9-10 c さいきんの農業改革と戦争もの
さて、エウリュスが偵察から帰ってきた翌日の朝早くから、ダクスの会議場には貴族たちが真剣な顔をして集まっていた。
エウリュスだけが、昨日は良い仕事をしたとご機嫌だ。
部屋に集まっているのは、アキア公、アキア候、アキアの軍事顧問、ダクスの衛視隊長、アリス、ヘラクレス、エウリュスだ。
他の貴族たちはいない。相手の人数が4、500居そうだというエウリュスの報告により、状況が野盗退治ではなく戦争に類する事態だと認識されたからだ。
すぐさま、王都とミンドート領にむけて馬が飛ばされ、アキア公を中心とした3人に指示系統が集約された。近隣の街にも馬を走らせている。いい判断だ。
全員が机の上に広げられた地図を見ながら頭を悩ませていた。
ダクスでは昨日の夜の段階で非番の兵士も含め、可能な限りの兵士を終結させた。何時でも討って出れるように準備を済ませている。
計200人だ。
数負けてんじゃねえか。
しかも街の守備を全部取っ払うわけにもいかないので、全力で動員したとしても動かせるのは150人が良いところのようだ。
「数が足りないわね。」アリスはそう呟いたあとヘラクレスに向けて言った。「足りない分、私とあんたで何とかならないかしら。」
「調子乗り過ぎです。王女。」ヘラクレスがちょっと叱りつけるような感じで答えた。
いや、アリスの軽口にそんな本気の受け答えしなくても。
・・・二人とも今の提案、本気で視野に入れてたわけじゃないよね?
「彼らは統率の取れた集団ではないようですから、散開される前に叩くのが良いかと思います。」アキア候は言った。鋭い。「分散されると兵隊では対応しづらい。」
「別れたのを各個撃破したほうがいいんじゃないの?鉄則でしょ。」アリスが尋ねた。「こっちの数も少ないし、分散してくれるのは願ったりだわ。」
「合戦ならそうかもしれませんが、今回の我々の目的は、都市と田畑を守ることです。我々が撃破しに向かった相手がおとり役となり、それ以外の野盗たちが散らばって個別に街や田畑を襲うのです。分散されてゲリラ的に略奪を行われるとこちらはどうしても後手に回らざるを得ない。兵士たちが街の外で相手とにらみ合いになどなろうものなら、敵側が遊撃隊を出して略奪したい放題となりかねません。」アキアの軍事顧問のおっさんが説明した。
すげえな。完ぺきに読み切ってやがる。
「彼らは好きなところを攻撃でき、守るのは一か所。しかも闘う必要も勝つ必要もない。我々はいろいろなところを守らねばならないし、相手を攻めることもしなくてはならない。手が足りません。」アキア候が付け加えた。
ダクスとネイベルの他にも小さな村落がこの辺りにはいくつかある。アキア候はそれをすべて守らないといけないと考えている。敵はその辺りは眼中にないが、そこまで彼らは知る由がない。
このことをネオアトランティスで教えたら・・・やっぱ変だよなぁ。
「おそらく彼らをまとめ上げたブレインは、大勢の集団を我々に見せつけて、我々が大集団で動かざる得ないようにしたいのだと思います。」
「4、500人という数字も、陣取っている場所も絶妙ですね。我々が本気で動けば街を襲ってくださいと言わんばかりになりますし、かといって民を守るために守りを固めれば、おそらく兵の乏しいネイベルが襲われるでしょう。」
なかなか、どうして。冴えないと思っていたアキア候とこの初めて現れた軍事顧問のおっさんが頼もしい。こちらが伝えるまでも無く、現状を的確に把握していく。
彼らの話し合いは紛糾することなく着実に進んだ。
しかし、結果として上がったいくつかの作戦は、どれも今一つ決めて欠けるのだった。
作戦1:相手の拠点を包囲する。
相手が一点突破で抜けてくるのは間違いない。その点を耐えきって、時間が稼げれば何とかなる。ただし、包囲を抜けられた場合、兵士たちは包囲網を解いて街の守備に戻らなくてはならない。こうなってしまうと完全に後手になるのでダクスに甚大な被害が出る。どの点を守るべきか分からないうえ、そもそも包囲するべき相手のほうが数が多いので、突破される可能性は高い。ただし成功すれば略奪もおこらない。
作戦2:街の守備も総動員して全員で会戦。
相手が遊撃隊を組織し手薄になった街や畑を襲う事が想定される。敵の主部隊がこちらをひきつける事に徹する可能性が高く、それに引っかかると、殲滅に手間取っている時間だけ相手の略奪時間が増えていく。多分相手は戦わずに逃げるか時間稼ぎをするかになる。だが、これが一番いい。相手も略奪に割く人数が少なくなるのでメインの街には来ないだろう。たぶん。ただし、こちらが数的に負けているので肝心の会戦で負ける可能性があるのが大問題。
作戦3:籠城。
ダクスは守り切れること間違いない。ただし、ネイベルはダメだろう。ミンドートからの援軍が来るまで、ネイベルや周辺の民にはダクスに避難してもらう。誰も居ないネイベルの街は略奪される。
決め手に欠けるっていうかダメだな、どれも。
特に、作戦2は畑が燃えてしまう。アリスたちはこの辺りは念頭に置いていない。作戦2が進んだとすれば、ダクスの略奪が行われるかどうかは関係なく、トマヤの思うつぼなのかもしれない。
「ねえ。こっちが攻撃したら相手が逃げるってのが間違いないのなら、相手が逃げること前提の電撃戦を少数精鋭で仕掛けてみない?」アリスが提案した。「少人数で仕掛けて相手を散り散りにさせて、四方八方に逃げた連中を包囲網にかければ一点突破はされないし、万一突破されても少人数ですむんじゃない?」
「なるほど。」軍事顧問が少し考えてから言った。「しかし、いくつか作戦に穴がありますぞ。」
「意見お願い。」
「まず、少数で500人に突っ込むと言いましたが、150人総動員したとてこちらが不利なのです。それを少数とは何人くらいを考えているのですか?」
「30人くらい。」
少なっ!
「少なっ!」衛視隊長も思わず吹いた。「500対30なぞあり得ませんよ。」
「夜襲すんのよ。」
「いくら夜襲と言ったって500を30で倒すなど無理です。」
「だから、倒さないんだって。散り散りに逃げさせるの。」
「しかし、30で相手が逃げますかね?」
「どうして相手に30人ってばれるのよ。夜のなのに。」アリスが言った「大軍が攻めて来たって私達が叫ぶのも良いわね。もともと逃げる心づもりなら、きっと逃げ出すでしょ。」
「いや、相手が真っ向勝負してくる可能性が無いわけじゃないんですよ?」
「そしたらこっちが逃げるの。そして、やり直し。」アリスが言った。「それはそれで相手がこっちの考えているように動かないって判っただけでも良いんじゃない?」
「もっと人数をかけたほうが良くないですか?」アキア候が心配そうに言った。
「あんまり人数が大きくなると夜襲がバレるわ。包囲網のほうに人数は割きたいし。」アリスが答えた。「その代わりに精鋭が欲しいわね。」
すこし会議の場が静かになった。アリスの作戦が実現性を持ってみんなの頭に浸透しだしたようだ。
「・・・・誰が、指揮を取るんですかそんな危険な役回り。」アキア候が尋ねた。
「私とヘラクレス。」
言うと思った!
「ちょ、ダメですよ!?何言ってるんですか?」アキア候が慌てる。
「別にちょっとビビらせに行くだけだからヘーキヘーキ。ぶっちゃけ30人も要らないわ。」
戦争に行くのを、ビビらせに行くって表現したよ、この子は。
「絶対ダメじゃて!」アキア公もさすがに口を挟んできた。「やるにしても、こちらから精鋭を用意しますので大人しくしていてくだされ。」
是非そうしてくれ。多分アリスの事だから、500人相手に何人抜きができるか考えかねん。
アリス『251人』
ヘラクレス『249人』
アリス(ニヤリ)
ありそう。
「大丈夫だって。」アリスは行く気満々だ。
「もういっそ全員で夜襲しかけたほうがいいのでは?」アキア公が言った。
「だから、全員じゃ夜襲しかけるってバレるじゃない。会戦になっちゃダメなんでしょ?」アリスが言った。「30人って数は適当だけど、夜襲がバレない人数でやりたいってこと。」
「ダメです。」軍事顧問も引き下がらない。「この作戦にはもう一つ穴があります。残りの100人そこそこの兵では包囲網は敷けません。」
「包囲網って言葉が悪かったわ。街への略奪を防ぐ場所に兵を配置するのよ。どうでも良い方向は守らない。ネイベル側の包囲は可能な限りネイベルにやらせる。」
「んんん。」意外と考えられていたので軍事顧問が唸る。
「殲滅戦じゃないの。」アリスが言った。「最悪、ミンドートからの援軍が来るまでの時間稼ぎに成れば良いのよ。数が減らせて、相手が時間を失えばそれでいい。」
「しかし、100人の包囲網で逃亡者500人を撃ち取れますかな?」今度はアキア公が反対した。
「それを言ったら、開戦したところで、200対500で不利なのです。夜間で敗走してくる連中を待ち伏せするのはかなり良いかもしれません。向こうから来るのなら罠を張ったって良い。それこそロープ程度のものでも夜なら効果的だ。」と言ったのは軍事顧問だった。アキア軍師がついにアリスの味方についた。「なかなか、王女の策はよろしいものかと存じます。」
「一番怖いのは、私達が夜襲をかけた連中が、散り散りにならずに、まとまってダクスかネイベルに向かってきた時。」アリスが自分の策を訂正するかのように懸念点を口にした。「その場合、こちらの包囲部隊が一点撃破される。そうなってしまうと、各地に散らばった兵と守備側の兵を総動員して会戦をしなきゃいけない。そのリスクに備えて迎え撃つ場所やタイミング、パターンなんかを綿密に決めておかないといけないわね。特に、万が一ネイベル側に向けて連中が全員で向かったら、ネイベル側の包囲網は絶対に持ちこたえられないから、私達はかなり迅速かつ上手に立ち回らないといけない。こういった場合分けの複雑さを兵士たちが理解できるかどうかが一番の問題。」
「ん-、それは止めましょう。」ヘラクレスが口を挟んできた。「それは数パーセントも無いリスクにおびえて、成功を不意にする行為だ。複雑な戦術をこなす責務を背負わせて兵士たちに剣を振るわせるのは愚策だ。あなたらしくもない。」
「最悪のリスクについて備えておく事は大事よ。」
「そんなリスクありません。夜襲を受けたのに、すぐに軍を立て直して目的地に向けて進軍するんですよ。それができる時点で彼らは野盗ではなくて訓練された軍隊です。もしそんなことになるんだとしたら最初から詰んでいたんですよ。」ヘラクレスが答えた。「しかし彼らは野盗だ。ごく少数での夜襲には大賛成です。戦力差があるほど成功しやすくて良い。」
「たしかに、夜襲が成功したとなれば、野盗ごときがまとまってネイベルを襲うなどあり得ないと思いますな。」軍事顧問も言った。「仮に本当に軍隊だったとしても、攻撃から立ち直って、兵士たちを編成し直してからの進軍になるはずです。時間があるはずです。襲撃隊が全滅していなければ、彼らが伝令して包囲網を城に戻らせればよい。」
「たしかに、そうですな。」衛視隊長も言った。「作戦の子細については我々一部が共有しておれば良いでしょう。必要なのは完ぺきで迅速な伝令網。それさえあれば、包囲作戦をこなしながらも戦術を回すことができるはずです。」
「なるほど。」アリスは素直に納得した。「さすがプロフェッショナル。」
「しかして、肝は、包囲網の配置の仕方と、アキア卿のおっしゃられたように、誰が襲撃隊を率いるかですな。」
「包囲網のほうの人選は任すわ。夜だし、逃げ洩らさない事よりも数多くの野盗たちを捕まえ・・・やっつけることを目標として。」アリスは少し言いよどんでから言いはなった。自分より数の多い敵を相手にすることになる兵士たちに、相手を捕まえている余裕なんてとてもない。「逃げた野盗たちがそのまま襲いそうな場所があったら、その場所から人を避難させるか、重点的に守りを置くかするのがいいと思う。」
「お任せください。」衛視隊長が頭を下げた。
「夜襲を仕掛ける選伐隊はヘラクレスが隊長でお願い。」アリスが言った。「ヘラクレス、ダクスの兵士から死ななそうでちゃんと働きそうなのを選んで、人数も任す。」
「いや、人選は王女がやってくださいよ。」ヘラクレスが言った。この野郎。
「ダメよ。私じゃ、きっと甘い事言うもの。」アリスが答えた。
予想していた答えとは違った答えが返ってきたのか、ヘラクレスはただ一言「そうですか。」と答えた。
こうして、作戦はひとまずまとまった。
夜襲部隊を編成する事を考えると作戦実行は最速で明日の夜だ。
野盗たちが先に動かないかは運だが、実のところ野盗は傭兵たちに持たせるための油待ちなので3日後までは動かない。問題ない。
自分も動物たちでの支援を用意しておくべきだな。今回はアリスの助けになることができる。
それに、今回トマヤにしてはやり口が派手過ぎるんだよな・・・。今までは、ピンポイントに暗殺を狙っってきた。
ちょっと気を付けておいたほうがよさそうだ。
さて、会議は回り、いよいよ、という段になってエウリュスがまためんどくさいことを言い出した。
「私はヘラクレスを隊長にするのは反対にございます。」




