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9-8 b さいきんの農業改革

 二週間ほど雨が続いた。

 アキアの雨季と呼ばれるもののようだ。

 アキアには二つ雨季がある。今回は秋の雨季。短い雨季だ。春と夏の間にも雨季がある。ため池に水をためるのはこの雨季の間に行う予定だ。

 農民たちはこの雨までに一度畑を耕し、雨が終わった後、もう一度耕やしてから麦を植えるのだ。

 この間作ったため池には水が多くたまった。水漏れの様子も無く、ため池はその名の通り水を貯めた池となっていた。

 アリスは城を抜け出してギムルとため池を見に行き、満足そうに「どうよ!」と勝ち誇った。

 朗報はまだある。

 ため池作りで打撃を受けると思われていたアキア諸侯の財政が大きく救われる可能性が出てきた。

 ギムルとタツたちが石レンガを安く作る方法を開発したのだ。

 彼らは石レンガにならないような大きさの石をギムル配合の漆喰で繋ぎ合わせることで、新たな石レンガを作った。

 この石レンガは丈夫さがイマイチだった。だが、タツたちは厚みを増して対応した。水に強く摩耗もしないのは今までと同様。ただし、厚いし重いし衝撃に弱いので建物には使えない。ため池の側面や床に使えるだけの特殊なレンガだ。

 これによって、貴族たちの初期投資が3割近く削減される見込みだ。

 さらにこの発明は、アリスのもう一つの悩みを少しだけ解決した。

 アリスは農民を10万人減らすつもりだった。それは、そのまま世帯数でもあるので、実際には10万人の何倍もの人が路頭に迷うことを意味している。

 これはほとんどアリスだけの悩みだった。

 スラファとグラディスだけはアリスと一緒にこの点について真剣に考えてくれるが、彼女たちには領民が居ない。他の貴族たちは一切この事を問題視していない。むしろ、職を失った彼らの事を安く雇える労働力のストックとくらいしか考えていない。

 アリスは自らの改革で仕事を奪ってしまった彼らに対して、きちんと次の職を与えたいと考えている。彼らの一部をため池の工事に当てたのもそのためだった。

 他にも彼らのうちの何割かに関しては、植え付け/収穫の手伝い、そして、その加工をメインに行う業者とすることも計画している。特に豆の加工で獲られる付加価値をあてにして、彼らに豆の加工の仕事につかせることを狙っていた。

 だが、それでも辞めた農民の雇用口は全然足りていなかった。

 ところが、ここに来てタツとギムルの発明がアキアでの石レンガの内製化を可能にした。石レンガを買うはずだったお金で、そのレンガを作るための人間が雇える。さらにはその工房を作るための人間も雇う事ができるのだ。

 つまり職を失ったアキアの人間にお金が流れるのだ。

 アリスにとってこの出来事はまさにひょうたんから駒の幸運だった。

 それでも、今挙げた仕事だけでは全部合わせても10万世帯の半分も賄えない。アリスの悩みは未だその点にあった。

 「街道の整備でしょ・・・、往来が増えれば宿も増やせるわよね・・・、各町に商店を・・・」

 アリスは頭を抱えた。

 「アリス様、あまり根をつめ過ぎませんように。」グラディスが言った。

 「農業が栄えてくれば、街のいろんな職業も復活するから仕事は増えるんだけど、それでも、3割くらい仕事にあぶれちゃいそうなのよ。ため池が完成しちゃったら、その分雇用も減るから、ゆくゆくは6割が仕事にあぶれる。」アリスが愚痴った。「やっぱり、Aさんが二人分仕事しちゃうと新しい仕事を作らないとダメなのよ・・・。」

 Aさんは昔ケネスが授業でやった3人の村人の話のかな?

 「はあ。」グラディスが不思議そうに返事を返した。

 「何か、いい仕事無いかしら。」

 「お料理とか面白いですよ。」グラディスはあまり考えずに答えた。

 「そうね・・・料理か。」アリスは仕事にあぶれた農民のうち何人を料理人にすることができるかを考え始めたようだ。「お腹いっぱいになっちゃうともう食べられないから、売れる量には上限があるわけだし、料理することそのものが付加価値を持たないとダメね・・・。」

 「お腹がいっぱいにならなければ、みんな沢山食べられていいですのにね。」グラディスが何の気なしに言った。

 「それだ!」アリスが叫んだ。「お酒を作りましょう!お酒なら何からでもできるってカンパが言ってたわ。」

 ほんとに何からでもできるんだろうか?ゴーヤのお酒とかトマトのお酒とか聞いたことないが。

 「お酒ならおしっこになって出てっちゃうから・・・」

 「アリス様、言葉遣い!」

 「・・・お酒ならお腹にたまらないし、料理も進むわ。お金も取れるし。領主たちも前向きにお金投資してくれるかも。」アリスが言った。「小麦で作るんだったらビールよね。地の野菜でも出来ないかしら。」

 「デヘア様に相談してみてはどうですか?」

 「そうね。」アリスは目をランランとさせてグラディスに尋ねた。「ねえねえ、他には何かない?」

 「う~ん。」グラディスは少し悩んだが何も出てこなかったようで、逆にアリスに訊ね返した。「アリス様のやりたいことではダメなのですか?」

 「私のやりたいこと?」

 「でなければ、今やろうとしていることとか?」グラディスも自分の言っていることには自信が無いようで疑問形で言った。

 「うーん、じゃあ、学校を作ろうかしら、それと本を作る人。」アリスが考えながら言った。

 「良いんではないでしょうか。タツ様たちのようにいろいろなことができる方が増えれば、きっとアリス様のやりたいことに賛同されるかたも増えると思います。今までだってそうでした。」

 「なるほど!」アリスは再び考え込んだ。「これも、領主たちにお金を出させることができるかも。」

 このちょっとした話がきっかけで、アキアの地に農業ではない知識労働が他の地区に先駆けて発生していくことになる。しかしそれはもっとずっと先の話。

 アリスはグラディスとのこの話の後、各アキア諸侯にいくつかの命令を行った。

 「伯爵級の各都市に学校の建設を命ずる。大工は土地の者を使い、3年以内に建設を終えること。必要資金の3割を王女アリスが負担する。」

 「伯爵区分一か所につき、最低一つの醸造所の建設を命ずる。小さくても構わない。杜氏には土地の者を使い、材料には領地内のものとアキアのものを使う事。5年以内に酒を作り上げることを命ずる。」

 「野菜を育てる事を許された子爵領では、その野菜を使用した料理を考えること。これは年内に報告すること。」

 「農民を辞めたものに限り、本年、ダクスにて文字と計算の勉強をすることを許す。その者たちを集めアキアに送ること。各領地からの受け入れ人数は追って通達する。旅賃は各領主が負担し、ダクスでの宿泊費は王女が負担する。」

 この布告の後、アリスはシェリアに言って、紙を作るための技術者を手配するようにミスタークィーンに連絡させた。また、ショウには簡単に本の複写ができる道具を依頼した。

 グラディスの「アリス様のやりたいことではダメなのですか?」という問いかけへの答えの代わりとして、アリスは本を作るという工程を産業として作り上げるつもりのようだ。


3人の村人は4-6bのケネスのお話。

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