10-1 a さいきんの王国革命戦記
トマヤ達のかき集めた野盗軍をやっつけ、アキアの農業改革を無事終えたアリス。
王都へと戻ってきたアリスは、約束通り次期国王として指名された。
こうしてアリスは国王になる準備を始めた。
アリスが改革を終え王都に戻って来てからも、アキアの農業改革はその後も大きなトラブルは無く進んでいた。アキアの小麦は次々と輸出された。
反アリス派の妨害も無かった。無かったというより、どれも上手くいかなかった。商人たちがアキアの小麦に夢中で相手にしてくれなかったのだ。
農民ではなくなった人たちも、ここのところのため池工事による特需や豆栽培用のネットなどの必要な用具の需要などでとりあえずの所は生きていけるようだった。
そして、小麦価格の下落により王都は活気づいていた。
王都だけではない。ファブリカ国全土の商人たちや街の人たちにも需要が訪れた。
一部の貴族と商人たちが囲いこんでいた小麦流通による儲けが商人たちに還元されたからだ。
そもそも小麦の輸入で一番儲けていたのは、貴族たちでも商人たちでも無かった。小麦を輸出していた海外の輸入業者たちに流れている儲けの総額が一番大きかったはずなのだ。
国外に流れていた小麦産業の利益が、国内需要に回ってきたのだ。
この現象は王都の市民にだけでなく、地方の都市部にも同じようなことが起こっていた。資金の流れの変化は多くの市民たちに大きな恩恵をもたらしたのだ。
かつてのスラムであったノワル地区でも多くの小麦が流通し、逆に芋がノワルの外に多く流れるようになった。
一方で今まで海外の小麦で儲けいていた貴族たちは苦慮していた。
何故なら彼らは自分たちが抱え込んでしまっている輸入小麦の処理についてで手いっぱいだったからだ。
ラヴノス達、反アリス派のタカ派が小麦市場にちょっかいをかけてこないのもこのせいだ。
彼らは二択が突き付けられた。手持ちのタブ付いた小麦を貴族商取引法を無視して安く売りさばいてアキアの小麦売買の邪魔をして大損をこくか、アキアの小麦が出回り切るのを待って売る代わりにそれまで資産が塩漬けとするか、だ。
そもそも彼らは一年分の小麦を一気にドカ買いしている訳でも無かったようなので、だぶついていると言ってもそこまでの量の小麦を所持している訳ではなかった。
彼らが手持ちの小麦を全て激安で捌いたとしてもアキアの小麦に対してそこまでのインパクトは与えられ無かったであろう。
彼らもそれが解っていたのだろう。彼らは、アリスが自給率80%と謳っていたアキアの小麦が底を突き、小麦の価格が値上がったところを狙って売るほうを選んだようだった。
そんな訳で、アリスの農業改革は邪魔されることなく、概ね好感触にこの王国を改善しているようだった。
表向きだけは。
さて、アリスは城に戻ってきた
アリスはノワルの芋畑の前にある搭には戻らず、王城の尖塔にあるアリスの寝所へと帰ってきた。
アリスが搭に戻らなかったのは、搭のアリスの部屋にカルパニアが居座っているからというわけではなく、王城に執政室が与えられた事による。
執務室というのは元々は王が使っていた部屋だ。
最近の王は寝所が執務場所になっているために、長く使われていない部屋であった。
前回の国政会議で王がアリスを次期王に指名し、諸侯にアリスを頼るように宣言したため、いろいろな貴族たちがアリスに面会に来るのだ。搭に来させるわけにはいかない。
単純に顔を憶えて貰いたいというだけの貴族がゴマすりに来るだけの場合も多かったが、本気でアリスを頼ってくる貴族も少なくなかった。
意外なことに一番頻繁に来るのがミンドート公だったりする。
彼は、アキア改革前に宣誓した通り、アリスについて行くことに決めたようだ。
さらに言えばアキアに近いミンドート領はところどころ小麦を作っていたりする。実はアリスの改革でクリティカルに打撃を受けているのはミンドート領だったりするのだ。
これに関しては現在ミンドート公が赤字覚悟で小麦を買い取って何とかしている。大したことは無いとミンドート公はうそぶいていたが、赤字額の増加は相当なもののはずだ。
ミンドート公は、アリスにミンドート領での農業の改革をどう進めるべきかと、現在進行形で困っているいくつかの領地についてどう改善をしていくかを、真剣に相談した。
もちろん、アリスも一緒に真剣に考えた。
アキアの時は、農業の、地理の、人口の、経済のすべてのデータが学士院によって全て揃えられて居た。
だが、ミンドート領ではその辺りのデータが不十分だった。単純な小麦売買での利益の対照表とざっくりした総人口なんかのデータしかなかった。
そのため、今回についてはアリスも手を焼いているようだった。
まずはデータ取りを行っていく事が約束された。
ミンドート公はデータが届くたびにアリスの元へと自ら届けにやって来た。彼はその都度、今後のミンドート領での農業について少しだけ話し合い、その後もしばらく居座ってアピスの話を聞いてから帰っていくのだった。
アリスに同行してアキアに行っていたグラディスやデヘアたちの4人も王都に戻って来ていた。
グラディスもアリスと同様に城に戻って来ていた。
グラディスが昔住んでいた部屋はすでに他のメイドに与えられていた。そのため、王たちの世話をするメイドたちの寝所の並びに新たにグラディスのための部屋があてがわれた。城の2階にあり、アリスの執務室にも近い。
ケネスの提案で、グラディスは王や王城での社交界パーティーのための料理を作るセントラルキッチンを使ってアキアの野菜や豆を使った新しい料理を開発することになった。そのためにグラディスは王の世話をするメイドたちの部屋の並びに住まう事になったのだ。
ぶっちゃけ、アリスが搭から城に通う事を諦めたのもグラディスが城の中に囲われたからでもある。
ケネスが城に住まわせたかったのは本当はグラディスではなくアリスだったのかもしれない。
グラディスは王付帯のメイドたちと協力してアキアの野菜を調理し、早くもかぼちゃのポタージュという大ヒット商品が生まれた。さらに、グラディスはそれをアレンジしてジャガイモのポタージュもヒットさせた。
ヘラクレスは依然として、アリスの警護をアミールから仰せつかっている。だが、城の中では彼女をあんまり見かけない。大抵の時間、ヘラクレスは城壁内の一角にある兵舎で後輩の指導をしているか、学校に行って体育を教えるのを手伝っていたりする。
彼女は基本アミール以外の貴族を嫌いだ。
アリスにしたって、ヘラクレスの中では剣士アリスと王女アリスが居て王女アリスは何か嫌われてるんじゃないかなって思うときがある。あいつアミール以外に『殿下』って使わないし。
なので、ヘラクレスは用がない限りは執務室の周りには近寄ってこない。あいつも貴族なのにな。
とはいえ、ヘラクレスはアリスが手元を離れて少し退屈そうだった。そのせいか、アリスにたまに会うたびに搭に戻って来ればいいのにと愚痴をこぼしてくる。
もう一人の護衛エウリュスは王の元へ返却された。彼はドヤ顔で王の元へと戻っていった。
アリスのアキアでの活躍に大満足だった王もエウリュスを褒めちぎったものだから、彼は完全に有頂天のご様子だった。
ちなみに、アリスが戦場をのこのこしてたことは王には伝わっていない。唯一そのことを報告しそうなアキア公が知らんぷりを通したからだ。
そんな訳でエウリュスが付いていながらアリスが戦場に行ったことや、アリスを戦場で見失ったことや何やらは何一つ王には伝わっていないのだった。ネオアトランティスを使って全てばらしに行きたい。
デヘアはもう一年留年することが決定したので学校を退学した。
さすがに親がもう金を出してくれなくなったのだ。そりゃ、再留年した理由が半年以上学校に行ってなかったからっていうんだからしょうがない。
というわけで、路頭に迷ったデヘアはこの国の植物コンサルタントとして、アリスの元に就職した。
実質、農業コンサルタントと言ったほうが適切なのだが、植物コンサルタントが良いというデヘアの主張が通った。ちなみに今回のアキア改革の功を受けて実家とは関係なく男爵位を与えられた。
さて、順調に進んでいるかに見えた改革が大きな問題を抱えていることにアリスが気が付いたのは、そんなデヘア男爵と話している時であった




