9-10 b さいきんの農業改革と戦争もの
さて、山の上の野盗集落は数日でさらに人数を増やしていた。
集落はちょうど、ダクスの北のほうに半日くらいの場所に位置していた。ダクスの隣のネイベルにも近い距離だ。
集落のダクスやネイベルとは真逆の方角である北側は高い山脈になっており、それを抜けると隣の国になる。
いつでも集落の様子を観察できるようにしておきたい。
とりあえずは近くのハエを動員して集落に誘導しておこう。
集落はさっき話した野犬のコロニーの近くにある。
野犬から【感染】した虫やどうぶつたちがこの辺りに80匹くらい住まっている。これも【管理】による自動生成だ。
ちなみに、この辺りに【感染】者が居るってのが解ったのも【管理】のおかげだ。
【管理】によって『人』『虫』などとフォルダ訳可能になったという事は以前話したと思うが、これ、念じると地域ごとのソートにも変えられるのだ。『アキア』『北側』『集落周り』の順に階層を追った結果、いろんな虫と犬たちがリストアップされた。【管理】さまさまだ。
一匹の小バエで集落の様子を飛びながら見て回る。
【操作】レベルが上がっているせいか、今は本当に自在に小バエを飛ばすことができる。しかも小バエって割と人間を恐れない。
昔、ハエドローンを四苦八苦しながら飛ばしていた頃が懐かしい。
レベルが上がった恩恵を一気に堪能している今、実感を持って思う。このままいくと自分はこの世界の神に成れるんじゃないだろうか。
まあ、そんなもんなりたくもないが。
そんなもんに成るよりも、ただ人間としてアリスたちと会話できたら、そのほうがずっと嬉しい。
【操作】で誰かを乗っとれないものだろうか?
・・・うーん、我ながら恐ろしい細菌になったものだ。
集落は不衛生極まりなかった。だが、誰も飢えていなかった。汚いだけでみな健康そのものだった。
理由はすぐ割れた。食料がどこかから持ち込まれているのだ。
集落の中央らへんに食糧庫があり、大人数がしばらく暮らしていけそうな量の食料が備蓄されていた。この人数の野盗たちをどのくらいの期間食わしていけるのかは自分には解らないが、当面は食べるには困らなそうだ。
集落には、数人から十数人の野盗のグループが二十数組程度存在しているようだ。それぞれ独立したグループらしいが、中でも最も大きい野盗集団のリーダーが一目置かれているようだった。
そのほかにも、野盗ではないが、いろんなところからやってきたならず者やごろつきたち50人弱、少しの難民。あと、ちょっと良く分からない感じの一般人ぽいのが数十人くらい。
そして、特筆すべきは、野盗というには立派な鎧を来て立派な武器を持った人間たちが何十人もいた。野盗というか文字通り兵士だ。さすがに鎧に家紋はついてないようだ。
しばらく様子を覗いた結果、鎧の彼らが何者かは判明した。
外国から雇われた傭兵だ。全部で50人くらいいるっぽい。
兵士までいるんだったら、もう完全に砦じゃん。
どうやら、傭兵を雇い、野盗を集めた人間がいるようだ。
ちょうど今、そいつが様子を見に来ている・・・って、やっぱペケペケじゃねぇか!
おのれ。
是非とも野盗たちに【感染】を広げておきたいところだ。
いざとなったら【パラメータ操作】できるし、こいつらなら全力で気絶させにいってもアリスの病気のせいにはなるまい。【感染】でペケペケまでたどり着ければ最高だ。そうすればアリスに対する懸念を一つ、完全に払しょくできる。
人への【感染】するための方法としてはあんまやりたくない【感染】ルートなんだけど、この砦は不衛生なのでハエの糞やウジからの【経口感染】を狙うのがよさそうだ。
知ってる?小バエって「無」から発生してるんじゃないんだぜ?
ともかく、一つの手段として、この砦で【感染】を蔓延させるというのがある。全員に【感染】し終わってからひたすら気絶させまくれば一丁上がりだ。
問題はそれには結構な時間がかかるという事だ。
【感染】に時間がかかるし、【感染】した後に数を増やさないとダメだからだ。
一気に増殖をしないと宿主を気絶させるほどのダメージがいかないのだ。ネオアトランティスの時からそうだった。パラメータ調整でも気絶に追い込めるが、エルミーネの時に散々やっても気絶まで持っていけなかったので、数が少ないうちは効果が薄いのだ。
それに、【感染】者の中の数が少ないうちは外部に放出できる細菌数も少ないので【感染】自体が進まない。
【感染】して数を増やす必要がある。ここに結構時間がかかるのだ。
もちろん、野盗たちはそれだけの時間は待ってはくれそうには無かった。
「ついにここの存在がバレた。」ペケペケは集落にやってくるなり野盗のリーダーと傭兵の隊長の所に駆けつけてきて言った。「ダクスの騎士がこの辺りをうろついていた。」
あ、エウリュス来たんだ。
「マジかよ、どうすんだ?こっちから攻めちまおうぜ、この人数ならダクスくらい落とせんじゃないか?」野盗のリーダー格が言った。
「甘く見るな。」傭兵たちの隊長が諫める。「数では遜色ないかもしれんが、お前たちは命を懸けては戦わんだろう?」
「まあな。」
「かといって、こっちの人数が集まるのをぼんやり待っている訳にはいかなくなった。」ペケペケが告げた。「2週間もすれば王都やミンドート領に連絡が行き、ミンドート領から兵士が増援として出てくるだろう。そうなってしまっては勝ち目がない。」
「じゃあ、どうすんだよ?」
「進軍する。」
「おい、勝てねえっつたじゃねえか。」
「進軍はネイベルに向けてだ。」ペケペケが言った。「畑を突っ切ってネイベルへと向かうのだ。」
「おお、なる。」
「しかし、ダクスからも増援の兵が出てくるだろう。挟撃になるぞ?」傭兵隊長が言った。
「そうしたら、蜘蛛の子を散らすように逃げろ。」ペケペケは答えた。「そして、ダクスを襲え。守備兵士はほとんどいないはずだ。略奪は容易い。」
「いや、兵士達が追ってくるんじゃねえの?」
「傭兵隊が足止めしろ。」
「なかなか酷なことを言ってくれる。」傭兵隊長が言った。「さすがに給料に見合わないと言わざるを得ないが。」
「戦う必要はない。火を点けて混乱させ、兵士たちを足止めしてくれれば良いのだ。」ペケペケが言った。「後で全員に油を渡す、野盗は逃げながら、傭兵たちはおとりになりながら火を放て。出来れば兵士たちを火で囲ってしまえ。アキアのすべての畑を燃やすつもりで火を放つのだ。」
「タイミングが難しいな。」傭兵隊長が言った。「運が悪いと我々も巻き込まれる。」
「それはお前の判断に任せる。」ペケペケが言った。「成功すれば報酬は弾む。」
「俺たちには報酬はねえのかよ。」野盗のリーダーが言った。
「お前たちは略奪で稼げ。別にダクスでなくても構わん。」ペケペケは続けた。「これが上手くいったら、奴らがダクスの防衛に注意をむけている間に奥アキアに集合だ。場所は指示する。」
「逆に向こうがここを攻めてきたらどうする?」
「それこそ、街を襲うチャンスだろうが。」傭兵が呆れたように答えた。
なるほど。ダクスの兵が守りを放棄して出てきたら散開して、街を襲うつもりらしい。
出てこなかったらネイベルを襲うという事だろう。
そして、どっちにしろ畑は荒らされるか燃やされるかするのだ。
トマヤの本当の狙いはここなのかもしれない。
ペケペケはこれをアキア各地で数回行うつもりなのだ。




