10-1 c さいきんの王国革命戦記
「え!?ほんとに?」
執務室にケネスに案内されて入ってきた人物をアリスはまじまじと見つめた。
「手紙出して2週間しか経ってないわよ!?」アリスは驚きの声を上げた。
ケネスはアリスを驚かせることができて至極ご満悦の表情だ。
そりゃ、アリスも驚く。
前回アリスが王都からダクスに行くまで3週間以上かかっていた。
それが、今回は手紙を出してから2週間でシェリアたち3人がやってきた。片道1週間だ。どう考えたって早すぎる。
「久しぶりなんよ!」スラファが嬉しそうに言った。
「ついでに来ちゃった。」シェリアもはにかみながら言った。
「きゃはん。会いたかったのですわ!」キャロルも言った。
「うむ。」デヘアも得意そうに言った。いや、お前はこの街に居ただろうが。
「皆ほんとに手紙を見てきたのよね?」アリスは挨拶もそぞろに疑問をぶつけた。
「もちろんなんよ。」
「ふっふっふっ、個々人が頑張った程度の時短など、システムごと変革した時の速さには叶わないのですよ。」ケネスが勝ち誇った。普段アリスに掻きまわされているのをやり返せたのが嬉しくてたまらないらしい。
「どういうこと?」アリスはケネスの言葉が理解できず眉をひそめた。
「乗り継ぎ馬車に乗ってきたんよ。」スラファが答えた。
「乗り継ぎ馬車?」
「そうなのですわ。馬車を乗り継いで王都まで早く来るシステムですの。」キャロルが言った。「ケネス様が考えてくださったとお父様から聴きましたわ。」
「どういうこと?」アリスはケネスにもう一度訊ねた。
「小麦の運搬網を構築したじゃないですか。あの運搬網を利用して、馬車の運用方法をちょっと工夫したんです。」ケネスが答えた。
「?」さすがにそれだけではアリスにもなにがなんだか解らなかったようだ。
「馬車を全力で走らせて、駅ごとに新しい馬車に乗り継いで、というのを繰り返す運輸方法です。」ケネスが答えた。「馬が疲れたところで新しい馬に変わるのでスピードが落ちません。それ以上に、何と言っても馬の事を気にせず朝から晩までひっきりなしに馬車を駆れるのが良い。」
つまり、小麦流通のために作られたいくつもの駅ごとに馬車を乗り継いでスラファたちをアキアから爆速で連れてきたってことらしい。
「その代わり、乗り心地は最低だったのですわ。」キャロルが顔をしかめた。
「本気で乗り心地を気にしなきゃ、手紙みたいに3,4日で届けられるんですが。」ケネスは残念そうに言った。
「ショウさんとギムルさんが車輪に揺れなくなるカバーをつけてくれましたの。」スラファが付け加えた。ちなみにショウやタツたちはまだアキアに居る。
「あと、タツくんがクッションをくれたんですよ。」シェリアがポーチから小さなクッションを覗かせた。
「あ、それセンが大量に出荷してたやつだ。」アリスはそう言ってから頭を下げた。「ご注文ありがとうございます。」
「発注したのは私たちではないんよ。」スラファが手をブンブンと振りながら言った。
「この輸送方法は商人たちの移動にも大人気です。野菜とか豆の買い付けに来るときに利用してくれています。」シェリアが言った。
「仕事を運ぶって言ってたのはこの事?」アリスはケネスに尋ねた。
「7割正解です。」ケネスは言った。「王都で商業が栄えているのは、ここが交通の要所であり集約点だからです。人の流れをアキアにも作ることができれば、経済は活発になります。」
「7割?他にもあるの?」
「観光業を立ち上げました。」
「観光業?」
「殿下もご母堂様の大聖堂には行った事があるでしょう?」ケネスが言った。「その時についでにいろいろと買い物をされたと思います。」
たぶん、シェリアたちと行った、アリスの母親であるライラ王妃の墓の事だ。
ケネスの言うように、アリスやシェリアたちはライラ王妃の墓に行く前に色々なところで買い食いをしていた。
「うん。」アリスは素直に頷いた。
「つまりですね、折角人を運んだのだから、その人たちにアキアでお金を使わせられないかと考えた訳です。」ケネスが言った。「で、アキアにある見どころのあるところを回ってもらって、気持ちとお財布の紐を緩めてもらおうって寸法です。」
「なるほど。」
「観光業には父が大乗り気ですのよ。」キャロルが言った。
「アキアでの消費はちゃんと増えてますか?」ケネスがキャロルに尋ねた。
「ばっちりですわ。」キャロルが答えた。「いろいろな人がアキアに訪ねてきてお金を落として行ってくれているらしいですわ。」
「良かった。」ケネスがほっとしたように言った。「どのくらい上手くいくか解らなかったんですよ。ミンドート領の人が少し利用する程度何じゃないかと。本当は王都まで数日で繋げればよかったんですが。」
「そんなことは無いですの。」スラファが答えた。「王都からも来てますのよ。」
「アキアに用のあった人がこの輸送方法を使ってるみたいです。そういった人々が浮いた移動時間を使って観光をしているみたいです。」シェリアが補足した。
「やっぱりミンドートの人がたくさん来ているみたいなんよ。貴族が多いの。」今度はスラファが言った。「ペストリー卿がいろんなお酒を持っているのが効いているみたいなんよ。」
「お酒?」話の展開についていけなかったアリスが訊き返した。
「外国のお酒を購入する場合、少量でも輸入でもお酒は高くなってしまうのです。でも、飲んでみるまで美味しいかどうかが解らない。なので、多くの酒を持っていて、お酒のソムリエをできる侍従を揃えていたペストリー卿がそのことを利用したのです。」ケネスが説明した。「多くの貴族が酒の味見にペストリーを訪れています。彼らは夜はお酒、昼はちょっとした観光って感じですね。」
「グラディスさんがアキアの野菜料理を作ってくれたことがとてもお役にたっていますのよ。お酒のおつまみになっていますわ。」キャロルが言った。「とくにトマトのソースが人気ですの。燻製肉ととても良く合いますの。」
部屋の隅に控えていたグラディスが少し照れている。
「話に聞いただけですが、カラパス卿が管理していた教会が観光資源となっているようですね。」ケネスが言った。
「そうですわね。皆さんあの教会は見て行かれますわ。」キャロルは言った。
「大きいだけのくたびれた教会なのですけどねえ。」スラファが不思議そうに呟いた。
「あれ、利子の代わりにあげちゃった。」
「え?」突然のアリスの告白にケネスがアリスを見た。
「いや、その教会。ペストリー卿が欲しいって言ってたもんだから。」アリスは言った。「利子オマケしてくれるって言ったのよ?」
「はあ。まあ、いいですけど。」と、ケネス。本当にどうでもよさそうだ。
「教会んとこ以外は一ミリも渡してないわよ。イッチミリも!」少し必死な感じで言い訳をするアリス。
「いや、別にいいですって。」ケネスは呆れたように言った。「ペストリー卿はその教会への観光客の輸送と入場料で儲けているようですね。」
「ふ~ん。」アリスが何事か心に引っかかるものでもあるかのような面持ちで唸った。
アリスの中にあるの商人としてのプライドが、価値のあるものをただで上げてしまったことに傷ついてしまったのだろうか。
てか、アリス、商人違うけどな。
「観光業は大きな需要を生んでいます。」シェリアがケネスに言った。「建築需要と交通需要、食品のアンテナにもなっています。」
「なにより大きいのは、この新しい業界に期待した領主が投資に前向きになったことなんね。そのお金が農業を辞めた人たちに流れてるみたいなの。」スラファが補足した。
「アリスちゃんの悩んでた、農民さんたちの就職先も何とかできると思うわ。」と、シェリア。
「こっちは任せてくださいの。」キャロルが言った。「アリス様は今度は王国のほうに注力して欲しいのですわ。」
「アキアの労働問題は私たちが何とかするの。」スラファも続いた。「アリスンが悩んでるかもと思って、この事について話しに来たんよ。」
「三人とも、ご立派になられて。私も鼻が高いですよ。」ケネスがシェリアたち3人の様子を眺めながら感慨深そうに言った。
「・・・?」シェリアがケネスの物言いに不思議そうに顔を上げた。「どこかでお会いしましたでしょうか?」
そういや。以前会った時は虎のマスクつけてたっけ。
「えっ!?あ、いえ、その、お嬢様方が小さいころに一度だけお会いしたことがあったのですよ。」ケネスはしどろもどろになりながら取ってつけたような言い訳をした。
「そうなんでしたのー。憶えておらずに申し訳ございません。」スラファは言った。「という事はカラパス家にいらっしゃた事がおありだったのですね。宰相ともなる方がいらして居たとは光栄ですわ。」
「まあ、ええ、いえいえ、お気になさらず。」ケネスが助けを求めるようにアリスを見た。
アリスは関わるなとばかりに目をそらした。
もう、マスクかぶってみせたらいいんじゃないの?
「そういえば、今回手紙を出したのは、アキアの小麦についてなのよ。」アリスは言った。
アキアから来た三人の表情が固くなった。
「小麦、取れ過ぎなんよ。」スラファが言った。「今もドキドキしてるの。」
「生産領が去年の需要の1.1を越えたの。」キャロルが言った。
「う~ん。値崩れ必死・・・。」アリスが顔を覆った。
「幸い、小麦価格が低下して購買層が増えたおかげで需要そのものが拡大しているみたいなんだけれど・・・。」シェリアが言った。「今年はともかく、多分、来年はもっととれる。」
「任せろ今年の1.5倍は行けるはずだ。」デヘアがこぶしを突き上げた。一人だけめっちゃ嬉しそうだ。
「豆もこれから出回るし。」
「豆も順調だ。一反の失敗も無い。」デヘアはさらに得意そうだ。
「買い取るって言っちゃったから、農民の皆さん本気よ?今さら生産を減らせとはとても・・・。」
「ウリ科もばっちしだ。秋には出る。」空気を読まないデヘアが誇らしげに追い打ちをかける。
ついに、アリスが崩れ落ちた。「や、やり過ぎた・・・。」
「スラファさんのデータを見ましたが食べ物の量が多すぎますね。このままでは全部値崩れしかねません。」ケネスが言った。
「うぐぐ。」
「普通なら生産調整をすればいいんでしょうけど、買うって約束しちゃいましたからねぇ。」ケネスは追い打ちをかけるように言った。「農業をやっているのはアキアだけじゃないですしね。アキア以外の農家も生産量を上げないとやっていけませんし・・・。」
「うぐぐぐぐぐぐ。」
ケネスって、アリスにいちゃもんつけてる時、すごく嬉しそうだよな?
「今年はともかく、アキアでの小麦の生産量調整はしないとダメですね。」
「う~~~ん、農業を・・・
「農業を辞めさせるのは無しよ?」アリスが何かを言おうとしたのにかぶせるようにシェリアが言った。「アキアではこれ以上無理。」
「はい。すみません。」
「農業でお腹が膨れないものを作るの。」キャロルが言った。
なんか、アリスは前もこんな話をグラディスとしてたよな。
ちょうどそこに、当のグラディスがみんなにお茶を出しにやって来た。
「お腹がいっぱいにならないものだと、やっぱり飲み物とか調味料とかでしょうか?」グラディスは何の気なしに言った。
「ん、砂糖大根?」それに打てば響くように反応したのはデヘアだった。
「砂糖・・・だと!?」アリスが思わぬ作物の登場に目を白黒させる。「大根から砂糖が取れるの?」
「うむ。」デヘアがちょっと調子づいた感じで鼻高々にアリスを見た。「作ろうか?作って良いのか?」
「お願いします!!」アリスが頭を下げた。
「任せろ!」デヘアが嬉しそうにブイサインをアリスに向けた。
「その、私からも一つ良いでしょうか?」グラディスが言った。
みんなが興味深々にグラディスを見た。ここにはグラディスをただのメイドだと思って蔑ろにする人間は居ない。
「その・・・小麦粉の質を上げれないでしょうか?」
「小麦粉の質?」
「はい。小麦の真だけを使ってほしいのです。」グラディスが言った。「真だけの小麦粉は香りも色も良いのです。」
「良し、それ採用。」相変わらずアリスは行けそうだと思ったら躊躇がない。
なんだかんだ言って、アキアの農業改革って、グラディスとデヘアの存在が大きかったのだと思う。
彼女たち二人がいなかったらアキアの農業改革なんて成り立ってなかったんだろうな。
さて、アリスの悩みごとは解決していったが、それは農民の悩みが解決したという意味ではなかった。
アキアの農民たちは良かった。何の問題もない。アリスの改革により恩恵を享受している。
問題はエラスティアを中心とした一部の農民たちだった。
今まで腹八分目で済ませていた人々が十二分に食べ、さらにはヒエやアワしか食べていなかった人たちも小麦へを食べるようになった。
アリスが言っている通り、人のお腹の領には限界値がある。
アキアの小麦で国民の胃袋が満ちた分、エラスティアで栽培されていたヒエやアワは売れなくなっていたのだ。
さらに、小麦の値段は上がるどころか下がってきていた。
そのせいで輸入小麦を抱えている貴族たちの小麦販売の目算も立たなくなった。
そして、貴族たちは自らの負債を領民たちに増税としておっかぶせたのだ。
結局、最期に叩かれるのはさらに弱いものなのだ。
町民たちは儲かり始めた瞬間に増税が来てかなり腹立たしくしていた。
町民たちはまだ良い。
何一つ儲けの回ってこなかった農民たちは悲惨だった。ただただ大きな増税が課せられただけだった。
しかも、皆がパンを食べ始めたというのに彼らは余ったアワやヒエを食べ続けなくてはならない。
結果、一部の農民たちに大きな損が押し付けられる形となっていた。
そして、この歪みが暗雲となってこの国に影を落とすことになるのだった。




