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9-10 d さいきんの農業改革と戦争もの

 「私はヘラクレスを隊長にするのは反対にございます。」エウリュスは言った。「それに、さっきから、こやつは王女殿下に対して何度も何度も無礼である!」

 「ヘラクレスくらいしか、任せられる人が居ないのよ。」アリスが眉を潜めながら言った。

 「たしかに、私は戦場で指揮をとって作戦を遂行したことはございませんし、実戦の経験自体もございません。ですのであえて控えておりましたが、この者が隊長をするというのであれば話は別です。」エウリュスは言った。「平民は国や王のために全てを捧げる覚悟も誇りも持ち合わせておりません。そのような無責任な者に隊長を任せるわけにはいかない。」

 「ヘラクレス以上の適任は居ないわ。」アリスは極めてご立腹の様子で言った。

 「この者がやらなくてはならない程人材が居ないのであれば貴族である私がやったほうが良い。」エウリュスが胸を張った。「私の剣の腕と人望があれば、このような作戦でも難なくこなして見せましょう。」

 人望どこから出てきた?

 「あんたより、ヘラクレスのほうが強いわよ。」

 人望についてはいい勝負だもんな。

 「は?王女殿下、何をおっしゃられているのですか?私がこのような者になど負けるはずがないではありませんか!」エウリュスが心外とばかりに声のボリュームを上げた。。

 「そうそう、私はとてもエウリュス様ほどには。」ヘラクレスが卑屈に言った。「是非隊長はエウリュス様が・・・」

 「あんたねぇ。」アリスが呆れたようにヘラクレスを睨んだ。

 「殿下は世界をご存じないのです。」エウリュスが言った。「ですから、この程度の者を信用なさるのです。」

 「分かった!良いわ、決闘しましょ。」アリスが思いついたように言った。

 うん、めんどくさくなった。

 「は!ありがとうございます。」エウリュスはヘラクレスにむけて嬉しそうに笑った。

 なんか、ヘラクレスの事、何かと目の敵にしてたしな。

 「いやいや、エウリュス様と私なんかでは実力に差があり過ぎて勝負になりませんよ。」ヘラクレスが困った、というより心底嫌そうな顔をした。そしてこの言葉の選び方が少しいやらしい。ぶっちゃけ自分のほうが強いって思ってるんだろうな。

 そんなヘラクレスにアリスが言った。

 「じゃあ、私がエウリュスの代理で闘うわ。」

 「はっ。私は王女殿下の騎士にございます!えっ?逆??」おお、エウリュス、なんて綺麗な二度見なんだ。

 「あんたが出ても面白くないし、私がやる。」

 エウリュスがあっけにとられてアリスを見た。

 アキア公たちもポカンだ。

 「ヘラクレスが勝ったらヘラクレスが隊長。私が勝ったらエウリュスが隊長。」

 「いやいやいやいや?何言ってるんですか???」エウリュスはアリスの言い出した良く分からない理屈に混乱している。「え?どういう理論?」

 「私なら、手は抜けないでしょ?ねぇ、ヘラクレス。」アリスは不敵に笑った。

 アリスのやつ自分が戦力になることをアピールして、夜襲に混ぜてもらうつもりに違いない。



 

 というわけで城のお庭。

 「アリス様!!絶対勝つのですわ!」

 「頑張れ~アリスちゃん~。」

 「二人とも怪我しないようにするんよー。」

 「お姉ちゃんがんばれー。」

 アリス慣れしている友人3人とウェンディからの声援が熱い。

 一方のアキア公たちはハラハラとしながらアリスとヘラクレスを見つめている。その他の何事かと集まってきたメイドたちや衛兵たちは王女が木刀を構えている状況が理解できず、戸惑いながら様子を見ていた。

 アリスは部屋に帰って動きやすい格好に着替えてから庭に降りてきていた。

 今、アリスは木刀の長さを確かめている。アキア公が泣きついたので、真剣ではなく木刀での勝負となった。

 エウリュスがなんかいろんな意味で盛り上がっているギャラリーを気にしながら、木刀を振り回しているアリスに近寄ってきた。

 「王女殿下??」エウリュスはアリスに恐る恐る声をかけた。「ほんと、何やってるんです?この状況は何なんです??」

 「大丈夫、大丈夫、2割くらい勝てるから。」アリスがエウリュスに言った。

 「1割もないですよ?」ヘラクレスは鼻先で笑って木刀をピッと振った。「試してみますか?」

 お前、なんでアリスにだとやる気満々なん?

 「いやいやいやいや、何言ってるんですか?勝てる分けないでしょ?」エウリュスが慌ててアリスに言った。「私がやることでしょう?これ。」アリス負けるとヘラクレス隊長だしな。

 「まー見ててよ。」アリスは屈伸をしながらウェンディたちに手を振った。「ほら、みんな待ってるから、邪魔邪魔。」

 「え?どうして??」

 アリスは現状が理解できず困った様子のエウリュスを尻目にヘラクレスの前に対峙した。

 「良いわよ。」アリスがヘラクレスに向けて言った。

 「じゃあ、やりますか。」ヘラクレスが呑気に返した。

 号令も沈黙も無く、ヘラクレスの呑気な返事が終わると共に、二人は瞬きせずとも見えないほどの速さで間合いを詰め、剣を振るった。

 木刀から奏でられたとは思えない轟くような打撃音が響いた。

 二人の木刀が交わった瞬間にギャラリーの何人かが息を飲んだ。

 エウリュスもその一人だった。きっと、初手で二人の剣の達人がこの場に居ることに気が付いたのだ。

 最初の打ち合いの後、二人は止まった。

 つばぜり合いをしている訳でも、力比べをしているわけでもない。

 ただ、お互いの初手を楽しみ、その余韻に浸った。そんな感じだった。

 アリスとヘラクレスは少しお互いを見て笑みを浮かべると、同時に後ろに一歩飛んで距離を取った。

 そこが本当の開始だった。

 二人の間が互いの剣の距離より開いたのはほんの一瞬。

 一歩後ろに着地したアリスは、着地した足にそのまま体重を乗せて力を貯めると、スジが切れるんじゃないかと思うほどの勢いで膝の裏のバネに蓄積された力を解放した。

 ヘラクレスも示し合わせていたかのように、アリスの向かい側からロケットのように同時に飛び出して来た。

 2合目が響いた。

 今度は二人は止まらなかった。2合目の音がギャラリーに届く前に二人は十合に渡る攻防を開始した。

 先に崩れたのはアリス、10数合目で、嫌がるように左後ろに跳んだ。ジュリアスと戦った時と違い、アリスは間合いを変えることを怖がらなくなっている。

 ヘラクレスがアリスを追うように一つ大きく踏み込み、突きを予告するように振りかぶった。

 しかし、ヘラクレスは瞬時には突きを繰り出さず、3つ連続で素早いフェイントを入れると、4手目はうって変わって大きく突きを入れた。

 アリスはどのフェイントにも引っかからなかった。が、4手目の本気の攻撃を読み切れず再び体勢を崩した。

 ように見せかけた。

 ヘラクレスは体勢の崩れたアリスを見ると、突きの勢いそのままでアリスの横まで踏み込み、ここぞとばかりに身体をねじって大きく剣を裏拳のように振るった。

 アリスはこの攻撃を待っていたとばかりに、完全には崩し切っていなかった重心を移動した。アリスの身体は倒れかかっていた方向とは真逆に重力を無視するかのように動いた。そしてヘラクレスの大振りが流れた瞬間、彼女の肩口に向けて小さく突きを放った。

 ヘラクレスは振り切った剣を戻すことも出来ず、アリスの攻撃に回避を強いられる。

 はずだった。

 ヘラクレスの4手目からの大きな攻撃までもがフェイントだったのだ。

 振り切られるはずだったヘラクレスの剣はあらかじめアリスが攻撃する場所が解っていたかのように慣性を無視して戻っていた。

 アリスのジャブにも似た突きはヘラクレスによって、アリスが体勢をさらに崩す方向に払われた。

 しかし、バランスを崩したアリスにヘラクレスの追撃が来ることは無かった。

 アリスはヘラクレスの力に逆らわず、そのまま体勢が崩れる方向に身体の重心を加速したのだ。

 ヘラクレスは剣を払った方向にまったく手ごたえがなかったために完全に面食らった。言い訳のように、やけくそにも似た突きを二つ慌てて繰り出した。

 アリスは、ヘラクレスの続く攻撃をぎりぎり切っ先で躱すと間合いを取った

 エウリュスが絶句している。

 アキア公たちも目を点にしている。

 彼らにこの高度な応酬のどれほどが伝わっているのかは分からないが、すべてが伝わらなくても二人が最高峰の戦いを繰り広げていることは一目瞭然だった。

 一呼吸だけおいて、アリスとヘラクレスは再び間合いを詰めた。

 再び、剣撃の嵐がアリスとヘラクレスの間に吹き荒れた。

 どちらも譲らない。

 一進一退の攻防ではない。

 進と退が見分けられるほど二人が遅くないからだ。

 先ほどとは違い、間合いを固定したままでの応酬だ。

 剣同士の戦いに使って良い言葉なのか解らないが、いわゆるインファイトでの殴り合いだ。

 足を止めての戦いとよく言う。

 違う。

 見た目はたしかに移動はない。

 ただ、細かい細かい体重移行のステップが剣捌きを越える速さで踏まれていた。アリスの中だから分かる。

 アリスの足元は少しずつえぐれ、それを逃れるように右回りに戦いは回っていた。

 おそらくヘラクレスの足元もそうなのだろう。

 変拍子のダンスのごときステップがヘラクレスとアリスの間で交わされていた。

 と、

 アリスの剣がヘラクレスの脇腹をかすめた。

 脇腹を捉えたと思ったアリスの木刀は、服の中にヘラクレスの身体を捉えることはできず、布だけを切り裂いた。

 刹那、初めてヘラクレスの体がバランスを崩すようによじれた気がした。

 アリスはこのチャンスを見逃さない。素早くヘラクレスの喉元に剣を走らせる。

 まったく同じタイミングで、ヘラクレスも攻撃を繰り出した。ヘラクレスの攻撃はアリスの刃を少しだけかすめて軌道をそらすと、そのままアリスの左目に向かって伸びた。

 アリスが少しだけ身をよじってかわす。左耳を木刀がかすり、摩擦で焼けるような痛さが伝わってきた。

 多分簡単にかわしてない。アリスの体幹というか軸がぶれた。いや、軸をぶらすことでなんとかかわしたのだろう。

 「やべっ。」ヘラクレスが思わずつぶやき、攻撃の手が止まった。

 「くっくっく。あんた今本気だったでしょ。」アリスがとてもうれしそうに笑う。

 ・・・え?

 今、死ぬとこだったってこと?

 アリスの言った『本気』の意味が理解できて、今更ながら状況のヤバさに心臓が早鐘のようになった。いや、心臓がないので、そんな気がした。

 「おのれ。」ヘラクレスは思わず本気になってしまったことにちょっと傷ついたようだ。

 ギャラリーはあまりにハイレベルな二人の攻防に誰一人声を上げない。

 もしかして呼吸もしてないんじゃないだろうか。

 今度はアリスから仕掛けた。

 続けざまにヘラクレスを斬りつける。

 今は少しヘラクレスに躊躇があるせいか、アリスが押し始めたように見えた。

 それとも実力が拮抗して来ているのか?

 怪我とかしないでくれよ?

 ヘラクレスはアリスの攻撃を完全に防ぎきっていた。が、攻撃には転じてこない。

 ヘラクレスが完全に防御に回ったので、アリスの攻撃がさらに鋭さを増す。性格的に攻撃のほうが合ってるんだろうな。

 アリスの攻撃はどんどん回転数を上げていく。

 ヘラクレスはサーカスの曲芸のように、その攻撃をすべていなす。余裕ではない。それはへラクレスの表情が物語っていた。

 何十合という剣撃が交わされ、それ以上の攻撃が躱された。

 が、

 一閃。

 ヘラクレスがアリスの斬撃を縫ってたった一度、剣を振るった。

 ついにアリスの手から剣がはじき飛んだ。

 しばしの静寂。そして、いつの間にか増えていたギャラリーから一斉に歓声と拍手が生まれた。

 「後の先もできるのね。」左手を抑えたアリスは肩で息をしながら感嘆した。

 「実はカウンターのほうが得意なんですよ。」疲れているのはアリスだけではない。ヘラクレスも大きく肩で息をしながら答えた。「こちらから本気で取りに行かないといけない状況だったら、3割くらい負けるかもしれませんね。失礼しました。」ヘラクレスが強がった。いや、本気の評価なのだろうか。

 「でも、本気の殺し合いだったらあなたの言う通り1割も勝てないわね。」アリスもへりくだった。こちらも本気なのだろう。「もっと邁進するわ。」

 今より激しくなるの!?

 まあ、今回は怪我がなくて良かった。と胸をなでおろした。胸もないけど。

 もう、ほんとやめて欲しい。

 「・・・・・。」エウリュスは相変わらず絶句している。

 「ごめん、エウリュス、勝てなかった。」アリスがエウリュスに頭を下げた。

 「え、あ、はい。いえ、その。そのようですね。」エウリュスは言葉が定まらない。アリスとヘラクレスの強さに声も出ない様子だ。

 そのうち、護衛としての自分の意義に疑問を持つようになるのだろう。アリスの塔の警護についたジュリアスの兵士たちがそうだったように。

 「というわけで、ヘラクレスが隊長で・・・

 「ちょっと待ってください。」エウリュスが我に返って食い下がった。「彼は平民です。いくら強かろうと人を率いる立場にない。これは強さの問題じゃありません。責任と誇りを持っているかどうかの問題だ。」

 エウリュスは苦々しくヘラクレスを睨んだ。意地でもヘラクレスを認めたくないらしい。

 「あんたねぇ・・・。」アリスがどうしようもないものを見るようにエウリュスを眺めた。そして言った。「ヘラクレスは女よ?」

 「え!?」エウリュスが驚いてヘラクレスを振り返った。

 おお!

 居た!居たよ!!

 ヘラクレスが女だって分からなかった奴!

 自分、こいつと同レベルかぁ・・・・。

 「そもそも、あんた、男爵?子爵?」アリスがエウリュスに尋ねた。

 「わ、私はまだ男爵ありますが、王直属の騎士団の若手の中では最も・・・

 「ヘラクレスって、たぶん子爵よ?」

 「へ?」と、エウリュスが間の抜けた声を上げてヘラクレスを見た。

 「ウソでしょ?」と、ヘラクレスも驚きの声を上げた。

 「なんで、あんたが驚くのよ?」

 「マジで言ってます?」ヘラクレスは本気の本気で狼狽している。

 「いや、あんたロッシから聞いてないの?」

 「わかりません。」

 知らないんじゃなくて分からないの?

 「『わかりません』って何よ?」

 「いやぁ、めんどくさそうな話は基本聞き流してるんで。」ヘラクレスが後頭部を掻いた。

 「・・・・。」アリスは少しだけ絶句してから言った。「ともかく多分、あんた絶対子爵よ。アミールの第一騎士なだけでも子爵相当なのに、王都の火事を防止してその犯人まで捕まえてるんだから。」

 「ほんとですか!?たちの悪い冗談は勘弁してくださいよ?」ヘラクレスが困ったような驚いたような声を上げた。エウリュスも困惑しているが、ヘラクレスのほうがもっと困惑している。

 「ほんとだって!伯爵は領土持ちじゃないとなれないから、多分子爵だと思うわよ。」アリスがそう言ってからヘラクレスに尋ねた。「ねえ、あんた・・・領地なんて貰ってないわよね?」

 「ないですよ!」ヘラクレスがたまらず叫んだ。そして不安そうに尋ねた。「ないですよね?」

 「知らないわよっ!」アリスが言った。

 「勘弁してください!」ヘラクレスが大地に身を投げうって土下座した。「ほんとに、勘弁してください。」

 アリスは下の歯を少し見せて眉をひそめると、必死で土下座するヘラクレスは放っておいて、呆然としているエウリュスに向き直った。

 「ということだから、ヘラクレスが隊長で問題ないわよね?」

 「・・・・。」エウリュスは自分そっちのけで目の前で繰り広げられた茶番に言葉を失ったまま、呆けたままで頷いた。

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