10-6 b さいきんの王国革命戦記
さて、王国サイド。
いつもの部屋で3公が集まって話をしていた。
王は居ない。
ハブられたのではない。具合が悪すぎて自分の部屋からついに出られなくなったのだ。
「情報が早くて助かった。」ミンドート公が言った。「反旗を翻す輩が出る可能性は考えていなかったわけではないが、よもや全員集って反乱を企てるとは。」
「とある酒場のウェイトレスからの密告ありまして。」と、ジュリアス。「本当に幸運だったとしか言えません。」
そうそう。
生活スタイルが悪いせいで結婚早々バツ1になっちゃって金欠状態の、あの酒場で一番オッパイの大きいウェイトレスが、朝起きたら無性に貴族たちの話をジュリアスに密告したくなるという幸運があったっていいよね。
「こんな時に内戦が起こるとは。」ミンドート公が頭を抱えた。
「こんな時だから起こったんですよ。」ジュリアスが言った。「それに、まだ戦いが始まった訳ではありません。」
「とはいえ、どう着地する気ですか?すでに先方の鉾は抜かれている。簡単には収めてくれないでしょう。」モブートが言う。「衝突は避けられません。」
「そうですね。」ジュリアスが暗い表情で同意した。そして、ミンドート公に尋ねた。「あちらの様子はどうでした?」
「ワルキア周辺の兵は思いのほか多い。」ミンドート公は言った。「バゾリが合流すれば4000近くになりそうだ。」
「王都軍は2000ちょっとと言ったところです。」ジュリアスが言った。
「逆転されましたね。」と、モブート。「バゾリを押さえることが出来なかったのが痛かった。」
「さすが、バゾリ候と言ったところですか。」
ジュリアスたちはバゾリが反王家側だというのに気づいていたのか。
そして、バゾリはそれを察知して自分の兵を連れて逃げ出したと。
・・・もしかしたら、夢枕ささやき作戦って対人間で超有効かもしれん。
「王都の城下には城壁がない。」ミンドート公は言った。「数で負けたのは痛いな。城下街を捨てることを考えねばならん。」
「よりによって王都の周りの貴族たちが大勢敵対しましたからね。近場で兵を募っても集まらない状況です。ロッシフォール公が彼の軍隊を連れてエラスに向かってしまったのも大きい。」ジュリアスは言った。「ロッシフォール卿はどう動くでしょうか?」
「さあな、奴は雲隠れしておる。エラスに向かったという話だが、本当だかどうだか。」ミンドート公は言った。「まあ、あいつは4公の中で最も聡い。国をめちゃくちゃにする様な事はすまいよ。」
「そう信じたいですね。」ジュリアスは言った。「もし、紫薔薇公がアミール殿下を擁立したとなれば、反乱軍の数はこんなものでは済まなくなります。」
「兵を挙げられなくて申し訳ありません。私は貴族たちを押さえるので精いっぱいだ。」と、モブート。「私のところの貴族たちも、財政が苦しい者は多い。そして、王に更迭させられ反乱軍に加わった貴族たちも居る。反乱軍側に同情している人々が多いのが現状です。」
モブート領の貴族も何人か反乱に加わっていたが、モブート公爵自身は反王家派でも日和見派でもない様子だ。
「民を戦争に巻き込むのは避けたいところですが、彼らに対して今の陛下を守るために挙兵しろとは強く言えません。」モブートは続けた。「私自身も、犠牲を出さなくてすむというのであれば下る用意はあります。」
日和見というより積極的な嫌戦派というところだろうか。
「いや。それで十分だ。」ミンドートは言った。「迂闊に無理強いをしてモブート公の旗下が反乱軍に付いてしまおうものなら、国を2分する戦争になりかねない。」
「エラスティア・モブート連合対、アキア・ミンドート・ベルマリア連合ですか。それだけは避けたいですね。」モブートは顔をしかめた。「そんな戦争を指揮するのはごめんです。」
「ロッシフォール公がそのような状況を望むとは思えませんが。」ジュリアスは言った。「さすがにそこまで考えなくとも良いのでは?」
「ロッシフォールとエラスティアは違う。」ミンドートは言った。「大半のエラスティア貴族は反乱軍よりであろう。モブート領も同じだ。」
モブート公が静かに頷いた。
「正直、エラスティアに関してはいつ反乱軍側についてもおかしくない。」ミンドート公が続けた。「今、エラスティアが動かないのは、ロッシフォールがアミール殿下を連れたまま雲隠れしているおかげだ。」
「向こうからしてみれば、アミール殿下を擁立して宣戦布告した後に、ロッシフォールとアミール殿下が現れてこっちに付こうものなら目もあてられませんからね。」モブートが言った。「ロッシフォール公がアミール殿下を連れ出してくれたのは大ファインプレーですよ。」
「アミール殿下は王都に残っていてくれたほうが。良かったのではないのですか?」ジュリアスは訊ねた。「我々がアミール殿下を旗印にしたほうがこの事態は収拾しますよ?」
「エラスティア公爵の居ない中アミール殿下を擁立しようものなら、それこそ反乱軍やエラスティアにとっていい口実になろうぞ。『王都に囚われたアミール殿下を解放するのだ』と。」ミンドート公は言った。「エラスティアの貴族たちにしろ、モブートの貴族たちにしろ、ここのところの王の執政や改革による変化にはとさかに来ておる。正当そうな理由があればいつでも反乱軍側に付きかねん。」
「なるほど。」ジュリアスは考えながら言った。「となると、アリス殿下を旗印にする訳にも行きませんよね。」
「当たり前だ。アリス殿下vsアミール殿下なんて構図になってみろ、赤いカーペットを境に国が二分する!」ミンドート公が興奮気味に言った。
赤いカーペットというのはおそらく国政会議の真ん中のカーペットの事だろう。あのカーペットを挟んでアミール派とアリ・・・アミール派ってほどでもない貴族に別れていた。なるほどね。そういう事態になるのか。
「そんなん最悪ですよ。」モブートが言った。「それこそ王女殿下は今回の騒動の首謀者扱いですからね。うっかり味方でもしようものなら、私の領地から大勢の離反者が出ます。うちの領地はアミール殿下の派閥のほうが断然多い。アリス殿下を擁立しようものならエラスティアはいわんや、私もアミール殿下側につかざるを得ない。」
「アキアはアリス殿下につくでしょうね。」
「私もアリス公につかねばならん。農業改革が進んておるし、今アキアと切れては公領が立ち行かん。」
おおっとミンドート公がアリス側についた!ジュリアスもなんだかんだでアリス側だと思う。
「そうなったらどっちが勝つであろうな?」ミンドート公が言った。「アリス殿下は農民たちに人気があることを加え、アキアが味方だ。この国の台所事情はアリス殿下側に着くことになろうな。」
「我々には輸入小麦がありますよ?」モブートが不敵に言った。「王都もこちら側だ。」
おいおいおい。勘弁してくれ。何の話合いだ?
ガチでアリスvsアミールで戦争を始めようって言うのか?
アミールには悪いが、もしそうなるんだったら、自分はアリスのために動くぞ。
ハッキリ言う。
アミールにまで【感染】が届けばアリスの勝ちだ。
アミールの近親者の誰かに【感染】できればアミールの背中が見えたも同じだ。今の時期は蚊だって多い。手段を問わずに【感染】していく手もある。【操作】した動物がアミールに小さな怪我を負わせるだけでチャンスが来るのだ。
「アホなことを言っていないで目の前のことに集中してください。」ジュリアスが少しムッとした様子で言った。「家督争いで国が衰退するなど愚かしいにもほどがある。」
「あなたが言うと真に迫って聞こえますね。」モブートはそう言ってからハッとした様子で慌てて立ち上がって頭を下げた。「今のは酷い物言いでした。心から謝罪をいたします。」
ジュリアスの父、元ベルマリア公カセッティはジュリアスに王位を継がせようと画策し、アリス暗殺を企てて失脚した。
その結果、彼は自死を選んだ。
当時は気にもしていなかったが、アリスが王位をかけてアキアの改革に望んでいた時、ジュリアスはアリスについてどう思っていたのだろうか。
ジュリアスもベルマリアの貴族たちも、もしかしたらアリス派などではないのかもしれない。
「いいえ。お気になさらず。」ジュリアスはいたって平静に返事をした。
「ともかく、アリス殿下を擁立する訳にはいかぬ。」ミンドート公が言った。
「陛下のお加減が悪いと聞いていますが、まさかこのタイミングで死んだりしませんよね。」不吉なことをモブートが言った。「部屋から出ることも叶わないようですが・・・。」
いや、いつ死んでもおかしくない。
最近はアリスを追い込んだのが応えたのか病気で屋で部屋から出てこない。
皆、暗い顔で黙りこんだ。
うーん。
今の状態ではアリスが王位継承者第一位に返り咲く道が無いような気がする。
彼らの言う通りなら、この状態でアリスが王位継承者に返り咲くとアミール派は打倒アリスで団結してしまう。
はて、どうやってアリスを王にしたものか。
なんだかんだで王はもう長くない。
いっそ、アリスvsアミールという構図を鮮明にしてしまって、アリスを勝たせるのが一番手っ取り早いかもしれない。
それに、今までのアリスとアミールの扱われ方の違いを思うと、直接対決してアミールたちをギャフンと言わせてやりたい気持ちがなくもない。
ただ、それは大規模な戦争が起こることを意味していて、アリスはきっとそんなことは望まない。戦いそのものには喜々として参加しそうだけれど。
「陛下が亡くなった場合についても、一応、頭を回しておく必要はありそうですね。」ジュリアスが言った。「しかし、まずは目の前の反乱軍をどうにかしないといけません。」
「そうですね。反乱軍さえ何とかしてしまえば、あとはなるようになれですね。」モブートが言った。「王都の兵が少ないのが難点ですが。」
「なあに、我が軍かベルマリア軍のどちらかが到着するまで耐えればよいのだ。その間籠城するくらいであれば何とでもなろう。」




