10-3 a さいきんの王国革命戦記
「どうです!すごいでしょう!」ケネスが勝ち誇ったように言った。
「すごい・・・。」アリスは馬車から下りると、背中をひねって自分のおしりを撫でた。「すごい、おしり痛い・・・。」
アリスとケネスはミンドート公領の中にあるいくつかの領地を回った帰りだった。ここは、王都まであと少しの馬車の乗換駅だ。
早朝から馬車に乗り続けたアリスのおしりは限界に近い。
ケネスはミンドート首都から王都まで1日で到着できることをアピールするために、乗り継ぎ馬車のダイヤを王女特別仕様で作成した。そしてアリスとケネスは朝の五時から日暮れ近くまで、全力で馬車を代わる代わる乗り継いで来たのだ。
「次で最後の馬車ですよ。夜には王都に到着します。」
「てか、あんたのクッション、ズルい。何、その穴の開いてるの。」
尻が痛くなるのを防ぐやつだよ。この世界にもあったのか。
「セン君に作って貰ったんですよ。」ケネスがクッションの穴からアリスを覗いた。「いいでしょう!」
「いいでしょうって、何であんたばっか使ってんの?私、王女で女の子よ?」アリスが珍しく王女を盾にした。それほど尻が痛いのだ。「レディーファースト的なものは無いの?」
「性別の云々より、年齢と体力で考えたら私が座るのが当然でしょう?」ケネスは平然と拒否する。「そもそも私のクッションですし。」
理屈云々はともかくケネスが悪い。
ちょっとは貸したれ。ていうか、分かってたんなら二つ用意しといてあげろよ。
「まあ、もう少しですし我慢してください。」貸す気は微塵もないらしい。
今回の旅路はケネスと二人だ。
行きはデヘアも居たのだが、例によってミンドートの大地に残してきた。
砂糖大根とやらを作るらしい。
グラディスは城に残っている。
彼女は王のメイドたちをアリス向けに改造している最中だ。いずれは現王は他界しアリスが王になる。そうなれば王のメイドたちの大半がアリスの元へと就くことになる。そのための準備が開始されたのだ。
グラディスはアキアにいた時にうっかりシェリアにアリスを任せてしまったことを後悔していた。今回はそんな悲劇を繰り返さないよう、メイドたちのメンタルをしっかり強化しなくてはならない。
アリスは自分でできることはわざわざ他人に任せない。そして、勝手に手出しをして自分がやるよりもダメな仕上がりにされた文句を言う。
そう言えば聞こえは良いが、アリスは貴族というくくりの外側の言い回しを使うので、良い家の出身であるメイドたちは激怒された並みの衝撃を受ける。さらに悪いのは、アリス的な『ダメな仕上がり』の中に、料理にピーマンが入ってたとかそんなワガママが含まれている点だ。
グラディスはメイドたちにアリスに立ち向かう勇気を植え付けなくてはならないのだ。
というわけで、強化合宿中のグラディスは今回は帯同しなかった。
今回のアリスの外遊の目的はミンドート領の農業の再構築だった。アリスはデヘアを連れてミンドート領を4日ほど視察し、農業で困窮しているミンドートの貴族たちとミンドート領での砂糖大根の栽培について話し合ってきた。
アリスに帯同したケネスはアリスの面倒を見るついでに、観光業をミンドート領にも根付かせるのを目論んでいたようで、ミンドートの各所を回り観光資産を探したり、逆にアキアへの観光を宣伝したりしていた。
さらに、アリスの今回の行程はケネスの作った輸送手段の視察も兼ねていた。
通常、この手の移動は王家の馬車で行くのが普通だった。アキアへ行ったときはそうだった。
しかし、ミンドート領と王都の間が数日で移動できるという速さがせっかちさんのアリスの心を捕らえ、アリスは視察も兼ねて乗り継ぎ馬車でミンドート領まで向かったのだ。
そして、「3日もかかるのね。」という、いつものアリスの何気ない一言がケネスのハートに火を点けて、帰りの早朝から夜まで馬車に乗せられる行程に至る。アリスは本日は一日馬車に乗り詰めで、すでに6本の馬車を乗り継いでいる。
アリスとケネスの二人は、この街で少し休憩してから、次の馬車へと乗り継ぐ。
今はすでに夕方だが、王都まではこの他にあと一回乗り換えが残っていた。次の馬車で王都近くの街まで行き、そこに王家の馬車が待っているはずだ。
と、アリスがお行儀悪く自分のおしりを気にしているところに次の馬車の御者らしき男が寄ってきた。
「旦那方、申し訳ありません。」男は言った。「なんか、もめごとが起きて街を出られなくなってしまったみたいなんでさあ。」
「もめごと!?」アリスが尋ねた。
なんで今ちょっと目輝かせたの?
「何でも、農民たちが蜂起したらしいです。」
「「え!?」」ケネスとアリスが同時に驚きの声を上げて顔を見合わせた。
「私ちょっと見てくる。」
ですよねー。
「ちょ!殿下!?」ケネスの叫び声を置き去りにアリスは駆け出していった。
駆け出した方向がまったく反対方向だったので、アリスはぐるーっと街を回って騒ぎの起きている街の門の所にようやくたどり着いた。
街の門は閉められて、兵士たちがいざというときのために門の内側に待機していた。街を囲う壁の外側からは大きな声で、「門を開けろ」だの「ヌマーデン卿を出せ」だの聞こえてくる。
「農民共に解散する様子は無いようです。」
城門の上に何人か居る見張りの兵士から大声の報告が降ってきた。
ちょっと、壁の向こうの様子が見てみたいな。
リストを開いて向こう側に移せる視点が無いかを探す。
お。【感染】している人間がいるじゃん。城壁の外の集まりに参加しとるのだろうか。
【感染】者に視点を移す。すると、彼のいる城壁の前には4、5百人の人間が集まっていた。
皆、手に農具を持っている。
これほど不満を持っていた農民たちが多かったという事か。
参加者の中で耳をすます。幸い自分の【感染】者は余り騒がないタイプようだった。というか、声をあげているのは一部の人間だけみたいだ。群衆のほとんどはそれに合わせて、時々「おー」と声をあげたり、不安そうに周りを見たりしているだけのようだった。
通常、農民たちの大半は城壁の外に住んでいる。
辺りの人たちの話に耳をそばだてていると、城壁の中に住んでいる農民ではない人間もわざわざ城壁の外に出てこの一揆に参加しているらしい。
と、
農民の一人が街の門を指さして叫んだ。
「おい、門が開いたぞ!誰か出てきた!」
門が少しだけ開かれ誰かがその隙間をすり抜けるように出てきた。
うぇ~い!来やがった!!
アリスだった。
アリスは門から堂々と出てくると、クルリと門のほうに振り返った。
そして、左手で胸倉を掴んで高々と持ち上げていた白目を剥いている兵士を、門の隙間からペッと投げ入れた。
お前、中でいったい何やってきた!?
門は、兵士が放り込まれると慌てて閉じられた。
群衆に向き直ったアリスは腕組みをして言った。
「で、何?」
いや、それは農民たちの台詞だ。
「あなた達何でこんなことしてるの?」アリスは続けて訊ねた。。
「いや、アンタこそなんだ?」農民の一人が訊き返した。
「あんたたち、こんな事して大丈夫なの?」アリスは彼の質問には答えず、さらに訊いた。「ぶっちゃけアキアの小麦があれば、あんたたちが働かなくても国としては何とかなっちゃうから、こんな事しても貴族たちにいい処分の口実を与えてるだけよ?」
「嬢ちゃんにゃ解らんかもしれないが、このままじゃ、俺たちは絞り殺されるんだ。」別の農民が叫んだ。「今、ここで何かしないとダメなんだ。」
「何とかって、どうしたいの?」
「どうって・・・。」
「あんたたち、生活を良くする方法も解らないのにこんな事してんの?」アリスは言った。「このままじゃ勝っても負けても良い事ないじゃん。」
「違う!俺たちが解らないだけだ!!」さっき口ごもった農民が言った。「俺たちの後ろには俺たちの事を考えてくれるすごい人がいるんだ!」
「誰よ?」アリスは誰がその人間なのかを探して、農民たちを見渡した。
「ここには居ない。」
「あんたたちにこんなことさせて隠れてんの?」アリスは言った。「あんたらそいつにいいように使われてるだけじゃん。」
この状況で、あんま煽んないでよ。
「そのかたには、やんごとなき理由があるんだ!」農民が叫んだ。
「こんだけの事させといて、やんごとも何も無いわよ。」アリスは言った。煽るなっちゅーに。「ほんとにそんな人居るの?てか、そいつ何者よ?」
声を上げていた人間たちが一瞬静かになった。が、こんだけ人数が居ると一枚岩とはいかない。一番先頭でアリスを睨んでいた男が食ってかかるように言った。
「俺たちを率いてくださっているのは王女殿下だ!」
・・・・・・?
「・・・・・・あたしじゃん!!」
アリスじゃん!!
アリスは驚きの声をあげてしばらく固まったかと思うと、今度は無防備に男に歩み寄り、ノーモーションで肩を組んでしゃがませた。ヤンキーかな?
流れるような動きに男は思わずアリスと一緒にしゃがみこんだ。
「ちょっと、あんた今の話、どういうこと?私、アリスなんだけど。」
男はアリスの言っている意味が分からない。彼は美女にいきなり接近されて真っ赤になって混乱しながら周りを見上げて助けを求めた。
「そいつの言う通り、我々は王女殿下の旗の元、虐げられた生活を改善すべく集まった革命軍だ。」アリスの近くに立っていた農民の一人が助け舟を出した。「我々の希望である殿下に迷惑がかかっては拙い。ご婦人、できればこの事は内密に願いたい。」
「いや、私。私。アリス。アリス。」アリスが一生懸命自分の顔を指さす。
「もし、この事を知らしめようというのなら、ここから帰すわけにはいかない。」
「だーかーらー。」アリスは反論のために立ち上がって、そして止まった。「あれ?ひょっとして何?もしかして私、この騒ぎの主犯なの??」
「女性にまで手荒なことは避けたいんだ。王女の事は内緒にするとここで約束してくれ。」農民の一人が言った。
「いや、信用できない。街に戻って今の話吹聴しないとどうやって分かる?」別の農民が言った。
「じゃあ、どうすんだよ・・・。」
「攫って行くしか・・・。」農民の一人がアリスを見た。
「王女の名の元に狼藉は許されないぞ。」別の農民が諫める。
「とりあえず王女殿下が我々と共にあることを知らしめる時まで一緒に行動してもらうというのはどうだろう。」
「ううむ、それは攫うのと変わらない気もするのだが・・・。」
農民たちがアリスたちを横目に見ながら話し合いを始めた。
「あんたたちに話ができたわ。」アリスが農民たちの会話を遮るように告げた。「ちょっと進軍止めさせるから待ってて。」
「進軍??」農民たちがアリスのほうを一斉に向いた。
アリスは城門のほうに向き直って叫んだ
「街の衛士長かケネス居る?」
農民たちが慌ててアリスに農具を向けた。
アリスは特に気にする様子もなく、農民たちを見もせずに後ろ手に手のひらを広げて彼らに制止のポーズを取った。
しばらく、沈黙があった後、中から声が聞こえた。
「いますよ!」ケネスの声だった。「ご無事ですか。」
「大丈夫よ。そっちは?」
そっちは何の心配もないだろ。
「そりゃあ大丈夫ですが、そっちはどうなってるんですか?」ケネスが言った
「彼らなんかヌマーデン伯に言いたいことがあるだけみたい。」アリスが叫んだ。「これから彼らと話し合いしたいんだけど、今こっちに向けて兵隊って向かってる?」
しばらく、返事がなかったが、しばらくしてから、中からケネスの大声が届いた。
「もうすぐ援軍が着くそうです。援軍が到着次第、街の両翼に控えてる街の兵士たちと一緒に暴徒たちを包囲殲滅するそうです。」
農民たちの間に戦慄と動揺が走った。恐怖の声と混乱の声があちこちで上がった。
「ちょっと、それ、急いで止めてくれない?」アリスが叫んだ。「ちょっと話し合いしたいの。ちゃんとみんな帰すから。」
再び、しばらくの沈黙。
「こうなっちゃったらどうなっても一緒なんで、いちおう衛士長に頼んでみます。」ケネスの投げやりな声が聞こえた。
「こっちの誰か一人でも傷つけたら人質を殺すって伝えていいわよ。」アリスが物騒な事を言いだした。
少し間をおいてからケネスの返事が返ってきた。
「誰か人質がいるんですか?」
「私よ!私!」アリスが心外そうに声を上げた。
「なるほど!」
なるほど、じゃねえよ。
今度は長い沈黙のあと、ケネスから返事が返ってきた。
「2時間待ってくれるそうです。それ以上はさすがに邪魔なんで解散してください。」
農民たちの間から、安心したような声が上がった。
「この後、多分彼らとお金の流れの話するんだけど、エラスティアの地方税関係ってどうなってるか良く知らないのよ。」アリスが続けて城の中に叫んだ。「あんたもこっち来てくんない?」
「断固拒否します!」
うぉおおおい!
「・・・・・・。」
アリスはしばらく不満そうに絶句してから再び叫んだ。
「じゃあ、代わりにあんたのクッション頂戴!」




