10-2 b さいきんの王国革命戦記
自分が最初にミスタークィーンの異変に気が付いたのは、実はアキアに居た時だった。
アキアの農業改革の最中に、アリスが一度王都に戻って来ていたことを憶えているだろうか。その時にノワルの税金がきちんと決まってないのを良いことにミスタークィーンが税金をちょろまかしているような話があった。
それでミスタークィーンが何をしているかを知りたくて、彼を頻繁に観察していた時期があった。
その際、ミスタークィーンが街の集会場のようなところで何人もの市民たちを前に講演をしている場に出くわした。
ミスタークィーンが講演をしているのに出くわしたのは初めてだった。
オリヴァが講演をしているところに出くわしたことは何度かあった。オリヴァは元教師だから当然だ。だが、ミスタークィーンはただの商人だ。講演を行う立場の人間では無い。ちなみに、オリヴァはミスタークイーンの講義中、後ろに控えていた。
最初は、オリヴァのコネで商人として講演でも頼まれたのかなと思っていた。
だが、しばらく講義を聴いていて少し違和感を感じた。
講義の内容が商品の取り扱いとか儲け方についてではなく、経済と貴族商取引法についてであったからだ。ともすればエラスティアと王家へのヘイトスピーチだった。そして、アリスへの賛辞だった。
「王と紫薔薇公ロッシフォールは貴族たちへ利益を誘導している。私達商人や、農業を生業とされる皆様が豊かな暮らしを行えないのは、彼らのせいに他ならない!」
こんな感じの論調だ。
その時はなんか変なことしてるなぁくらいにしか思っていなかった。
そういえば、ミスタークィーンはアリスを使って国を変えようとしてるんだったし、その場を見る機会がなかっただけで今までもこういう事もしてたのかな、くらいにしか思ってなかった。
アリスが改革を終えて王都に戻って来てからも、ミスタークィーンはアリスの元にめったに顔を出さなくなった。
『貴族商取引法』が潰れたというのに挨拶にも来ない。
そんなわけで、ちょっと心配になってミスタークィーンに視点を合わせて見た。
彼は再び多くの人の前で講義をしてた。
前回の聴衆は20人くらいだった。今回は縦10列くらいの横15人くらいだから、150人くらいだろうか?かなり増えている。
しかも、聞いているとミスタークイーンはどうやら偽名を使って正体を隠しているようだった。
「エラスティアとモブート領の暴挙を許しておくわけにはいきません!今回お集りの商人たちの中には貴族たちの輸入小麦を押しつけられて居る方も多いでしょう!今まで輸入小麦の販売に絡む対価として貴族たちに安く卸していた商品を、輸入小麦の販売がなくなった今も同様求められて困っている商人の方々も多数いらっしゃると思います。これらは全てエラスティアとモブートの貴族のせいにございます。みなさまご存じのように、我々、エラスティアとつながりのない商人やアキア、ミンドート、ベルマリア辺りの商人たちは儲けを増やしているのが実情にございます。」
聴衆の一部が熱い視線でミスタークィーンの事を見つめた。
彼らは昨今の小麦販売ルートの激変で大きく損をすることになった商人たちなのかな?ミスタークイーンたちの商会にとっては敵対勢力なんじゃなかろうか。
「これは、エラスティアをはじめとした悪徳な貴族たちが自分たちのしでかした失敗を皆様に押し付けたことによるものなのです。」ミスタークィーンは煽るように両手を広げて訴えた。「とくに、不利益を一心に背負わせられる事となった全ての農民の皆様にもご理解いただきたい。」
農民たちも居るのか。
「今回の皆様の不幸は神の与えたもうた試練ではございません。これは貴族たちが今まで領民を蔑ろにして儲け、いざ困ったとなったら皆様に全ての損益を押し付けた事が原因にございます。王とエラスティア公ロッシフォールが長い間、貴族商取引法などという間違った制度を貴族たちが悪用するままに放置していたことが原因なのです!!」
さらに、ミスタークイーンは続けた。
「現王を早々に退け、アリス殿下を王としてお迎えすることが我々には必要でしょう!何故なら、この悪法を廃止に追い込んだのがアリス殿下だからなのです!」
アリス出てきた。
これは本当に商人のスピーチや講義の範疇に収まるものなのであろうか?
「王は、病弱故、すでにあとは少ないのかもしれませぬ。しかし、皆様はすでにがけっぷちだ。すでにこれ以上は我慢の限界のはずです!」ミスタークィーンは声を大きくした。「我々の手でアリス殿下の御代を迎え入れなくてはなりません!!」
・・・・・おい、待て。
お前の言ってることはおかしい。
彼の事を知っている人間なら誰だって彼の演説がおかしいことに気が付いたはずだ。
だって、ミスタークイーンの奴、この演説で怪しいビジネス英語を一度もつかってねぇ!
こいつ、喋ろうと思えば普通に喋れたんじゃねえか!!
場面は変わり、城のアリスの執務室。
「ふむ!これはまた、美味しゅうございますな。」
アルトが芋を揚げた物にトマトのソースをつけて一口食べてから言った。
アルトはこう言ってるが、このソース甘味が足りんのよ。
前世にケチャップってのがあってな。
アルトが食ってるのも、早い話、フライドポテトにトマトケチャップをつけたものなんだけど、前世のに比べてイマイチなのだ。昔は良かったみたいな懐古的な話じゃないよ?
揚げ方が悪いのか芋のモチモチ感が強すぎるのと、何よりもケチャップがとてもイマイチ。ケチャップというよりトマトソースに近い。まあケチャップじゃなくてトマトソースなんだけどさ。
「このトマトのソースに他の野菜も加えて、砂糖で甘味をつけてみてはいかがですかね。酸味を残したままで。」アルトが提案した。
それよ!それそれ!!
「なるほど!」グラディスは乗り気の返事だ。ケチャップに近づいてくれるだろうか?
「お芋とかぼちゃは美味しいけど、」アリスもフライドポテトを一つつまんでから言った。「トマトってイマイチなのよね、」
「アリス君は野菜嫌いだからねぇ。でも、試しに肉につけてみるといい。きっとビックリするほど美味しいと思うよ。」アルトはそう言ってから、今度は少し自信満々にグラディスに向かって言った。「グラディスさん、ちょっと酸味と甘味を残した感じでハンバーグに試してみてくださいませんか。きっと王女殿下の満足するものをご用意できることでしょう。まあ、私が言うんだから試してみてください。」
お前が言うたからなんやねん。
てか、何で相変わらず、アリスにだけため口なん?
最近、アリスが元気になったせいで、マッチョ医ってだけでは目立てなくなってきたアルトだったが、ここに来てグルメ貴族という新たな引き出しを開けてきた。
これでグルメマッチョウザ医にランクアップだ。
ここまでしても、アリスの知り合いたちの中ではキャラが薄いくらいだ。
類は友を呼ぶってことわざを頭の隅に追いやって無理やり忘れる。
「それはそれとて、豆のレシピはいかがすればよろしいですかな?グラディス殿。」アルトが言った。「今日は、レシピをお届けに上がったのですが。」
そうそう、アルトは豆のレシピを届けに来たんだった。
アルトは紙の束が入った手提げ袋を袋ごとグラディスに手渡した。
アルトのレシピには高野豆腐やきな粉みたいなのが混じってたから、和風テイストなものが食えるようになるのだろうか。
ちょっと楽しみだ。
「ところでアリス君。」アルトは言った。「ミスタークィーン氏に取り次いでもらう事はできないかね?」
「ミスタークィーン?あんた知り合いだったっけ?」
「え?あ、いや。どうだろう。お見掛けしたことはあるし、顔も知っているよ?」
「珍しいわね?なんか用なの?」
「少し伝えておきたい事があってね。」アルトはざっくりと答えた。「八方手を尽くしているんだけど会えないのだよ。」
「ふーん。」アリスは深く詮索しない、というか興味なさそうだった。「ミスタークィーン、最近全然捕まらないのよ。どこ行ってんのかも分かんないみたいだし。」
「ノワルの関係でやり取りはして無いのかい?」
「一応、顔出すようには伝えてるんだけど、一向に来ないのよ。」アリスは不服そうに言った。「オギーやトッカータも知らないって言うし、彼の仲間の商人たちにもなかなか会えない感じ。」
あら、そうなのか。
今、ミスタークィーンは王都の北に向けて馬車で移動中だ。オリヴァもいっしょ。
そういえば、アキアで世話になったロマンとか、メジャー作ってくれたガルデとかいう商人と会いたいみたいなことを王都に戻って来てすぐにアリスは言ってたけど、いまだ実現してないな。
「それは困ったな・・・。」アルトが眉をひそめて言った。「アリス君探しといてくれない?」
おい、アリス次期国王だぞ?
「いいわよ。」
いいのかよ。
「私もノワルの事で話したいし。」アリスが言った。「あんたの伝言も伝えとこうか?」
「いや、ちょっと込み入った話なんで直接伝えたいのだよ。」アルトは言った。そんな言い方されると気になる。
「じゃ、あんたに会いに行くように言っとく。」アリスは答えた。「ホント、どこに居んのかしらね。」
ここに来て、ミスタークィーンというアリスの味方だと信じて疑わなかった人物が少しおかしな挙動を取り始めた。
オリヴァも彼と一緒に居るし、彼女も何かを行っているに違いない。
もともと、彼らは酒場の地下に集まって何やら企てていた集団だ。
反アリス派の動きを追うのも大事だが、彼らにも少し目を光らせておいたほうが良いのかもしれない。
アリスが王都に戻って来てから3月ほどが過ぎようとしていた。
その間に王都の周りの農民はどんどんと不満を募らせていた。
王都周辺の一部の農民の生活水準だけがどんどんと下がり始めていた。
その一方で、今までは彼らより貧しいスラムであったノワル地区の人間たちが良い暮らしをし始めた。
王都の回りの街では、一旗揚げようとノワル地区へと流入する市民も多く現れ始めた。
だが、農民たちはそうすることを許されなかった。
この国の農民は畑を持つ限りそれを放りだして離れることができないという決まりがある。この事も農民たちの不満を助長していった。
そして、ついに圧政に耐えかねた農民たちの不満が爆発するのだった。




