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9-6 c さいきんの農業改革

 アリスがエウリュスを隣町まで追っ払うのに成功した後も、しばらくその場でシェリアとアリスの押し問答は続いた。

 が、ウェンディが泣き始めた(ウソ泣き)ためシェリアがついに折れ、シェリアも後で怒られる覚悟で、今日一日のウェンディとアリスの保護者となることを決めた。

 もはや何一つシェリアの息抜きになっていない件。

 とはいえ、なんだかんだ言ってシェリアもいろいろと目新しくて楽しかったのだろう。

 高貴な令嬢たち3人は皆、農民たちの仕事を楽しそうに手伝ったのだった。土いじりはストレスに良いっていうし。


 農作業の手伝いを終えると、3人は城下に戻って来て街の中を散策した。

 ダクスは王都よりも店が少なく、その少ない店もほとんど開いてないので、3人は小さな日用品店と、アリスの見つけたいくつかの面白い建物を巡り、最後にいつもアリスが脱走をした時に立ち寄る酒場を訪れた。

 夕方前のかなり若い時間だったので中に客は誰も居なかった。

 「よう、オウムのお嬢ちゃん。」口ひげをはやしたザ・バーテンダーといった感じのマスターが声をかけてきた。「いつもありがとう。」

 さて、彼の今の言葉について、いろいろと説明せねばならない。

 まずは『オウムのお嬢ちゃん』から説明しよう。

 じつはアリスが脱走する際はいつもネオアトランティスがストーカーのようについてきている。

 というか、今も居る。

 だいたいの時間は、好き勝手に飛び回っていで、時々降りてきてアリスの肩で羽を休める。城壁を登るときのロープを城壁の上にひっ掛けてくるのも彼の役目だ。

 ネオアトランティスはアリスがどこかの建物の中に入っていくときもアリスの肩に戻ってくる。

 そんな訳で、今も、ネオアトランティスはウェンディの肩に絶賛羽休め中だ。

 彼は最初アリスの肩に止まっていたが、物欲しそうなウェンディの顔を見て空気を読んだようだ。

 そんな訳で、名前は隠してないがわざわざ王女とも名乗りもしないアリスはオウムの姉ちゃんと呼ばれている。

 次に『いつもありがとう』についてだ。

 これはアリスが最初にこの酒場を訪れた時のことを話さねばなるまい。




 アリスがこの酒場に最初に来たのは3回目の脱走の時だった。

 アリスがこの店に入ってきたのは偶然でも何でもなかった。アリスは数少ない開店している店を片っ端から覗いていたからだった。

 その日は、夕方早めの時間だというのに店内には夕食を開始している人たちが何組も居た。

 アリスは店が食べ物屋だと知ると中に入っていってカウンターに座った。

 「こんにちは、お美しいごお嬢さん。旅の方ですかな?」と、マスターが、アリスと肩に停まっているオウムを見て言った。

 「そうよ。なにか美味しいものはありまして?出来れば甘いものがいいわ。お金はあるから高くても大丈夫。」アリスはざっくりとした注文をマスターに投げた。

 「そーだな、カヌレなんて食べてみるかい?」

 「カヌレ!」アリスが言った。「食べたいわ。」

 マスターはバックヤードに行くと、釣り鐘みたいな形の小さなパンケーキを二つ皿に乗せて持ってきた。

 「どうぞ。飲み物はどうします?」

 「紅茶はあります?」

 「紅茶はないな。アルコールが嫌なら、牛乳か水だな。」

 「じゃあ、牛乳で。」

 マスターは従業員の女の子に牛乳に火を通すように命じると、アリスに耳打ちした。

 「早めに食事を済ませて帰ったほうが良い。いま、ガラの悪い奴が街に居ついていて、夜にこの店に良く来るんだ。お嬢さんみたいな美人さんはちょっと危ない。」

 と、その言葉が終わるか終わらないかのうちに酒場の扉が乱暴に開かれ、三人の男たちが入ってきた。

 クマみたいな大きな男と、その両脇に小さな猫背の男とやせっぽちのノッポだ。全員貴族ではないようだが、アキアの街人にしては良い服を着ていた。猫背の小男は腰に短剣を下げている。

 「おら、酒だ、酒!」三人のうち一番大きな男がマスターに大声を上げた。

 酒場の客たちが一斉にビクッとして息を殺したのが分かった。

 「しまった。こんなに早く来るとは・・・。」マスターが顔をしかめた。

 「なんだよ、若い女も居るんじゃねえか。」大男はアリスに牛乳を届けようとした従業員の女の子を見つけると、近寄って行って怯えている女の子を抱え上げて尻を鷲掴みにした。

 牛乳を入れたコップが音を立てて床に転がった。

 「今日は俺たちとお楽しみだな。」男がいやらしい笑いを浮かべた。

 抱え上げられた女の子は悲鳴を上げてじたばたとしている。

 「おら、お前ら、邪魔だ、親分に席をあけろや。」ノッポが部屋の奥のテーブルに座っていた客の眼前に回し蹴りをして追い払った。

 小男は客が慌てて逃げたあとの机の上から余っていたハムをつまみ上げて咥えると、残った皿と料理を腕で薙ぎ払って床に落とした。

 大きな音が店内に響き渡り、客たちが恐怖に身をすくめた。

 「親びん、親びん、あっちにもべっぴんが。」ノッポがアリスを見つけて指さした。

 「おーマジかよ!激まぶ!!」大男が嬉しそうに笑った。「おやじ!今日は最高だな!」

 大男は抱え上げていた女の子を小男に放り投げた。

 小男は女の子を受け取ると、嫌がる女の子を後ろから抱え上げて胸を揉み始めた。女の子がじたばたと泣き喚きながら悲鳴を上げた。

 親分と言われた大男がアリスのほうに近寄って来た。

 「おお、いいねいいね。そうそう見かけない美人じゃねえか。」男がアリスの顎をつかもうと手を伸ばした。

 アリスがバッと男の手を払った。、

 「ちょっと、あなたいろいろと無礼が過ぎるんじゃありませんこと?喧嘩を売ってるんなら買いますわよ?」アリスは男を冷ややかに睨みつけた。「でも、あなた、強そうに見えないから喧嘩してもつまらなそう。」

 「喧嘩?おいおい、女が俺とやろうってのか。」大男はそう言って声をあげて笑った。

 アリスはゆっくりと立ち上がると、無言でファイティングポーズを取った。

 ネオアトランティスがバサバサとアリスの肩から飛び立つと、ウェイトレスの女の子を弄り回していた小男の顔に飛びかかった。

 「ちょ、このクソオウム。何しやがる。」小男がネオアトランティスを追い払おうと片手を振り回わした。

 ネオアトランティスがおちょくるように小男の手をギリギリでかわす。

 ノッポのほうもネオアトランティスを捕まえようと手を振り回した。

 「ギャアァ!」小男が、大きな悲鳴を上げた

 ネオアトランティスのおかげで少し自由になった女の子が、自分をつかんでいる小男の腕に噛みついたのだ。小男が慌てて手を引っ込めてうずくまった。

 自由になった女の子はマスターの所まで泣きながら逃げてきた。マスターが女の子に駆け寄り、かばうように前に出た。

 ネオアトランティスは再びカウンターのほうに戻ってくると二人の前の床に立ちふさがるように降り立って羽を広げた。

 「逃がしてんじゃねぇよ。お前ら、鳥ごときに何やってんだ。」大男は噛まれた所を気にしている小男を睨みつけると、ネオアトランティスのほうを向いた。

 「あなたの相手はこっちでしょ?それとも、人間相手じゃ勝つ自信ないのかしら?」アリスが挑発する。

 「あ?何言ってんだ?」大男はムッとして振り返ると、今度はニヤニヤ笑いながら力こぶを作った。「一発食らって、悶絶しとくか?そういう嬲り方も悪くねえ。」

 この大男、アルトに比べれば大したことないものの、なかなかの腕の太さだ。

 「なかなか剛腕そうじゃない。羨ましいわ。」アリスも力こぶを作った。こっちも女の子の力こぶじゃない。「私じゃあんたやっつけるのには10発かかりそうね。」

 「はっはっ!!」大男がアリスの力こぶを見て笑った。「じゃあ、10発殴ってみるか?その代わり、それで俺が倒せなかったら、今度は俺から10発プレゼントしてやるよ。なぁに、痛いのは最初だけだから心配すんな。」

 男はそう言ってアリスを舐めるように下から眺めた。

 「そう?ずいぶんお優しいのね。じゃあ、お言葉に甘えて10発殴らせて貰うわね。」

 「ひゃっはっはっははは。いいぜいいぜ、そういう女ひんひん言わすのがたまんねえんだ。」

 「じゃあ、行くわよ。」アリスがファイティングポーズを取った。

 「どうゴフッ。」

 アリスは男が何かを言い出すのなど待たずに懐に飛び込むと、背筋と右足を存分に使って体重と捻転を乗せたアッパー気味のストレートをみぞおちめがけて叩きこんだ。

 金髪がアリスの動きをなぞるように流線型を描いた。

 今、格ゲーみたいにちょっと浮いたな。

 男はゲロを吐きながらその上に崩れ落ちるように倒れた。

 10発要らなかった!!

 「兄貴!!」二人の子分が慌てて駆け寄って男を揺さぶった。

 「ごめんなさい、マスター。床が汚れてしまいましたわ。」アリスは驚き顔のマスターに丁寧に謝った。

 「「「おおおおおお!!」」」店中から歓喜の声が上がった。

 「女ぁ、舐めんじゃねえぞ。」小男の一人が大声で叫んで短剣を抜いてアリスに駆け寄ってきた。

 間髪入れずに、アリスの蹴りが小男の短剣を叩き飛ばした。

 「ぐっ。」小男が手を抑えてうずくまった。ぶらぶらしてるけど折れてないよね?

 再び、酒場に歓声が沸いた。

 「あと9発残ってるんですけれど、貴方がたが引き受けてくださるってこと?」アリスは子分たちに拳を向けた。

 「ひいっ!」小男が顔を引きつらせて尻もちをついた。

 「あら、残念。」アリスはそう言うとカウンターにゆっくりと戻って行った。

 「女・・・。」アリスにパンチを貰って倒れていた男が意識を取り戻してふらふらと立ち上がった。「調子に乗ってんじゃねえぞ。そんなパンチ油断して無きゃ効かねえんだよ。」

 「あら、それは良かった。」カウンターに座ろうと椅子に手をかけていたアリスが振り返った。「次は本気で行きますので、きちんと腹に力を入れておいてくださいまし。」

 「ほざけ!!」立ち上がった大男がアリスのほうを向いて拳を構えた。反撃する気だ。

 「行くわよ。」

 アリスはそう宣誓して、跳躍するように一歩踏み込んだ。そして、その瞬間、背筋をフルに使って低い弾道からせり上がる様な掌底を男の腹に叩きこんだ。

 「おげぇ!!」男は固めた拳を振りかぶる間もなく、甲高い叫び声を上げて後ろに吹っ飛んだ。

 「「「「おおおおお!!」」」」

 再び酒場が大歓声に包まれた

 アリスは痙攣している男を放置したままカウンターに戻ると、優雅にカヌレを切り分けて食べ始めた。

 アリスの元に客が集まってきた。

 「あんた、凄いな。」

 「今日はおごらせてくれ。」

 「いや、俺がおごる。」

 「あら、みなさんありがとう。」アリスは集まってきたお客に優雅にほほ笑んだ。

 そう答えるアリスの後ろで、子分たちに肩を抱えられて、大男が足取りもふらふらのまま立ち上がった。

 「くそう、憶えてやがれ!!」大男がお決まりの啖呵を切った。

 そして、すでに足取りもおぼついていない大男は子分に両肩を抱えられながら店を出て行った。


 いや、出て行こうとした。


 アリスが立ちふさがらなかったら出て行ってた。

 「まだ意識があるご様子で良かったですわ。まだ8発も残っていますものね。」アリスは邪悪に笑うと、容赦のない3発目を男の腹に叩きこんだ。

 抱えていた子分ごと男がアリスの打撃にもんどりうって倒れた。

 「3。」アリスは言った。


 その後、結局、アリスは容赦なく10発までたたき込んだ。

 5発目くらいから子分も客もみんな引いてたし、大男は泣いてた。

 10発目なんて、男が気絶しているフリをしてやり過ごそうとしていたのを無理やり立たせて殴った。

 ようやく10発目の気絶から目覚めた男にアリスは言った。「貴方、殴りごごちが良いわ。そう言えば今晩、あと10発殴る権利をプレゼントしてくださるんだったかしら?」

 「いやだ!いやだぁあ!!」男は泣きながら宿屋をはい出るように逃げていった。子分たちも慌てて後をついて駆け出て行った。

 「ちょうど10発で逃げていきましたわね。」アリスは言った。「これでもう来ないと思うわ。」

 「ありがとよ。礼をしなきゃな。」マスターは苦笑いしながらそう言うとバックヤードに声をかけた。

 「ありがとうございました・・・。」バックヤードに隠れていた女の子がそう言って、もう一皿のカヌレを持ってきてアリスの前に置いた。それから、今度は小さい皿に入ったナッツを持ってきてアリスの隣に置いた。「こちらは、鳥の恩人に。」

 「やった。」目を輝かせたアリス

 「ナッツ!ナッツ!」ネオアトランティスも嬉しそうに叫んでカウンターの上に乗った。

 「!。こっちのほうがおいしい!!」新しいカヌレを口に入れたアリスが叫んだ。

 「はちみつ入りだ。シナモンも入ってる。生地に砂糖をきちんとした量入れているんだ。」ホールに出て男たちが散らかしたものを片づけながら、マスターが言った。

 「何で最初からこっち出さないのよ!この街のデザートはイマイチだと思っちゃったじゃない。」

 「そっちは結構高いんだ。」マスターは言った。「嬢ちゃん農民だろ?とても買えない。」

 「買えるわよ。農民じゃないし。ってこの服装のせいか。」アリスは自分の洋服をつまんだ。さっき農作業していたから泥だらけだ。「別にこれ、汚れる作業するから着てるだけだし。」

 「それより、姉ちゃん。用心棒として時々来てくれないか?あいつらがこの街にいる間だけでも良いからさ。」


 ってな感じで今日に至る。


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