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9-5 a さいきんの農業改革

 貴族との面談は、キャロルの父親との面談でようやく終わった。

 すでに夜半だ。夕食の時間などとうに過ぎている。

 アリスは結局朝から、水以外何も取らなかった。

 部屋にもどってきたアリスはいままで貴族たちに対応していた時の落ち着いた態度からは信じられないほど苛立っていた。

 「あいつら本気で自分たちの問題を解決する気あんのかしら?」布団に倒れ込むように飛び込んだアリスがグラディスにそう愚痴を凝らした。

 「ダメですか?」

 「やる気がない。本気じゃない。こんなんじゃ何時まで経っても何も取り返せない。」アリスは言った。「オネステッド伯やスラファの父君みたいに危機感を持っている人も居るけど、総じてこのままでも別に良いんじゃないか、みたいな感じよ。」

 「そうですか。」グラディスはお湯の入ったタライと数枚のタオルをベッドの近くに置いた。「正直、食料に関して言えば余っていますので。貧困ではありますが、食べるものには皆困っていないのです。」

 「みんなじわじわと死んでいくのに慣れてしまっているわ。」

 アリスはベッドに突っ伏したまま、少し黙って何かを考えてから呟いた。

 「いままで努力していた人ほど前向きなのに、お金が無くて投資ができない。」

 スラファのあと4、5人ほど、貧困が理由で投資ができないとアリスに謝る貴族が居た。一人はあまりの口惜しさに、娘ほどの若い王女の前で泣き出すほどだった。

 「どうしよう・・・。」アリスが珍しく弱気な言葉を吐いた。

 グラディスがベットに突っ伏しているアリスの脇に寝間着とタオルをそっと置いた。

 「彼らに死を覚悟して一歩踏み出せと言うのもどうかってのは判るのよ。」アリスはベットに伏せったまま再びしゃべりだした。「ペストリー伯爵みたいに努力が成功に結びついてくれれば良かったのだけれど。」

 「ペストリー卿は努力とは違うのではないのですか?」グラディスは机に置いてあった軽食にかぶせてあった蚊帳を取って、アリスがいつでも食べられるように食事の準備を始めた。

 「たしかに彼はズルいかもしれないけれど、それでも新しいことに飛び込んで、ズルいっていう誹りを受けることを覚悟のうえで改革を断行したのは一つの努力だと思う。彼の町はそこそこ活気があるって聞いたわ。」アリスが言った。「もし、彼が失敗していたら、みんなは頑張ったって言ったんじゃないかしら。」

 グラディスは少し何か考えた様子だったが、納得したのか特に何も言わなかった。

 「ねえ。ぶっちゃけ、このまま改革なんてしないで放っておいたほうが、アキアのみんなにとっては良いのかしら。」アリスはうつぶせのまま顔だけを横に向けてグラディスを見た。

 それ、あなた王位継承権失うんですが。

 「人によるのではないでしょうか。」グラディスは素直に答えた。「でも、アキアの人は皆、王都の方々を羨んでおります。」

 「そうなの?なんで?」アリスが尋ねた。

 「??さあ?」グラディスは本気で不思議そうに首をかしげて答えた。「例えば、ケーキが食べられるからとかではないですか?」

 「アキアにケーキは無いの?」

 「貴族は食べますが、街では見かけませんね。」

 「じゃあ。今のままじゃダメね。」アリスが鼻を鳴らした。「ケーキ食べたことが無いなんて可哀そうだわ。」

 国民の幸せの価値観を測る物差しが主観的すぎないだろうか。

 「ねえ、アキアの農民たちと話をしたいわ。」アリスが言った。「ケーキを準備して。」

 「え?ケーキですか??」




 次の日。

 再び学士院との会合が持たれた。

 今日はグラディスは居ない。ケーキを作っているからだ。

 エウリュスは今日も邪魔だからと叩きだされた。

 アリスは学士院に貴族たちとの面談の結果を報告した。

 アリスの手足となって各地の改革の現場を仕切るのは学士院の面々だ。彼らは自分たちの領主がどのような態度でこの改革に臨むかを理解しておかなくてはならない。

 アリスの面談の結果は、大手を振って賛成が4割、積極的ではないもののいちおう協力はしてくれそうなところが4割、乗り気では無いところが2割、といったところだった。ただし、大手を振って賛成と言っても、お金の全くないカラパス家と似たような状況の貴族たちが多い。

 各領土の学士院が悲嬉こもごもにアリスの報告を受け止めた。

 アリスの話を聞いて、自分のところの領主が乗り気じゃない学士院の面々は渋い顔をした。

 王女を前にしての結果だから、実際はもう少し渋い扱いになるだろうとアリスは告げた。特に積極的でないところは全額は出資してくれない可能性がある。

 実のところアリスは治水工事の費用の捻出にかなり頭を抱えている。昨晩も寝る前にいろいろと計算を続けていた。

 「ある程度、私の名前を使って言う事を聞かせても良いわ。」アリスは渋い顔をする学士院の面々に言った。「それでダメだったら、諦めても可。」

 「ええっ!?」一同がアリスの諦めて良い発言にどよめく。

 「多少翻ったとしても、間違いなくアキアの土地の半分は協力してくれる算段がついている。」アリスは言った。「まずは、その土地で小麦の低価格化を成功させるのを優先しましょう。」

 学士院の面々が困ったように顔を見合わせた。いちおう彼らは各領地を代表してここに集まってきている。

 「もし、増税だけして農地再編や豆の栽培をしない領地があったら報告して。」

 「それはまた何故でしょう?」学士院の一人が尋ねた。

 「前回も言ったけど、増税は生産量を上げたからできることなの。」アリスは答えた。「本来農民の取り分が先に有って、その残りが税。そういう考え方が成ってないといけない。それを無視してしまうと農民たちが持たないのよ。」

 「どうなさるおつもりで?」

 「どんな手を使ってでも止める。そういう事する領地については農民も領主も失うか、領主だけを失うかの二択くらいに私は思っているから。」

 場合によっては貴族を切り捨てるというアリスの発言に、自ら領主でもある学士院の面々が息を飲んだ。

 「オネステッド伯、一つ聞いていい?」アリスが訊ねた。「あなたはこの改革を進めるべきだと思う?」

 「もちろんでございます。」

 「今のままでも、みんな食べてはいけるわ。」アリスは言った。「今進めている改革が行われると、たとえ改革が成功したとしても資金がショートする貴族が出てくるかもしれない。それは、今まで領地を立て直そうと試行錯誤を続けてきた領地ほど危ない。あなたの領地のように。」

 「私はオネステッド領の領主にございます。領土のあり方こそオネステッド家の姿でございます。領民が他の地域よりも劣った生活をしている状況こそ貴族として耐えがたい屈辱でございます。」オネステッド卿が答えた。「この屈辱の状況を変えられるなら、我が身のすべてを投げうちましょう。」

 立派な貴族だ。

 「ありがとう、オネステッド伯。」アリスは頭を下げた。「ヴェガ王の娘アリスの名を以て皆に命じます。アキアの改革をなし、この肥沃なアキアこそがファブリカにおいて最も恵まれた場所であることを皆に知らしめましょう。」

 学士院の面々から拍手が上がった。

 一人キャロルだけがうつむいて拍手をしていないことにアリスが気づいた。いつもなら「さすがアリス様!あはん!」とか言いそうなのに。

 「どうしたの、キャロル?」

 「父はアキア公の要請も守らず、勝手に外国の小麦を取引してアキアを苦しめています。」キャロルはうつむいた。「それが恥ずかしくて・・・。」

 オネステッド卿が眉をひそめてキャロルを睨んだのが見えた。

 スラファ元カラパス伯爵がキャロルの背中をそっと撫でた。

 「キャロルのお父上はいろいろダメだけど全然良いわよ。」アリスはキャロルを慰めるように言った。「業態変化は一つの答えなの。やり口は感心しないし自分勝手だとは思うけれど、リスクもいっぱいあったはず。でも、それに立ち向かった。それにきちんと成功している。現状に甘んじて居る一部の人たちよりよっぽど良いわ。私はペストリー伯の成功した部分について大きく当てにさせてもらうつもりよ。もちろん、今までズルしてきた分は返してもらうけど。」

 「ああ、アリス様。」キャロルはいつものテンションとは違った喜びの声を上げた。「お父様の事ならお任せください、私が何とかしますわ。」

 「頼もしいわね。」

 「スラファやシェリアが頑張ってるんですもの、私も負けてられませんわ!」キャロルが言った。「わたくし、アリス様を見習って、ここ一年頑張って格闘術を身につけましたのよ。」

 ちょっと待て?

 まさか今の一連の話の流れ、繋がってないよな?

 「素晴らしいわ!じゃあ、ペストリー卿の事はお任せするわね。」

 「ええ、必ず言う事を聞かせてみせますわ!!」キャロルが右こぶしを左の手のひらに叩きつけて言った。

 アリスのそれは学んじゃダメなんじゃないかな?

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