9-10 a さいきんの農業改革と戦争もの
さて、2か月振りにアリスはアキアに戻ってきた。
時は進み、すでに季節は春だ。
小麦って成長するのが早いんだなぁ。前世の小麦がどうか知らないが、こっちの世界の小麦は植え付けてから4、5か月くらいで収穫が行われる予定だ。日本で言う梅雨の時期に雨季があるのでその前に収穫しないといけないのだそうだ。
順調に育った緑色の小麦畑を眺めながら旅路を進んだアリスたちはダクスに到着した。来月にはこの小麦も収穫されているはずだ。
もちろん、こっそり王都に置いてけぼりをくらわそうとしたエウリュスも一緒だ。
アリス、エウリュスのこと嫌いっぽいからなぁ。出発の時に馬に乗ってエウリュスがスタンバイしていたのを見て露骨に嫌な顔をしてたし。
見かねたヘラクレスとグラディスがアリスを馬車の裏側に連れていって説教したくらいだ。さすがにエウリュスが気の毒だった。
逆にエウリュスのほうはアリスを現存するこの国の貴族のNo.2として神格化している。
エウリュスは自分は王女の騎士であると言い張り、いやがおうにもアリスに付きまとった。そして、いっそうアリスに嫌われるのだった。
しかもエウリュスは折角王都に帰ったのだからと、王女を守る騎士として恥じないように金ぴかな鎧を新調してきたためいっそうアリスの不興を買った。
三週間ほどの旅路を終えて無事アキアについたアリスは、王都で準備してきた紙の製造や酒の醸造の手配を進めた。
と言っても、アリス自身が技術を知っているわけではないので、基本的には王都で手配した技術者とアキアの関係者をスムーズに繋ぐのが仕事だ。酒造の手配にはノワルでカンパとキーノが立ち上げようとしている酒造りの伝手が大きく役に立った。
紙の製造については肝入りだったので、アリスは裏方の仕事に飽き足らず、ダクスの隣にあるネイベルという街まで敷設した紙の生産施設を見学に足を運んだ。
そんなころ、アキアではきな臭い話が進んでいた。
その事にいち早く気づいたのは自分だった。
その事についての話を進める前に、まず、自分の感染活動の進捗について話さねばならない。
王都に帰っている間、そして、アキアとの移動期間も自分は王都、アキアどちらでも感染活動を行っていた。
ざっくり言うと【管理】が火を噴いた。
リストの全感染者が24時間体制で感染活動を行うのだ。うつらないわけがない。感染者数合計がちょっとドン引きする数になってる。これ、口にすんの怖いんですけど。
8割以上が虫とは言え、数だけなら東京の人口に匹敵するくらいの感染者数な気がする。てか、【感染】者リストには合計数が出ないからここまで多くなると正確な数が把握できない。
今さらながらに自分ってヤバい存在なのかもしれないと再認識する。
王都にはすでに【感染】している人間が多数いた。だから王都では会話からの【飛沫感染】が絶対的に強かった。
一方でアキアでの動物たちへの【感染】の初手は糞や食物連鎖からの【経口感染】だった。一応、当初の計画通りだ。【飛沫感染】も試しはしたものの、動物たちは飛沫を飛ばすことはあってもプライベート領域が広すぎて飛沫が届かないのだ。そもそもそんなしゃべんないし。
そして、一度何かの動物に【経口感染】すると、次は【血液感染】が強い。基本は蚊だ。蚊が発生する夏になると相当感染は楽になる。
だが、現在は冬の終わり。まったく蚊が居ないので【血液感染】はまるで機能しない。
と、思っていた。
どっこい、この世界「ノミ」が結構居た。特に哺乳類中心だ。ぶっちゃけ人にも居る。このノミからの【血液感染】が割と優秀だった。何かの群れの1個体に感染してしまえば、【管理】で『【血液感染】をガンガン行こうぜ』くらいに念じておくと、気づいた時にはその個体の居る群れや家族はノミによって全員【感染】しているのだ。
これは王都側でも有効だった。
ノロイが最近、大きめの集団のボスっぽい感じになっているので、王都の地下にはハーメルンもビックリのネズミの集団が【操作】できる状態で待機していたりする。というか、【管理】を選択して『【血液感染】頑張っといて』くらいに念じてほっといたら気づいた時には大変な数になっていて、びびった。
というわけで、王都やその近隣では【感染】が猛威を振るっている。今ならどこでも覗き放題だとも言える。
ちなみに、トマヤには【感染】できていない。
それでも、沢山入ってくる反アリス派の情報から状況はつぶさに推測できた。
トマヤはアリスが王都を出立する2週間前にアリスが王都に帰ってきていることを知り、ラヴノスにブチ切れていた。
アキアでなんかたくらんでたらしい。そりゃあ王女がこっちに居たら意味が無い。ざまあ。
そして、今度は慌てて王都でアリスを狙う計画に切り替えただろう。準備が整ったタイミングでアリスが王都を去ってしまったので再度ブチ切れていたようだ。うける。
どうやらトマヤはだいぶ前から、アキアで何かを計画していた気配がある。細かいことは解らなかったが、アキアで起こったこの異変はトマヤの差し金なのだろう。
話がずれた。
ダクス周辺も順調に【感染】者数は増えていた。すでに1000近い個体にダスク周辺で【感染】に成功していた。虫がほとんどではあったものの、動物たちも少なくない。ダスクの近くの山に野犬のコロニーをまるまる一つ【感染】下に収めることにも成功している。
ただ、アキアについては人への【感染】がダメだった。
シェリア、スラファ、キャロルが【感染】源だが、意外と人相手に移すのは難しい。人間についてはようやくアキア全部で10人を達成したくらいだ。シェリアたちは感染してからの期間は長い。かなりの細胞を貯め込んでくれているのでもっと【感染】しても良さそうなもんだけど。
キャロル以外あんまり騒がないからだろうか。スラファに至ってはクラウスに【感染】成功させたくらいだ。感染経路は秘密。
アリスがダクスに戻ってきたし、これから人への【感染】を頑張って行かなくてはならない。
ダクス以外の場所は行ったことないので【感染】できた生き物は居ない。
って思うじゃん?
デヘアがアキア中をあちこち動き回ってくれたのだ。
デヘアはめったにしゃべらないので、【飛沫感染】は発生しない。ただ、動物たちへの【感染】をちょいちょい成功させている。
詳しいことは省くがデヘア→虫や動物への【経口感染】となっている。あの子大人し目に見えてめっちゃ野生児だ。
というわけで、アキア全土に多少の【感染】生物がいる。こいつらを核にアキア全土を丸のみにしていくのが【感染】方針だ。
というわけで、ダスク周辺に【感染】者の一匹である鳥が居た。
小麦やため池の様子を見てみたかったので、その鳥を【操作】してアキアの畑を上空から観察している時のことだった。
少し色づいてきた一面の小麦畑の上を爽快に飛んでいると、ふと、ダスクから数時間ほど飛んだ遠く山の中腹に集落のような所を発見した。
こんなところにぽつんと一集落。
バラエティー的な興味で【操作】を使って様子を見に行く。
ああ、ただ覗き見ているだけじゃないってすごく素敵!
その集落は広さとしては一つの村落と言っていいくらいの大きさだった。山間の傾斜の開けた土地に在り、周りを岩と木々で囲まれ天然の要害となっていた。
一方、集落の広さに対して、たたずまいはみすぼらしく、建物の代わりに大きなテントのような物がいくつも立っていた。前世の遊牧民が張りそうな形のやつの、ボロっちいバージョンだ。
建物が雑な割には、広い集落全体を取り囲むように丸太を組んだ2mくらいの高い柵が設置されていた。柵には街に向かう方向とその反対側に一つずつ出入り口が設置されていて門番が守っていた。集落の中ほどには見張り塔も一つある。集落というより砦と言ったほうが的を射てるのかもしれない。
中にはみすぼらしい格好の人間たちが居た。風貌を整える前の強人組のような風体だった。
そして、彼らは全員武器を携帯していた。
蛮族的な何かが住み着いているのか?と思ってしばらく様子を見ていたところ、彼らが何者かはすぐ判明した。
彼らは野盗の集団だった。
ちょうど彼らの一部がダクスに向かう数少ない馬車を襲って食料と積み荷を強奪して帰ってきたところを見ることができた。
それだけなら、大きな問題ではなかったのかもしれない。
問題は彼らの数だ。
集落の人間は軽く見積もっても300人は居た。
女子供は無く、全員が戦闘に参加できる男性だった。こうなると、もはや一つの軍隊だ。
アキアは住民は多いが専従の兵士自体はそれほど多くない。ダスクの街の兵士をかき集めても、同じくらいの人数しか集められないのではないだろうか?
そして、さらに悪い事に、集落の野盗の数は日に日に増えているようであった。
まるで、誰かが集めているかのように。
多分、トマヤなんだろうけど。
ロッシフォールかもしれないけれど、王都の様子を見ていた限り、今回ロッシフォールは何かをたくらんでいる気配はない。
野盗が居るという報告は、襲われた商人からダスクの街にもたらされた。
久々の野盗の出現と、取られるものの少ないアキアの交易品がわざわざ狙われたことにダスクの貴族たちは困惑した。
アリスの政策のせいで農民を辞めた人が野盗化したのではなんて嫌味のような意見も出始めた。アリス自身も同じことを考えていたらしく渋い顔をしていた。
ただ、彼らは野盗の存在は知っても、野盗の集落の存在はまだ知らない。
所詮は野盗、と、誰一人慌てるような気配はなかった。
でも、これはそういうのじゃないんだ。
今や野盗たちは軍を語って良い数だった。そして、おそらく組織化もされている。
完全に軍隊なのだ。
今回通りの商人が襲われたのは一部の野盗の独断だった。集落の野盗たちや野盗を組織した人間にとっては好ましくない事態だったのだ。
だから、商人を襲った野盗たちは見せしめに殺された。
そんな野盗が居るか?
野盗たちは集まって何をするつもりなのか。
このまま放っておくのはまずい。
本当に【冬眠】が解けていてよかった。
今回は、自分にもなんかできる。
以前だったら、どうやって野盗たちの事を伝えようかといろいろ悩む所なんだろうけれど、【冬眠】のせいで何一つできなかった今までに比べると状況が明るすぎる。
野盗の数をアリスたちに伝えることなどもはや朝飯前感覚だ。それこそ今だったら何でも出来そうな気がする。
アリスたちに夢枕で情報を植え付けてもいいし、動物たちを使って誰かを集落に誘導したっていい、それこそネオアトランティスを促せば何か伝えられるかもしれんし。
な、ネオアトランティス。
ネオアトランティスは了解とでもいうかの如く羽をばたつかせて大声で鳴いた。
「北の山10里、野盗が集結。みな、注意せよ。その数300以上。クケーッ!」
もう喋ってるじゃねえか!!
え?何?今、オウム成分どこかにあった??申し訳程度に最後にクケーって付けただけじゃん!
でか、助詞使いこなしてたよね?数字も理解してない??
野盗対策で会議室に集まっていた一同が驚いて、天上の梁に止まっていたネオアトランティスを見上げた
「ネオちゃん、また言葉上手になったんねー。」スラファが感嘆の声を洩らした。「頭いいんねぇ。」
頭いいってレベル越えてるよ!
「最近、キャロルンの授業に顔出してたから憶えたのかしらね。」アリスも鳥が会話をしている異常事態に何ら驚きを示さない。
「えっへん!」キャロルが胸を張った。
たしかに、ネオアトランティスは見た目美人なキャロルのことも好きだからキャロルの授業をよく聞いてたよ?でも、普通そうはならなくない?
この知的生命体をほっといたら、いずれこの世界の人類を支配下に収めたりしないだろうか?
「そうだ、エウリュス。ちょっとその山まで確認に行ってきてよ。」アリスはおつかいをお願いするかのようにエウリュスに命じた。
こりゃ、野盗の話は真面目に受け止められてないと見た。アリスはエウリュスを厄介払いしたいだけだ。
「え?わざわざ私が偵察に向かうのですか?あの兵士で十分ではないでしょうか。」エウリュスは部屋の隅でぼんやりしているヘラクレスを顎で差しながら言った。「私には殿下をお守りする重大な使命がございます。」
「でも、この中で馬に乗れるのあんただけじゃん。」アリスは言った。「それに、もし300人も野盗がいるんだったら、そんな重大で危険な任務をこなせる実力者なんて限られちゃうと思うのよ。」
「私が参りましょう!」エウリュスが鎧に拳を当てた。エウリュスのこういうとこは大好きだ。
まあ、なんだかんだで野盗の集団は発見してもらえそうだ。




