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10-8 b さいきんの王国革命戦記

 さて、ここまでアリスは何をしていたか。

 ノワル地区の監督の任務は解かれ、次期国王の座も追われた。

 城から出て行けと言われたわけでもなかったが、アリスはのんびり荷物をまとめると1週間後には芋畑の前の搭に引っ越していた。

 アリスが搭に戻ったころは、まだワルキア周辺に兵隊が集まったばかりで、ジュリアスたちこそ大騒ぎだったが、王都では大きな噂にはなっていなかった。

 どちらかというと、王女アリスが市民に味方して謹慎処分にされたというゴシップが王都の一番の話題だった。

 あれ?

 アリス、引っ越したりノワルぶらついたりしてたけど、謹慎ってこういうのでいいんだっけか??

 ちょうどこのころ自分は反王家軍がエラスに向けて放った伝令たちに【嘔吐】をかましたりミスタークィーンを探ったりと忙しかったので、どういった経緯でそうなったのかはそこまで詳しく知らないのだが、アリスは以前居た部屋ではなく、搭の三階の部屋に落ち着いた。もと食堂のあった場所だ。

 アリスはそこを改造して新しい住処とした。

 もともとアリスの住んでいた一番上の部屋はと言うと、カルパニアの事務所になっている。

 アリスは王位継承権を奪われたことにはそれほど頓着していない様子だった。

 引っ越し前は城の本を如何に自分の物として持ち出すかに頭を悩ませ、引っ越ししてからはカルパニアと一緒にノワルの今後についてや最近のスイーツ事情について話したり、色々な業務を毎日のように手伝ったりしていた。カルパニアがアリスを逐一頼ってくるので意外と多忙だった。

 アリスは例の農民の蜂起についてはかなり気にしていた。

 自分の名を語られたうえ、そのせいで王位継承権を剥奪されたわけだから当然だ。

 アリスはヘラクレスに頼んでこの辺りについて探らせたかったようだったが、ヘラクレスが捕まらなくてむくれていた。あいつ、肝心な時にいつも居ない。

 王都の周りではものすごい事が回っていたのだが、カルパニアと一緒にノワル地区の改善に精を出していたアリスにその手の事を耳にする機会はなかった。

 そして、王国軍と反王家軍の戦いが始まったこの日。

 アリスのもとをアピスが訪ねてきた。

 「良かった。アリスさん。こちらにおいででしたのね。」アピスはグラディスに通されて、搭の一番上のカルパニアの事務所に通されると、アリスを見て開口一番そう言った。

 「うん。王女クビになっちゃったからね。」

 王女ってクビになるもんなのだろうか?

 三人はアピスが街で買ってきたマリトッツォとかいう生クリームを挟んだコッペパンみたいなのを来客用の机の上に並べ、グラディスの入れたお茶で小さなお茶会をセッティングした。

 「ごめんなさい。夕方ではこんなものしか残っていなくて。」アピスがマリトッツォを広げながら言った。「でも、アリスさんのおかげで小麦が美味しくなりましたから、これも結構美味しいのですよ。」

 「おお、さすがアピスン!最近カルパニアとケンにノワルを引っ張りまわされててお菓子買いに行けないのよ。」アリスは甘いものの登場に興奮気味に言った。「ニア。ノワルに足りないものが解ったわ!」

 「元気そうで良かったですわ。」アピスがほほ笑んだ。

 「うん。やる事いっぱい。」アリスは言った。「ノワルが終わったらミンドート領にも顔出さなきゃだし、アキアの雇用問題もあるし。」

 「え?」アピスは驚いた様子でアリスを見た。「そんなに仕事があるのですか?」

 だよなぁ・・・。

 アリスは今まで自分がやってきた仕事の続きだからやる気満々なんだけど、アリスって今無職なんだよなぁ。

 「ん?別に、父様にもやるなって言われてないし。」アリスはマリトッツォの包装を剥がしながら言った。「ダメだったら止めに来るでしょ。」

 いや、会社を辞めた奴が仕事の続きを勝手にやりに来るみたいな事、想定してないだけなんじゃ・・・。

 「そんなものでしょうか・・・?」アピスが不思議そうに首をかしげた。否定してくれ、良識人。

 「もしダメだったら、アピスが王様になって私に命令してよ。」

 「何を、世迷言を。」アピスが苦笑いしながら言った。「何で私が王になりますの?」

 「だって、アピスン王位継承者でしょ? 」

 「はいっ!?」アピスが素っ頓狂な声を上げた。知らんかったのか。

 「今、ジュリアスが1位で貴女2位よ?」

 「ジュリアスは王様にはならないって言ってるから、アピス様が次の王様ですわね。」カルパニアがからかうように言った。

 「じょ、冗談ですわよね??」生クリームパン届けに来たら、自分が次の王様だと知らされたアピス。「アリスさんがやってくださいましな。」

 「私、継承権剥奪されちゃったもの。」

 「いつもみたいに、そんなの無視してやりたいようにやっちゃえばいいんじゃないの?」カルパニアが言った。

 「だめよ、なりたいってだけでかってに王様になったら。」アリスは言った。「なんでもいいからみんなが納得する理由とか線引きが必要なのよ。でないと、国民が惑うの。納得いかなくても仕方ないって思えるくらいの決まり事がないとダメなのよ。全ての人に手放しで受け入れられる人間なんて居ないんだから。」

 「それでも、やっぱり、アリスさんが王をやるべきですわ。」アピスが言った。「アキアの民にも王都の周りの領民たちにも信頼が厚い。今回の農民たちの蜂起も素晴らしい作戦でしたわ。」

 「!」アリスがアピスを見た。「アピスン、もしかして今回の農民たちの蜂起について何か知ってるの?」

 「知ってるもなにも、アリスさんの指示なのではないのですか?」

 「違うわよ!私、勝手に名前使われてるだけ。」アリスは言った。「ヌマーデンではちょっと協力しちゃったけど、それ以外は本当に知らないのよ。」

 「あら、まあ。オリヴァ様が講演されてらっしゃったからてっきり。」

 「オリヴァ!?」

 「ここの所ずっと、オリヴァ様とハリーさんが一部の市民たちを集めて王国の行政について講演なさっていましたのよ。」アピスは言った。「私も一度聴講したことがございますわ。ちょっと扇動的でしたが、内容は面白い捉え方をしていました。正しい側面を持った講義でしたわ。商人や農民たちの目線を理解できる大変良い講義でした。それを聞いていた方々が中心となって今回無血蜂起を起こしたとうかがっていますけど。」

 「ハリーってだれ?」

 「?」アピスが不思議そうな顔でアリスを見た。「カルパニアさんとアリスさんと仲の良ろしい商人じゃございませんか。」

 「誰?」アリスがカルパニアを見た。

 「さあ?」カルパニアも不思議そうに首をかしげた。

 「カルパニアさんとノワルをお納めしている商人様ですって。あの方はハリーさんというのではないのですか?」

 「ミスタークィーンかっ!!あの野郎!偽名まで使って!」アリスが口ぎたなく叫んだ。

 「本当に知らなかったのですか?でも良かったですわ。」アピスはほっとした様子で言った。「てっきり、アリスさんも反乱軍の所に向かってしまったのではないかと思っておりましたから。」

 「反乱軍!?」アリスの表情が怒りから驚きに変わる。「反乱軍って何!?どういうこと?」

 あ、ついにアリスにばれた。

 アリスの首がグリンと回ってカルパニアを見た。

 「カルパニア=スプリグス!最近やけにどうでも良いことで引きずりまわすと思ったら、こういう事かっ!」

 カルパニアは露骨に目を逸らした。

 「アピスン!その話、詳しく聞かせて?」

 こうして、王都の周りの騒乱はようやくアリスの知るところとなった。




 そして、事態はさら複雑になる。

 状況を複雑にしたのは革命軍だった。

 エンヴァイが800の兵を引き連れ、ミスタークィーンからたもとを分かったのだ。

 革命軍のなかにも現国王だけでなく王家そのものに、つまりアリスにも不信感を抱く者たちがいた。

 それが、エンヴァイたちだ。

 エンヴァイは前々から農民や商人の一部を焚きつけ、自分の派閥を構築していた。

 その800が、ついにミスタークィーンから離反したのだ。

 きっかけは2800人に膨れ上がった革命軍に対するミスタークィーンの演説の台詞にあった。

 もうすぐ、反革命軍や王都から出たジュリアス軍と革命軍は接触する。ミスタークィーンは革命軍を鼓舞する必要があった。

 「たくさんの領民が反王家軍によって虐殺された。我々は同朋を守らねばならない。」

 そうこぶしを上げて叫ぶミスタークィーンに対して、エンヴァイが声を上げたのだ。

 「同朋とは誰の事か。ジュリアスたち王国軍を助けに行くのが我々の使命であろうか!」

 「我々はアリス王女の旗下の元新たな軍として、反王家軍を倒す。王国軍がアリス殿下に付くとあれば彼らを助くこともあろう。」ミスタークィーンは突然の身内からの質問にも動じることなく大声で答えた。

 「アリス王女の策は失敗した。我々が各所で勝利したにも関わらずだ。」エンヴァイも皆に聞こえるよう大声で続ける。「そして今日に至った。アリス王女も先王同様に愚王となるであろう。」

 「失敗ではない。策は成功した。」ミスタークィーンは言った。「貴族たちが新たな暴挙に出たに過ぎない!」

 「そうだ!」エンヴァイは叫んだ。「貴族が居る限り、その頂きでアリス王女ごときが何をしようと我々は苦しめられるのだ。」

 「ならば、そなたは何とする。」ミスタークィーンは尋ねた。

 「王制と貴族制を廃す!」エンヴァイは言った。「我々が政治を作り上げるのだ。我々のための執政を我々以外の誰がこなせようか。」

 農民たちが騒めいた。

 「笑止!エンヴァイ。お前が自分にとって都合の良い国を作り上げたいだけではないのか。」ミスタークィーン素早くエンヴァイを糾弾する。「我々は、我々の暮らしを良くするために立ち上がったのだ。国を執政するために立ち上がったのではない。」

 「同じこと。」エンヴァイは言った。「我々が自らのための政を行って暮らしを良くするのだ。」

 「執政をするというのであれば貴殿は自らが良い政を行えることを示すべきである。」ミスタークィーンは言った。「貴殿はどうやってここに集った同朋やこの国の皆を幸せにして行くというのか。聞かせよ!」

 「そんな必要はない!」エンヴァイは言った。「ワルキアやヌマーデン共を見ただろう。あれに比べればよほど良い政ができるわ!」

 「他者の劣悪が故に自らはすぐれているという論理は理知に劣る。」ミスタークィーンは言った。「我々の担ごうとしているのはアリス殿下だ。かの御仁はアキアを立て直した名君ぞ!それに異を唱えるのであればそれ相応の力を示せ!」

 「革命とは未知から生まれるもの。」エンヴァイが叫んだ。「ファブリカの初代国王が立ち上がった時、彼の政治的な資質を問うたものがあったろうか!我々は革命軍だ。我々が自らの手で勝ち取ったものは我々こそがつかんでいるべきである!何故、命も賭さぬ王家の小娘にくれてやる事があろうか!」

 「この騒ぎは王都のアリス殿下の耳にも入っていよう。必ずや王女殿下は我々のために立ち上がってくれる!」

 ミスタークィーンは根も葉もないことを言った。

 ただ、彼には確信があるのだろう。なんせ彼はアリスとの付き合いが長い。この手のトラブルにアリスが首を突っ込まない訳がないことを良く知っている。

 「だから、なんだというのか。」エンヴァイは声高らかに言った。「お前たちは王家に尻尾を振るから、家畜として扱われるのだ。我々は我々の世界を自らの手で築きあげねばならぬ。我は王家の愚娼などには従わぬ!我々で新たな国を興すのだ!志ある者は我に続け!!我々による我々のための政治を行う!」

 エンヴァイは宣言し、こうしてl、エンヴァイを頭として800人ほどの新たな革命軍が生まれたのであった。

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