9-11 d さいきんの農業改革と戦争もの
さて、ほんとはアリスについていたいところだが、こうなってしまっては自分にはアリスを直接守る力がない。アリスに居ても何も役に立つことができないのだ。
アリスの武力とヘラクレスたちを信じるしかない。
自分がやれることは野盗たちの妨害だ。
もう、腹はくくった。
アリス自身は誰も殺してはいないようだが、アリスが提案したこの戦いで誰かが死ぬことについてはアリスも腹をくくっている。
これは戦争だ。
そして、一度人を殺しておきながら、その後も普段のようにあり続けられることを知ってしまった自分がここには居る。
もう、そういう事なのだ。
小バエに移って野盗側を観察する。
野盗側は皆いたく混乱していた。
そりゃそうだ。
いちおう、山の下のほうで兵士たちの一団がうろついていることは把握されていたが(王女がその中に居ることまではばれていなかったが)、数が余りにも少ないので警邏の部隊と断じられていた。
さらに包囲部隊が王都を発ったことがアリスが突入開始するまさに直前に報告されていた。
ヘラクレスの言っていた通り、先ほど帰ってきた野盗はダクスから大勢の兵が出た事を伝令したらしい。
そして、そのことについてきちんとした情報共有が成されないうちに、アリスたちの突入が始まったのだ。
城から100人以上の兵士が出たとの知らせを受けたばかりの野盗たちは突然の夜襲に慌てふためいた。その100人以上が夜襲をかけてきたのだと判断したのだった。正確では無い情報が逃げ惑う野盗たちの間を好き勝手に走った。
気を抜くと灯りのほうに飛んでってしまう小バエから、昨日【感染】に成功した一人の野盗に視点を移動する。
彼は、ちょうど、夜襲の報告を受けていたリーダー格の傭兵の近くに居た。てか、こいつ、さっき門から走っていった見張りだったか。
「ばかな、こんなに早く着くのか!?」ちょうど、兵士たちが城を出たと報告を受けたばかりの傭兵隊長が外の騒ぎに狼狽えて叫んだ。「伝達が遅すぎるのではないか!!」
そういう思考の流れになるのか。
彼は、現状が大きく間違っているのではなく、情報が遅いというミスがあったと考えたようだ。
「傭兵隊は砦の井戸の所に集まれ!陣形を立て直して逃れる。」傭兵隊長は取るものも取り合えず剣だけを持って外に出ると大声で叫んだ。「パニックになってる連中には構わんでよい。」
すでに隊長のテントに集まり始めてた幾人かの兵士たちが従う。
「俺たちも井戸の所に集合だ。」傭兵隊長の声を聴いた一番大きな野盗グループのリーダーも叫んだ。一部の野盗たちが藁にもすがる思いで砦の真ん中のほうにある井戸のほうに集まり始めた。
テントの向こうから悲鳴が聞こえている。
アリスたちの奇襲は完全に成功しているようだ。
少なくとも、野盗に視点を移す前、アリス視点で見ていた時は完全に一方的だった。身を守るための個別の応戦はあっても、アリスたち夜襲兵へ向けての組織された反攻は一切無し。夜襲隊は逃げ回る野盗や寝起きで何も分からない連中を背中から無慈悲に斬っているだけだった。運が良い野盗はアリスの剛拳で意識を刈り取られるだけで済んでいた。
しかし、もし兵士や野盗たちに集合されてしまった場合、相手は数が多い。どうなるか分からない。少なくともこちらにも被害が発生する。そして、それはアリスかもしれない。
相手が集団で反撃を開始する前に撤退するにしても、アリスたちは少なくとも馬の所までは徒歩で逃げなくてはならない。その時にアリスが足を痛めている未来だってありうる。そもそも馬までたどり着いたとしても馬は夜走れるのだろうか?
ヘラクレスもそう言ったように、少しひっかきまわして、敵が集団になるのを阻止するべきだ。
井戸の所だな?
【操作】レベル7を見せつけてやる。
ちょうど、この辺りに、例の野犬たちを待機させてしている。12匹の小さなコロニーだ。そして、彼らは砦近くのウロで休んでいたが、大人数の人間がやって来て騒いでいるのでご立腹の様子だった。うっかり目覚めてしまい、さらにはおなかの空いていた彼らは【操作】で促されるままに近くまでやって来て、食料を簒奪する隙を狙っていたのだった。
みんな、今、人間を追い出す良いチャンスですよ?食料も今なら取り放題ですよ?
しかし、集落の喧噪にさすがに渋る野犬たち。
行け!ワンワン!お前たちの仲間のアリスがお前たちのために戦っているのに、お前たちがそんなんでどうする!!
犬たちは立ち上がった。
おお!
【管理】からのインプリンティング、効いてた。
犬って野犬でも仲間意識強いのね。
野犬たちは、ダッシュで盗賊たちのアジトに向かった。勝手知ったる地元の道。走れば馬より速い。
山肌を駆け下りて、砦の荒い柵の隙を器用に駆け抜けると、井戸の辺りに集まり始めていた傭兵や盗賊たちに後ろから襲い掛かった。
突然後ろから喉笛を噛みちぎられ仲間が倒れたのを見て、野盗たちが悲鳴を上げた。
「ぎゃあ!!」
「後ろから狼が!!」
こいつら狼だったのか。
「慌てるな!!」傭兵隊長が命令する。「まず狼たちに対処をしろ!」
させるか!
傭兵たちは強そうだが、集合場所からは離れないはずだ。狼たちに【操作】で命令を出す。
みんな、井戸に集まってくる奴らからやれ!!各個撃破しろ。こいつ等は井戸から動かない。こっちに向かって来る連中を各個追い払ってから食料を奪うんだ!
集まっていた50名余りの兵士たちと野盗たちが狼たちに向き直った瞬間、狼たちは散開して、周辺に散らばっている野盗や傭兵たちを追い散らし始めた。
狼たちはぱっと散開し3匹ずつ4組に別れて、野盗たちを次々と噛み殺していく。
狼たちが順調に動き出したので、自分は再び感染している野盗に視点を戻した。井戸の周りの奴らが次に何をしようとしているかを探るためだ。
「固まれ、まずはこっちに集まるんだ!狼を恐れるな、こっちへ来い!」傭兵隊長が叫んだ。
とはいえ、夜襲を受けて混乱の極致にある野盗たちは、狼まで現れたものだからどうして良いか分からない。命からがらあらぬ方向へ走り出すのだった。彼らは無作為に走り回り、命からがら柵を乗り越えてどこかへ消えて行ったり、夜襲から遠い裏の門から蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくのだった。
ヘラクレスは敵が職業軍人かどうかを気にしていたが、たしかに、ただの数の多い一般人と兵士の集まりでは意味が違うようだ。
狼たちの攻撃を逃れて合流して来る人間も居たが、それはほとんど傭兵だった。
「くそっ!こっちが移動して味方を回収しながら後退する!」傭兵隊長が叫んだ。「敵は100以上だ!まだ、数が足りない!一人でも多く回収して、北の門で集合だ。二手に分かれよう。」
傭兵隊長は井戸の周りにたどり着いた連中にそう言うと、野盗のリーダーに命じた。
「お前は野盗たちと右周りで向かえ。味方を回収して合流だ。急げ!敵が来るぞ!」
野盗のリーダーは傭兵隊長に素直に従って大声を上げた。「お前ら、一人でも多く集めるぞ、こっちだ!」
60人余り集まっていた人間が、傭兵と野盗でちょうど半々に割れ、各々のリーダーの前に集まり終わった時だった。
「隊長とお見受けする!」少し離れたテントの影を回ってヘラクレスが走り出てきて叫んだ。「一番槍、ヘラクレスの糧となれ!」
ヘラクレスがわざわざ大声を上げたのは、自分はまだ先行の一人目で後に次々と軍が続いてくると思わせるためだろう。
「バカが、一人で突出しすぎだ!」傭兵隊長がヘラクレスに向けて剣を構えた。
「あいつは傭兵どもに任せておけ!俺たちは仲間を回収するのを優先だ!」野盗のリーダーが野盗たちに命令し、先にこの場を去ろうとする。
「させないわよ!あんたの相手はこっち!」
アリス来ちゃったよ。
「女?」突然全力で走り寄ってきた普段着の女に野盗たちが驚くというか戸惑う。アリスは剣すら持って無い。
拳で気絶させて回ってるから・・・って、拳に何つけてんだ?あれはメリケンサックとかいう代物じゃないだろうか?あんなもんどっから召喚した?
「ちょ!王じ・・・あんた何こんなとこまで来てんの!?」ヘラクレスがアリス登場に驚いて思わず王女って言いかけた。
「ん?一番大事なとこでしょ?」
「あんたになんかあったらやばいから、無理して時間稼ぎに来てんのに。」
「2人いれば二倍時間稼げるじゃない。」
いや、そうはならん。
野盗たちの目の前で繰り広げられる謎の女と兵士の掛け合い。
なんだろ、この手のやり取りっていつもアリスの目線でばっかり見てたけど、敵目線から見てるとほんと緊張感無くてバカにされてるとしか思えないな。
「女二人で何ができるか。」傭兵隊長は落ち着いて言った。「切り捨てて進む。」
「わりいな。美人ちゃん。いっぱい楽しませてあげたいところだけど、それどころじゃないんでね。悪いけど邪魔するならその綺麗なお肌を刈り取っていくよ。」野盗のリーダーがワザとらしくナイフを舐めた。
「「悪いけど、こっちもそれどこじゃない」」「のよ!」「んでね!」アリスとヘラクレスは同時にそう言って踏み込んだ。
「猪口才!」傭兵隊長は剣を振り上げた瞬間に三つの部分に別れた。
「舐めんな、嬢ちゃ」野盗は言い終わらないうちに顎とボディにそれぞれ一発ずつ決められて、悲鳴すら上げられず崩れ落ちた。
アリスとヘラクレスが素早くバックステップを三つ踏んで野盗たちと間を取り、二人は並んだ。
野盗も傭兵も一瞬にしてボス二人がやられたため、追い打ちするどころか動くことすらできない。
とくに、ヘラクレスが圧巻だった。
ヘラクレスは、兵士長が振り上げた剣が自分に振り降ろされないよう、まず彼の右手を切り落とし、そのままの勢いで、剣の軌跡に弧を描かせて頭部を切断した。
それだけでもすごいのに、彼女は落ちてくる頭部をキャッチしてからバックステップしたのだ。
ヘラクレスの剣を持っていないほうの手には、髪の毛をつかまれてぶら下がっている驚いた表情の兵士長の頭がぶら下がっていた。まだ口元が動いている気がする。もしかしたら、本当に意識があるのかもしれない。
こんな相手には野盗も傭兵たちも恐くて襲い掛かれない。数で推しても必ず誰か死ぬだろう。命令を出すリーダーも居ない。いや、居るけど、一人は昏睡してて、一人は頭だけになって相手の手元にぶら下がっている。
ヘラクレスはちらりと周りを見渡した。こちらの集団が動く気配がなく、退路にもほとんど人がいないと分ったのか、アリスを見てから、剣を持っている手を使って笛を咥えると三回目の笛を大きく鳴らした。
そして、アリスとヘラクレスはダッシュで逃げ去っていった。
野盗たちは一目散に逃げていく二人を呆然と眺めていたが、身に迫っていた危機が去って行く安堵のほうが、今起こった状況に対する疑問よりもはるかに大きかった。それに怪しい女以外にも、狼たちがまだ近くに居る。こちらのほうが逃げていった二人よりも脅威だ。彼らは誰に言われるでもなく、まとまって逃げ始めた。
結局、アリスたち夜襲組に立ち向かってくるものは誰も無く、ただひたすらに野盗たちは蹂躙され、アリス側には多少のけが人が出ただけだった。
完勝だった。




