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9-9 b さいきんの農業改革

 さて、パーティーの次の日。

 ジュリアス経由で稟議をだしていたアリスは4公たちの会議に出席した。

 今日は王は出席していない。

 体調云々とかではなく、ロッシフォールが王の出席を嫌がったのでこの会議にアリスが出席することは秘匿された。

 ロッシフォールに何か企みがあったというよりは、4公全員の「この親子が揃うと話がややこしくなるから嫌だ」という共通認識のもと、王はハブられた。

 「小麦を自由化できませんこと?」アリスは4公に尋ねた。「貴族商取引法、脱税の隠れ蓑になっているわ。あの法律があったままだとロクな儲け方をしない貴族ばっかりになってしまう。」

 「無理ですね。」モブート公が即座に答えた。「あれで小麦の値崩れを防いでいるのですよ?」

 「アキアとしては貴族商取引法があったほうが小麦を売りやすかろうに。」ミンドート公も言った。貴族商取引法があるおかげで輸入小麦の売価が高くなっているので、アキアにとってはその通りだ。

 ロッシフォールは気配を消している。

 「いいわ。じゃあ、輸入小麦の下限価格を下げられませんこと?」

 「下げる?」モブートが思わず叫んだ。

 「上げるんじゃなくて??」ジュリアスも思わず聞き返す。

 「だって、貧しい人がみんな小麦が高いせいでお腹へってるのよ。」アリスは答えた。

 「下げるわけにはいきませんな。アキアで何を見てきたんです?価格を下げて一番困るのはアキアですよ?」モブートが再度釘をさす。「先ほどから王女はアキアに対して不利なことを提案しているのですよ?解っていますか?」

 まあ、その通りなんだ。

 実は小麦の売価に関しては学士院や領主たちとアリスの考えている小麦の売価には隔たりがある。

 アキアの領主たちは、貴族商取引法を基準にできる限り小麦を高く売ることを渇望している。彼らの台所事情はアリスの改革のせいでカツカツなのだ。

 一方で輸入小麦を駆逐するところまで考えているアリスは、小麦の値段を貴族証取法の価格よりも下げるべきだと考えている。貴族が販売する価格では無く、貴族たちが購入している価格でアキアも小麦を販売できなければならないと考えている。貴族が輸入小麦を買える価格がアキアの値段より安い限りは貴族たちは輸入小麦を買い続けるだろうというのがアリスの考えだ。

 もちろんアキアの安い小麦が出回れば高く売らなければならない輸入小麦は売れなくなるが、そんなもの幾らでも抜け道があるだろうというのがアリスの意見だ。

 そこで、アリスは貴族商取引法の撤廃をこの場で提案し、アキアの小麦の価格を下げざる得なくさせたいのだ。

 今、この提案が通らなくても良い。

 4公がこの提案を聞いたという事が重要なのだ。

 アリスはこの提案を通したいんじゃない。

 アキアの諸侯たちに言う事を聞かせるためにこの提案をしているのだ。

 「一番困るのはアキアじゃないわ。エラスティアと貴族たちよ?」アリスは反論した。

 突然のエラスティア名指しで、ロッシフォールがビックリして顔を上げた。

 「この間の会議の話だとどこも業態変化してるから、小麦の値段が下がっても大丈夫ってことかしら?」アリスが脅すように言った。

 ロッシフォールは眉間にしわを寄せた。

 即座に返事をしないところを見ると業態変化はそこまでうまくいっているわけではないようだ。

 「その通りだよ。各公領の業態変化は進んでいる。農業に手を焼いているのはアキアだけじゃない。」モブートがロッシフォールの代わりに答えた。「だから、どこの公領も農業以外での利益を確立している。」

 「ベルマリアは正直うまくいっているとは言い難いかな。ただ、そのように頑張っているよ。」ジュリアスが答えた。正直な答えのようだ。

 「ほんとなのね?なら別にいいわ。貴族商取引法が制限しているのは『輸入』小麦の下限価格なわけだし、私達は輸入小麦より安く売ったっていいわけだものね?」アリスは強気に通告した。

 4公が息を飲んだ。

 誰も何も答えない。必死で何かに頭を巡らせているようだ。

 「安い小麦が出回るわよ。」アリスが畳みかけるように通達した。「もう、輸入小麦で儲けるのも、抱き合わせの交易で儲けるのも出来なくなるわ。準備と覚悟を宜しくお願いするわね。」

 4公は黙りこみ、しばしの沈黙が場を支配した。

 そして、しばらくしてからロッシフォールが言った。「考えておこう。」

 アリスにとってはその言葉を引き出せただけで十分だった。


 結局、会議ではアリスが啖呵を切っただけで、実際に貴族商取引法をどうして行くかは決まらなかった。

 法律を、社会の仕組みを変えるというのはそういう事なのだろう。

 会議が終わると、アリスはロッシフォールに促され、その足で王に会いに行った。

 アミールの誕生パーティで、アリスが貴族たちの対応を終えたころには王は会場を去ってしまっていた。アリスはアキアに行って以来王とは話していない。それこそ、二人が近くで話をしたのなど、搭におこもりする前まで遡らなくてはならない。

 アリス自身が王の私室に行くのは自分がアリスの中に来てから初めてだ。

 正直、アリスは王に会いに行くことを渋った。

 病気の自分が王の私室に入って王が体を壊したらどうしようというのがアリスの言い分だったが「会議の場で抱き着いておきながら今さら何言ってんです?」と、ロッシフォールに鼻で笑われた。他の公爵たちもばかばかしいというようにアリスを追った。

 あの時にしろ、茶目っ気で『ハグしてって』言ったら王が本気でウェルカムしたものだから、アリスは念のために息を止めて抱きついていた。

 それに、アリスは衰えて先が長くない父の姿を見たくなかったのかもしれない。王の部屋に向かうアリスの足取りは、いつもの大股ではなく少ししおらしかった。

 アリスが王の私室の扉をノックする。

 「どうぞ。」と中から声がした。ケネスの声だった。

 アリスは少しほっとして、「失礼します」と告げて扉を開けた。

 「父上、ご無沙汰しております。」アリスは膝を曲げて礼をした。

 いつもケネスと話している時にそうしているように、王はベッドの上に半身を起こして居た。腰のあたりまで毛布が掛けられ、内臓が冷えないようにされている。

 「おお、アリスか。元気そうだな。」

 「陛下こそ。お元気そうで。」

 「世辞は良い。」王は言った。「それにここは公の場ではない。」

 「外しましょうか?」ケネスが空気を読んで王に言った。

 「よい、アリスのアキアでの活躍について、そなたに意見を聞きたいことも出てくるであろう。」

 王の世話係のメイドが部屋の片隅に置かれていた椅子を持ってきてベッドの前に置いた。

 アリスはその椅子に腰かけると、王に促され、アキアでの改革について一から話した。

 要所要所で、王がアキアの改革についてではなくシェリアたちやデヘアたちについて尋ねるので、その度に話の腰は折られ、長い時間アリスと王の話は続いた。

 「ケネスよ。どう思う?」王がケネスに言った。

 「生産性を上げる行為と豆での二毛作については素晴らしい。」ケネスは手放しに褒めた。「豆については上手く行くことを祈る限りです。」

 「デヘアのおかげですわ。」アリスは謙遜したわけでもなく、賞賛の相手が間違っていることを指摘した。

 「しかし、農民の数を減らすのは愚策かと。」

 「ふむ、述べよ。」王がケネスの物言いに憤慨するでもなくケネスに説明を求めた。

 「国とは本来民の上に成り立つもの。」ケネスは説明した。「民の仕事を奪っての利益を国が容認するなど、商人がすることと変わらない。」

 その言い草はあんまりだ。

 アリスだって、その事は重々わかっているんだ。だから母が残した遺産まで投げうって辞めた農民たちの保障をしようとしているんだ。

 「その点、彼らに仕事を与えようと私も頑張っているわ。」アリスも少しムッとした様子で反論した。

 「しかし、アキアの領主たちは協力しない。」ケネスが言った。

 「そうなのよ!」アリスが愚痴る相手を見つけたとばかりに感情のこもった声を上げた

 「領主が国民の生活のために資金を出し続けるなどあってはならないことです。」ケネスは言った。「それは殿下が王女殿下であるから出来たことです。」

 「施しで生活をする民は領主の家畜と変わらない。」王も続けた。「民が施しで暮らす国家の在り方は、執政者が人ならざるものであって初めて成り立つべきだ。」

 「神の国の話であると?」アリスが尋ねた。

 「真逆であろうよ。」王が答えた。

 良く分からん。

 「しかし、最低限の保障は必要かと思います。」アリスは言った。「私のせいで彼らは職を失したのです。」

 「だから、愚策なのです。」ケネスが平然と言った。「我々はその安易な方法は取らなかった。」

 もう、こいつ、さっきから口ばっかり!

 「いばらの道なのではないですか?」ケネスが追い詰めるように、しかし、心配する用にアリスに尋ねた。

 「・・・。」アリスは無言で、かすかに頷いた。

 「どのように、辞めた農民たちを救おうとしているのだ?」王が尋ねた。

 アリスは、公共のため池づくりや地方の食べ物文化の輸出についてや、本や酒の量産を出来ないかといった事を目論んでいる旨を話した。しかし、これらは一朝一夕では成り立たないであろう事も述べた。

 「正直、今ここでお金の工面をお願いしたいくらいです。」アリスはうつむいて言った。「アキアの民が裕福にならないことには新しい産業が土着しない。農民や領主たちが豊かにならないと新しい雇用が生まれないのです。どうしても、3年くらいは職にあぶれてしまう人が出てしまう。」

 ちょっと思った。

 おまえら親子の会話せいや。

 こんなん政治家の会話やんけ。

 「度重なる施しは避けねばならぬ。」王は答えた。「施しと出資は違う。我々は民の幸せと自立のために金を出さねばならぬ。」

 「厳しいことは言いましたが、正直殿下は、良くやっていますよ。殿下の話の通り、何割かの民が3年困る程度で済むのなら、気にせず断行して良いラインなのかもしれませんね。」

 「そういうものでも無いと思うの。」アリスは言った。「気持ちの問題かしら?この件については私は事を始めた立場として、初めからそこを諦めるのはダメだと思う。」

 王は何も言わずに少しだけ眉をひそめた。

 アリスのこういう時々変なストイックな所が心配になるのはすごく良く解る。

 てか、親子の会話せいよ。

 今とか言いたいことがあるなら声かけてやれよ、親。

 自分じゃ、そういう事してあげられないんだよ。

 「すまんが、約束は約束だ。我々は金銭の援助は一切しない。」

 しかも、ケチ臭いし、ストイックな。

 こういうところは親子だなって思うけど、見ててイライラする。

 「私もお金とは違う形で協力できないか考えてみましょう。」ケネスが言った。「例えば小麦の運送はどうするのです?」

 「ペストリー卿に一任せていますわ。」

 「ペストリー卿か。」ケネスが少し嫌そうな顔をした。

 やっぱりキャロルの父ちゃんの印象はあまり良くないらしい。

 「構わぬ。策があるのであればペストリーに運用させよ。彼が信用を違えるようなら、予が背負う。」王が言った。「ペストリー伯はアリスの友人の父親だ。アキアにても唯一困窮を避けているとも聞く。才能があるのであろう。」

 「王?」ケネスが信じられないものを見るように王を見た。

 「もし、ケネスだったらどうする?」アリスは尋ねた。本当に助言が欲しいのだ。

 「そうですね。運送の帰りの馬車が空な事を利用します。」

 アリスは黙った。

 そりゃそうだ。そこまではアリスも考えている。それでペストリー卿に運搬を請け負う事を認めさせたのだ。

 「しかし、馬車に王都からの商品を積んでもアキアにはそれを買い取れるだけの余力はない。だから、王都との商流にまとまった雇用を見出せるのは数年先になる。」

 アリスは黙ったままだったが、今度の沈黙はケネスの意見に100%納得している様子なのが表情で丸わかりだった。

 「だからそこに商品ではなく仕事を乗せられないかを考えてみます。」

 「仕事?」

 「そうですね。例えば花の種とか?」ケネスは少し冗談めかすかのように言った。「アキアのみんなが花屋になれるように。」

 「花屋?」アリスは不思議そうに首をかしげた。

 「まあ、アリス殿下は私の事には期待しないでアキアでの改革を続けてください。」ケネスはにこやかに言った。「上手くいけば援護射撃になりますし、失敗しても絶対に足は引っ張りませんから。」

 「珍しく主体的ではないか。」王がケネスに言った。

 王のこの言葉から漏れでる普段のケネスの日和見体質。

 「弟子がここまで頑張っていて、こちらが一肌脱がないわけにはいかないですからね。」ケネスはそう言って王にウィンクをした。「まあ、王女殿下がここまで荒行をやってくれてようやく見えてきた光ですから。簡単には潰させない。」

 「そうか。ならば、ケネスだけに良いかっこうをさせるわけにはいかぬな。予も一つ助けをだそう。」王も言った。「貴族削減の件、予が受け持とう。必ずしもアキアでの削減とはいかぬが、回りまわせば同じことじゃて。」

 「ありがとうございます。」アリスは困ったような嬉しそうな顔をして、深く頭を下げた。それは礼儀や丁寧といった類のものではなく、ひたすら真摯でひたすら本音の、深い感謝だった。

 アリスのひたすら長い礼に、自分はここにようやくアリスがこの事にどれだけこの件に頭を悩ませていたかを知った。

 「アリスよ、よく頑張ったな。」王はそう言ってアリスは手まねいた。「近こう寄ってくれ。」

 アリスは王に手招きされるまま、ベットの脇に寄って膝をついた。

 「お前は此度のアキアでの成果を次の収穫で見せつけねばならぬ。すまぬが予は二度のチャンスを与えられるほど長くはない。お前に今一つ頑張りを強いることを許せ。」王が言った。

 「お父様、そのような悲しいことは言わないでください。」

 アリスは王の心音を聞くかのように、父のやせ細った胸にそっと頭を預けた。

 「何、心配するな。勝手にお前のもとを去ったりはせぬ。それに予は死ぬときは王として往生してみせる。病魔などでは死なぬ。お前は何も心配せずアキアで邁進してまいれ。」

 父王はそう言ってアリスの頭をやさしくなでた。


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