10-8 c さいきんの王国革命戦記
初日の戦闘は、序盤は王国軍が攻め、最後は反王家軍が大きく押し返して終わった。
王国軍は右翼では押し続け、両軍は互いの右翼側が前に進む形でぐるりと60度ほど回転したところで今日の戦闘の鉾を収めた。
壊滅の可能性もあった王国軍の左翼だったが、ジュリアスたち3名の命を懸けた特攻と、反乱軍側の追撃が途中で止んだおかげで、ギリギリのところで逃げ帰ることが出来た。
反王家軍左翼で【嘔吐】をする兵士や騎士たちが現れたためだ。
結局、反王家軍たちは序盤の劣勢から立て直して南側に布陣を敷けたところで満足し、王国軍は壊滅寸前の左翼を立て直すのがやっとだったため戦闘の再開は望まなかった。
今回、いろんな所から戦争を見て二つ分かった。
ゲームみたいに、いやゲーム以上に、歩兵と騎兵では性質が違った。
運用方法がまるで違う。
歩兵は騎兵の代わりにならないし、騎兵は歩兵の代わりにならないのだ。別物の部隊であった。
騎兵は積極的に動き、積極的に戦う。一方歩兵は守備的に動き戦局を膠着させるのがメインの役割だ。
上空から時々俯瞰していたおかげで、軍の動きそのものが自分が思っていたのとだいぶ違うのだという事が分かった。
両軍とも相手を倒すことが目的の動き方をしない。
じゃあ、どういう動きをするのかというと、相手を包囲しようとするのだ。
彼らは真ん中で歩兵同士をにらみ合いさせて、騎士たちで両翼から相手を包囲しようとするのだ。
両軍の動きには、相手を囲んでさえしまえば勝てるという意図が多分に見えた。おそらく完全に包囲するとめっちゃ有利になるとかなんだろう。
実際、王国軍と野犬軍によって早い段階で半包囲できた反王家軍の左翼側は一方的に押し勝つことができた。
本日の両軍の戦績は、最初3500vs1700とダブルスコアだったのが、1日目終了時は2600vs1300とやっぱりダブルスコアのままだった。
より戦況を理解するために、歩兵と騎士の数についても記しておく。
王国側は騎兵700歩兵1000だったのが、騎兵300歩兵1000。
反王家軍は騎兵800歩兵2700だったのが、騎兵500歩兵2100。
てか、王国側って歩兵がやられてないのな。
最初に戦力差が大きくあった事を考えれば、この結果は十分な結果だ。
戦果だけをみれば、王国軍は900で、反王家軍は400。
ジュリアスは善戦どころか、少ない人数で快勝したとさえ言えた。
しかし、いまだジュリアス軍が大きく戦力的に負けていることには変わりない。
今日は、自分の蜂や野犬隊が機能した。
明日もこの戦力差を埋める方法を考えておく必要がありそうだ。
いちおう【嘔吐】が効く連中が、バゾリも含め300人ほど反王家軍にいる。だが、【嘔吐】にはちょっと情けない弱点があるので、対応されてしまう可能性がある。
それと、野犬隊の残りが100。数がだいぶ減ってしまった。
結局、戦況は一切好転していないのだった。
王国軍の野営では奇跡的な生還を果たしたジュリアスが軍師たちと打ち合わせをしていた。
「バゾリにやられた。」ジュリアスが王国軍の軍師に言った。
「戦果を見ましょう。」軍師は元気づけるように答えた。「我々は相手を倍も倒している。それに、ジュリアス殿下も無事に戻られた。」
「なにやら、両翼で混乱が起こってくれたおかげだ。」ジュリアスは謙遜して言った。「今日は徹底的にツイていた。明日はもっと戦い方を考えなくてはならないだろう。」
力になれたんなら何より。だけど、実は、正直そこまでの実感はない。
実は、今日の戦闘での自分の戦果は40くらいに過ぎなかったりする。
積極的に相手を殺そうと思わないと点数がつかないみたいなので、蜂でのスコアが加算されていない可能性はある。だけど、そもそも蜂では誰も死んでないんじゃないかな?
自分ができたのは両翼を少し混乱させて、後方から回り込もうとした歩兵を足止めしたくらいだ。
一方で蜂は全滅し、300近くいた野犬軍が半壊し、相手を40しか倒せてないのだから、自分の戦果は小さい。
ジュリアスの帰還についても完全に彼の力によるものだ。
そもそも、ジュリアスってアリスと互角に決闘できるくらい強かった。
剣を振り下ろされてるとこ見た時はもうダメかと思ったが、そこから敵の馬強奪して帰ってくるんだもんなぁ。
強奪した馬の両目が腫れていて上手く走れなかったせいで、もう一回落馬してたけど。
「バゾリ候は中央のでの戦いを放棄していたようです。」軍師が言った。「こちらの歩兵に被害が出ておりません。もしかしたら、中央はこちらよりも相手のほうが薄かった可能性すらございます。」
「たしかに相手の軍の横幅がいささか嫌な感じではあった。」ジュリアスも言った。「わざわざこちらの歩兵の数に合わせてくれたかのような戦線の長さだった。」
「おかげで、こちらの歩兵たちは悠々と守ることができました。本来、数で負けているのですから、歩兵たちには無理をしてでも頑張ってもらわないといけなところだったのですが、助かりました。」
「騎馬の動きも少し消極的だったように思える。蜂や動物による混乱のせいかと思っていたが、そもそも、両翼はこちらに攻めさせておいて、深い位置で我々の騎兵を足止めし、乱戦になったところで後方からの歩兵隊で援護させ壊滅するつもりだったに違いない。左翼はそれでやられた。」
「対応が必要ですね。両翼で負けると全軍が包囲されてしまう。そうなれば敗北しかありません。」
やっぱ、包囲されると負けで、包囲すると勝ちなんだな。
「両翼を各個の戦場に見立てよう。両翼にも歩兵隊と騎馬隊を混成する。」ジュリアスが作戦を軍師と戦術の相談を始めた。「騎馬数で負けている分も取り返さねばならない。」
一方の反王家軍もバゾリが吠えていた。
「大敗に等しい!!3分の1を失ったのだぞ!」
「まだ、数では勝っています。」ワルキアがバゾリをなだめた。
「しかし、農民共が来るまでに戦況を支配せねばならん。」
「鍬と鋤の連中がどれほどの戦力となりましょうぞ。」トマヤがバゾリを安心させるように言った。
「農民共だけなら何とでもなろうが、ただの肉塊とて軍勢にとっては強力な盾となりうる。」バゾリは元貴族たちに向けて言った。「合流される前にジュリアス共の騎兵だけでも無力化しておかねばならない。奴に上手く農民共を使われたら厄介だ。」
「前面左翼の歩兵の打撃が痛いです。包囲されたせいで壊滅に近かった。良く持ちこたえてくれました。」
「あの野犬どもは何だったのだ。左翼が機能しなかったのはあの犬どものせいだ。」
「今日に関しては運が悪かったとしか・・・。」
「くそっ!」
「明日は後方の歩兵部隊を編成し直さないといかんな。」バゾリは言った。「左翼は少ない騎兵で何とかするしかあるまい。」
「前面から押す手もあります。」
「考えておこう。」バゾリは言った。基本的に反王家軍の戦術面の作戦と指揮はバゾリが担っている。
この日の戦闘においてバゾリは歩兵軍を900ずつ3つに分けていたらしい。
後方の左右二部隊と前方の一部隊だ。
前方の1部隊は王国軍の1000人の歩兵と正面からぶつかり合い、ひたすら2時間耐え忍んだ。反王家軍は数が多いにもかかわらず正面を王国軍よりも少ない兵で凌いでいたのだ。
そして、両翼の騎兵が王国軍の騎馬隊を足止めしている間に、後方の二つの歩兵部隊が両翼に駆けつけ、王国軍の騎兵1に対して、騎兵1+歩兵2で戦いを挑むという状況を作るつもりだったようだ。
ところが、蜂と犬とでどちらの歩兵も出遅れたことでこの作戦が崩れてしまった。とくに左側は900の歩兵が300の野犬に足止めを食らい、王国の騎士たちと合わせて包囲気味になってしまったせいで、終始王国軍に大きくやられた。
右翼側は戦いの終盤でようやくバゾリの望む形が作られた。
理想形が機能したのはほんの短い時間だった。だが、そのほんの少しの時間で王国軍の左翼の騎士団は溶けるように壊滅したのだ。
こうしてバゾリたちの愚痴を聞くと、自分の行為が想像以上に大きく戦況を変えていたのだと理解できた。
だが、頑張りましたと威張りたい気持ちよりも、一つ間違えていたらと想像した時の恐怖のほうが大きい。
たまたま【管理】に丸投げするために野犬隊を歩兵部隊にぶつけていたから良かったものの、もし他の事を命じていたならどうなっていたことだろうか。
「兵士共の食中毒は問題ないか?」バゾリがワラキアの軍師に尋ねた。
「とりあえず、全員に薬を飲ませました。」軍師は答えた。
これな。
【嘔吐】って薬が効くねん。
かといって、気絶させられるほど【感染】細胞数の多い奴は前線の兵士や騎士の中にはいない。【パラメーター調整】で武器の扱いをファンブルさせるくらいしか直接攻撃の手段が無い。もっと、積極的に【症状】を取っておくべきだったと反省しきりだ。
バゾリたちはその晩はこまかい作戦は定めずに、編成と明朝までの休息の使い方の打ち合わせを念入りにしていた。
時を同じくして、アリスはようやく王都を後にして革命軍の元へと出発する所だった。
時はすでに夜。日は暮れてしまっている。
アリスはノワル地区の郊外から宵闇に紛れてこっそりと出発しようとしていた。
明日の朝に出立して馬を急がせてもそんなに変わらないというアピスの説得を無視して、アリスは夜通しの強行軍を選んだ。
夜は馬の歩みも遅いし、馬上の人も馬も疲れる。それでもアリスはカンテラを掲げて少しでも早く革命軍のもとに向かう事を選んだ。
アピスとカルパニアが戦場に向かうアリスを見送りに来ていた。
「くれぐれも私が出て行ったことは皆には内緒にしてね。」アリスはカルパニアとアピスに言った。「一応、謹慎中だから。」
今更何を。はなから謹慎なんてしてなかったじゃん。
アリスのストイックなところとラフなところの切り分けがいまだに良く分からない。
「ああ・・・、私はなんて事を伝えてしまったのでしょう。」アピスがアリスに反王国軍の事を伝えてしまったことを嘆いた。
「仕方ないですわ。いずれはこうなる運命だったのです。」カルパニアがアピスを慰めた。「どのみち、戦いの進み方によっては、私たちも巻き込まれるかも知れないのですし。」
馬の傍らに立ちアピスたちと言葉を交わすアリスの後ろには、アープたちノワルの警邏隊8名と、馬に乗れるノワルの住人が10名、そして同じく馬に乗れるという理由で駆けつけた元強人組の何人かが居た。
これは、いつかはこうなるだろうとカルパニアが準備していた小さな軍隊だ。
「ニア、ありがとう。」アリスは言った。
「頭領を頼んだわよ。」カルパニアはアリスの周りで馬の様子を確かめている男衆に言った。
「命に代えても。」
「ガッテンです姐御!」
「ようやく恩返しのできるチャンスだ!」
「みんな、戦っちゃダメよ!」アリスが皆に声をかけた。「私とアープの言う事を聞くのよ。もしなんかあったら全力で逃げなさい。」
「ダメです。最後のは聴けません。」
「私たちの任は頭領をジュリアス殿下の元かミスタークィーンさんの元に届けることです。」
「強人組は仕事はきっちりこなすんでさ。」
「殿下に救われたこの命、ここでお返しできなくて何としましょうか。」
「勘弁してよ・・・。」アリスは困ったように言った。少しだけ嬉しそうではあったが、本当に困った様子だった。
「アリスさん。」アピスはアリスに言った。「あなたが皆さんに対してそう思うように、私もここにいる皆もあなたに無事でいて欲しいと思っているのです。それを忘れないで。」
「・・・分かった。」
「無茶をなさらないように。」アピスはそう言って両手でアリスの手をやさしく握った。
最後にカルパニアが寄って来て言った。
「アリス。ジュリアスをお願い。」
「うん。任せて。」アリスは不安そうなカルパニアを抱きしめた。
アリスははらりと馬にまたがった。
「行ってくる。」
アリスはそう、アピスとカルパニアに告げると、後ろの仲間たちを振り返って声をかけた。
「みんな行くよ!」
「「「「「おおっ!!」」」」」
カルパニアとアピスが一歩下がった。
アリスは馬の腹を蹴った。
半月の照らす薄夜闇を26騎の馬が戦場に向かって駆け出した。




