9-6 b さいきんの農業改革
「アリスちゃん!お城出ちゃダメだって言ったでしょ!!」シェリアが眉毛をこれでもかと吊り上げて怒った。般若ってこういう表情から出来たんだろうなぁ。「もっと自分がお姫様だって自覚持って!」
「ごめんなさい。」アリスが正座したまま言った。声色だけは大人しくしているが反省はしていない。してるわけがない。
「もう私どうしたら良いのか・・・。」シェリアが弱音を吐いた。
「いっそ、一緒に出かけちゃったら?」そう言ったのは、カラパス領周りの整理を終えて、一足先にアキアに帰って来たスラファだった。「シェリシェリもずっといろんな調整とかで大変だったでしょ。少しの間アリスンと羽を伸ばして来たらいいの。」
「でも、まだいくつか手配が残ってるのよ。」
実はシェリアはそこそこに忙しい。貴族たちの報告の取りまとめやミスタークィーンとのやり取り、貴族たちがアリスに会いにくる場合の部屋や食事の手配なんかも任されている。さらにはアリスの世話&監督&見張り、アリスに邪険にされたメイドたちをなぐさめたりなんてのもやっている。
「でも商人とのやり取りはもうほとんど終わってるんでしょ?だったら、貴族のほうの取りまとめは私がやるのー。それに、アリスンと一緒に居れば見張りのほうの業務は無くなるんじゃない?」スラファが提案した。「私のほうは学士院の呼び込みの準備があるから城は離れられないし。」
「じゃあ、お願いしてもいい?私ちょっと疲れた・・・。」シェリアはため息をつくように言った。
アリス反省しろ。
「やった~!じゃあ明日は一緒にお出か、
嬉しそうに万歳をして声を上げたアリスの顔面をシェリアが鷲掴みにした。怒りで眉をひくひくとさせている
ほんとアリス反省しろ。
次の日アリスはシェリアと一緒に出かけた。
護衛でエウリュスがついてきている。
アリスは満面の笑顔だったがシェリアは釈然としていない様子だった。
「今日は私が街を案内してあげるね!」アリスは得意そうに言った。
多分、以前王都を案内してもらった時のお礼をする気満々なのだろう。
シェリアはしばらく微おこ状態だったが、アリスがそんなことは気にする様子を微塵も見せずシェリアといっしょのお出かけが嬉しい様子なので、馬車が街を出るころには諦めて今日を楽しむことにした。
ただし、アリスにはシェリアに街を案内する前にやることがあった。
農民たちのお手伝いだ。
まさか、脱走のことがバレると思ってなかったアリスは今日も畑仕事を手伝う事を約束してしまっていた。
馬車が畑に到着した。
そろそろ植え付けの準備の始まった畑では農民たちが土を耕していた。
アリスは馬車から降りると、農具が入っている(と、シェリアが思っている)大きなカバンを馬車の荷台から下ろした。
農民たちはアリスが馬車から降りてきたのに気が付いてみんな手を振ってきた。
アリスも大きく手を振り返した。
ここ数週間でアリスはこの辺りの農民たちとすっかり仲良くなっていた。農民たちの曰く「王女にしておくのはもったいない」ほどの働きだった。
「おお、アリスちゃん今日は馬車で来たんだねぇ。」完全に油断しきっている老夫婦が近づいてきてアリスに声をかけた。
途端にエウリュスの怒髪が天を衝く。
「貴様!へいみんグエエ。」
夫婦を怒鳴りつけようと飛び出したエウリュスは、アリスに後ろから足首を絶妙に踏みつけられてすっ転んだ。
「ムギャ!」
さらにアリスはその背中にカバンを置いた。
「お、王女殿下、荷物どけ、え?なにこれ?重い??」エウリュスは背中にカバンを乗っけられ、さらにアリスがその上に座り込んだものだから動けなくなった
「淑女に向かって重いって酷くない?」
「いや、え?荷物が、荷物がですって、荷物が重い?あれ?片手で?」エウリュスは自分の背中に乗っている、さっきまでアリスが片手で持ち上げていた荷物が思いのほか重いので混乱のご様子。
アリス最近鍛えてるからなあ。
「あんた、今日、剣抜くのもしゃべるのも禁止。」
「しかし、この者共は農民で・・・
「シェリア、こっち来て一緒に座りましょ。」アリスが言った。「あと、御者も呼んできて。出来れば馬も。」
そんなに乗せたらエウリュス死ぬよ?
「殿下、後生です。どけてください。」
エウリュスの顔がちょっと青くなってきた。
「剣抜くのもしゃべるのもしない?」
「しません。しません。」
「ヴェガ王に誓う?」
「・・・ち、誓います。」
「じゃ、どいてあげる。すごんだりするのもダメよ。」そう言ってアリスはカバンから飛び降りた。
アリスが飛び降りた拍子にエウリュスが「ぐげぇ」と断末魔のような悲鳴を上げた。
アリスはあっけにとられてる夫婦に挨拶すると「ごめん、お仕事続けてて。こっちが済んだら、すぐに手伝いに行くわ。」と伝えた。
農民夫婦が畑に向かったのを見て、シェリアがアリスに寄ってきて不思議そうに話しかけてきた。
「アリスちゃん。そのカバンの中、何が入ってるの?」
「これ?」アリスがシェリアに向かってカバンを持ち上げた。「これはねー。」
アリスはカバンをそっと地面に下ろして、ちょっとだけもったいぶってから開けた。
「ジャーン!!」と、アリス。
「ジャーン!!」と、もう一人。
シェリアの顔が真っ青になる。
中に入っていたのはアキア公の孫のウェンディだった。
「「いぇーい。」」ハイタッチを交わす二人。
「あああああアリスちゃん!?ななな何てことしてんの!!?」シェリアがアリスの頭部を両手でつかんで自分のほうを向かせた。シェリアは人間の表情筋って、ここまで驚きを表現できるんだなって感心するくらい狼狽している。
「いやぁ、ウェンディも来たいっていうから。大丈夫だっイタイイタイ!」
「ダメに決まってるでしょ!」シェリアの両指が後頭部に食い込んで痛い。足つぼマッサージのヘッドスパ版のようだ。
「シェリアお姉ちゃん、ダメ?」ウェンディが人差し指を口にあててじっとシェリアの顔を下から覗き込んだ
「ダメです!」効果なし。ってむしろアリスの頭部にかかる力が増してんですけど。痛い痛い痛い。
「おばちゃーん、それ何ー!?」ウェンディはシェリアにはしなを作っても通用しないと判断して、畑で仕事を開始した夫婦の所に駆けて行ってしまった。
「ちょっと!ウェンディちゃん!」シェリアはアリスを放り捨てて、慌ててウェンディを追いかけた。
「もう、大袈裟ね!」アリスは顔の形を整え直すかのように両頬をさすりながら言った。まるでシェリアが悪いと言わんばかりの口調だ。
ほんと自重しようぜ、18歳。
「殿下、具申させていただいてもよろしいでしょうか。」ようやく動けるようになったエウリュスが立ち上がってアリスに言った。「大袈裟も何も、さすがにこれはいささかまずいと存じます。」
「あんたも、そう思う?」
「僭越ながら。」
「じゃあ、騎士エウリュス、あなたに大事な命令を与えるわ。」アリスは取り繕うように凛とした声で言った。「あなたにしかできないことよ。」
「はっ!」エウリュスが直立して胸に拳をあてた。
「ウェンディが出かけてる事をアキア公の機嫌を損なわないように説明してきて。」
無茶ぶり。
「な!?なぁ?」
「大丈夫!近衛騎士の中でも優秀なあなたならできるわ。」
「え、それは・・・。」さすがに簡単には乗らないエウリュス。
これで乗ったらただのバカだ。
「近衛騎士代表である貴殿は強いだけでなく、弁舌にも長け、知性にも秀でているということを私に見せてちょうだい!」
「はっ!お任せを!!」
バカだった。
「ウェンディがここに居る事はアキア公以外には内緒よ。」
「御意。」
「御者さん。騎士エウリュスを『アキア公のところ』へ連れて行って頂戴。」
「は、はぁ。王女殿下たちはどうなさるんで?」御者がアリスに尋ねた。
「そ、そういえば!殿下!お一人では危険にございます。」エウリュスが慌て始めた。
いまさらかい。
王は何でこいつをアリスに付けようと思ったんだ?
「何度も一人で行き来してる場所だし大丈夫よ。だいたい、エウリュス、あんた今日、剣抜けないから役に立たないでしょ。」
「ご、護衛のためにも抜くのもダメなのですか!?」
「あたりまえでしょ。あんたさっきヴェガ王の名に懸けて約束したじゃん。」アリスはエウリュスを睨みつけた。「てか、あんたさっきからしゃべってない?」
「え!?」エウリュスが青い顔で首を横に振った。
「それは良かった。お父様にこんな簡単な言いつけも守れない騎士だって報告しなきゃいけないところだったわ。」アリスがニヤリと笑った。
「・・・・」エウリュスは声を出すことも出来ずどうしたものかと困っている。
「突っ立ってないで、とっととアキア公のところへ行く!!」アリスがエウリュスの尻を蹴飛ばした。
エウリュスは慌てて敬礼をして、馬車に乗り込んだ。
そして、馬車はエウリュスを乗せて街の中へと消えていった。
しゃべれないのにどうやってアキア公を説得するつもりなのだろう?
と、そこに、ウェンディを背負ったシェリアが帰ってきた。
「いやだ。おばちゃんたちともっと遊ぶの!」ウェンディがシェリアの背中におんぶされたまま手足をじたばたさせている。
「ウェンディちゃん暴れないの。危ないから一緒に馬車で帰りましょ。あれ?馬車?」
「エウリュスがウェンディの事をアキア公に連絡するって乗ってっちゃった。」
言ってることは間違ってないけど事実とは違うよね?
「エウリュスがウェンディのことを連絡してくれるみたいだからきっと大丈夫。」アリスは言った。そして、アリス自身にだけ聞こえる声で付け加えた。「大丈夫じゃなかったらエウリュスのせい。」
「でも、アキア公、今、隣町に出かけてるんだけど・・・。」
「えっ!?そうだっけ?」
エウリュス、今日は帰ってこれないな。




