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9-7 b さいきんの農業改革

 グラディスとデヘアたちが戻ってきてからも、アキアにはアリスが手配した人間が次々と集結しつつあった。

 再びアリスが忙しくなり始めた。


 まずは学士院の面々がアキアに再集結した。

 キャロルもペストリー領の農地を周辺領地に委ねる手続きを済ませてダクスに帰ってきた。というか、そもそもキャロルがペストリー領の学士だったらしい。ペストリー卿がスラファの申し出に協力しなかったので勝手に名乗り出たんだそうな。

 すぐさま学士院とアリスの話し合いが持たれ、デヘアの視察の報告とグラディスの提案の共有化がなされた。学士院側からも各領土での資金の調達の進み具合や農民を辞める人間の募集結果が報告された。

 ダクス周辺では農民を辞めたい人間が多く、ダクスから田舎側に遠ざかるほど農民を進んで辞めたいという人間は少なくなる傾向があった。いずれにせよ、目標のためには領主命令のリストラによって農民を選別しなくてはならないところが多い。

 さらに、アリスが城を脱走中に農民たちと働いたり話を聞いたりして解ったことを踏まえた調整も行われた。例えば、生産量の調整や、収穫時には普段以上の人足が必要なので、その辺りの労働力の確保方法についても練られた。

 そしてこの後発布する税制の細かい部分を決定し、どの諸侯が小麦ではなく野菜を栽培するか、その際のペナルティをどうするか、辞めさせる農民の選別の仕方をどうするか、辞めさせた農民たちにどういう仕事を用意できるかなどが詰めていかれた。

 各学士院の面々の表情は皆明るかった。それぞれの領土へと帰ったのち、具体的に物事が進み始めたからだろうか。彼らはこの作戦に希望を見出しているようだった。資金繰りの苦しかったいくつかの地区の学士たちも野菜作りという新たな希望に目を輝かせた。

 今の彼らに一つ心配事があるとすれば、アリスが提案した金額で本当に豆用の水利が建設できるかどうか、という事だった。言い換えると、元農民たちに水利を建設させることができるのかという点について半信半疑なのであった。




 次にロマンがアキアにやってきた。

 ロマンとはミスタークィーンが以前スラムに連れてきた商人だ。

 ロマンは見たことのない小柄で筋骨隆々なおっさんと一緒に馬車から降りてきた。

 なんか、見た目ドワーフっぽい感じのむすっとしたおっさんだ。

 多分、大工だ。服装がタツ達が好んで着る服によく似た装いをしている。

 「お久しぶりです。殿下。お出迎え頂き大変恐縮です。」ロマンはアリスに頭を下げた。

 「お久しぶりね。わざわざアキアまで来てもらって悪いわね。」

 「いえ、大きな商業の匂いが殿下の周りには漂っているのです。来ないわけには参りません。」ロマンは言った。「ミスタークィーンも来たがっていたのですが、豆の手配や王都での案件で手が離せないようでして。」

 「そう、残念。スラムのほうはどう?」

 「順調すぎるほどです。私もだいぶ儲けさせてもらっています。」ロマンは笑顔で答えた。「技術者たちが居なくなった後が若干心配ですが。」

 「多少は多めに見て。今はこっちのほうが大事なの。」アリスが答えた。「豆の種の手配は順調なのよね。」

 「何とかなりそうです。」

 「OK、良かったわ。いくつか違う種類の豆の種も追加でお願いしたいの。」

 「そうですか。よほど珍しいものでない限り、何とか致しましょう。」

 「助かるわ。それと、頼んでたものはできた?」アリスがロマンに尋ねた。

 「ガルデ商会からこちらに送付済みとのことです。すぐ届くでしょう。」

 「ガルデ商会?あんたたちが取り仕切ったんじゃないの?」

 「いえ、我々ばかりが儲けていても面子が立ちません。ガルデという男がこの件にとても興味を持っていたようなので、彼にも利潤を与えました。」

 「ばかね。あれが一番儲かると思うわよ?」

 「そうですか?あんな紐や棒が?」ロマンが首をかしげた。

 「そうよ。アキアの件が上手くいけば、飛ぶように売れるわ。」

 「はあ。」ロマンは不思議そうな顔で生返事を返すと、思い出したように付け加えた。「そう言えば、大変申し上げにくいのですが、例の紐については予想外に作るのに苦労したようでして、実は見積もりより数パーセントほど足が出てしまったそうなのですが。構わないでしょうか?」

 「OKよ。きちんとできているならそれだけの価値があるものよ。見積もりより値段を上げるっていうタブーを冒してでも性能が大事な商品だと見抜いたんなら、ガルデって人は先見の明があるわ。」値上げされたってのに珍しくアリスは上機嫌だ。「ガルデって人に、もし私が王様になれたら、あの紐はめっちゃ売れるからって伝えて。きっと彼なら解るわ。」

 「はあ。」ロマンは再び生返事を返した。

 「で、その人がお願いしていた技術者?」アリスはロマンが連れてきたおっさんを見た。

 「どうも。」ドワーフみたいなおっさんはアリスには特に興味がないといった態度で頭を下げた。

 一緒にロマンを迎えに出ていたエウリュスが少しイラっとしたのが感じられた。

 「いちおう、殿下のお望みの技術者です。」ロマンが連れの紹介を始めた。「ギムルと申す。」

 「期待しているわ。」

 「何をするつもりか知らんが、ワシ一人でできることには限りがあるぞ。」ギムルはむすっとして言った。

 「大丈夫よ。あなたの経験と技術に期待しているわ。」アリスはギムルの態度を気にする様子も無く言った。「まずは少し休んでてちょうだい。いずれこのダクス周辺でため池づくりを開始してもらうつもり。細かい説明についてはみんなが揃ってからするわ。」

 

 

 

 最後に来たのは、タツたちスラムの工房の人間だった。

 今回はアリスは城を抜け出して、タツたちを街の外まで迎えに出た。

 たぶんエウリュスが邪魔だったんだろう。

 街の入り口で、いまだアリスが王女だということを知らない門番の兵士たちと談笑して待っていると、二台の馬車がやってきた。

 普段アリスたちが乗っているような馬車ではなく、幌馬車二台だ。

 「待ってたわよ!」アリスが入り口でチェックを受けるために止まった馬車に駆け寄ると、幌の中に向けて言った。

 「姉ちゃん!久しぶり。」タツが馬車の荷台から飛び降りてきた。

 続くように20人くらいが二つの馬車からわらわらと降りてきた。

 「しんどかったー。」ショウも出てきた

 「お疲れ。みんな元気にしてた?」アリスが言った。

 「おー。」、と野太い返事が、男たちから返ってきた。

 「よろしい。」アリスが満足そうに言った。「宿に案内するわ。」

 「え?姉ちゃんが案内してくれるの?」

 「もち。」アリスは言った。

 この先の集合場所で本当の案内役のシェリアが待っている。

 たぶん、この後、また脱走した事を怒られるのだ。

 「みんなの話も聞きたいし。」

 「相変わらずだね。」タツが苦笑する。

 「みんなもご苦労様。みんな文字は読み書きできるのよね?」

 「まあね。計算もできるよ。」タツが言った

 「助かるわ。期待しているわよ。」

 アリスはタツたちと話ながら本来の集合場所まで行き、シェリアに怒られた後、宿に向かいがてら街を軽く案内した。

 アリスはダクスにある工房をいくつかタツたちが使用できるように抑えていた。不景気で閉まっている工房や使い捨てられた工房を、アリスは脱走ついでに見つけ出してあった。それをアキア侯経由で使わせてもらえるようにしていたのだ。さらには、使っていない街内の店舗や街の外の農作業小屋をいくつも見つけて、倉庫としてもピックアップしていた。そこがタツたちの近々のお仕事場となる。

 アリスはそういった場所を逐一説明していった。

 「そういえば、みんなお腹へってない?ちょっとだけ寄り道させて。」例の酒場の前を通りかかった時にアリスが言った。「みんなにもおごるわ。」

 タツたちがお腹をおさえながら歓声を上げた。

 アリスは酒場の入り口から中を覗き込んで、中に向かって声をかけた。「グラディス、今大丈夫?」

 実はグラディスは少し前からこの酒場で、アキアの野菜や果物を使った料理をいろいろと試している。

 「アリス様。」グラディスがバックヤードへの戸口から顔を出した。「どうぞ、大丈夫ですよ。」

 「殿下、いらっしゃいませ。」マスターが慌ててアリスの所にやってきた。この間、アキア公たちを正座させた流れでマスターはアリスのことを王女だと知った。

 「20人くらいでごはん食べたいんだけど今大丈夫?」アリスが言った。「被験体にしていいわよ。」

 「ひ、被験体!?」後ろでアリスの声を聞いたスラムの工房の人間が驚く。

 「準備します。ちょうどどなたかのご意見を伺いたかったのです。」グラディスは嬉しそうに言った。「トマトという紅くて丸いナスを試しているんです。これ、絶対、美味しくなると思います。」

 「じゃあ、みんなで味見するわ、ちゃんとお代は払うからお願い。」

 「ええ。」グラディスが笑った。

 タツたちが恐る恐る酒場の中を見渡しながら、席についた。

 「店長。彼ら時々来ると思うから宜しくね。」

 「ええ、殿下のご友人とあれば喜んで。」

 テーブルについて待つこと10分、トマト料理が運ばれてきた。

 輪切りにされたトマトが鉄板で焼かれていた。添え物としてニンジンが添えてある。少しニンニクの香りがする。あえて料理名をつけるなら焼きトマトだ。

 うーん。美味しそうにも見えるし、そうでもなさそうに見える。というか、味が想像できる。この世界、基本塩味だけだし。

 出てきた料理を見たアリスとシェリア、タツたちはみんな嫌なそうな顔をしていた。

 「赤い・・・。」

 「なんかドロッとしたのが入ってるんですが・・・。」

 「毒?」アリスが訊いた。んなもん出すわけ無いだろ。

 「ちがいますよ。」グラディスが言った。「見た目は悪いけどちょっと変わった味がするのです。」

 「こちらでは生で食べたりするものですよ。まあ、ちょっとクセはありますが。」マスターがフォローする。

 皆、完全に躊躇している

 「うーん。」アリスが少し悩んでから、トマトを切って口に入れた。

 しばらくもぐもぐとしてからアリスはトマトを飲み込んだ。

 この世界の野菜あんま美味くないし、こんなもんか。

 皆、アリスに注目する。

 「赤いのに甘くない・・・うーん、イマイチ。」アリスは言った。

 基本アリス野菜嫌いだから、イマイチはなかなかの評価だ。他の野菜と違ってこのトマトに関してはまずくはなかった。グラディスの手腕かもしれんが。

 アリスが二口目を放り込んだので安心したのか、みんな次々と目の前の焼きトマトを口に入れた。

 「改良したいので、忌憚ないご意見をお聞かせいただけると助かります。」グラディスが真面目な顔で言った。

 「悪くはないっすよ?」

 「俺はそうでもないかなぁ。」

 「もうちょっと味が欲しいかも・・・。」

 全般的には不評かな。

 「・・・そうですか。」グラディスが少し残念そうに言い、ぶつぶつとつぶやきながら考え始めた。「酸味を残して、肉と合わせたほうがいいかしら。それとも甘味を増す?メインじゃないほうが良いのかも・・・?」なんだかんだで、グラディスはトマトを料理するのを楽しんでいるようだ。

 「みんな、時々食べに来ると思うから、実験に使って良いわよ。」アリスはグラディスに言った。

 「ど、毒じゃないのなら・・・。」タツがためらいがちに答えた。

 「毒じゃないです。」グラディスが心外そうに言い、それからマスターに言った。「毒、無いですよね?」

 確認した!?

 「ないよ!」マスターが言った。「俺らは時々食ってるんだ。」

 「みんな感想を教えてあげて。私じゃ野菜嫌いだから参考になんないのよ。」アリスが言った。「少しおまけしてあげるから。」

 「えっ!?」アリスのかってなオマケ宣言に店長が思わず声を上げた。

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