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9-3 c さいきんの農業改革

 パーティーはなんの想定外のことも起こらずに開始された。

 持ってきた紅いドレスに身を包んだアリスは、また、いつもの王女っぽい凛とした態度で挨拶をかまして貴族たちを圧倒した。アリスはにこやかでおしとやかなお姫様然とした対応を皆と交わしていった。

 もちろん、この場で一番驚いたのは、悪童リデルしか知らないシェリアたちだ。

 「アリスン???アリスン???」スラファは、公式の場であることも忘れ、アリスの立ち振る舞いに呆然とアリスのあだ名を繰り返した。

 「さすがリデル様ですわ!!キャハン!!」キャロルは、公式の場であることを忘れたのみならず、名前を間違い、おまけに鼻血を吹いて速攻退場して行った

 シェリアは、会場に居るアリスは間違いなく影武者に違いないと確信し、本当のアリスはグラディスたちと一緒にどっかに脱走してしまったと判断。アリスを連れ戻すために街に探しに出かけて行ってしまった。

 デヘアは山菜を食っている。

 旧友たちがパニックになってしまったことを除けば、パーティーは順調に進んだ。

 立食タイプのパーティーで、アリスはアキア公の横で寄ってくる貴族たちとつつましやかに会話をしていた。

 しばらくはゲスト然としてアキア公の横で貴族たちの対応していたアリスだったが、貴族たちの話に余りに中身がなかったので、徐々にめんどくさくなってきたのが判った。

 アリスは貴族たちの一瞬の会話の間をついて少し暇を貰うと、エウリュスを連れてその場を外した。

 ちなみに礼服に身を包み短めの剣を腰に下げたエウリュスは、パーティーの間中、ずっとアリスの横で王女の護衛らしく身じろぎもせず待機していた。

 性格はともかく仕事はきっちりこなす男のようだ。ヘラクレスとは真逆だ。

 ウソついた。

 ヘラクレスは性格もアレだった。

 アリスは会場を出た廊下であたりに誰も居ないことを確認すると、エウリュスを呼び寄せて耳打ちした。「あんた、合図するから、そしたら、ちょっと今から伝える事言ってくんない?」

 身をかがめて真っ赤になってアリスに耳打ちされていたエウリュスの顔がだんだんと青くなる。

 「え?それ、私が言うんですか?」

 「そ。よろしく。」アリスは言った。「ゲストの私が直接言うとホストのアキア公が困るのよ。」

 「いや、えーと、会場の皆様は、私より身分の高い貴族の方々なのですが・・・。」エウリュスが躊躇を口にした。

 「別に、陛下のお付きのラッパの人もロッシたちに『陛下のおなりー』って言ってるじゃない。」

 「それとはちょっと違うと思いませんか?」

 「あ?」すごむアリス。「会場のみんなより私のほうが偉い貴族なんですけど?」

 アリスは王女であることはひけらかすことはないが、それ以上に使えるものは何でも使う子だ。

 「し、失礼をいたしました!!」エウリュスは慌てると、かしこまって頭を下げた。「余りの大役故、我を忘れておりました。」

 「よろしい。」アリスはそう言ってから再びスイッチを入れた。「エウリュス。参りますわよ?」

 そういうと、アリスはエウリュスを引き連れてパーティー会場に戻った。

 アリスはしばらくの間さっきまでと変わりない様子で貴族たちとの会話をした後、少しふらついた様子を見せた。

 合図だ。

 「き、貴君ら!アリス殿下はぬあが旅によってお疲れであるのだ。」エウリュスはアリスの合図に大声を張り上げた。緊張で噛み噛みだ。「皆の者におきましては、一人ひとり順に、た、端的に会話をされることをぅ提案するっ。」エウリュスは誰とも目を会わせないように天井に視点を合わせたまま、アリスからさっき言われた言葉を告げた。そして、アリスがようやく聞き取れたくらいの小さな声でこっそり付け加えた。「ごめんなさいぃぃ。」

 「あら、エウリュス、お気遣いありがとう。」アリスはにこやかに微笑んだ。「でも、わたくし、そんなことしていただかなくても大丈夫ですのよ?」

 「えっ!?」エウリュスがまん丸に目を見開いて、アリスを振り返って凝視した。言わせておきながら断るの!?って顔に書いてある。

 「たしかに、その者が申すように長旅のすぐ後に少々酷でございましたな。」エウリュスの言葉を拾ったのはアキア公だった。「つもる話はありますが、あまり長く話に付き合わせても良くなかろう。」

 そんなやわな玉じゃないぞこの子は。言うならどっちかってと弾だ。

 「でも、わたくし皆様の事を知りたいのですわ。」と、アリス。

 「では、そちらの騎士殿の申すように一人一人時間を区切って話をされるが良いじゃろう。」アキア公がエウリュスの提案を推した。「皆の者、よろしいかな?」

 会場から了承の声が聞こえ、アリスの前にものすごい速さで行列が形成された。


 こうして、会場の貴族に対するアリスの取り調べが始まった。

 一人目は列の先頭に無理やり割り込んで入ってきた貴族だった。

 キャロルの父ちゃんだ。

 キャロルは割と美人で背も高いが、キャロルの父ちゃんは背が低く、面影はあるものの美形とは言えなかった。

 「王女殿下におきましてはご機嫌うるわしゅう。娘がお世話になっております。」キャロル父は揉み手をしながらそう言うと仰々しく頭を下げた。

 「こんにちは。ペストリー伯。」アリスが優雅にスカートをつまんで礼をした。「キャロルにはお世話になってますわ。」

 「是非とも今後とも娘とペストリー家を良しなにお願いします。」ペストリー伯は揉み手でアリスに笑顔で言った。「私共といたしましては・・・」

 「あなたの領地はアキアにおいても成績がよろしいのよね。」アリスはペストリー伯の言葉を遮るように言った。

 「おお!そうでございます。そうでございますとも。お心に止めていただけていましたか。」ペストリー伯が嬉しそうに笑った。

 「是非アキア再建のヒントにしたいわ。」

 「ええ、私に言わせればみな努力が足りないのです。私共は・・・」

 「ごめんなさい、ペストリー伯。後ろに列が出来てしまっていますの。是非、後ほど個別にお話をうかがいたいですわね。」

 「おお!!是非とも!」

 「出来れば細かい資料なんかも準備していただけると助かりますわ。」アリスが言った。「貸借対照表とキャッシュフロー表、昨年の予算と現在の予算遂行率。できれば儲かっている分野の細かい取引明細もあると助かりますの。」

 「え!?」ペストリー伯の顔が一瞬で真っ青になる。

 「後でキャロルさんに督促に行かせますわね。」

 「いえ、その・・・すべての取引をですか?」

 「ええ。」アリスはニッコリとほほ笑んだ。「私、計算が得意ですの。間違いや書き漏らしなんかがあったら逐一指摘して差し上げられますわよ。」

 「その・・・」

 「楽しみにしておりますわね。次。」アリスは冷たく目線だけでペストリー伯爵に退場を命じた。

 次の貴族はたまたま前のほうに居て、割り込まれたことによって2番手になってしまったスラファの父ちゃんだった。

 「娘がお世話になっております。」スラファの父カラパス伯が深く頭を下げた。「殿下のおかげで娘は立派に育つ事が出来ました。」

 「そんなことありませんわ。」アリスは頭を下げた。「私のほうこそスラファさんに沢山学ばせていただきました。スラファは私にとって姉のような存在です。」

 「ああ、ありがとうございます。」スラファの父は王女相手に向けて答えるべきか娘の友達相手に向けて答えるべきか少し悩んだようだった。

 スラファの父はもう一度深く頭を下げた。そして、今度はカラパス伯爵に戻ってアリスに陳情した。

 「アキアは困窮してございます。殿下のお力で何とかして頂きたく存じます。協力は惜しみません。なにとぞ、なにとぞお願いいたします。」カラパス伯は再び深く頭を下げた。

 「まかせて。そのために来たのよ。アキアの農業を取り返すわ。」アリスは普段の口調で大口を叩いた。「貴方は何が駄目だと思う?」

 「人です。我々が力不足なのです。」カラパス伯は言った。「小麦の値段は言い訳になりません。何故なら海外農民は我々より安い値段で小麦を作っているからです。悔しいですが、貴族商取引法で守られていながらのこの有様は我々よりも諸外国の力が勝っているという事です。」

 「あまり気に病まないで。気候なんかの外因も有るみたいだから。」アリスは言った。「それよりあなたが試してきた事を教えて欲しいわ。それが失敗でも。それを糧にしたいの。」

 「娘のスラファに伝えておきます。あの子は私なんかよりずっと聡い。きっと殿下のお役に立てると思います。」カラパス伯は力強く自信に満ちた顔でアリスにそう伝えた。


 その後もアリスは次々と面会を済ませて言った。

 アリスは必ず、挨拶に並んだ貴族に領地の様子とそのために何をしてきたかを聞いた。

 大体の貴族は、なんやかんや言ってはいたが、貴族界素人の自分が聞いても言い訳と分かるレベルの事しか述べられなかった。ほとんど何もしていないのだろう。あるいはしたくても出来なかったか。

 一握りの真面目な貴族はカラパス伯爵のように上手くいかなかったことを報告するだけだった。

 アキアの状況は思ったよりも厳しいようだ。

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