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10-2 a さいきんの王国革命戦記

 2か月ほどが経った。

 夏めいて来た城の夜は温かく、メイドたちの洗濯する時間も少し遅くなってきていた。

 宵闇の深まってきた洗濯場では赤服のメイドと黒服のメイドがダラダラと洗濯をしていた。

 例によって、二人は洗濯をしながらずっと無駄話をしていた。

 「なんか、農民たちがきな臭いらしいのよ。」赤メイドが言った。

 「きな臭い?」黒メイドが訊き返した。「何かあったの?」

 「なんでも、不作でもないのに領主にたて突き始めたんだって。」

 「なにそれ。平民のくせに貴族にたてつくの?」

 ちなみにメイドも親族は貴族なれど、自身は立派な平民だ。

 「スラムがなんか調子いいから、自分たちも何とかしてもらえるとか勘違いしちゃったとか?」黒が尋ねた。

 「そんなところじゃないの?なんか最近、いろんなところが羽振り良くなって来てるって噂も聞くし。自分たちも混ぜろ的な?」と、赤。

 「モブート領はそうでも無いみたいよ。うちのボスが言ってるの聞いた。みんな損してるみたい。」

 「エラスティアもそうみたいよ。なんか取引が上手くいかなくって大損だって。うちの爺さん、最近イライラよ。腹立たしいったらありゃしない。」赤が吐き捨てるように言った。「そうそう、腹立たしいって言えば、あの王女、ちょっと見なかったと思ったら王になるのが決まったらしいのよ。」

 「私もう辞めるわ。あんたには世話になったわね。」

 「私もそうするわ。ほんと身の振り方どうしましょ。」

 「冗談はともかく、っていうか冗談じゃすまないかも知れないわね。」黒は少し眉をひそめた。

 「今さら実家になんて帰れないし・・・なるようになるしかないわ。」赤がため息交じりに言った。

 「あいつが王になったら私達もあいつの世話に係わるのよね?」黒が悲愴な声を上げた。

 「あああっ!やめてよ!そういうの聞きたくない!」赤メイドは両耳を両手でふさいだ。「私なんかいつ移勤になってもおかしくないのよ?」

 「グラディスが上のほうの厨房に入ったみたいなのよ。」黒は言った。

 上のほうの厨房とは、今、グラディスがアキアの野菜料理の開発を行っている厨房の事だろう。

 「グラディスに今のうちからゴマすっとけば?」黒が続けた。

 「何言ってんの?」赤が洗濯の手を止めて黒を見た。「私があいつに頭下げんの?」

 「そんなこと言ったって、グラディスが王付きのメイド長なんてなったらどうしようもないじゃない。グラディスが私達のことあの暴君に悪く吹き込だら、私らなんて一発よ。」そう言って黒メイドは自分の喉元を手のひらで払う動作をした。

 「・・・。」

 「あんたんとこの侯爵、老い先短そうだし。割と本気で考えておいたほうが良いかもよ?」

 「なんだろうなぁ!もう!どこもかしこも、なんか嫌な感じ!」赤メイドが苛立たしいげに吐き捨てた。「きっとあの王女が王になるからだわ。」

 「あいつのせいで、この国がどうかしちゃってるのよ。」黒メイドが頷いた。




 赤黒メイドの根拠ない言葉はともかく、アリスの農業改革で起きた変化がこの国に光だけでなく影も落としたのは事実だった。

 4公たちが小麦の値下がりについての緊急会議の場を儲けた。

 あのアリスですら動揺したくらいだから、彼らにとっては激震だ。

 4公たちは少しばかり陰鬱な雰囲気だった。

 「アリス公の言う通り、あらかじめ貴族商取引法を廃止しておくべきでしたね。」ジュリアスが言った。

 「遅きに失したと言うよりないな。念のためと輸入小麦を買わぬよう注意していなかったらどうなっていたか。」ミンドート公は少し勝ち誇ったように言った。

 ミンドート公は最近アリス側に傾倒してきている。今やジュリアスよりも親アリスだ。だから彼はアリスの忠告を信じてミンドート領の貴族に輸入小麦を買わぬよう触れ回った。

 最近【感染】に成功してミンドート公とモブート公については少しだけ状況を覗くことができるようになった。

 アキアで農業改革をしていた時、アリスは一度王都に戻って来て4公の会議の場で農業改革について大見得を切った。アリスのその言葉を聞いた後、ミンドート公はアリスが上手くやるほうにBETし、モブート公はアリスが失敗するほうにBETした。

 そんな訳でミンドート公の言い草にモブート公は苦い顔をしている。

 ミンドート公とモブート公に【感染】できたのはアリスが王都に戻って来てからなので、彼らの対応をリアルタイムで見れたわけではなかったが、ミンドート公はなんとなくこの辺りの流れに落ち着くことを早くから察していたらしく、いろいろと根回しをしていたようだ。

 何だったら、ミンドート公はアキアと王都の間にあるという地の利を生かしてペストリー卿の構築した輸送網やケネスの観光業に積極的に協力(干渉)し、ミンドート領に大きな利益をもたらしていた。

 そのおかげで、ミンドート公は彼の傘下の貴族たちからの好感度ゲージが爆上がり中だ。

 一方でモブート領は商業の比率が多い。そのため領主たちは積極的に輸入小麦売買に手を出して利権をえていた。これは王都を領内に持つエラスティアも一緒だ。

 モブート公はアリスの大見得に何も対応しなかった。その結果いつも通り小麦を買ったモブート領の貴族たちは大損をこいていた。

 しかし、モブート公の好感度ゲージはほとんど下がらなかった。代わりにアリスの好感度ゲージがマイナス方向に伸びたからだ。

 そういえば、この間の反アリス派の集まりにもモブート領の貴族と思われる人物が散見されていた。

 こんな感じで自分はベルマリア以外の様子も探ることができるようになっている。

 特にモブートはエラスティア寄りなので、エラスティア側の内情が推察できるのが大きい。

 本当はロッシフォールから直接情報を得られるのが一番なのだが、彼には未だに感染できていない。とても残念だ。

 ちなみに、今、アリスと付き合いのあるところで【感染】ができていないのは、グラディス、ヘラクレス、王、ロッシフォール、アミールとあとはアルトくらいかな?アキア公もまだか。

 トマヤとペケペケにも【感染】できていない。

 こいつらは国政会議以外の所で視界内に納めるチャンスが無いのでなかなか【感染】の機会が回ってこない。ここらは今のところラヴノス頼みだ。

 4公たちのミーティングに話を戻そう。

 「貴族商取引法を廃止しよう。」ロッシフォールが提案した。「アリス公の言ったように、もはや無用の長物だ。」

 「むしろ、我々にとっては邪魔な法律とすら言えます。」モブートが言った。「あの値段で小麦を買う人間はこの国にはもはやおりません。」

 「今なら、この法律を廃止することに誰も反対はすまい。」ロッシフォールが言った。

 「確かにな。今まで、この法を望んでいた者たちほど、廃止に賛成しそうだ。」ミンドート公も頷いた。

 「小麦の価格が上がってくる可能性はありそうですかね。」ベルマリア公ジュリアスが尋ねた。

 実のところ、ベルマリアは酪農が多いので今回のアキアの小麦の流入による大きな影響はない。ベルマリア内で一部行われている農業についても、生産する作物を食用から綿花や麻などの産業用途の物に変化させている最中だ。農業への影響もいずれ無くなる予定だ。

 ちなみに、綿花栽培をジュリアスに吹き込んだのもデヘアだったりする。

 「小麦の値が戻ることはないでしょう。むしろ、アキアの野菜が流通し始めた事が状況に追い打ちをかけています。」モブート公が言った。

 これから、さらに豆も出てくるんだよ?

 「王都でも小麦の最低価格はさらに下がっている。」ロッシフォールもため息をついた。

 「最低価格とはなんだ?」ミンドート公がロッシフォールの言い回しに引っかかりを覚えて尋ねた。「最低という事は平均は下がっていないのか?」

 「実は平均価格が追えていないのだ。」ロッシフォールが答えた。「とんでもなく高い小麦が市場に出回っておる。おかげで、平均価格というものが意味をなさん。」

 「??」ミンドート公

 「あの王女、なかなかの事を考えます。」モブートが今度は言った。「小麦粉を差別化したんです。」

 「良質な小麦だけを集め、さらに良質な部分だけを使って小麦粉を作って売っとるのだ。」ロッシフォールは少し元気なく答えた。「それが輸入小麦の小麦粉の倍以上の価格だというのに飛ぶように売れているのだ。」

 グラディス発案のやつだ。

 この高級小麦が一部の人々に飛ぶように売れている。

 アリスの農業改革はパン業界にも大きな嵐を巻き起こした。安い小麦粉を使った安いパン屋が乱立したのだ。

 それによって商売を脅かされた昔からのパン屋たちが高級志向のパンやお菓子を作る店へと変貌し、高級小麦粉を大量に購入しているのだ。

 「そんな高いものをわざわざ買うものなのか?」ミンドート公が訊ねた。

 「いや、確かに美味かった。」ロッシフォールが言った。「ブリオッシュが分かりやすい。」

 「いまや、その小麦はアキアハイブランドなどと呼ばれ、それを使っていないお菓子はお菓子ではないとさえ言われています。」とジュリアス。「完全にアキアの小麦が我が国を席巻してしまった。」

 「しかも、あの小娘が仕事の合間に自ら買いに行くもんだから、街人がこぞって真似をしよる。そのせいでケーキの人気に拍車がかかっとるのだ。」ロッシフォールが言った。

 「また、アリス公らしい。」ジュリアスが思わずニコリとした。

 「お前もじゃぞ?」ロッシフォールが言った。

 「?」

 「貴様、カルパニア嬢に時々菓子折りを買っておるだろ?」

 「!?!?」ジュリアスが突然のプライベート暴露に狼狽える。

 「お前がケーキを買って行った次の日、そのケーキ屋はお前の買ってったケーキを量産せねばならないらしい。」ロッシフォールが言った。「お前の買ってったケーキを買いに朝から女子どもが行列を作るんだそうだ。」

 「えぇぇ・・・。」ジュリアスは絶句した。

 ロッシフォールが意外とケーキ屋事情に詳しくてビックリだ。

 「輸入小麦が売れないのには、石灰で重さを嵩増して販売したバカ商人のせいで輸入小麦全体の信用が落ちているのっていうのもありますね。」ずれた話を戻そうとモブートが言った。「アキアの小麦より安くしないと売れないでしょう。」

 「早めに貴族商取引法を撤廃して、貴族たちの抱えている小麦を吐かせてしまったほうが良さそうですね。」ジュリアスも自分から話題を逸らそうと、慌ててモブートの会話に同意した。

 こうして次の国政会議で、ミスタークィーンたちがどうしても潰したかった悪法『貴族商取引法』が廃止されることが決まった。


 貴族商取引法が廃止されるにあたり、この4公会議においても国政会議においても『農民』という言葉は出てこなかった。

 しかし、この国の全ての歪みが行きついた先は農民たちなのだ。

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