10-5 a さいきんの王国革命戦記
王都近くの農民たちはいっせいに蜂起した。
そして、本当に蜂起しただけだった。
「大変です。館の前にたくさんの農民たちが!!」
早朝のブラッタ子爵の寝所に兵士がノックも忘れ飛び込んできた。
自分はこの日農民たちが蜂起を起こした最初の村であるブラッタに視点を合わせている。
ちょうど領主の館の門番をしていた兵士に【感染】できていたからだ。今、子爵のもとに駆け込んだ兵士がそうだ。
蜂起する農民サイドから覗くことも考えた。
しかし、どちらかと言うと自分は農民たちの味方だ。
自分の性質上、農民たち側に居ても農民たちを援護することは難しいが、領主側にいればいざという時に足を引っ張ることはできる。
この蜂起によってアリスにいろいろと問題が及びそうだが、さすがにどうしようもないと妨害するのは諦めた。自分にできることは無意味な犠牲が出ないように動くだけだと判断した。トラブルがアリスに行くのはもはや運命として受け入れることにした。
そこら辺の後処理はアリスがミスタークィーンを煮るやり焼くなりして解決するに違いない。
ブラッタ村は領主や農民たちへの取り締まりが激烈だった村だ。しかも、人口の9割が農民だ。
ブラッタ子爵はまさに寝ていた耳に水を注がれたかのような驚きようで跳び起きた。
「なんだって!!急ぎ、援軍を要請・・・いや!お前たちが追っ払え!!」
「む、無理です!」兵士は目を白黒させながら即答した。
「この時のために金を積んでいるのだぞ!」ブラッタ子爵は兵士を怒鳴りつけた。」。
「すごい数がいるのです!」兵士が懇願する。「ベランダから外を見てください!」
「農民ごときが何人集まろうが、武器を持ったお前らの敵では無かろうが!」
「ほんとに、すごい数なのです。」
領主がバルコニーに出て、通りの様子を確認する。
農民たちは館の正面玄関の前に殺到していた。館の前の道だけではなく、館から村の入り口に向けて伸びる道の奥まで人で埋め尽くされていた。全員何かしらの農具を構えている。
農民の一人がバルコニーの子爵に気づいて声を上げた。途端に道を埋め尽くした人間たちの顔が一斉に上を向いた。
領主は慌てて部屋の中に逃げた。外から罵声が跳んできた。農民たちの投つけげた何かが壁に当たる音もする、
「おい、わしの領地にあんなに農民はいないぞ?」
「家族たちも連れてきているのでしょうか?」
「わしの村にはあんなに人はおらん!!何故だっ!」
「私に聞かれましても。」
「く・・・王都に援軍を・・・いや、ダメだ。」ブラッタ子爵は言った。「ワルキア伯爵に援軍を頼むのだ!」
「はっ。」兵士は走って部屋の外に出て行った。
ワルキアはここから一番近い伯爵領だ。ブラッタもワラキアもエラスティア旗下の領地で、ワラキアがブラッタを保護する立場にある。
この兵士が馬を飛ばしても、向こうに着くには2時間くらいかかる。昼を過ぎるまで軍は到着しまい。
視点の兵士が裏門から出て行ってしまったので、今度は別の街の子爵に視点を移す。
次は、【感染】済みの子爵だ。
そこも蜂起が予定されていたゴーアという村だ。
こちらもすでに蜂起は始まっているようだ。
館の中庭のようなところにゴーア子爵は居た。
彼の前には武装を済ませた兵士たちが並んでいた。
ゴーア子爵自身もごつめの鎧に身を包んで、剣を左手に持っていた。
「数百人とはいえ所詮は農民。全員斬り散らかしてくれる!!」
子爵は大声で兵士たちに声をかけると剣を抜いた。
兵士たち少し困ったように目線を泳がせた。
「お前たち我に続け!」ゴーア子爵は抜いた剣を天高く掲げていった。「我が剣の力、愚民共に見せてくれるわ!ブァハハハハハハ!!」
こりゃアカン。こいつ脳筋系だ。
【嘔吐】!
「我が剣の錆となりて身の程をわきまえなかった事をあの世で後悔するがゲロゲロゲロゲロ。」
「子爵様!どうなさレロレロレロレロ。」
「おまえまで、オロロロロ。」
「汚っヴォルルルルルルルウr。」
「ゲロロロロロロ。」
「ゲェエエエエエ。」
「オウェエエエエエ。」
阿鼻叫喚☆
最初の三人以外貰いゲロなんですが。
突然の病気に戦えなくなったゴーア子爵は仕方なく、無事な兵士をワルキア伯の元へと走らせた。
さて、二時間後。
ブラッタから援軍を求め馬を急がせた兵士はようやくワルキアの街へと到着した。
ワルキアも苛烈な増税を行っていたが、ここでは蜂起は起こっていなかった。
この街は伯爵領ということもあってそれなりの衛兵が控えていた。数百規模の蜂起ではあっという間に鎮圧されてしまう。
そのため、農民たちも『簡単には』蜂起出来なかったのだ。
ワルキア伯に謁見の叶った兵士は驚いた。自分の他に4人の兵士がすでに、援軍を求めてワルキア伯の前に跪いていたからだ。
「ええぃ。子爵どもは何をしているのか、これで5人目だぞ!」援軍を求めに来た伝令の兵士たちを前にしてワルキア伯は怒鳴った。「どこから援軍に向かえと言うのか!」
多いと言ってもワルキアには兵士は300人くらいしかいなかった。アキア侯爵の治めるダクスの街ですら、すぐに動かせる兵士は200人程度だった。中央とは言えど伯爵ではそこまでの武力は持ち合わせていないようだ。
「農民ごときからおめおめと逃げてきて、お前たちは恥ずかしくないのか!」ワルキア伯が兵士たちを持っていた扇子で左から順に叩いていった。「王以前に私が許さん!領民の躾もままならぬ者が!愚民に迫られて助けを求めるなど貴族の恥さらしがっ!私の評判にまで響くのだぞ!!」
ワルキア伯は、この辺りの子爵領を取りまとめる役もになっている。
彼はその相談料や軍事・建築のサポート費用として、子爵たちからお金を巻き上げていた。そして、今回の騒ぎに併せてその金額を一気に跳ね上げてもいた。そういう意味では、彼は貴族にも領民にも分け隔てなく平等であった。
ワルキアへの見かじめ料の増額分は、そのまま子爵たちの領民に上乗せされた。なので、ワルキア伯は今回の蜂起の原因の大本であるとも言える。
「くそう、何やら商人どもや農民共が何やらこそこそとやっていたのはこういう事だったか。」ワルキア伯は言った。
「兵を二手に分けて近い領地から順に農民たちを処理して行きましょう。」ワルキア伯の横に控えていた男が言った。おそらく軍師か何かだろう。「最後は合流して、蜂起した人数の多いブラッタに向かうのが良いかと思います。」
ワルキア伯は軍師の策を採用し、ワルキアの兵士たちの大部分が暴徒鎮圧のためにワルキアの街を出て行った。
ワルキア伯の近くには【感染】している人間は居なかったので、ゴリーズ・ワルキア支店の一匹から彼らの様子を見守ることにする。
そして、数時間後。
ワルキア伯のもとに緊急の報告が届いた。
伝令の兵士はワルキア伯の不機嫌な様子にも気づかない程大慌で報告した。
「大変です!!街に大勢の農民がつめかけています!1000人以上います!囲まれています!!」
「何だと!」ワルキア伯の目が皿のように見開かれた、「急いで兵士たちで追い払わせろ!こんなのを蜂起扱いされてはたまらん。」
いや、1000人押しかけて来た時点でもう蜂起でしょう。
「兵は他の領地の応援に向かってしまっております!」
「ええぃ!そうだった!」ワルキア伯が頭を抱えた。「呼び戻せっ!至急、呼び戻せっ!」
「今、どこにいるか・・・。」
今、ワルキアの兵士たちは、農民たちの蜂起した村に到着したらすでに誰も居なくなってたもんだから、そのまま順調に村を2つ回って、3つ目の村に向かう途中で道がウンコまみれだったので大きく迂回してる。
「くそ!」ワルキア伯が扇子で自分の太ももを何度もたたいた。「アホな子爵どものせいだ!」
「ラグリンドに援軍を要請するしか・・・・」
ラグリンドというのはここから一番近くの伯爵だ。
彼らの従属する侯爵ではないどころか、ベルマリアの貴族だ。
「そんな、恥ずかしいことができるか!!」ワルキア伯は言った。「くそ真面目なラグリンドに援軍を求めようものならもみ消しも言い訳もきかん!!」
「しかし、他の伯爵領に助けを求めていては時間が・・・。」軍師が言った。
「バカ者がぁ!!作戦を立てたのはお前のせいでもあるのだぞ!」ワルキア伯の怒声が城内に響き渡った。「そうだ!ラヴノス卿だ!!彼はベルマリアにありながら我々の考え方に近い。彼なら事をうまく収める手伝いをしてくれるはずだ。」
「じ、実はその事について、ご報告が・・・。」
「なんだっ!どうでも良い報告など後にしろ!!早くラヴノス領に使者を遅れっ!!」
「それが、誠に申し訳難いのですが・・・、」
軍師は言いにくそうに頭を下げた。そして下を向いたまま言った。
「そのラヴノス領から援軍を要請する使者が到着しております。いかがいたしましょう。」




