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9-7 c さいきんの農業改革

 タツたちの到着した次の日。

 早速、みんなを集めて、アリスからアキアでの工事についての説明が行われた。

 アリスの説明が終わるや否や、話し合いは紛糾し始めた。

 「バカか!3か月でアキア中に貯水槽と用水を作るじゃと!?」ギムルが不機嫌そうに声を荒げた。「そんなもん無理じゃ!」

 アキア公や学士院の面々が、ギムルの物言いにちょっと顔をしかめる。

 「別に、完ぺきな物じゃなくていいのよ。まずは使えればOK。」

 「んなもん簡単に行くか!嬢ちゃんは世の中を知らん!!」

 ギムルの物言いに案の定エウリュスが声を荒げた。

 「貴様、平民ごときが王女殿下になんと無礼な口を聞くか!」

 「だからなんじゃ。ガキに世の中を教えるのは大人の務めだ。」

 「貴様!なにをかっ!」頭に血の登ったエウリュスがついに剣をバッと抜き放った。

 しかし、構えるところまでいかなかった。

 アリスがエウリュスのほうを見ることも無く、手刀で剣を叩き落としたからだ。

 「え?」エウリュスは何が起こったか解らず、カランと床に転がった剣と自分の手とアリスを代わる代わる見ながら狼狽える。「えええ???」

 「ちょっと、話の邪魔しないでくれる?エウリュス。」

 「悪いが、嬢ちゃん。俺は間違ってる奴や腕のない奴を立てる義理合いは持ち合わせとらん。」ギムルは動じる様子も無く言った。「嫌なら他を当たりな。」

 周りが皆、ハラハラしている。

 「気にしないわ。」周りのドギマギをよそに、アリスはお嬢ちゃんと呼ばれてむしろうれしそうだった。「私が興味あるのはあんたの腕だけよ。」

 「ふん。」ギムルがエウリュスに向かってざまあみろとばかりに鼻を鳴らした。

 「人手ならあるわ。」

 「アキア全土でこんな事をやろうと思えば大工の100人や200人居たところで・・・

 「10万人くらい居れば大丈夫?」

 「多いわっ!!」

 「じゃあOKね?」

 「・・・おい、そいつら大工や工夫じゃないだろう?人手だけあってもだめだ。穴を掘りゃ良いってもんでは無いんだぞ。」

 「みんなが働けるようにきちんとした親方をつければ良いのよ。」

 「素人を現場監督できる大工を育てろってことか??そんなもん教えたら10年かかるわい。」

 「頑張って1か月で憶えさせるから大丈夫。」

 根性論止めろし。

 やんのタツたちだろ。

 「あほか、そんな事できるものか。」ギムルが吠えた。「詰め込みで憶えたって何も身につかん。そんなん言われたほうが困るわ!」

 「それができるかできないかは、あなたの問題じゃない。こっちの問題。」アリスはそう言ってタツたちを親指で指さした。「できるわよね?タツ。」

 「ええぇ、どうだろ。」タツは困ったような顔をしたが、続けて答えた。「ため池についてだけなら、たぶん何とか。」

 「ほら。」アリスが勝ち誇った。

 「んなもん信じられるか!」

 「黙らっしゃい!あんたは教えられることをどんどん教えればいい。私はあんたをそのために呼んだんだ。あんたはあんたの仕事をこなしな!あんた職人だろ?」

 頭領アリス登場。

 「職人なら文句を垂れる前に自分の腕を見せて見ろ。」

 「お、おう・・・。」突然のアリスの豹変にギムルはちょっとあっけにとられて頷いた。




 ギムルはずっとぶつぶつと言っていたが、ギムル主導による最初のため池の建築はダクス郊外で開始されることになった。

 タツたちはここでギムルからすべてを吸収しなくてはならない。

 ギムルとタツたちはアリスに指示された位置に穴を掘り、石積みを作り始めた。

 タツたちはギムルの指示をものすごく真剣に聞いていた。

 そして、メモを取っていた。

 『メモを取れてそれを読める工夫が欲しい。』

 アリスがタツたち20人を呼んだ理由だ。

 タツたちは自分たちも作業をしながら気づいたことを逐一メモを取っていく。気になったことはしつこくギムルに質問する。

 この後タツたちは、まったくの素人を指導しなくちゃいけない。

 聞き洩らしは許されない。ここで何かを教わるのを忘れれば、それはこの後すべての人間がそのことを知らないまま仕事を進めるという事なのだ。必死にもなる。

 最初のほうは質問の多さにウザがっていたギムルだったが、タツたちの質問が的を射た質問ばかりだったのでだんだんとタツたちと打ち解けていった。

 タツたちは真剣で物覚えが早かった。

 アリスがラムジで大量の給料を約束したからではない。いや、それもあるかもしれないけど。彼らはアリスに頼まれて、その願いをかなえたいのだ。

 ギムルによる実施指導は日が暮れるまで続いた。


 そして、一週間。

 ギムルによる実施指導はひと段落を終え、ダクスに最初の小さなため池が完成した。

 この一週間で、ギムルのタツたちのへの評価はとても高くなった。途中からはほぼタツたちだけで作り上げたため池の出来も、あまり人を褒めそうないギムルが手放しで褒めるほどの出来だった。

 今度はギムル抜きでタツたちが農民を指導し、大きなため池を一週間で作らなくてはならない。

 そして、アリスは必要のない待ち時間は設けない。

 最初のため池の完成から2日後には、ため池の工事の仕事に応募してきた元農民たちがダクスから少し離れた山の麓に集められた。

 もちろん、そこにはタツたちも彼らを指導して働かせる役として集められていた。

 集まってきた人数がすげえ。今回のこの場だけで数百人位いる。

 アリスの言っていた十万人は全然誇張では無かったようだ。

 ダクスでは農民の廃業に対する公募に対して、募集が多かったらしい。

 アリスは2割5分くらいの農民を減らすことを想定していたようだが、ダクスでは3割近い農民たちが志願した。若い人が多かった。

 それだけ、農民としての暮らしに希望を見出せ無かったということなのだろう。彼らはアキア公からのちょっとした手切れ金を元手にアキアを去ったり、狩人や林業に転職したり、ため池の工事に募集したりした。

 そうしていち早くこの公共工事に応募してきた数百人がここに集められたのだ。

 タツ工房の人間たちが彼らの監督となり、それぞれが20~30人を教える形で作業は開始された。

 本来タツたちは一人一人がアキアの各所に派遣されて、その地で元農民たちを指示しながらため池作りの指揮を取ることになる。

 だが、今回は最初という事もあり、二つのため池をほぼ同じような場所に作り、全員で作業することになっていた。でないとギムルがタツたちが間違った時に指摘ができないからだ。

 タツたちはドキドキした様子で、ギムルの教えをメモした紙を見返しながら元農民たちに作業を指示している。

 タツたちはガルデ商会から届いた等間隔に結び目のついた紐と細かくメモリのうってある棒を使い、ギムルが歩数や手のひらなんかでなんとなくで指示をしていた大きさに関する項目を正確に模倣させた。

 これ、すなわち、いわゆる定規とメジャーだ。

 もちろん、今まで長さを計るためのものが無かった訳ではない。一部の大型の建築を行う際にはアリスが注文したような紐や、その時の建材の長さに合わせた固定の金型や丈が使われる。ただし、それには細かいメモリはついてなく、長さも工房それぞれに異なっていたり、工事の度に使い捨てていたりする。

 現にギムルも自分の定規を持っているが細かいメモリは付いていない。ため池を囲うための石レンガの大きさはギムルの定規の長さに合わせて決められている、と言っても過言ではない。

 さらにタツたちは、漆喰の配合をするときに使うバケツも自作した。

 ギムルが長年の感覚で配合をしていたものをきちんと量に直し、ちょうど測り取れる大きさのバケツをそれぞれの材料ごとに作成した。それぞれ、1杯ずつ混ぜるとちょうどいい配合になるのだ。

 ギムルに漆喰の配合を教わった時、このバケツを作るためにタツとショウがいきなり計算を開始したものだからギムルは舌を巻いていた。

 ため池の工事は始めのほうこそ手間取ったものの、7日でそれっぽいものが完成してしまった。それこそ、漆喰の乾くのを待つ時間のほうが長く、工事だけで言ったら3日目には大体終わっていた。

 ギムルの口出しも一切なかった。

 完成したため池については出来上がりが綺麗とは言い難かったが、水は貯められそうな感じだった。

 ため池完成の一報を聞いて、アリスも様子を見に脱走してきた。

 脱走しないで普通に来いよ。

 まだ水の張られていないため池の底に降りて、いろいろとチェックしているギムルをアリスやタツ、工事に関わった皆が固唾をのんで見守っている。

 「まじか・・・。」ギムルが漆喰が乾いた後のため池に水を撒いてその様子をチェックしながらため息を洩らした。「ほんとうに、一週間で作り切りおった。」

 「どう、使えそう?」アリスがギムルに尋ねた。

 「不細工じゃが使えんことは無い。」ギムルが答えた。

 皆から安堵の歓声が上がった。

 「良かった。上手くいったのね。これで一番の心配事もクリアかしらね。」アリスは嬉しそうに言った。

 「なにが上手くいったじゃ。まだまだダメなとこだらけじゃ。これじゃ10年はもつか分らん。」

 「5年くらいは持ちそう?」アリスが尋ねた。

 「よほどの水害が無ければな。」

 「とりあえずはそれで十分。」アリスは言った。「改修は来年以降で。修復する頃には腕も上がってるでしょ。」

 「水の無い時にやらんといかんが、改修だけならばそこまで金もかからんじゃろ。」

 「助かるわ。」

 「まあ、一週間前までトンカチも持ったことのない連中が作ったにしては上出来じゃ。」ギムルは満足そうにニヤついた。「細かいダメなところについては、最後まで付き合って直したるわい。」


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