Ex さいきんのSS 騎士たちの受難
「確かに我々10人全員を叙勲する訳には行かないというのは分かりました。」
アリオルはまるで自分が俺たちのリーダーであるかのように王女に対して言った。
相変わらず、堂々としたものだ。
アリオルは賊共に触れてすらいない。
安全なところから口を出していただけだ。
それなのに自分こそが賊を捕まえるのを指揮したと主張してきかない。これが評価されるようなら、それこそ不公平極まりない。
これがまた、アリオルは虚栄心で嘘をついているわけではなく、心の底から自分が役に立ったと思っているものだからものすごくたちが悪い。
だが、口が立つというのはアリオルの良いところだ。
我々は、アキア公と王女殿下に此度の報告をした後、我先にと褒章を求めてしまった。
これは、いくら何でも気持ちがはやり過ぎていた。
完全に、王女殿下とアキア公を引かせてしまった。
おかげで、褒章の出が悪くなってしまった。
そもそも、賊共を捕らえたとは言えど、王女殿下もアキア公も我々を全員を叙勲するわけには行かなかったらしい。
そこでアリオルが王女殿下に対して弁舌を始めたのだ。
アリオルに説得は任せ、俺たちは後ろに片膝をついてかしこまっている。
アリオルが自分に有利なように話をし始めたりしない限り、口出しは控えよう。
「それならば、私達の誰が、王女殿下を守るのに貢献したのか決めて頂き、その者に叙勲をしていただくのはどうでしょう。」
ほらな。
アリオルが素晴らしい提案をした。
俺は賊を捕まえる時にたった一人で賊を一人捉えた。
他の連中はニ、三人がかりでようやく一人だ。
貢献の大きさで言ったら、ここの誰よりも大きい。
山の中に出かけて行ってただの野盗を狩ってきた連中とはわけが違う。
王城に攻め込んできた、熟達した暗殺者を一人で捕まえたのだ。
仮に、一人しか叙勲されないとしても俺が選ばれるのが公平な裁定というものだ。
賊共は王女を狙っていたと聞く。
王女を守ったわけだから、子爵を飛ばして伯爵まで繰り上がったっていいはずだ。
「うん、話聞いて?」王女が諭すようにアリオルに対して言った。「わたくし、寝室にはいなかったのですよ?私の命を守ったもなにも無いのではございませんこと?」
王女はさっきから我々の成果を否定するような事ばかりを言う。
たまたま、自分が出かけていたからというのは俺たちの成果を何ら落としめすものではないはずだ。
まるで俺たちが兵士や何かと同レベルの仕事をしたかのような扱いだ。
功績を上げた貴族が、指示のまま働いた頭空っぽの平民と同等の扱いをされるのは不公平だ。
「それは結果論でございます。我々は殿下が居る前提で城の警護についております。これは我々騎士の務めにございます。」
良く言った。アリオル。
「でも、もし私部屋に居たら死んでない?」
見た目の割に、口の回る女だ。
それこそ仮説だ。
「しかして、再発を防ぎました。」アリオルが間髪入れずに反論する。「精鋭の我々が城の守りにつき、命を懸けて賊を捕らえたのです。そのおかげで、殿下は今日も安心して眠りに付くことができるのでございます。」
「うーん。」少し不服そうに考え込んでから王女が言った。「まあいいわ、とりあえず、あなた達が頑張ったことは認めましょう。」
言い方が少し癪に障る。
見た目が美人でプライドが高そうな所もあるし、王女ってだけって甘やかされてきた世間知らずのワガママ女なのだろう
「先ほども申したように、全員を子爵にしてしまってはお父様に怒られてしまいますの。ですから、実力のきちんとある方だけの叙勲とさせてください。」
「なるほど?その実力とはいかなるものでございましょうか。」
「私と勝負して勝ったかたに褒章を差し上げましょう。」
なんか王女がとんでもない提案をしてきたぞ?
勝負って、まさかじゃんけんなんかで叙勲のあり無しを決めようってんじゃないだろうな?
「勝負とは?」隣で一緒にかしこまっていたパリオが思わず尋ねた。
「剣で勝負。」
「「「「は?」」」」
俺たち全員が思わず王女の隣にいた近衛騎士を見た。
さすがに近衛騎士を相手にさせるのは不公平じゃないか?
「お、待ちください。」アリオルが慌てて声を上げた。「我々が近衛騎士様相手に剣の腕で敵うわけがございません。それに王都最高と謳われる近衛騎士様に敵わなかったからといって我々が叙勲されない理由になりましょうか。」
「彼もまだ男爵ですのよ。」アリスが言った。「彼よりも弱い騎士が子爵というのはおかしくありません事?」
「近衛騎士様と我々では尺度が違うのでございます。」アリオルが即座に言い返す。「近衛騎士様は陛下の護衛ゆえ、子爵となって領地を持つわけにはいかないではないですか。ですので、近衛騎士様の男爵位は基準になりません。王女殿下をお守りしてこのようなところまでおいでになられるような近衛騎士様となれば、男爵位なれど伯爵同等、いえ、侯爵も同じかと存じます。」
アリオルが謎の屁理屈をこねくり回し始めた。
屁理屈とは思うが、素直に今はこいつが居てよかったと思う。
「うーん。」再び王女がうなった。「確かに、近衛騎士辞めた時に爵位上げて領地貰う人たちも多いし、一理ないこともないかしら・・・。」
一理あるのか?王女がなんか迷い始めた。
何でも言ってみるもんだな。
王女が勝手に納得し始めた横で、近衛騎士が満足そうにアリオルに頷いていた。
「その通りでございます。近衛騎士様の高い基準でわれわれのような騎士の基準を定められてしまってはアキアの地で騎士を志す者などいなくなってしまいます。」アリオルが畳みかけるように早口で言う。
「そんなに焦らなくても大丈夫よ。もともと彼に相手をしてもらおうなんて思っていないから。」王女が言った。「私が相手します。」
「「「「は?」」」」
俺たち全員が再び口を開けた。
なんかとんでもない事言い始めたぞ?
「ほら、あなた方が守る対象の私より弱いようでしたら、完全な実力不足ですもの。褒章は無しという事でよろしいんではなくて。」
「殿下が戦うのでございますか?」アリオルがポカンとして尋ねた。
「ええ、私、剣技を少々嗜んでいますのよ。」
ははぁ~ん。
こりゃ、ちょっと剣の扱いを憶えたから、試してみたくなってしまった口だと見た。
ちやほやされて、自分の剣の腕に間違った自信を持ってしまったに違いない。
「殿下!」近衛騎士が王女に耳打ちする。
近衛騎士の声がバカでかいので、「大怪我になったらどうするんですか」とか「若いのに自信をへし折ってしまっても」とか漏れ聞こえてくる
ワガママ王女のお付きも大変だ。
大丈夫ですよ、近衛騎士さん。
王女殿下に怪我させないようにちゃんと手加減しますから。
自信をへし折っちゃうほうも、ちょっと追い詰められて盛り上げて差し上げますから。
貴族にはそういう心遣いが必要ですものね。
でも、多少鼻っ柱をへし折って、ちょっとだけ痛い思いをさせるくらいは良いんじゃないかな?
あの、眉のツンとした美しい顔が、悔しがったり、痛がったり、泣いたりするのを想像すると、本能のどこかに潜んでいる嗜虐性が頭をもたげてくる。
ちょっとだけからかってやろうかな。
思わずニヤリと笑みが漏れた。
「最初に勝った者にという事でしょうか?」
そ、そうだ。
最初に戦った奴がズルいではないか!
「もちろん、私に勝った人全員の爵位を上げてあげるわ。」王女は言った。「でないと、最初に戦った人がずるいですものね。」
10人も叙勲したら陛下に怒られるって話はどこに行ったのだ?
まあいいか。こちらとしては悪い話ではない。
「では私から始めさせて頂いてもよろしいでしょうか?」アリオルが言った。
「かまいませんわ。順番はそちらで決めておいてくださいまし。」
場所を城の庭に移し、互いに木刀を持っての模擬戦が始まった。
「おい、アリオル。きちんと手加減してやれよ?大怪我させたら大変だぞ。」パリオが言った。
「ちゃんとある程度花を持たせてやるんだぞ。」俺も忠告する。
「申し訳ないが、大怪我はともかく、手を抜く気はないぞ?」アリオルは答えた。
「は?なにお姫さん相手にマジになってるんだ?真面目か!」
「何を言ってるんだ?10人もいっぺんに爵位を上げられるわけがないだろうに。」アリオルはすました顔で言った。「王女殿下には私と戦って後は棄権していただく。怪我はともかく、私の後、9試合、剣を持つのが嫌になるくらいにはなって貰う。」
「なっ!」
「き、棄権ならば、我々も勝利という事であろう?」
「さぁ?」アリオルは興味なさそうに言った。「かもしれないな。」
アリオルの野郎、自分の叙勲が決まりさえすれば、後の事は知らんぷりする気だ!
くそっ。確かに、途中で王女が戦うのを辞めたらどうなるんだ?
10人も叙勲はあり得ない。
戦わなかった俺たちは見送りになるなんてこともありうるのか。
いや、その可能性のほうが高いな。
世間知らずの王女の事だ。アリオルにしこたま虐められたら、こんな戦いなんて投げ出してしまうに違いない。
「一人目、前へ出なさい。」髪を後ろで一本に結わき、軽装に着替えてきた王女がアリオルに声をかけた。
アリオルが木刀を持って前に進んだ。
畜生。あいつ、振り返り際にほくそ笑みやがった。
まずい。
俺、10番目なんだけど。
「始め!」
ヤバいぞこれは。
絶体絶命だ。今から、俺たち同士でトーナメントをして勝った人間と王女が対決、という方式にしてもらう事はできないだろうか?
ああ、試合が始まってしまった。アリオルが王女の心を折ってしまう。
「それまで!」
あっという間に終わった!!
そうか王女が弱すぎて!あっという間に終わった!
これなら次戦からいきなり棄権されることはないかも!
今のうちにトーナメントの提案を・・・
あれ?
担架に乗せられて、変な方向に首の向いた白目のアリオルが運ばれていく。
マジかよ。
よく見てなかったが、アリオルが負けたのか!?
情けのない。
アイツは弱かったが、まさか負けるとは・・・。
あんだけカッコつけといてなんだったんだか。
「次。」王女が言った。
パリオが前に進み出た。
「「ちょっとお待ちください殿下!」」俺ともう一人が同時に声を上げた。
8番目の順番のノランだ。
「我々の間で、何人か強いものを決めてから殿下と勝負というほうがよろしいのではないかと存じます。」
「一人で10人もお相手にするなど大変すぎます。」
「お気遣いありがとう。でも、気にしないでもよろしくてよ。」王女は言った。「皆様のほうこそ、あまり甘く見ないで、本気でかかってらっしゃってくださいな。さっきの彼みたいになってしまいますわよ。」
「しかし、もし、王女殿下が途中で棄権などという事になられては・・・。」ノランが言った。
「そうです、戦えたものだけが叙勲されて戦えなかったものが叙勲されないとなれば、そんなのは不公平だ。」俺もノランの後押しをする。
「ああ、そんなことを気にしていたのですね。」王女がポンと手を叩いて言った。「でしたら、私が棄権した試合は貴方がたの不戦勝という形で良いですわ。勝ちは勝ちですからちゃんと褒章も与えますし叙勲もいたします。」
なんだって?
こんなの、後9人、子爵入り確定じゃないか。
アリオルは可哀そうに。
変に策を弄して、相手をなめるからこうなるんだ。
それにしても、何なんだあの王女。
アリオルをノックアウトして調子に乗ってるのか?
「バリオ頑張れー。」
「手加減してやれよー。」
王女が棄権した場合も叙勲してくれると聞いて、騎士団の皆が応援を始めた。現金な奴らだ。
「始め!」
バリオが掛け声とともに王女との間合いを詰めにかかった。
そして、無造作に出された王女の突きに自ら当たりにいった。
木刀の先がバリオののどを捕らえたため、バリオは喉を抑えてのたうち回った。
なにやってんだよ・・・。
「それまで!」
「はい、次。」王女は特に喜ぶ様子も無く、次に声をかけた
なんなんだ?
ちょっと、俺たち全員が馬鹿にされている気分だ。
まぐれで勝てたからって見下しにかかっているのだろうか?
アリオルとバリオが阿呆だからこんな恥ずかしい思いをするんだ。後で、あいつらの騎士団からの除名を嘆願しよう。
「始め!」
3人目のイヴァンは開始早々王女めがけて剣を振り下ろす。
お?
王女が肩口に振り下ろされた剣をひらりとかわした。そして、体勢の崩れたイヴァンに向かって大きく剣を振りかぶると、こん棒で殴りつけるかのように後頭部に木刀を叩きつけた。
「次。」
・・・・・・。
剣の振り方は無茶苦茶だけど、避けたりは一応できるのか。
もしかしたら基礎はできるのかもしれない。
「手加減は止めてくれません?」王女が言った。
むかつく。
確かにトウシロウ相手してると思ったバカ3人が恥かいてるけどさ、ちょっと調子乗り過ぎなんじゃないのあんた。
俺の順番まで、心折れるなよ?
木刀引っ掛けて服ひん剥いてやる。
公衆の面前で大恥をかきやがれ。
あの勝ち誇った端正な顔に屈辱の表情を浮かべさせてやろう。
「次。」
あれ?
4人目は?
キルケじゃなかった?
え?もう終わった?
やるじゃないか。これなら多少乱暴に行っても問題ないかもしれないな。
「次。」
王女は身をよじってエウペリオスの鋭い突きをかわすと返す刀を顔面に叩きこんだ。
あれ?エウペリオスはかなり強くなかったっけ?
・・・・これは腕くらいへし折ってもいいよな?
正当防衛になるよな?
泣きながら謝らせてやる。
「次。」
ガチでいこう。
捨て身でタックルすればあるいは・・・
「次。」
なにやってんだよ、俺まで回ってくるだろ。せめて疲れさせろよ。
「次。」
ノラン頼む倒してくれ、倒してくれないかな。
「次。」
神様。助けて!
「次!」
「ごめんなさい。ごめんなさい。降参します!」
「だ~め。」
王女は可愛らしくウィンクして言った。
「戦った者だけが殴られて逃げ出した者が殴られないなんて、そんなのは不公平ですわ。」




