10-4 a さいきんの王国革命戦記
結果から伝えると、ヌマーデンの街での蜂起はすべて丸く収まった。
アリスは約束の時間前には農民たちを解散させた。
アリスは軍隊が農民たちを捕らえたりしないように見送りについて行き、最後は街の内側に住んでいる十数人の農民と、援軍でやってきたエラスティアの騎士や兵隊達と一緒に門から入ってきた。
もはや状況についていけてない様子の街の兵士たちに、アリスは言った。
「ごめん。なんか今回の騒ぎの主犯、私だったみたい。」
「「は?」」アリスの言葉をまったく理解できなかったケネスと衛士長が思わず口を開けた。
「というわけでヌマーデン伯爵とっちめに行くから彼の所に案内して。」
いっそう混乱を極めた衛士長は、結局、王女というこの場の最高の権威に盲目に従うことにした。
こうして、農民たちの起こした近年まれにみる大きな反乱は、門番が少しひじを擦りむいて、ヌマーデン伯爵が鼻血を出しただけで終わった。
しかし、この国の騒乱はこの事件をきっかけにしてどんどんと膨らんでいくのだった。
ヌマーデンの蜂起の情報を聞いて、至急4公会議が開かれた。
今回は当事者という事でケネスも召喚されていた。
ケネスから話聞けばいいやってことで、いろいろとめんどくさいアリスは呼ばれなかった。
「王女殿下が上手くやってくれて良かった。」モブートが言った。
「上手くやった、じゃないですよ。」ケネス眉をひそめて言った。「一人で暴徒の前に出て行っちゃうんですから。こっちの苦労も察してください。」
あなた、それを言えるほどなんかしましたっけか?
「私って、いつまで殿下の後継人なんですかね・・・。」と、ケネス。
公爵たちはケネスのため息になんだか少し嬉しそうだ。
「ともかく、エラスティア公。これは貴君の公領での事件だ。何とかしてもらわないと困る。」ミンドート公がロッシフォールに向けて言った。『俺は知らん』って意味だな。
「ベルマリアでは増税を厳しく禁止し、公領から支援を出したことで農民たちはそれほど困窮した状態にはなっていません。ただ、それでも、一部からは不満が上がっています。」ジュリアスが言った。「さすがに反旗を翻すという事はありませんが。」
君んとこもラヴノスあたりなんかいろいろ暗躍してるよ?
「うちもですね。」モブートも言った。「シーソーみたいなもんですね。周りに良くなった人間がたくさんいるとみんなそれまでの暮らしに満足できなくなる。」
「ミンドート領はそうでもないな。アキアが良くなったので次は自分たちの番だといった感じで活性化して来ている。」ミンドート公が言った。「アキアの好景気のおかげで鉱工業も順調だし、観光業も花開いてきている。正直、今、王都が混乱されるのはいろいろと困る。」
「ヌマーデン卿については更迭する。」ロッシフォールが言った。
「更迭ですか?伯爵を!?」ジュリアスが驚きの声を上げた。
「いささか性急だな。そこまでしては貴公のほうの面子がたたんのではないか?」ミンドート公も不安そうにロッシフォールに言った。「貴族たちに恨まれるかもしれんぞ。」
「構わんさ。」ロッシフォールは言った。「王女殿下の顔も立てないといかん。」
・・・もしかして一番恨まれるのってアリスなんじゃないの?
「しかして、誰を後任に据えるのだ?」
「カラパス卿を伯爵に据えるのだそうだ。」ロッシフォールが少し困った様子を見せながら言った。
「「「はぁ!?」」」ケネス以外の3人が驚きの声を上げた。
「アキアの伯爵ではないか!」
「陛下の推薦なのだ。」ロッシフォールが答えた。
「陛下が?」
「王女殿下がな、王に何かしら直接今回の事を上申したらしい。ケネス殿は知っているのだろう?」
「ええ。でも、王女殿下の話した内容はまともでしたよ?」
「王女は何を言ったのです。」ミンドート公が尋ねた。ケネスには敬語なんだ。
「まずは、ヌマーデン伯爵領の税制について逐一。それから、現状の農作物の需要と供給のアンバランスさと、それに対する各貴族の緩慢な対応についてですね。過激な事は何一つ口にしませんでしたよ。」ケネスは言った。「アキアの小麦がここまで安くなってしまった今、領主としては農民たちを切り捨ててしまう選択肢もありますからね。アリス殿下もその辺りが分かっているのか、非常識な提案は控え、農民の困窮を訴えるに留めたのだと思います。」
アリスがほっとくと非常識な提案をするかのような物言い!
「そういった訳で、アリス殿下は政策や資金繰りに対する主張よりは、精神論的な部分を強く陛下に訴えていました。領民を大事にできない領主なんてダメだという事ですね。そしたら、陛下が、じゃあカラパス伯なら文句あるまいと。」
多分、以前アキアの貴族が多すぎる事について、王が任せろって言ってたのってこのことだったんだろうな。
「また、あの王はそのように簡単に・・・爵位の剥奪がどれほどの事かご存じであろうに・・・。」ミンドート公が眉をひそめて唸った。「ブラド侯の時も相当めんどくさかったのだぞ。」
「まあ、今回は民衆の蜂起というネルヴァリウス王即位以来、無かった明らかな失態があり、それがヌマーデンの手腕不足であるという王女殿下の論理的な追及もありましたので、問題ないでしょう。」
「しかし、性急すぎる。今回は犯罪というわけではない。爵位の剥奪は王の権利であるにしても、本来、国政会議にかけて意見を聞くくらいの手順は踏むべきだった。」ミンドート公は言った。「さすがに、ヌマーデン伯が可哀そうだ。」
「アリス殿下も戸惑っておられましたね。」ケネスは言った。「しかし、あの陛下ですからね。一度決めたら簡単には止めません。」
「他には何か言っていませんでしたか?」ミンドート公がケネスに訊ねた。
「紫薔薇公に相当おかんむりのご様子でした。」
「うげぇ・・・。」ロッシフォールからすごい声が漏れ出た。
「カラパス領はどうなるのです?王女預かりとは言え廃領にはなっていないようですが。」ジュリアスが訊いた。
「オネステッド子爵を伯爵に据えて管理に当たらせるそうだ。」
「カラパス伯自身はどのように言っているのです?」
「まだ伝えとらん。」ケネスではなくロッシフォールが答えた。
「しかし、アキアの田舎しか知らないカラパス卿に、ヌマーデン領の立て直しなんかできるんですかね?」モブート公が疑問を口にした。
「いや、カラパス卿は領地の立て直しまでする必要はないのだ。」ロッシフォールは答えた。「実は、農業が足を引っ張った程度では、あの領地の運営は困窮せん。」
「と、言うと?」
「実情、アキアの改革で大きな損失を出したのはヌマーデン伯爵個人なのだ。」ロッシフォールが説明する。「彼は自身の輸入小麦の売買での損失補填を領民に押し付けていただけなのだ。その損失をヌマーデン伯自身に補填させればすむこと。」
「しかし、ヌマーデンの農民たちが損益を生んでいるのは事実であろうし、ヌマーデン伯の小麦外交での儲けは領地の活性に繋がっていたはずだ。リスクを取るのに失敗した時に、そのリスクを領民たちが共に負うのは当然であろう。」ミンドート公は言った。「今の紫薔薇公の言いぐさは、農民たちの負債や負うべきリスクもヌマーデン伯一人に押し付けただけにも聞こえるぞ。」
「それにそのやり方は輸入小麦で損失を出した貴族たちを見切ると言っているようなものです。」モブートも言った。
「かといって、損をした全ての貴族たちを救う事は出来ん。私にしても輸入小麦では大きな損失を出している。」ロッシフォールが答えた。「モブート公。そなたの公領にも輸入小麦で散々儲けていた貴族たちは多い。彼らすべてに援助を出す訳にはいくまい。」
「私自身、損をしてますからね。」
「結局、自らで何とかしろと言うしかないのだ。」ロッシフォールは言った。「それに、貴族たちは大損はしているがすぐに潰れるという訳ではない。」
「しかし、それでも貴族たちは農民に全てを押し付けにかかるかもしれませんよ?」ジュリアスが言った。「今回のように。」
「かもしれんな。」ロッシフォールはさもありなんと返事をした。「今回の処断は、そういったことを防ぐための見せしめなのかもしれん。」
「国として農民たちへの増税の限度を規定した公布をすべきでしょうね。」ケネスが提案した。「このままでは、同じことが起こりかねない。」




