10-9 a さいきんの王国革命戦記
さて、両軍ともに、次の会戦は日が昇った瞬間から開始するつもりだった。
ジュリアスたちは、バゾリの積極的な作戦から反王家軍が革命軍の到着を恐れていることを見抜いた。
早ければ、明日の夜には革命軍が戦場に到着する。
だから、バゾリは早朝から動く。
だから、ジュリアスも早朝から動かないといけない。
バゾリは4交代、ジュリアスは3交代で兵士たちを休ませた。ちなみに、どちらも1休んで残りは起きて待機だ。
野犬で反王家軍を夜襲しようかとも思ったが、いかんせん数が少ない。今回、相手は野盗ではない。鎧も盾も持った軍人だし、半分以上起きているときたもんだ。
それに相手を200打ち取るのと、明日の戦闘で戦略的に相手の部隊を足止めするのとでどっちが役に立つのかを考えたら、今、野犬軍の数を減らすのは愚策なような気がした。
今日をしのげば、革命軍に合流したアリスが駆けつけて来るはずだ。
アリスはアープたちを引き連れて夜道を急いでいる。
敵を殲滅させるのではなく、アリスたちが来るまで王国軍とジュリアスを持たせるのが大事だ。
それに、夜間の嫌がらせだけなら、野犬よりももっと相応しいのがここにはいっぱい居る。
というわけで、この辺りの平原中の蚊を【操作】で反王国軍にどんどんと流し込んでいく。
いっぺんに移動できないのが難点だが、地道にひたすら近辺の蚊を誘導していく。
蚊達はある程軍勢に近づけてしまえば、あとは勝手に人間の匂いにつられて進んでいった。
耳元でブーンブーン作戦を思い知るが良い。
そんな訳で、夜になって急激に増えてきた蚊にバゾリ軍のほとんどが心地良く眠ることを許されなかった。
そして、両軍とも日が昇る前には暗闇の中で布陣を敷き始めた。
お互いの松明の位置から相手を予想しながら陣を調整する。
そして、薄明。夜が明けた。
ジュリアスは大きく舌打ちした。
おそらくバゾリもだろう。
反王国軍も王国軍も暗闇で相手を出し抜こうと、両翼の松明を隠して、相手に布陣を短く思いこませようとした。そして、その結果、両陣営とも正面から見たらまったく同じ長さの陣形が出来上がっていた。
両軍は互いに出鼻をくじくことに失敗したまま、二日目の会戦が始まった。
ジュリアスの敷いた布陣は昨日とは少し変わっていた。大きな変化ではない。
昨日は『只』の形だった。
前面に四角く歩兵軍、後ろに二つの騎兵部隊。
今日は、歩兵の形が違った。前から見ると分からないが、四角では無く『凹』の形で真ん中がへっこんだ形になっていた。
ジュリアスは戦場を3つに分けて考えていた、左、真ん中、右だ。
真ん中は昨日と同じ展開で歩兵同士をぶつけて凌ぐつもりだ。
左翼と右翼、ここについてジュリアスはそれぞれ別の戦場であると考えたのだ。
まず、歩兵の後ろの騎士たちが左右に展開する。これは昨日と同じだ。
今日は、正面の歩兵たちの後方左右に出っ張るように配置された歩兵たちが騎兵の後ろから一緒に突撃する。
左翼は左翼、右翼は右翼、それぞれに騎兵と歩兵の揃った小さな戦場を形成するのだ。
その小さな戦場において、先行して突撃する騎兵は相手の騎兵と正面からぶつからず、左右に散開する。そして、真ん中で盾を持った歩兵が反王家軍側の騎兵を命懸けで止めるのだ。反王家軍の騎兵の足が止まったところを左右に散開した騎兵たちが囲い込み、相手騎兵の包囲を完成させるのだ。
囲めば殲滅できるというのがほんとならば、局地的にでも包囲を成功させればその場の相手を殲滅できるという事だ。
敵の左右が殲滅すれば全面の対局でも包囲がしやすくなる。
ジュリアスはこの作戦を読まれないように、両翼に充てた200ずつの歩兵を中央の歩兵の後ろに隠した。
そして、ジュリアスはもう一つ隠したものがあった。パイクとか言う名前の対騎馬用のめちゃ長い槍だ。3m以上あるんじゃ無かろうか。これを構えたところに馬が突っ込んでくると串刺しになるという寸法らしい。歩兵は、これと盾で敵の騎兵が突っ込んでくるのを受け止めるのだ。
ジュリアスの布陣については理解したので、今度は戦場の上空を飛んでいた鳥に視点を移して敵側の布陣を把握する。
バゾリの包囲網を確認して、少し冷汗が走る。
バゾリはかなりの手練れだった。
バゾリもジュリアスとほぼ似たような陣形を組んできた。
正面からは壁のような歩兵たちだったが、上から見るとジュリアスの軍同様左右に伸びた『凹』の形をしていた。
それどころか、バゾリのほうが左右の歩兵が厚い。元々兵が多いのだから、多くなるのは当たり前なのではあるが、そんなレベルの話ではない。
バゾリは、正面に配置する兵を減らしてまで両翼に歩兵を割いたのだ。
ジュリアスは正面は耐え、両翼を支配する作戦を立てた。そして、一番の懸念は正面の600の兵士が相手の攻撃を耐え続けられるかどうかだと考えていた。。ジュリアスは少なくとも1000以上、最悪の場合2000の兵士を600で受け止め続けなくてはならないと推測していた。
ところがどっこい。
バゾリが正面に配置した兵も同じ600くらいだった。正面は間違いなく膠着する。そして、膠着したところで、バゾリの軍の歩兵が無駄に足止めされるわけでは無いのだ。
ジュリアスの作戦通り正面が膠着したとしても、戦争のカギとなる両翼の騎兵は150と200で負け、そして、歩兵に至っては200と750で負けているのだ。ジュリアスが一番勝ちたい両翼でこそ圧倒的な戦力差なのだ。
この数的不利をジュリアスはさっき言った作戦で覆さなくてはならない。
自分も一応、野犬軍も50づつ敵軍両翼に配置している。
両翼の包囲戦を上手くこなすことが王国軍の勝利のカギだと理解していたからだ。野犬で敵軍を包囲網に追い込むことも、歩兵たちの援護を遅らせることも考えて配置したつもりだった。
信じられないことに、バゾリはこれにも対応していた。
両サイドに配置された反王家軍の騎兵はそれぞれ200だ。昨日、反王家軍の騎兵は総勢で500残っていた。
つまり残りフリーの騎兵100がいるのだ。
バゾリは、その残りの100を左右どちらにも走り出せるように真ん中後方に配置したのだ。
おそらく、どっちかのサイドが苦戦した時とか、逆に押せそうな時に遊撃させる腹づもりなのだと思う。
バゾリは夜明けギリギリまで陣形を決めなかったので詳細な意図を知る機会がなかったが、この配置は、どこに野犬が出てもすぐ飛んでいける場所だ。
これ、勝てるのか?
数の暴力がひしひしと伝わってくる上に、バゾリのほうが一枚も二枚も上手なような気がしてきた。
しかし、そんな心配なんてまったく無意味だった。
バゾリはジュリアスより一枚、二枚上手というレベルではなかった。
戦闘が開始されてすぐ、自分とジュリアスは、バゾリという天才に凡人が挑んでいるということを理解することになる。




