9-6 d さいきんの農業改革
酒場にやってきたアリスとウェンディはミルクを頼み、シェリアは疲れていたのかお酒を注文した。
アリスのおごりだ。というかマスターのおごりだ。
アリスはここ一か月の間、マスターにここでいろいろと食べさせてもらっていた。その中から美味しいと思ったはちみつのカヌレとイチジクを頼んだ。そしてシェリアへの悪戯にアリスが食べて最もまずいと思ったご当地料理のゴーヤのなますも注文した。
この世界のゴーヤ苦げぇんだ。しかもなますって言っても、あんま美味しくない酢につけてるだけだし。酒のつまみの珍味って言われても受けつけられない味だった。
さて、人の少ない酒場で、若い女性二人と若過ぎる女の子がワイワイと酒場らしくない感じで騒いでいるのとは別に、もう一組、変な客が酒場に居た。
アリスが入って来たちょっと後に入ってきた二人組だ。
二人は長い灰色のローブに身を包み、顔を隠すようにフードをかぶっていた。
彼らはカウンターのアリスたちからは見えない場所に腰を掛けた。しかも、座った後もローブのフードを取ろうとしない。
「ねぇ、アリスちゃん。変な人たちがついてきてるみたい。」シェリアが言った。気づいていたか。
アリスとウェンディがぐりんと振り返って、彼らを見た。
「ちょっと、二人とも!」シェリアが慌てる。
フードの二人が慌てて顔を背けた。
「誰かしらかね?」
「わたし知らないー。シェリアちゃん知らない?」
ウェンディとアリスがフードの二人を眺めながら話し合う。
呑気だなあ。
「そんな事より、このカヌレ美味しいのよ。あと、このイチジクって食べ物。グロテスクだけどこの粒粒が甘酸っぱくて美味しいの。」
「えぇ・・・。ほっといていいのかなぁ。」シェリア困ったように言った。
「じゃあ、とっちめて来ましょう。」アリスがついに立ち上がってしまった。
「ちょっ、アリスちゃん。」シェリアも慌てて立ち上がったが、腰が引けたままアリスを見送るだけだった。
アリスが寄ってきたのを見たローブの男たちは両手でフードを引っ張って顔を隠す動作をした。
あ。顔バレNGの二人ってもしかして・・・。
アリスはつかつかと近寄って行って尋ねた。
「こんにちわ。顔見せてくださいます?」
質問が剛速球!
ローブの男たちは顔を隠したままお互いを何かを目配せするとゆっくりとフードを取った。
「あ!パパとおじいちゃん!!」ウェンディが嬉しそうに声を上げた。
「アキア公!アキア候!」アリスも驚いた声を上げた。
おっと、ウェンディの爺ちゃんと父ちゃんだった。
てっきり、ヘラクレスとグラディスがこっそり帰って来てて、アリスの様子を覗いてたんだとばかり思ってた。
「どうしてここに?」
「いやのう?ウェンディが城を抜け出すと聞いて、心配でついてきたのじゃ。」アキア公が答えた。
「パパー。」ウェンディがアキア候に抱き着いた。アキア候が父ちゃんだ。
「知ってたの?」
「ウェンディがこっそり教えてくれたのだ。」
う~ん、いろいろツッコミたいが、行動がカワイイなウェンディ。
「ずっと心配で見ていたのです。」アキア候がウェンディの頭をなでながら言った。
「もしかして、畑の時も小屋から見てた?」
え?そうなの?
「気づいてらっしゃいましたか。本日、一日中拝見しておりました。」
となり町に行ったんじゃなかったのか。
あれ?てことは、エウリュスは?エウリュスはどうなったんだろうか?
「そうだったの。心配かけちゃってごめんね。こっそり連れ出したつもりだったんだけど。」アリスが言った。
その論調はおかしい。
「申し訳ありません。アキア候、アキア公。ウェンディちゃんを勝手に連れまわしてしまいました。」シェリアがやってきて涙目で頭を下げた。
「こちらもこの件をシェリア殿に伝えおかぬですまなかったのう。」アキア公が言った。「ウェンディに内緒と言われてしまってな。」
この世界の偉いやつはみんな親バカだ。
「バレちゃったんならしょうがないわね!」アリスはこれですべて丸く収まったばかりに勝ち誇った。
「しょうがないわね!」ウェンディがアリスの真似をする。
「お待たせしました、ビールとナッツの・・・えっ!?アキア公爵?」ちょうど、注文の品を届けにきたマスターがアキア公の顔を見て驚く。「えっ?オウムの姉ちゃんアキア公爵と知り合いなのかい?」
「うん。ちょっとね。」アリスはそう言ってから思いついたように声を上げた。「そうだ!二人ともちょっと説教があるわ。ここに正座!」
「えっ!?」驚くアキア公たち。
「ええっ!?」もっと驚くマスター。
突然、オウムの姉ちゃんがこの街の一番偉い人たちに正座しろとか宣ったものだから、マスターはアリスとアキア公に何度も驚愕の顔を向けた。
アキア公とアキア候がおずおずと床に正座をしてアリスを見上げた。二人を真似して、ウェンディも楽しそうに横に並んで正座を始めた。
「この間、この店に来た時に変な奴が暴れてたんだけれど、この街の治安はどうなっているのかしら?」
「その・・・なかなかこのようなところまでは手が回らず・・・。」アキア候のほうが正座をしたまま言い訳を始めた。「守護の指揮を執る騎士たちも貴族たちの子供らばかりで、して、質の良い戦力を十分に手配できていないのです。」
「言い訳しない。」アリスはそう言うと、普段シェリアにされているように正座している3人の前を行ったり来たりしながら、説教を始めた。「衛士は貴族の子供たちを養うためにある職業じゃないの。領地と領民を守るためにあるのよ。あなたはもっと、この国を納める公爵とこの街を納める侯爵だってことを自覚しムグッ!」
アリスの偉そうな説教を遮るかのように、シェリアがアリスの下顔面を鷲掴みにした。
アリスの自分のことを棚に上げた言動についに堪忍袋の緒が切れたのか?
「アリスひゃん!」
あれ?
ちょっと酔ってる?
気づけば、カウンターのシェリアのグラスが空だ。シェリアのだけじゃなくて、アキア公たちに運ばれてきていたジョッキも何故か空だ。
赤ら顔のシェリアにほっぺたごと口を抑え込まれてアリスは返事ができない。
「脱走ひたり、ウェンディちゃん誘拐ひたり、一番物事を自覚ひてないのはアリスひゃんよね!」
シェリアがアリスのほっぺたを握りつぶす。
「むぐぐむぐ・・・」
「よね?」シェリアがニッコリと笑った。
「むん。」
「正座。」
「う。」
アリスは顔面を掴まれたままゆっくりと片膝ずつウェンディの横に正座した。
シェリアはようやくアリスの顔面を解放すると、アリスの横に自ら正座して言った。
「今日はアリスひゃんが、二度と脱走ひたり勝手にウェンディちゃんを連れまわしたりひないって約束するまれ、みんなで正座れす!」
「「「「「・・・・・・」」」」」そして、5人の正座が始まった。
「ええぇ・・・。」マスターが困ったような声を上げた。




