
「ハリーだとか立派な偽名まで使って人を集めておいて、何が事情か。」アリスの口調はさらに冷たく、怒りに満ちていた。
「い、いや、ハリーは本名でございますよ?」ミスタークィーンは言った。「当然、ミスタークィーンのほうが作り名にございます。」
そりゃそうか。
「・・・言われてみれば。」
「殿下、お父上の命が危ないのでございます。」ミスタークィーンは再び乞うように叫んだ。「いち早く王城へお向かい下さいませ!」
そして、信じられないことを言った。
「オリヴァたちが国王陛下を処刑すべく、王城へと向かっているのです!」
な、なんですと!?




