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10-4 d さいきんの王国革命戦記

 「かつての賢王は死んだ!」ミスタークィーンは目の前の大勢の農民たちに大袈裟に叫んだ。「王は貴族が領民を虐げることを容認した。その結果、ここにいる皆様、そしてここに居ない皆様、全ての善良な領民たちが言われない苦痛の海に投げ出された!」

 国政会議の後、アリスを旗印に暗躍を始めたミスタークィーンたちを頻繁に見張っていたのだが、今回の演説には別ルートから遭遇した。

 ワルキアの農民たちの様子を探っていた時に、農民サイドからミスタークィーンの演説へと行きついたのだ。

 ミスタークィーンやオリヴァが農民や商人相手に演説をしているのに出くわしたのはこれで12度目だった。

 今までの彼らの講演はどこかの公会堂のようなところだったり、商会の所有する講堂だった。しかし、ここ最近になって彼らは野外での遊説を行うようになった。それも、王都ではなく、近郊の街の、その外側に広がる畑の中で行われるようになっていた。

 国政会議で王が増税を容認した事は、その次の日にはミスタークィーンたちの知るところとなったようで、彼らの最近の講演の中では、その言葉を取りあげて王の事を執拗に攻めるようになっていた。

 野外演説は最初こそミスタークィーンの講演に元々参加していたサクラたちしか集まっていなかったようだったが、こと、実際に王の言葉通りに増税が行われ、取り立てが厳しくなってくると、一気に耳を傾ける人間が集まるようになった。

 オリヴァや商会の面子がミスタークィーンの後ろを固め、その前でミスタークィーンが大袈裟に演説を行い、その前に集まる人々の数はついに100を越えるようになっていた。

 農民たちは急な増税で今年の食料を奪われた。突然、支払いが作物から金銭に変わった領地もあった。これからの収穫にもその税はかかってくる。農民たちだけではなかった、商人や街の人たちへの税も上げられた。

 むろん、全ての貴族たちがそうだったわけではない。ベルマリアは独自に増税の制限を発布した。農業改革がすでに始まっているミンドート領でも、ミンドート公が増税をした領地には一切手を貸さないと宣言した。

 ロッシフォールとモブートは黙していたが、この二つの領地でも、実のところ増税に踏み切った貴族は割合としては少なかった。明らかな増税を行ったのは2割くらいだったのではないだろうか。

 だが、その事が地域ごとの格差を大きくし、いっそうと増税された領地の人間の心を苛んだ。

 王都のワーカーズギルドを頼って街を去り王都に向かう人たちが現れたため、増税を始めた領主たちは皆、引っ越しの禁止を発布した。

 これによって領民たちの反感はさらに高まっていった。

 そもそもこんなに矢継ぎ早に法律が施行されることがおかしいのだ。

 権力者によって簡単に法律が変えられてしまうのはまずい。今、領主たちはその権限を利用して自分の都合のよいように法を操っている。

 本来、王はこれを監督しなくてはならなかった。

 しかし、今も昔も4公たちがこの国の執政を握り、王は何もしていなかった。

 このことがこの国に大きなひずみを生んだのだ。

 例えば貴族商取引法についてがそうだ。

 この法律はずっとアキアの農民たちに国内需要の自給を押し付け、そして、今度は王都周辺の農民たちに牙をむいた。

 王の無関心が強欲な貴族たちを野放しにした。これはずっと前から始まっていたことだったのだ。

 今の部分、だいたいミスタークィーンの受け売り。

 何度も彼の講演を聞いていると、なんかそうなんかなぁと思えてきてしまう。割とある側面からは正しいことを言っているのだろう。

 少なくともミスタークィーンの話を聞いた人間たちはそう思っているに違いない。

 農民たちを中心に領民たちの不満はすでに限界に達していた。

 そして、王の発言からたったの一週間しか経っていないこの日。

 この場には千人を越える人間が集まっているのではないだろうか。

 自分がこの世界に来てから最も人間が集まっている。アキアの盗賊たちよりも明らかに人数が多い。

 ミスタークィーンたちの前にはどこから聞きつけてきたのか、街の中や他の街からも、人々が押しかけていた。

 それほどまでにミスタークィーンたちの影響力は上がっていたのだ。

 もはや、彼らは畑が踏み荒れることなど気にしていないようだった。

 「王は一つだけ、良いことを口にした。」ミスタークィーンは散々王を糾弾した後、突然言った。「それは、我らが信望すべきアリス殿下が王に約束させた、我らにとっては唯一の救いとなる言葉だ。」

 アリスの名前を出されるとなんか嫌な感じがする。

 いや、アリスの名前を利用されて嫌な感じがする。こっちのほうが正しい。

 ミスタークィーンめ、今、この場で【嘔吐】させちゃろうかしら。

 ミスタークィーンは群衆を見渡しながら少し緊張感を煽るかのように次の言葉を発するのを待った。

 そして、高らかに言った。

 「領民に蜂起を起こされた領主は更迭される!!王は自ら宣言した。」

 ああああ、分かった!

 繋がった!

 ミスタークィーンの狙いはこれか!

 「我々は戦う必要はない!」ミスタークィーンは言った。「蜂起するだけで良いのだ。軍を起こして兵士に勝つ必要はない。これがアリス殿下がいや、アリス陛下が我々に与えてくれた未来への光なのだ!」

 今までの講演で、ミスタークィーンは、蜂起された貴族が爵位をはく奪されることについては一言も話していなかった。知らないだけか、知っててもどうでもいいことだと思っているのだろうと思っていた。

 違った。

 機が熟すまで待っていたんだ。

 「明日、一斉に蜂起する!」ミスタークィーン入った。「戦う必要はない。集まれ!ただ集まるだけで良い。人を集めるのだ。そして都市につめかける。それだけだ!」

 「おお!!」群衆が大声で応じた。

 「アリス殿下のもと、この国と我々の未来を変えていこうぞ!」

 アリスはこのこと一切知らんのだが。

 これ、本当にどうすればいいんだ?

 ええっと?

 たぶん、アリス巻き込まれるんだよな?

 あのトラブル神が巻き込まれない訳がない。いや、むしろ進んで巻き込まれに来るに違いない。

 これ止めたほうが良いんだよな?

 でも、止めると農民たちは圧政されたままだし。ぶっちゃけ、蜂起自体はちょっと応援したい。

 こういう時って、みんなってどうするんだろう?

 参考に、アリスというトラブルに対応している時の4公会議を思い出してみる。

 ・・・・・・あれ?

 みんな日和って保留してる?

 これ、参考にして良いのだろうか。

 そうだ!

 とりあえず、情報収集だ!

 オリヴァや講演に来てた人間たちを見張って様子を見よう。

 まだ、アリスが巻き込まれると決まったわけではない。

 ん?

 自分、もしかして日和ってる??

 


 しかし、この情報収集の目論みはいきなり大きな役に立った。

 このトラブルが片付く見込みが立ったのではない。

 さらなる大きな問題が露見したのだ。

 ミスタークィーンの演説が終わった後、前のほうで熱心に話を聞いていた聴衆の一人に乗り移った。彼の生態を探りながら、アリスが巻き込まれるのを止める手段を考えなくてはならない。ついでにこの連中の中に【感染】者も増やして起きたい。

 彼はミスタークィーンの演説が終わってもその場に残っていた。ミスタークィーンたちが帰ってもだ。

 そして、その場を去らなかったのは彼だけではなかった。

 数百人。この場に集まった群衆たちの4分の1くらいがその場をダラダラと動かなかった。

 なんだなんだと思って一緒に待つことにする。

 ミスタークイーン側にも帰らなかった人間がいた。

 エンヴァイだ。

 ミスタークイーンの昔からの仲間で、アリスの事を毛嫌いしている若い商人だ。

 彼はラヴノスに輸入小麦の損害を押し付けられたせいで、貴族たちを恨んでいる。

 ミスタークィーンたちが帰ったのを見ると、彼はミスタークイーンが演説をしていた高台に登った。

 「諸君。ここに残ってくれたことを感謝する!先に言うとハリー氏の言っていることはほとんど正しい。」

 エンヴァイは残った人間たちを見下ろすように言った。

 「しかし、一つ間違っていることがある。王女の甘言を信じていることだ。」エンヴァイは続けた。「我々は王族の甘い言葉に従って上手くいった事があっただろうか。ミスタークィーンもまた、騙されているのだ。無理もない、王女は美しく、若い。」

 残っていた人々は割と真剣に彼の言葉に耳を傾けている様子だ。

 「我々はまたもや騙されているのである。蜂起までは良いだろう。だが、考えてみたまえ。王が言ったことを守るとは限らない。領主が従うと決まった訳でもない。そうなったときに王女が我々を助けてくれるとは限らない。」エンヴァイが言った。「王女は事が上手くいかなければきっと我々の事は無視するであろう。今、まさに王女が我々の前に現れないように!」

 無視も何も、この件については何一つ知らんぞ、アリスは。

 「王家が我々のためを思って何かをしてくれたことがあったであろうか。彼らはまたしても我々を利用し、私腹を肥やそうとしているのだ。私も貴族に騙されここにお集まりの皆と同じように大きな損害をこうむった。」

 エンヴァイは演説に酔っているかのように、両手を聴衆に向けて広げた。

 「苦しみもひもじさも知らぬ貴族や王家たちに我々のことなど理解できようものか。我々は王に騙され、領主に騙され、そして今度は王女に騙されるのだ!」エンヴァイは吠えた。「我々は自らの立場は自らで守らなければならない。王女に傾倒するのは間違っている。我々は我々のために我々による統治を確立すべきだ!そうでなければ、自由は永遠に得られないのだ!」

 めっちゃ過激派おるやん。

 ミスタークイーンの集まりも、一枚岩ではないようだ。

 「皆に協力を請う。この考えを皆に広めてほしい。しかるべき時に我々が自らの手で立ち上がれるように。」エンヴァイは続けた。「王家や貴族たちはただ我々から搾取するだけの敵であると!」

 残ってエンヴァイの話を聞いていた農民たちの間から拍手が漏れた。

 「明日までは上手くであろう。我々は蜂起しそのうわさが流れる。」エンヴァイは言った。「ただその先、どうなるのか。我々はきちんと見極めなくてはならない。いずれ王女は我々を裏切るであろう。我々は騙されるだけの豚のままで在ってはならないのだ!!」

 こいつの言い分に正しい所があるかどうかなんてどうでもいい。

 こいつはアリスの敵だ。

 理屈とか善悪とかどうでも良くなんかこいつは虫が好かない。

 エンヴァイはその後もアリスと王家をひたすらに罵った。

 残った人間たちもなかなか熱量高く彼の話を聞いていた。




 そして、翌日。

 ミスタークイーンとの約束通り、都市部の農民がいっせいに蜂起した。


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