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9-4 c さいきんの農業改革

 貴族たちとの面談は続いた。

 アリスはアキア公に説明したように、これから行っていく農業の再編について彼らに伝えた。

 貴族たちの反応はそれぞれであった。

 心から賛同するものや、原資の出し渋りをする貴族、口では賛同しているもののうわべだけであるのが丸判りな貴族も居た。

 ただ、概ねの貴族は豆で二毛作をすれば良いという所には関心を示していた。

 アリスは途中から豆の二毛作を前面に押し出して、出資を頼み込むように交渉を変化させていった。

 しかし、この面談の場で出資を約束したものはほとんどいなかった。

 出資を確約してくれたのは、オネステッド卿などの学士院に自ら参加していた貴族や、一部の真面目でアキアの現状を憂いている貴族だけだった。たいていは持ち帰って検討すると返事を保留して帰っていった。

 提案に対する返事が良好でも反対気味でも、アリスはアキア公に告げたように貴族も選定したいと考えているということは一切口にしなかった。

 面談は1日目の午後だけでは収まらず、2日目の朝から晩まで続いた。

 知っての通り、アリスは何かをやり始めるとこちらが心配になるくらい休憩を取らない。

 貴族たちもいつまでもダクスに留まっているわけではない。そのためアリスはシェリアに命じて今日中に貴族たちとの面談をすべて終えるスケジュールを組ませていた。

 だというのに、たまに時間が押したことについてアリスに嫌味を言ってくる貴族が居るのに腹が立つ。

 しかし、アリスはそんな相手に苛立つ様子もみせず、面談が遅れてしまった事を謝罪し、そして、丁寧に説明を始めるのだった。




 面談も終盤、スラファの実家カラパス家の番となった。

 扉を明けて入ってきたのはスラファと一人の男性だった。

 ん?こいつ?

 「あら、スラスラと・・・?あれ?」アリスもスラファの隣の男に見覚えがあったようだ。

 「夫のクラウスよ。」スラファがクラウスをアリスに紹介した。

 「妻がお世話になっております。」クラウスは堂々として頭を下げた。

 「おお!」アリスは思い出したようだ。「えーと・・・お久しぶり?」

 「リデル様におきましては、お久しぶりにございます。」クラウスが言った。

 「良かった。」アリスはクラウスが自分のことを憶えていたようでほっとした様子だ。

 あの学校で君の事を憶えてない奴などおらんぞ?

 そもそも憶えてるも何も、こいつアリスのこと好きだったし。

 「座って座って。」アリスは二人に座るように促した。「カラパス伯爵は?」

 「父は私にカラパス領を託しました。」スラファが言った。とても寂しそうな声だった。「略式ですが私が当代のカラパス伯爵となります。」

 「そうなの!?おめでとう。スラファ伯爵!」

 「ありがとうございます。殿下。」スラファは丁寧にお辞儀をした。

 「ごめんなさい、いろいろと話したいところだけど、後が使えてるから。いちおう要点を説明するわね。」

 「大丈夫です。カラパス領は農民の削減にも増税にも豆の二毛作の準備にも、心から賛成いたします。」

 「うん。ありがとう。」

 「ただ、豆の水利についての初期投資については条件付きにさせていただきたいと存じます。」スラファはすまなそうにうつむいてそう言った。スラファの右手が夫の手をぎゅっと握った。

 「?」アリスはスラファのただならぬ様子を察知して黙った。

 アリスはスラファが再び口を開くのをじっと待った。長い沈黙が部屋を漂った。。

 スラファは少しうつむいて、呼吸を整えてから、覚悟を決めて言った。

 「カラパス家には領土に見合うだけの投資を行えるだけの財がございません。ですので、カラパス家所有の財をすべて売り払い、その費用にあてたいと考えております。それ故に、伯爵としての家名とカラパスの領地を王家に返納することをお許しください。」

 アリスが驚きのあまり立ち上がった。「あなたは、お父上はどうするつもりなの?」

 「私は伯爵を返上してクラウスの元に寄せます。もちろん、アキアの改革は見届けますのでご心配なさらないでください。」

 「彼女の家族も私が責任を持って養わせていただきます。」クラウスが言った。

 「カラパス家はあなた達のおじいさんから、その前から、ずっと受け継がれてきた大切なものなのよ?そのことを解っているの?」

 「重々承知でございます。」スラファが絞り出すように言った。

 クラウスが彼女の手を少しだけ強く握ったのが分かった。

 「それほどなの?」

 「はい・・・。」スラファが言った。「私を学校に送り出すことが父が最後に出来ることでした。私はその恩返しとして、カラパス家最後の伯爵として、この大役を果たしに参りました。」

 アリスは絶句して、下唇を噛んでいるスラファを見つめた。

 再び沈黙が部屋を満たした。

 悲しい沈黙だけが部屋の中を満たしていた。

 最初に口を開いたのはアリスだった。

 「カラパス家当主スラファの申し出を有難く受け取った。」アリス王女は凛として宣誓した。「カラパス領は王女直轄地として接収する。今ここに置いて略式的にではあるがカラパス家の終焉を受理した。」

 スラファが目に貯めている涙を隠すように頭を下げた。

 「ただし、現当主スラファ且つ前伯爵のハート=カラパスに関しては隠遁することは許さない。」アリスは続けた。「前伯爵には、このアキア、さらには王女直轄地の運営が潤滑に回るよう協力を要請する。無論、彼らの働きにより私が王となったあかつきには、ハート=カラパスもしくはその子孫に対してカラパス家の復興を約束するものとする。」

 「あぁ、アリスン。」部屋に入って来てからずっと目に涙をためて必死にこらえていたスラファだったが、アリスの提案についに泣き始めた。




 一番最後はキャロルの親父だった。

 彼が最後なのは長くなるかもしれないから最後に設定するようにという言うアリスの厳命による。

 キャロルの父親は扉を開けた瞬間から、額に汗をかいていた。

 彼は背を丸めて小さくなって入って来た。

 「ずいぶんと儲かっているようじゃない。」アリスが言った。パーティーの会場での口調とは違う。他の貴族たちへの対応とも違った。

 「いいえ、そんな。私など他のアキアの皆様よりは多少楽な状態なだけでして。」

 「という事は、国政会議ではウソをついたって言うの?」

 「め、滅相もない。」

 「あなたにも農地改革は必要?」

 「それはもちろんでございます。」

 「何で儲けてるの?」

 「小麦の商いでございます。」

 「宝石?」

 「・・・・」

 「キャロルから対照表の督促については聞いてるわよね?」

 「はい。しかし・・・」

 「しかしは無し。提出しなさい。」アリスは言った。「それと外国からの小麦の買い方と値段、宝石の取り扱いの流れを教えて?」

 「その、結構小難しい計算が・・・。」

 「教えて?」アリスはペストリー伯の顔を覗き込んだ。

 ペストリー伯は観念して、宝石によって税を逃れる方法や、去年の取引の価格などを逐一説明し始めた。

 アリスは時々質問を入れながら逐一メモを取っていた。

 「脱税もしてるんでしょ?」アリスはメモを見ながら言った。「計算が合わない。」

 「 。」

 「正直に言いなさい。私が知りたいのは輸入小麦で皆がどれだけ儲けてるかなのよ。」アリスは問い詰めるように言った。「正直に言わないと潰す。」

 そう言ってアリスは右手で何かを握りつぶすジェスチャーをした。何を握りつぶす気なの!?

 ペストリー伯爵はさらに青くなって、アリスに問われるままに細かい部分の数値を訂正し始めた。

 「OK。」アリスは言った。「あとで、ごまかした税収分は寄付して。そうすれば黙っててあげるから、そのつもりで。」

 「え゛。」

 「そうそう、あなたの所の商業収入とかも知りたいわ。そっちでも相当儲けてるでしょ?小麦と抱き合わせで買った輸入品の販売ルートと市場が知りたい。今後のための成功例として参考にしたいの。単年度収支の明細表を速攻で私に届けて。急ぎよ。」

 「・・・はい。」

 「ごまかしは無し。」

 「・・・・。」

 「あと、アキアの商人たちについても知りたいわね。」アリスが言った。「どんな商人が居てどんな商売をしているか。彼らは信用できるか。収支の各品目に商人の名前とあなたの所感をお願い。」

 「は?はぁ。」ペストリー伯爵はその点についてはピンとこない様子で受諾した。

 「悪いことしてるんだったら今のうちにきちんときれいにしておきなさい。」アリスは最後にペストリー伯爵にほほ笑みかけた。「アキアが変わる。あなたにもひと儲け絡ませてあげるわ。」

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