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9-12 b さいきんの農業改革と戦争もの

 もう一つ自分にはやらなくてはならないことがあるようだった。

 

 各所を徘徊させて居た動物網に怪しい連中が引っかかっていた。

 野盗の集団には、傭兵でも野盗でもない見た目普通の人間が数十人まぎれていた。彼らは武器は持たず、砦には滞在していなかった。ペケペケしかりだ。

 おそらく騒ぎが起こればアリスの暗殺に来た奴らと同じように彼らも動くと踏んでいた。

 いろいろな動物や虫たちを使っていろいろな場所を見張っていたのだが、その網に彼らが引っかかった。

 アリスが砦を急襲して逃げるように撤退しているころ、二台の馬車がゆっくりとダクスを旅立とうとしていた。

 二台のホロ付きの荷馬車は、辺りもすっかり闇に飲まれ人通りも少なくなったダクスの街の門にふらりと現れた。彼らは衛兵たちに検査を受けると、ダクスの門をネイベルと逆の方角に向かって出発した。

 自分はアリスたちの様子を覗いながら、上空のフクロウにこの馬車をずっと追わせていた。

 馬車の屋根からは釣り竿のような竿が伸び、馬の頭上にニンジンではなくランタンを下げていた。暗闇を走る馬車は広い暗闇に一つだったので、多少目を離したところで見失うことは無い。

 アリスたちがエウリュスと合流を果たした頃、馬車は何もない畑の真ん中らへんで止まった。

 ダスクは遥か遠い。うっすら、遠くの夜空に明るいところがあり、そこがダスクかもとようやく分かる程度だ。

 馬車から4人づつ人が降りてきた、そして馬車の後ろに集まってなにやら相談をし始めた。

 フクロウは森や林から大きく離れたがらないのと畑の真ん中に停まれる場所がないのとで、馬車の位置ははるか遠い木の枝に停まっていた。。しかし、フクロウの大きな目と、顔面全部が耳なんじゃないかと思われるくらいの聴力のおかげで、彼らが何を話しているか何をしようとしているかはだいたい把握することができた。

 彼らはこの後二手に別れて何かをするらしい。馬車の荷車に積んである積み荷を畑に撒くつもりのようだ。毒だろうか?

 というわけで、フクロウには見張りを続けさせたまま、馬車の中に潜ませていたネズミに視点を移す。

 この世界のネズミたちは荷馬車に潜んで移動したりする。ノロイ達を見て知っていた。

 街の衛兵が馬車を止めている間にダクスのネズミ達を誘導してそれぞれの馬車に潜ませておいたのだ。彼らはほとんど躊躇することなく馬車に入っていった。それぞれの馬車の荷物の陰に隠れた二匹のネズミたちは馬車が走りだしても落ち着いたまま物陰に潜んでいた。

 前の馬車に誘導したほうのネズミに乗り移る。

 馬車の中には樽がいくつも並んでいた。何が入っているのだろうか?

 入れる時に少しこぼしたのだろうか。一つの樽のふちからドロッとしたうっすらピンク色のついた液体が垂れている。

 ネズミを促すと、ネズミは躊躇なくその液体に近づいて匂いを嗅いだ。

 甘いにおいがする。

 なんか見たことあるベトベトした油だ。

 あ、思い出した。

 昔、ヘラクレスにかけられたやつだよ。

 そうか、彼らはせっかく育った小麦を燃やすつもりのようだ。

 この時期のアキアは乾燥していて風もそこそこある。デヘア曰くだからこそ小麦づくりに向いているのだそうだ。

 これはばっちり、火事の広まる条件だ。

 アキアに来てまで放火を狙うとはトマスも芸がない。

 ただし、今回はブラドの時のように兵士が火を消しに駆けつけには来ないだろう。

 ダクスの街からは遠い。今街に残っている騎士たちはあてにならない。

 彼らは今、アリスの暗殺未遂の犯人を捕まえた功労者が誰なのかで揉めている。そしてその他の真面目な兵士たちは、アリスが居なくなっていたのに気づいて大騒ぎの最中だ。

 まだ、葉に緑色の部分の残っている小麦がそこまで燃えるのかは疑問だったが、犯人たちにとっては今は絶好のタイミングなのだった。万一アメリカの山火事のごとく燃え広がるようだったら目も当てられない。

 ここは、自分が一肌ぬぐしかない。

 近くには・・・くそう、さすがに畑の真ん中だけあって、【感染】者がほとんどいない。リストに上がってきたのは、ネズミに付いている十数匹のノミを除くと動物がたったの4体だ。

 上空から見はっているフクロウと、馬車に侵入させたネズミ2匹、あとは・・・って、こんな所にもディンゴが居る。

 ディンゴならちょっとした戦力として期待できる。搭の所に居たディンゴと似た様な感じだとしたら、今いる戦闘慣れしてなさそうな連中の相手なら務まるかもしれない。

 早速ディンゴに乗りうつった。

 うん、同じディンゴだけあって王都の時と似たような感覚・・・

 あれ?

 おい、ディンゴ。

 おまえ、搭の前の山に居たディンゴじゃないか!?

 すぐさま、搭の前のディンゴたちの集団に王都特選ディンゴ部隊と名付ける。

 これで、ネオアトランティスやネズ子やゴリーズみたいに、このディンゴも個体名として感染者リストに表示されるはずだ。


 『王都特選ディンゴ部隊00000001』


 まじか。

 もしかして、アリスがアキアに来たから追いかけてきちゃったの?

 やだ、怖い。

 ちょっと待て?

 一抹の不安と共に王都特選ディンゴ部隊00000002に乗り移って辺りを見回して見る。

 ダクス周辺じゃねえか。

 リストを地域別にソートしてダスク周辺のリストを表示する。


 『王都特選ディンゴ部隊00000001~8』


 みんな来ちょぉおる!!

 イヌ科にインプリンティングは辞めたほうが良いのかもしれない。もはやストーキングじゃん。

 これじゃあ、王都特選っていうか王女特選だ。

 リストの表示が『王女特選ディンゴ部隊』に変わった。

 そういう事じゃない。

 って、本当にどうでも良かった。今は目の前の事だ。

 ディンゴを馬車に寄せる。麦畑の中を身体を低くして進むディンゴ。

 位置を確認するため、俯瞰でフクロウから戦況を見る。

 ディンゴが畑の麦をざわつかせながら馬車に近づいていく様子が分かった。

 もう、容赦はするつもりはない。

 人の命を噛みちぎる感覚にも慣れた。もう、人殺しの点数は1ですらない。

 だが、相手は8人。こちらは一匹。火を付けさせないことを目標としよう。

 油断しきっている彼らのそばの畑に身をひそめていると男たちの話し合いが聞こえた。

 「どうするよ、本当は油を受け取ったら山の上に届けるだけだったはずだろ。」一人の男が言った。「俺たちが直接何かをするなんて聞いてない。」

 こいつら、油を受け取りに来た連中だったのか。

 「でも、ペケペケとか言うやつがぜぇぇぇええったいに予定通りに進まないとか言ってたし、こんなものなのじゃないか?」

 「命令が急なんだよ。」一人が吐き捨てるように言った。

 「予定通りに進まない予定なんて立てるなってんだ。」別の一人が同意する。

 「そう言うな。こっちも仕事だ。とりあえず、畑の何か所かにこの油を撒いて火をつけていけば、はい、おしまいってだけよ。」

 やっぱ放火か。

 「この油をなるべく広域に撒いて火を点けるんだろ?さすがに撒いてるうちに誰かに見つかるんじゃないのか?」

 「兵士たちはみんなダクスから出て言ったし、何でもダクスの城の中でも騒ぎが起きてるってんで兵士はこっちにはこられないらしい。比較的安全だろ。」

 「そもそも、アキアの畑の小麦なんて燃やして何の意味がある?燃えたところで誰も困らんだろ?」

 「じゃあ、別に燃やしても構うまい。小麦が燃えりゃあ俺らに金が入んだ。仕事だ、仕事。いちいち、細かいことを考えるな。」

 「とりあえず、俺たちは南、お前らはここから北の畑に、油を撒け。」

 男たちはここから手分けして油を撒くつもりのようだ。

 そうはさせない。

 彼らは、ただの雇われた人間かもしれない。

 それでも、もうためらわない。

 さっきの戦いで『点数』は35だ。

 この35人がそうされる程の悪人だったかどうかなんて分からない。でも、もう、今さら引き返せない。

 ディンゴに移り後ろから彼らの一人に噛みついた。

 口元から彼の断末魔が伝わって来た。

 「なんだ!?」男たちが慌てて悲鳴を上げた男を振り返った。

 慌ててディンゴを小麦畑に隠れさせる。

 「おい!なんかヤバいのがいるぞ。」男たちが短剣を抜いた。

 ディンゴを小麦畑に潜ませる。

 あと7人。

 時間稼ぎだけでもいい。彼らが畑に火をつけさえ出来なければ良いのだ。彼らの持っている松明だけでは、緑色の残る小麦畑はそうそう燃え広がらないはずだ。つまり、馬車に積まれている油さえ撒かれせなければ良い。それに、こいつ等が命懸けで畑に火を点けようとするとも思えない。

 フクロウに戻り、俯瞰を確認する。

 男たちはディンゴの消えていったほうの畑を警戒している。

 しかし、ディンゴはもうそこには居ない。

 反対側の畑から飛び出し、一番後ろでビビっていた男の後ろから首を噛みちぎった。ダメだ、とどめまではいかない。

 慌ててディンゴを畑の中に下がらせる。ディンゴがやられたらこっちの行使力が無くなってしまう。ディンゴの命優先だ。

 男は悲鳴を上げて倒れ、のたうち回った。

 「おい。大丈夫か!」

 「だめだ、諦めろ!」血の量の多さに、一人の男が言った。「固まるんだ。」

 「ちくしょう!!何なんだよ!」

 男たちが、背中合わせにひとかたまりになり、短剣を構えて、畑の中に消えていった敵の襲来に備える。

 首を噛まれた男が助けを求めながら悶えているが、彼らは完全に無視を決め込んだ。

 膠着状態が始まった。

 いい展開だ。

 ディンゴを【操作】して、男たちを脅かすように畑の麦を揺らして牽制する。

 男たちにとって、恐怖の時間が過ぎていく。

 倒れていた男が、動かなくなった。

 「馬車に乗って逃げよう。」男たちの一人が言った。

 「賛成だ、このまま荷台から入って、御者台まで行こう。」別の男が言った。「馬車は一台捨てる。どっかで適当に火を点けてお茶を濁そう。」

 「賛成だ。って、おいっ、馬車が!」男が馬車の異変に気が付いて叫んだ。

 馬車が二台とも男たちから離れるようにゆっくりと動き出したのだ。

 「まずい!乗り込め!」

 させない!

 ディンゴを男たちの進路に飛び出させ、睨みつける。

 「ひっ。」悲鳴と共に男たちの足がすくむ。

 その間に速度を上げて行く馬車。

 馬車は男たちを乗せるのを拒むようにどんどんと進んで行いった。

 ディンゴを畑の中に下がらせ、今度は馬車の【操作】に集中する。

 馬たちは夜なのでなかなか速くは走ってくれなかったが、しばらくすると夜道に慣れてきたのか、ようやく男たちが走っても追いつけない速さでまでは加速してくれた。


 間に合った!


 ノミたちから馬への【血液感染】が上手くいった。

 油を乗せた馬車が男たちから離れどんどんと進む。

 白血球戦はまだだ。ノミたちから送り込めた細胞数も少ない。

 白血球に負ける可能性もある。全滅させられると【操作】が出来なくなるので、できる限り男たちとの距離を離しておきたい。

 白血球戦も【管理】スキル任せでは不安だ。この後はしばらく馬の中に付きっきりで指揮を振るうことになりそうだ。

 だが、これで、もう油を撒くことはできまい。

 一瞬だけ、フクロウから男たちを確認する。

 彼らは呆然と立ち尽くし、馬車を負いかけて来る様子はなさそうだった。

 一応、一安心。

 こうして、トマヤ達のダクスでの一連のたくらみはすべて片付いた。

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