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10-8 a さいきんの王国革命戦記

 その日の午前中、反王家軍と王国軍は王都の少し西にある平原に東西に向き合って相対した。

 両軍は互いに向かって進軍していたとはいえ、進軍そのままに突撃することはしなかった。

 どちらの軍も互いに距離を取った状態で軍の進行を止めると陣を敷いた。

 陣形を見ていると面白い。騎兵は兵士の後ろに置くんだなぁ。

 上空を飛んでいる鳥から俯瞰で見ると、『只』って漢字に似た兵の配置を両軍とも敷いた。

 互いに口のほうを相手に向けている。

 上の四角形が綺麗に整列した歩兵の集団。下の二つの点が後方の騎兵だ。『只』の漢字よりもずっとアスペクト比が横に長いけど。

 将棋でも歩が前で桂馬は後方両サイドだし、こういうものなのかもしれない。

 反王家軍は王国軍に相対したまま右にゆっくりと回るように動こうとする。

 王国軍は相手を妨害するように平行に動いた。

 このジュリアスの動き、反王家軍にとっては最悪だった。

 じつは、反王家軍は王国軍の南に陣を敷きたいのだ。ジュリアスの北側に布陣してしまうと、北から向かってきている革命軍に背後から挟撃される可能性があるからだ。

 ジュリアスはおそらくそこを読み切っている。

 反王家軍が少し南に動こうとするとジュリアスが立ちふさがるように軍を移動させた。

 反王家軍の移動先は見え見えだった。

 ジュリアスにだけではない。

 自分にも。

 突然だが、ここで少し【管理】について復習しよう。

 以前、【管理】では難しい命令は出来ないと言った。これは【管理】で【操作】される側の知能に依存する。

 例えば、虫の団体を【操作】するような場合だ。

 ほとんどの虫たちは目的地という概念を理解しない。だから、【管理】でどこそこに向かえという命令を出して任せてしまう方法が通用しない。

 自分が介在している間は、虫たちにどこかへと向かわせ続けることができる。だが、それは自分が目的地を理解して虫たちを誘導しているからのようだ。

 【管理】を使って虫を指定の場所に移動させることができるのは『巣に戻れ』くらいだ。巣のある虫は巣という概念を理解しているからだ。

 一方で、少しその場所に留まるように【管理】することはできる。動かないだけなら目的地の概念が無くても問題が無いからだ。

 また、虫の中でも、蜂やアリなんかは集団意識が強いのか、一匹【操作】すると群れを【操作】することができたりするので便利だ。一匹ずつ操作する必要が無い。群れごと【操作】で連れてきて【管理】で留まらせることで一か所に大量に集めることも可能だ。

 さて、

 ここ1時間くらい陣の取り合いでダラダラと移動ばかり続けていた両軍に異変が起こった

 反王家軍の右翼が大量に潜んでいた蜂の集団に踏み込んでしまったのだ。それは王国軍からも黒いもやとして見えたらしい。

 蜂たちは天啓を持って彼らを敵と判断した。

 反王家軍の右翼歩兵たちから悲鳴が上がり、陣形が大きく乱れた。

 このチャンスをジュリアスは逃さなかった。

 こうして、自分の集めた蜂の集団が反王国軍と接触したのを合図に、ついに戦いの火ぶたが切って落とされた。

 混乱している反王家軍の右翼をめがけて王国軍から矢が降り注いだ。

 反王家軍も慌てて矢を返すが、右翼は混乱状態だ。

 初手は王国軍の優勢だ。

 「数で押す!蜂から逃げたければ敵の元へ突っ込め!」反王家軍の指揮を取っているバゾリが怒声を上げた。「突撃!!」

 乱れた右翼を立て直すこともせずバゾリは兵士たちに突撃を命じた。

 「騎士隊は両翼から囲いこめ!」

 歩兵の後ろに隠れていた、反王家軍の騎兵隊が両側に展開した。

 タイミングを合わせたかのように王国軍の騎士たちも両翼に展開し、反王家軍の騎士隊を迎撃にかかった。

 時を同じくして両軍の正面の歩兵同士がぶつかった。

 引き返すことの出来ない戦闘の幕がついに切って落とされた。

 敵味方合わせて総勢5000人での戦いというのは、映画で見たようなスペクタクル感のある戦争ではなかった。

 正直、ちょっと地味。

 よく考えたら、東京ドームで4万とか5万とか入るんだし、その10分の1しかいない。

 そして、戦い方も思っていたのと違った。

 両軍、歩兵は盾と槍がメインの武器。そして、腰には短めの剣を持っている。弓矢は最初ちょっとだけ撃って投げ捨てた。

 歩兵たちは密集した陣形を取ったまま、正面からぶつかり合った。

 映画みたいに互いに走り込んで、すれ違いながら斬り合うみたいなのでは無かった。

 歩兵たちは巨大な盾をがっつり構えてぶつかり合い、相手に抜かれない事だけを考えているようだった。ラグビーでスクラムが膠着しているのを見ている気持ちだ。

 何だったら、お互いに威嚇程度の攻撃ばかりしてサボっているようにすら見える。

 ターン制のゲームで互いに防御ばかり繰り返している感じだ。

 一方、両翼では騎士たち同士の戦いが行われた。

 騎兵は歩兵よりも長い剣と盾。そして、腰に短めの剣を携えていた。

 昔、騎士同士の馬上試合を覗いたことがあるのだが、その時にはやけにごつい槍を使っていた。その槍が馬のサイドにぶら下げられていた。

 彼らは甲冑とまではいかないが、可動部以外はほとんど覆われた鎧を身につけてた。

 正面の歩兵同士ががっぷり四つで動かない一方で、騎士たちの両翼は苛烈だった。

 両翼に展開した互いの騎士はまさに殺し合いを行った。

 騎士たちは馬に乗っているため、固まるように守って戦う事は出来ない。彼らは互いに入り乱れての戦いを行った。

 自分は野犬軍団の300を近くに待機させていた。

 反王家軍の左翼の騎士たちが王国軍に向けて展開を開始した際に、彼らを野犬たちに襲わせた。

 さすがは軍馬で全ての馬がパニックになることは無かった。それでも一部の馬が野犬に恐怖し騎士隊の足並みは乱れた。

 ただし、馬とは強いもので、犬単騎では絶対にかなわないというのを思い知った。

 馬は攻撃を仕掛けて来ることこそないが、こちらが普通に攻撃しようにも、馬の足にしか攻撃が行かない。そして、馬の足に攻撃しようものなら、強烈なキックで反撃されるのだ。

 だが、隊列が崩れたのは有効だった。

 反王家軍の騎馬たちは、統率の取れないまま王国軍との乱戦に突入した。

 しかし、これにより、王国軍と反王家軍の騎馬隊が入り混じってしまった。

 ワンワンたちはどっちが味方かなんて分からない。【管理】での全体への【操作】では対応できない。

 だが、彼らにも『馬に乗っているのは攻撃するな、歩いているほうが敵だ』くらいは判断できる。

 慌てて、野犬たちに騎馬同士が乱戦を開始した場所を離れさせる。

 そして、今度は、騎士隊を援護するために移動しようとしていた歩兵たちを襲うように指示を出す。

 こうしておけば、【管理】に預けておいても、間違って王国軍を攻撃することはないだろう。

 一方で反王家軍の右翼側は蜂部隊が押さえていた。

 自分は20個の蜂の巣から蜂たちを連れてきて反王家軍が進軍する位置に留まらせた。結局、敵右翼がそこに足を踏み入れ、自動的に蜂たちは彼らを敵と認識した。

 歩兵の混乱は大きかったものの、小型の蜂ばかりだったせいか馬への攻撃の効きが悪い。馬なんてチクリとすれば暴れてくれるものと思っていたので大誤算だ。

 左翼の歩兵は野犬軍に任せておいて、右翼の蜂を一匹ずつ【操作】して、逐次馬の目を攻撃していく。

 蜂はまぶたに追いやられ、眼球そのものを刺すことはできなかったが、まぶただって刺されてくれば腫れてくる。蜂に狙われてしまった馬は立ち止まるしかなかった。

 準繰りに反王家軍の馬を攻撃して行く。

 王家軍の騎士隊も左翼に突撃してきた。ジュリアスも居る。

 自分の頑張りがジュリアスたちを少しでも楽にするはずだ。手を抜くわけにはいかない。一匹一匹【操作】して敵の馬を狙う。

 こうして、正面は互角、両翼は王国軍押し気味で戦いはスタートした。

 そうこうしているうちに、最初に瓦解したのは蜂たちだった。

 彼らは針を刺して攻撃すると死んじゃう系だったので自壊だ。連れてくる虫の選択を誤ったかもしれない。1時間も経たないうちに蜂は居なくなった。

 混乱の収まった右翼歩兵にバゾリが命令した。

 「後方歩兵第4隊!右翼に回り込み騎士隊と一組を作れ!」

 中央正面で押し合いへし合いしていた歩兵のうち後ろのほうの部隊が騎士隊の居る右翼に回り込んできた。

 この時点ではこの場所の戦局はジュリアス軍が圧倒的に勝っていたのだが、ここに反王家軍の歩兵が到着した。

 ここに来て、自分は騎士と兵士の武器の意味をようやく理解した。

 騎士の持っている長い剣は騎士同士の乱戦用。長くてごつい槍は馬の動力で突いて歩兵を盾ごと押し倒たおすめの武器だった。多分、腰にある短い剣は馬から落ちた時に使う用だ。

 そして、兵士の持っている槍は歩兵同士の戦いで盾の向こう側を突くためにあったのではなかった。

 馬を突くためだった。

 ようやく駆けつけた反王家軍の歩兵たちは、ギリギリで持ちこたえていた右翼の騎士たちの加勢に入った。騎士一人につき、二人の盾を構えた歩兵が貼りついた。

 こうなると、王国軍の騎士は一気に分が悪くなる。単に数で劣るという事ではない。

 王国軍の騎士は、馬上の騎士を剣で相手にしている間に、横からやってきた兵士に槍で突かれるのだ。間合いを取ろうにも馬は簡単には後ろに下がれないし、相手の騎士がそれを許さない。

 歩兵が到着したとたんに、反王家軍の右翼、王国軍から見て左翼が一気に崩壊し始めた。

 押されていた反王家軍だったが、こてによって右翼が急激に盛り返した。

 「無理をするな!」ジュリアスが叫んだ。「チャンスを作る、耐えよ。そして退却せよ!!」

 ジュリアスが自由に動くことのできる3名を連れて、逃げ出すかのように戦場の大外に回った。

 そして、3人は大きな槍に持ち代えると、長く一列に伸びていた戦線をなぞるように特攻した。

 相手に攻撃が当たるかなど気にしない。相手の攻撃が当たるかも気にしない。相手にぶつかって馬が倒れるとかも気にしない。ジュリアスたち三騎の騎馬隊は全力で右翼の戦線を横断した。

 三騎とも全て戦場を横断しきることはできなかった。

 歩兵を轢くたび、騎士を突き落とすたび、ジュリアスたちの馬の速度は劣っていった。そして、最後には歩兵の槍で迎撃されて、3人の騎士たちは全員、馬から投げ出された。

 しかし、ジュリアスたちの決死の突撃は無駄ではなかった。

 何人もの騎士たちが自由となり、相手も大きく怯んだ。

 「退却!!」ジュリアスは地面に這いつくばりながら怒鳴った。

 馬首を巡らす時間を与えられた王国軍の騎士たちが、慌てて退却を開始した。

 ジュリアスも立ち上がり、腰の剣を抜いた。

 その瞬間、ジュリアスの頭上に敵の剣が振ってきた。

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