9-11 a さいきんの農業改革と戦争もの
さて、作戦当日の夜。
結局、アリスは、討伐軍にも包囲軍にも加わることを許されなかった。
そんな訳でアリスは納得いかない事を表明するかのような布団にくるまってのふて寝を全力でアピールしていた。
ヘラクレスたち20余名は夕方に馬を駆って、山の近くまで行き、そこで夜を待って盗賊たちのアジトへと向かった。
ヘラクレスの出立から遅れることしばらく、山の麓の辺りに包囲網を作り上げるための兵士たちがダクスから出発した。その数130名。彼らが城を出たことが野盗たちに伝わるころにはアリスたちの夜襲が始まっているのだ。
というわけで、今、ダクスの街と城には兵士や騎士が少ない。しかも、残っている騎士は包囲戦に加わることに臆した貴族のボンボンたちだ。
そんな状況をトマヤ達が狙わないとは思えない。
そして、案の定、暗殺者たちはアリスを狙ってやってきたのだった。
城の近くの人通りのない裏路地で4人の男たちが話していた。わざわざ灯りなんかつけてるもんだから、宵闇の蛾からすぐ分かりだったよ。
「ほんとに誰も居ねえな。何でだ?」
「なんか盗賊が集まってるんだとさ。」
「俺たちのための仕込みか?手が込んでるな。」
「そりゃ、王女殺せってんだからこんくらいするだろうさ。」
「この王女ってのがかなりの美人らしいぜ。」
「このまま殺しちまうのはもったいねえ。ちょっと味見しようじゃないか。」
「王族ってのはやっぱ違うのかねぇ。」
「いい匂いがしそうだな。」
「兵士たちも居ねえし、いけるんじゃねえか?」
彼らはここぞ好機とばかりにアリスを襲う気らしい。
下世話な。そして命知らずな。
アリスに聴かれたらボコボコにされるぞ。
彼らはアリスが脱走から返ってくる度にそうしていたようにロープを城壁の上に投げた。今日は兵士たちは要所にだけ配置され、街の見回りは居ない。ロープはなかなか引っかからなかったが、彼らには引っかかるまで何度でもチャンスがあった。彼らはロープが城壁の突起に引っかかったことを確認すると、そのロープを伝って城壁の上へと登った。
そして、アリスがいつも飛び移っている木に飛び移って、その木を伝って降りてきた。
やっぱこの城欠陥品じゃねえか。
まあ、面白いから、こいつ等がどこまで来れるか追跡してみよう。
彼らは勝手口隣の窓ガラスを切って、そこから手を突っ込んで窓を開けると中に侵入した。彼らは迷うことなくアリスの部屋のある4階まで、誰にも見つからることなく登ってきた。
場所が完全にばれている。内通者でも居たのだろうか?
城の衛兵も駆り出されているので、城内には見回りはいない。城門と屋外の見回りとして騎士と兵士が配置されているだけだ。
こうなってしまうと、城は広い分、他の家よりも不用心なのかもしれない。
彼らはついにアリスの部屋へと到着した。
一人が扉の鍵穴に針金を突っ込んでカチャカチャっとすると、あっという間に鍵は開いてしまった。
彼らは顔を見合わせると、鼻息を荒くしてアリスの寝室へと侵入していった。
うーん、手際の良い小物だこと。
というわけで、月明りが明るくてまだ起きていたネオアトランティスに乗り移った。
アリスのベットに抜き足差し足で忍び寄る男たちの姿が、梁の上から見えた。
よーし、歌え!
「暗殺者!!暗殺者!!アリスの部屋だ!!えーへー!えーへー!」
ナイスだ!知的生命体!
突然頭上から声が振ってきたので犯人たちが慌てる。
一人が慌てて腰に下げていたナイフを抜いて、丸まっている布団を深く三度突き刺した。
「えーへー!!えーへー!!」
「畜生!罠だ。逃げるぞ!」
暗殺者たちが慌てて部屋から飛び出した。
騒ぎに扉を開けて廊下に顔を出したウェンディの母親が、廊下をかける狼藉者たちを見て悲鳴を上げて部屋に引っ込んだ。
とりあえずネオアトランティスで彼らを追跡しながら、声を上げて兵士に場所を知らせる。
鳥目と言う言葉があるが、こっちの世界の鳥は意外と夜目が効く。
暗闇だとネズミとかのように真っ暗の中にいろんなものが薄ぼんやりと青っぽく光る。ブラックライトって前世にあったけどあれを薄くした感じだ。UV光でも見えてるのかな?そういや、ネオアトランティスからアリスを見るとちょっと肌の色が綺麗に見えたりするのだが、実際にすこし青っぽく見えてるのかもしれない。でも、グラディスとかはそんな変わんないから違うか。
城の外でもネオアトランティスの声や、城の中からの悲鳴に気がついたらしく、兵士や騎士たちが騒がしくしているのが聞こえてきた。
「こっちだ!」暗殺者の一人が一階の廊下に鍵のかかっていない扉を見つけて、他の三人を招き入れた。
ネオアトランティスは急に曲がれない。扉を閉められるのに間に合わず、4人に締め出されてしまった。仕方ないので扉の前で騒いでいてもらう。「暗殺者はここ。暗殺者はここ。」
城の中はネオアトランティスに任せて、今度は城の外側。あらかじめ配置しておいた蝙蝠に移った。
やっぱり、部屋に閉じこもった暗殺者は窓から外に出てきた。動きが騒がしいのですぐに判った。
「畜生、そこの茂みに隠れて、隙を見て城門から強行突破だ。」
四人は花壇の植え込みの陰に身を潜めた。
蝙蝠から丸見えというか丸聞こえだ。音で位置から形から全部理解できてちょっと気持ち悪い。
向こうから3人一組の騎士たちが、辺りを警戒しながらやってきた。すでに武器を構えている。しかし、庭の植え込みの影まで注意を払っている様子がない。このままだと、スルーして行きそうだ。ザルだなぁ。
というわけで、アキアに来てからはめっきり影の薄い彼女に頑張ってもらうとしよう。
よろしくお願いします!
ウィンゼルが暗殺者のすねを豪快に噛んだ。
夜空に大声が響き渡り、次いで騎士たちの声が上がった。
後は兵士たちのお仕事だな。サンキュー、レディー。
とりあえず、こんな感じでミッションコンプリートだ。
もちろんのこと、アリスはヘラクレスを追って脱走している。
アリスは討伐軍にも包囲軍にも加われなかった事に納得いかなくてふて寝をしているかの様に見えるよう、布団を膨らませ、日が沈む前にはとっとと出て行っていた。
ちなみに、グラディスは簡単な弁当を渡してたりする。
止めろよ、とも思うが、アリスと長くいるとアリスなら大丈夫だろって思っちゃうのも分らんではない。いや、純粋に諦めの境地に達しているだけかもしれないが。
自分もアリスを止めようと思えば強硬策はとれたけど発動させなかったし。
トマヤがアリスが一人になったタイミングで何かを仕掛けてくる可能性があったので気絶させるのは良くないと思ったからだ。あと、戦闘が起こる状況においてアリスという最大戦力を気絶させるなんてありえない。
それに、ここアキアで、このタイミングで、アリスが病気で気絶するのはいろいろと混乱が起きてまずそうだった。
ようやく【冬眠】から開けたのに、またアルトがあの薬持ってきても嫌だったし。
そんで、実際こうなった。
気絶させないで良かった。気絶させてたらアリス死んでたよ。
まあ、結果オーライだ。
と、この時は思っていた。
しかし、この時アリスを気絶させようとしなかった事が、後々大きな後悔を生むことになるのだった。




