10-4 b さいきんの王国革命戦記
そして、ヌマーデンの蜂起の後、臨時の国政会議が開かれた。
今回はケネスからヌマーデンで農民蜂起が発生について報告された。アリスの事はめんどくさかったのか丁寧に省かれた。
「陛下に上申いたします。」ケネスが王に向けて言った。「今後、こういう事が起こらぬよう、各領地に増税に関する制限を儲けるべきだと存じます。」
ケネスの提案に広間の貴族たちが即座に反応した。
「それでは領地が持ちませぬ。」
「ヌマーデン伯の領主としての手腕が未熟だっただけの事でしょう。」
「我々の領地の事は我々が知っております。」
エラスティア、モブート側の貴族たちから次々と反対の声が上がった。
増税する気満々って事じゃん。
「ケネス公の提案は棄却する。」王が答えた。
4公とケネスが唖然として王を見た。
王の返答は事前に王としていた打ち合わせと違った。
正確に言うと、ケネスがこの件を王に根回しした際の答えは「なるほど、理解した。」だったので、提案について王が承認を約束した訳ではなかった。だが、4公とケネスは王が理解したのであればこの提案はすんなりと受け入れられるものと思っていたのだった。
「領主たちが領地の状態を鑑みて増税を行う事を禁じない。」王は言った。「各自、判断しそれを積極的に運用していくことをむしろ推奨する。これから1年間を各領土での重点改革期とし、領主判断での地域税については何ら制限を撤廃する。」
貴族たちの間から喜びの歓声があふれた。
「陛下!領民が苦しむことになりますぞ!」
「予は、増税をせよと命じたわけではない。領民を苦しめぬようにするのは貴族の義務だ。そして、それを判断できるのは王都から出ぬ予や宰相ではない。それができるのは、各々の領地にて領民を預かる領主であろう。ならば、予は彼らの判断を優先する。」
「私は反対です。」今度はアリスが声を上げた。「小麦の価格の下落で、農民たちは疲弊しております。ここでうかつな増税をすれば農民たちが潰れてしまいかねません。」
「アリス公よ、そなたのアキアでの働きにより、農民はまだまだ頑張れることが分かった。」王は言った。「ならば、予は農民や領民たちの活躍にこの国の未来を賭けるべきであると考える。」
「しかし、すでに一部の領地では過度の増税がなされています。一歩間違えればヌマーデンの二の舞になります。特に王都周辺の農民たちは困窮しております。」アリスが食い下がった。
「困窮しているのは貴族たちだっておんなじだ!!」
「誰のせいだと思っているんだ!!」
会場から、いくつもの怒声が上がった。
「アリス公、そなたもアキアでは増税を行ったと聞くぞ。」王は威圧的に声を大きくした。「そなたの物言いは『自分には改革をこなすことができるが、他の者たちでは出来ない。』と言っているのと同じぞ!」
言い方がずるい。
完全なロジハラ&パワハラだ。
そんな言い方されたら、誰だって何も言えない。
「皆様には出来ないと思います!」
言うなよ!
会場の貴族たちから、再び怒声が飛んだ。それはエラスティアだけでなく、アリスの周りの貴族たちからも声が上がった。
まあ、それだけのことを言ったんだからしょうがない。
「次期王は我々の事を一切信用しておられないのか!」ここぞとばかりにトマヤの一派の貴族が叫んだ
「横暴かつ傲慢だ!」
「何様のつもりか、思い上がりも甚だしい!」
アリスが会場を振り返り、彼らの怒声をかき消すような大きな声を上げた。
「アキアの改革はっ!!」
会場で一番若く、見目麗しい女性から、恫喝にもにた大声が発せられたので、貴族たちがビックリして静まり返る。
アリスは会場が静かになったのを確認すると、静かに語った。
「アキアの改革はアキアの貴族の皆様が長年行ってようやく成せた事です。彼らの失敗が、彼らが常に領民たちを見てきた事が、彼らが必死に集めたデータが、彼らが長年積み重ねてきた事を達成したいという思いが、彼らの積年の血の滲むような苦労が在ったからこそ成せた事なのです。」アリスは言った。「私は、たまたまその最後に居合わせたにすぎません。」
貴族たちは、返す言葉が出てこない。
「皆様はアキア諸氏のごとく、長期にわたって辛酸をなめる覚悟がお有りか?」アリスは静かに問いかけた。「それとも領民に辛酸を舐めさせるおつもりか?」
「それでもそれを行うのが、領主の務めだ。」王がアリスの言葉にまったく引く様子も無く答えた。「ここにいる者たちにしろ代々自らの領地を守ってきた者たちだ。お前の言う苦労と経験なら多少なりともしていよう。心配せずともそなたの言うように領民に辛酸を舐めさせるような事はすまい。」
「ならば、領民たちへの増税を助長するような物言いはおやめください。」アリスは凛として王に向かって反論した。「むしろ、改革の名を借りた増税などが起こらぬように厳粛に制限をかけるべきです。」
「しかして、原資が引けなければ改革も進まぬ。」王は言った。「アリス公自身が身をもって知っておろう。」
「・・・・・・。」
「そなたが心配しているのは、ここにいる貴族たちがその本分も忘れ、領民たちが潰れるまでの増税を課すかもしれないという事なのであろう?先の言葉を言い直そう。そなたは、自らには失敗せず増税を執行できる能力があるが、自分以外の貴族はその能力がなく失敗する、そう思っている。そういう事だ。」
意地悪くアリスを追い詰めていく王。
「失敗する領主も出てくるであろうとも申し上げております。」
「それは、誰だ。述べよ。」王は訊いた。「明確にそなたが自分より能力が劣る旨を見定めたのは誰だ。」
貴族たちが不安と恐怖から青ざめて静まり返った。
「・・・・・・。」
さすがにアリスもこれには何も言えない。名指しすれば、その貴族はどうなるか分かったもんではない。
「それとも、そなたは漠然と他の貴族よりも自分が優れていると申しているだけか。」王が言った。
貴族たちが再び騒めきだした。ぼそぼそとアリスへの文句が聞こえる。
提案したはずのケネスも王にこのような論調で話を進められると意見しにくい。
増税の制限について肯定の意見を出すことが、貴族たちを信用していないと公言しているのと同じであるかのような流れになってしまった。
4公たちも何も言う事ができない。
「ヌマーデン領で起こった事は、そのような領主が存在しうることを証ております。」と、アリスが言った。「それゆえに、わたくしは皆様を簡単に信じることが出来ません。」
言うんだもんなぁ。
もはや、王と王女のディベート戦だ。
「ヌマーデン伯が歪な例であっただけであろう。現に他の領地では反乱など起こっておらん。」王は言った。「特異な例を元に制限をもたらすのは愚策だ。」
「しかして、それによって困るのは領民たちなのです。」アリスは言った。「彼らはこの場にいることを許されない。ですから、我々が彼らの事を考えていかなくてはならないのです。」
「つまり、そなたが申すは、領民たちに大きな負担が行かぬよう、リスクヘッジがあるべきだという事だな。」
「そう捉えていただいて結構です。」
「そのような、無為な施策に頭を悩ますのであれば、うまく立ち回っていない領地を立て直す事に頭を使え。」
「あったところで無為な施策であれば、在ってもよろしいでしょう。」アリスは引き下がらない。
王は、一つ鼻から大きく息を出した。
「ならば、ここに王命として宣言をしよう。」王は言った。「この改革の中で、ヌマーデン伯のごとく領民を弾圧し蜂起を許したものはその領土と爵位をはく奪する。」
今日一番の驚きの声が会場を支配した。
「陛下!それはいくら何でも性急すぎるのではないでしょうか。」ロッシフォールがついに声を上げた。
「さすがに爵位の剥奪は極端すぎます。」モブートも言った。
エラスティアだけでなく、他の貴族たちからも声が上がった。
「知らぬ。」王は平然と言った。「執行される事のない施策についてあれやこれや時間を取るつもりは無い。これ以上起こりもしない問題を話し合うのも疲れた。予は皆を信じておる。このようなバカげた罰則は決して発動することは無い。」
今度はエラスティア側の貴族たちが黙った。そんな言われ方をしては返しようがない。
「しかし・・・。」食い下がろうとするロッシフォール。
「くどい。起こらぬ問題へのリスクヘッジだ。」王はロッシフォールに言った。そして、会場の貴族たちに言った。「まさか棄爵の憂き目を見る馬鹿はおらぬと信じておるぞ。」
エラスティアとモブートの貴族たちが、押し黙って下を向いた。
「アリスもこれで問題ないな?」王がアリスに問うた。
「はい、ありがとうございます。」アリスはほっとしたように頭を下げた。
王によって増税そのものは推奨されたものの、失敗した時の罰則が強化されたせいで増税そのものはやりにくくなったんじゃなかろうか。
なんか、王の言っていた積極的な改革を行いたいという意図とはかみ合ってないような感じがするんだよなぁ。
もしかして、国王のやつ、初めからこうなるようにアリスの話を誘導していたのではないだろうか?
そんな考えが頭をもたげた。
王は重税で農民の反乱が起きることを望んでいるのでは無いだろうか。そして、それを理由に貴族を何人か辞めさせようとしてるのではないだろうか。
以前、王はアリスに『貴族を減らす手伝いをする』と約束をした。その約束を守るためだ。
ふと、そんな考え方がパズルのピースがはまるかの如く自分の頭の中を埋めた。




