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9-7 a さいきんの農業改革

 そんな出来事から三日後。

 一か月の視察旅を終えて、ついにグラディスたちが戻ってきた。

 デヘア経由でときどき見ていた感じでは、3人は特にトラブルに巻き込まれることも無く極めて順調に各地を回っていた。

 土地土地で学士院の面子が宿泊場所など万全のサポート体制を敷いておいてくれたため3人が何かに困ることも無かったし、ヘラクレスの剣が抜かれることも無かった。

 無理やりトラブルを上げるとしたら、たまにデヘアが植物に魅かれて動かなくなる事くらいだった。

 やっぱ、アリスがトラブル体質なのかね。

 知らせを受けていたアリスは今日は脱走もせず、グラディスたちを迎えるために城で待っていた。

 街の門のから連絡が入り、アリスたちが迎えに出るのに合わせたようにグラディスたちを乗せた馬車が城の前に到着した。

 アリスが馬車に駆け寄るも、それを差し切って先にグラディスに抱き着いたのはシェリアだった。

 「グラディスさん。おかえりさい!!」シェリアは言った。「お持ちしていました!心から尊敬いたします。」

 「ごめんなさい。大変でしたね。」グラディスがいろいろと察してシェリアの頭を撫でた。

 「おう?」アリスは解り合う二人の後ろで両手を広げたまま困っている。

 ちょっとシェリア泣いてないか??

 もう少しグラディスが帰ってくるのが遅かったら友情が粉々に砕けていたんじゃなかろうか?

 ちなみに、昨日も一昨日もアリスは脱走した。

 喧嘩にこそ発展しなかったが、シェリアのストレスはここのところ頂点極まれりだった。

 「アリス様、後でお説教ですね。」グラディスがニッコリとほほ笑みながらアリスを睨んだ。眉だけが吊り上っている。

 「え!?」グラディスとの再開を喜び合うより先に説教の予約が入ったため、アリスは情けない顔で一歩たじろいだ。


 グラディスにしこたま怒られた後、アリスはデヘアを呼び出してミーティングを行った。

 シェリアの件でまだちょこっとご立腹のグラディスと、デヘア、スラファ、シェリアがアリスの執務室に集まっていた。

 「疲れてるところごめんね。そろそろ工事の手配をしたいから、二人の旅の結果を聞きたいの。」アリスはデヘアに言った。「豆はできそう?」

 「ブイ。」デヘアがVサインをアリスに突き出した。

 「良かった。」

 「ただし、地域によって少し品種を代えたい。」

 「承知したわ。豆の種が手配できるか確認してからね。」アリスは言った。「水は足りそう?」

 「ほとんどの地区で足りない。」デヘアが答えた。「みんなが池を作ってくれるって言ってた。グラディスが全部メモしてる。」

 「こちらです。」グラディスがアリスに紙の束を提出した。

 「ありがとう。グラディス、各地域で協力的じゃない所はありそう?」

 「いくつかあります。」

 「後でどこか教えて。」

 「協力したいけどできない所もありました。」グラディスが言った。

 「そうね。そこも教えて。」アリスはそう言って親指の爪を噛んだ。「どうにかしないと。彼らのために原資の引き方を考えないといけないわ。」

 「その・・・差し出がましいようですが、少し提案をさせてもらってもよろしいでしょうか?」さっきまで怒っていたグラディスがおずおずと申し訳なさそうに手を上げた。

 「何?」

 「かぼちゃ、美味しい。」デヘアがグラディスに割り込んで代わりに発言を開始した。「畑ちょうだい。」

 「かぼちゃって、アキアの野菜よね。甘いお芋。」甘いもの好きのアリスに例の酒場が出してくれたことがあった。そもそも野菜嫌いのアリスにはあまりヒットしなかったようだったが。

 「かぼちゃは芋じゃない。ウリ科。」デヘアが心外そうに訂正した。「メロンも作る。ゴーヤも珍味。ゴーヤづくりはチャレンジ。」

 「??」アリスが話について行けず困惑する。

 「あの、デヘア様は旅先で、いろいろと各地方の山菜を召し上がりまして、いたくお気に入りのようなのです。」グラディスが説明する。

 「ウリ科の可能性をそこに見た!」デヘアは珍しく少し興奮気味に言った。

 「そこで、豆のための原資をもっていない領土や、農業を辞めたい方の少ないところでは小麦栽培を辞めて野菜を作ってはいかがかと・・・。」

 「雨が少なくても大丈夫。」デヘアが付け加えた。「でも期間的に小麦との二毛作は出来ない。相性も良いか解らない。」

 「なるほど。たしかに小麦の総量がある程度確保できそうな今、部分的にほかの作物を作るのはアリね。」アリスが言った。

 「アキアでウリを育てないなどもったいない。」デヘアが言った。

 「いくつか質問。畑で育てられるの?」

 「かぼちゃは一部農民がすでに育てている。」デヘアが言った。「メロンとゴーヤは任せろ。あと、トマトも作ってみたい。」

 「トマトは知らないけれど、メロンとゴーヤってそんなに美味しくなかったわよ。特にゴーヤなんて売れるかしら?」

 アリスの通っていた街の酒場にはこの辺りで採取された食材が時々入って来ていた。

 アリスは酒場ではそう言ったものを好んで食べていた。

 だが食べるのを好んだだけで、大体の食材はアリスの好みには合わなかった。

 自分目線でもぶっちゃけ旨くないのが多かった。

 ちなみにこの世界のメロンは小さくツヤツヤの緑色の実で、まったく甘くない。かぼちゃもアリスは甘いと言っていたが前世のかぼちゃほど甘くなく、美味しくもなかった。ゴーヤはむしろ前世より苦かったし渋かった。

 「それは、グラディスがおいしくする。」

 「えっ!?」グラディスが驚いてデヘアを振り返った。打ち合わせ無しかい。

 「グラディス、料理得意。」

 「なるほど。豆みたいにレシピと一緒に広めていくのね。」アリスが納得したように言った。「その野菜はため池が無くても作ることができるのね?」

 「ウリ科の可能性を信じろ。」デヘアは大きく頷いて言った。

 「解った。原資が出せない領地では野菜を作ってみましょう。広めていく方法は後で考えるとして、美味しくするのは任せたわよグラディス。」

 野菜作りを提案したグラディスの意見無しで話がどんどん進んでしまい、グラディスが困惑している。

 アリスは、そう言った後、必死に何かを考え始めた。頭の中でいろいろと策を練り直しているのだろう。

 「うちの家の事は、気にしないでいいんよ。」スラファがアリスの様子を見て言った。「旧カラパス領は大きいから小麦を作らないとだめなのー。でないと小麦の総量が稼げないの。」

 「でも、スラファ。これはカラパス家を潰さないで済むチャンスなのよ。」

 「今はアキア優先。カラパス領でいきなりかぼちゃを作っても絶対そんな量は捌けないの。」スラファが言った。「それにアリスン、農民だけじゃなくて貴族の数も多いって思ってるでしょ。ほんとは伯爵クラスを4人か5人、小麦農業から撤退させたい。」

 「!」アリスが驚いてスラファを見た。

 「一緒に数字はじいてたから解るんよー。」スラファは考えながら続けた。「うちで1人分。あと、キャロルンの所を商工業専門にしたから1人分。グラディスさんの提案が上手くいけば、いくつかの子爵領が小麦じゃ無くなるから・・・全部で伯爵4人分には足りないかしら?」

 「・・・・。」アリスは困ったようにスラファを見た。

 「そんな顔しないでアリスン。アキアを立て直すのがみんなの目的でしょ?」スラファが言った。「まずはそこから。私達はとっくに覚悟してる。だから、アリスンがこんな事で悩まないで。」

 「ありがとう。」アリスはスラファに頭を下げた。こっそりと噛んでいる下唇が痛かった。

 「さあ、新しいアイデアで少し状況も良くなってきたし、学士院のみんなが来たら、野菜の件を詰めましょ。」スラファは両手をパンと一つならして、明るくそう言った。


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