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10-1 b さいきんの王国革命戦記

 デヘアはいつものようにアリスの相談役として、アリスの執務室に呼び出されていた。

 「ミンドート領で何を作ったらいい?」アリスはデヘアに尋ねた。

 「小麦。」

 「やっぱ、小麦なのか・・・。」アリスはがっくりとうなだれた。

 「アキアに近いから。」

 「小麦じゃ売れないのよ。」アリスが頭を抱えた。「小麦じゃ無いのが良い。」

 「ほう?」デヘアの目がきらりと輝いた気がした。「ミンドート領はアキアよりも寒暖差が大きいし水も多い。アキアとは違った植物の多様性がある。私が現場を確認して選定してみせようか?してしまっても良いのか?」

 「ちょ、その前に、ノワルの芋についても何とかしてもらいたいのよ。芋の連作障害は防げそうなの?」

 「ビートを植えた。」

 ビートというのはこの世界にある紫色のカブだ。

 「ビートを時々育てれば芋は病気にならないの?」

 「うむ。交互くらいがいいと思う。」

 「さすがね。助かる。」

 「エヘン。」デヘアはどや顔で胸を張った。「植物なら任せろ。」

 「ついでに質問なんだけどアキアの小麦が値上がりしないんだけど、なんか心あたり無い?」

 「植物以外の事は聞くな。」

 「いえね、アキアの小麦を全部合わせても国内需要に足りないはずだったのよ。だからどこかで値上がりが・・・」デヘアが未だきょとんとしているようなのでアリスは説明をし直した。「ええと、小麦の育つ量ってダクスと他の地区では違うの?なんか他の場所って予定の収穫量よりものすごく増えてない?」

 「もちろん。」デヘアは当たり前のように答えた。

 「も、もちろん!?」

 「麦の戻し方と小麦の植え方を最適化した。」

 昔グラディスとデヘアが言葉だけは口にしていたが、『麦の戻し方』って言うのは前年刈り取った麦のガラで作った腐葉土の使い方のことだ。

 デヘアの言葉にアリスの目が点になる。

 「アキア公にも教えた。来年からはダクスでも収率1.2倍は固い。」デヘアは得意そうにブイサインを出した。

 「なん、です、と・・・」アリスは絶句した。

 「豆が間に入ることでさらに増えるぞ!」

 デヘアは植物がたくさん育つのでとても嬉しそうだ

 「おおぅ、値崩れ・・・。」アリスが頭を抱えた。




 アリスも頭を抱えていたが、もっと切迫して居たのは輸入小麦を抱えてしまった貴族たちだった。

 彼らはラヴノス主導でどこかの屋敷の一室に集まっていた。

 ちなみに、自分は反アリス派のかなりの面子に【感染】することに成功している。だが、相変わらずトマヤとペケペケには【感染】できていない。

 そもそも、ラヴノスがそこまでトマヤ達と会わないのだ。

 最近なんとなく解ってきたが、直接アリスに対して鉈を振るうような事をしているのはトマヤだけのようなのだ。

 反アリス派が徒党を組んでやっているのは、政治的、経済的嫌がらせだけだ。

 こんな言い方があるか分からないが、トマヤ以外は健全な妨害活動しかしてこないのだ。

 例えば、小麦の値段を操作しようとして失敗したり、商人たちに圧量をかけてアキアの小麦の購入の妨害を計ったり、アリスについての根も葉もない噂を流したり、アリスへの公的援助が悪であるような論調を作ったりする。国政会議でのアリスを貶めるような発言もある程度は事前に話し合われているらしい。

 トマヤもこの反アリス集団には属しているが、彼は独自にも動いている。暗殺なりなんなりを企てているのはほぼ彼とペケペケだ。紫の薔薇の馬車の件もあるので、ロッシフォールもトマヤのこの行為に加担してはいるのだろう。だが、トマヤに【感染】出来ていないためこの辺りの状況はイマイチ正確につかめていない。

 ロッシフォール自身は反アリス派の徒党には直接属していないようだが、アミール擁立に理解あるエラスティア領の当主として反アリス派の貴族たちから頼りにされているようだ。

 今回ラヴノスの屋敷での集まりにはトマヤは参加していなかった。だが、大きな人数の集まりだった。以前の反アリス派の会合では見かけなかった貴族が十人近く加わっていた。その中にはバゾリも居た。

 あれ?なんでだ?

 バゾリにはすでに【感染】済みで、彼の回りは一応調べている。

 実は彼は反アリス派ではない。というかアミール派閥ではないのだ。

 彼はブラドには付き従っていたが、反アリス派の集まりに参加していた事はない。

 スラムの件のせいでアリスのこと自体はかなり嫌いなようだったが、国政会議においても彼は純然と自分の意見を述べていたにすぎなかった。

 そんな彼がこの場に居た。

 彼だけではない。この場で新しく見かけた貴族の中にはすでに【感染】済みの貴族が数人いたが、彼らも反アリス派ではなかった。彼らは先回のアミールの誕生日パーティーでアリスにすり寄ってきた時に【感染】した貴族たちだ。何かしらの陰謀のためにアリスに近づいてきたのではないことを確かめるため、彼らが反アリス派で無いことはきちんと確認済みだった。

 彼らが新たに反アリス派に加わったというこか。

 「何で小麦が値がどんどん下がっているのだ!」貴族の一人が言った。「誰か、詳細を知るものは無いのか?」

 「アキアの小麦は底をついて、価格が上がるのではなかったのか?」

 「王女殿下が私達を陥れるため、会議で虚偽の申告をしたのでしょう。」そう言ったのはラヴノスだ。

 「王女殿下が我々を陥れる?王女殿下は我々を潰して何をしたいのだ?我々が何をした?」別の貴族が言った。

 「我々は王都の周辺の主要都市を収めているのだぞ。爵位に関わらずこの国のインフラの根幹を担う貴族ぞ。それを蔑ろにする意味は王女とて分かっているはずだ。」別の貴族も言った。「王女は国を潰したいとでも言うのか?」

 「おそらくは、王女殿下は皆様が以前にしたことを憶えていらっしゃるのでしょう。」ラヴノスが言った。

 「我らが王女に何かしたと?」貴族が何のことか分からず眉をひそめた。

 こいつ誕生会にアリスと知り合ったばかりやぞ?

 「あなた方は、王女がご病気と知ってずっと忌避されていたでしょう?」

 「病気の者から距離を置くのは当然の事であろう。」一人の貴族が言った。「少なくとも、わざわざこっちから声をかけたりはせん。」

 「私に言われても困ります。私だって当然の権利として病人は敬遠いたしました。」ラヴノスは自分に言われても困るとでもいう様子で言った。「しかし、それを幼いアリス殿下がどのように思ったかは私のあずかり知らぬところ。」

 「次期王たるものがそのような子供のころの怨恨で我々に復讐せんとしたとでも申すのか?」

 「王女殿下は女にございます。女の怨嗟は恐ろしく深くて長い。」ラヴノスが言った。「無論、私の考えすぎかもしれませんが、そんな事でもなければ国政会議の場で報告を偽るなどしますまい。それに、最近こそ目につくことはございませんでしたが、王女殿下のご振る舞いについて噂くらいは聞いたことがございましょう?」

 「・・・なるほど。あり得ない話というわけでもないようだ。」

 ラヴノス自身はエンヴァイにほとんどの小麦を押し付けることに成功していたので、実は大きな損をしていない。こいつ、この機に乗じて、反アリス派を拡大していくつもりのようだ。

 デヘアよ、お前の報連相不足のせいだぞ?

 「このままアリス殿下がネルヴァリウス陛下のあとを継いでしまったら、我々は大変な事になりかねません。」ラヴノスは続けた。「幼いころの殿下と遭遇する機会の少なかったアキアやミンドート領の貴族たちばかり重用されることでしょう。」

 「たしかに、現にそうなっておりますな。」そう言ったのは反アリス派の会合によく顔を出しているワイシ卿だった。「最近、ミンドート公もアリス殿下の元を頻繁に訪れております。」

 そう関係づけて来るのか。

 今この場に居るラヴノスたち【感染】済みの貴族たちを【嘔吐】で吐かせてやろうかしら。こんなに積極的に仕掛けて来るとは思わなかったから放置してたけど、排斥しておいたほうが良かったのかもしれない。

 ・・・うーん。

 最近、ちょっと思考が過激になってきているかな?

 【感染】数が激増してきたり、【管理】の使い方を憶えたりで強くなってきたのが明確に感じられるようになってきたせいか、ちょっと天狗になっているような気がする。

 人間、動物に関わらず【感染】者も爆増してきているし、【管理】と【操作】の扱いにも長けてきた。急激に大きな力を得た感じがしてならない。

 王都直下には大量のネズミ軍が居るし、王都外にも500匹以上の野犬軍も居る。

 たぶん、本気でやれば王都を制圧できる自信がある。

 ちょっと、慎重に動くようにしたほうが良いかもしれない。

 「王女が我々の事を恨んでいるとは決まったわけでは無かろう。」

 「無論。しかして、私共が王に対して、王女殿下への疑念や我々の困窮を訴える分には特に問題ありますまい。」ラヴノスが言った。「来年もアキアの小麦が入ってくるという事になれば、輸入小麦で儲けていた私共はますますジリ貧でございますよ?」

 「そんな事を上申してアリス殿下の耳に入りでもしたらそれこそ大変なことになるのではないか?」

 「王女殿下がそれで報復をされるような方であったとしたら、それこそ王位に据えてはいけないのではないでしょうか?」ラヴノスは言った。

 貴族たちが顔を見合わせた。

 「殿下がどのような性格であったとすれ、私たちは自らの現状をどうにかしなくてはいけません。小麦の扱いと次期国王の扱い、どちらに関しても私たちは一致団結して対応しなければならないのです。」演説ぶった口調でラヴノスは続けた。

 「ああ、アミール殿下が次期王であったなら、このような悩みなどなかったというのに!」反アリス派の一人がワザとらしく言った。

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