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9-3 b さいきんの農業改革

 馬車の旅は長かった。

 アキアに入ったのは3週間後だった。

 例によって、この旅路の間にもアリスたちは珍道中をやらかすが、ただのいつもの大騒ぎなので割愛する。

 アキアの大地は広大だった。一面の畑だ。ただし、今は畑は休みの時期なのか人は少なく、小麦も生えてなかった。去年刈り取ったと思われる小麦の要らない部分が地面に撒かれていた。

 広大な畑の合間には小さな集落がいくつもあった。ただ、街や村と呼べる代物ではなく、畑から帰りやすくするために近くの畑の人が作った家が数軒集まっているといったものだった。

 たまに大きめの村落があり、そこには子爵クラスの領主たちが居を構えていた。アリスは村落ばかりで宿が無い場合は、そういった貴族の元に宿泊しながら、アキアの首都であるダクスを目指した。

 一面の畑を突っ切って切り開かれた街道を数日進むと、はるか先に大きめの城塞都市が見えて来た。これがアキアの首都ダクスなのだろう。

 近づいてみると結構でかい。きちんと組み上げられた赤っぽい石造りの城壁に囲まれた街がアリスたちを迎えた。

 馬車は門番に一礼しただけでダクスの街の門を抜けた。

 街は人通りが少なかった。商店があまり開いていない。まさにシャッター商店街の雰囲気だった。

 石畳は普通の色であったが、街の建物はすべて城壁と同じ赤茶色の石が使われていた。そのモノトーンな感じが街の寂しさをいっそう際立たせていた。

 メインストリートであろうと思われる閑散とした石畳の道をゆっくりと馬車は進み、それほど長い距離を進まずダクスの城へと到着した。

 城を囲う二つ目の城壁を抜け、城の庭に馬車を乗り付けたアリスは御者が扉を開けるのも待たず、自ら扉を跳ね開けて馬車から降りた。

 アリスがアキアに降り立ったと見るや、城の扉が開いて何人か出迎えに現れた。

 一人は年老いた老人だった。おそらく彼がアキア公爵なのではないだろうか。彼は侍従を従えてゆっくりと歩いて出てきた。

 そして、アキア公でも侍従でもない3人が、アキア公そっちのけでアリスに向かって駆け出してきた。

 女性3人だ。

 スラファとキャロル。

 それとシェリアだった。

 「アリスちゃん!」「アリスン!」「アリス様!」

 「スラスラ!キャロルン!シェリア!?」アリスが驚きの声を上げた。

 「久しぶりなのよ。」スラファが一番乗りでアリスの両手を握った。

 「久しぶり!!元気だった?」アリスがスラファの手を握り返して、ピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねた。

 「アリス様もお元気そうで何よりですわ!」キャロルが二人の握っている手に自分の手を重ねてきた。「アリス様、いっそうにお美しくなられて!」

 「キャロルンこそ、素敵になったんじゃない?」アリスがキャロルに世辞を返す。そういう事が言える子になってて少し感激。「キャロルンはどうしてここに?」

 「無理を通してお父様についてきましたの。」キャロルが答えた。

 「えへへ、久しぶり。アリスちゃん。」最後にシェリアが3人の手に自分の手を重ねた。

 「シェリア!シェリアまで居るなんて。こんなうれしい事ないわ。我慢して馬車に乗って来て良かった。」アリスはシェリアを見つめて言った。「どうして?」

 「アリスちゃんの見張り。」

 「ん?あっ!」アリスはシェリアの言葉が呑み込めず少しだけ考えたが、すぐに思い出して呟いた。「ミスタークィーンめ、なんて粋なことを!」

 「アリスちゃんのお仕事サポートするからね。一緒に頑張ろうね。」シェリアが言った。

 「わたしもなの。」

 「私もですわ!」

 スラファとキャロルもシェリアに負けじと声を上げた。

 まさか仲の良かった3人が再び集って共に国の改革に取り組む事になろうとは。

 良かった。

 自分が奪ってしまった彼女たちの時間がここで少しでも取り戻せますように。

 そんな三人が盛り上がっている後ろに、ようやくアキアの公爵が到着した。

 「ごめんなさい。アキア公。先にご挨拶するべきでしたわね。」アリスは言った。

 「良いのですよ、お先に旧交を温めてくだされ、アリス殿下。」アキア公はやさしくそう言った。「わしと話を始めてしまうとしばらく時間を取れませんぞ。」

 アキアの公爵は良い爺さんっぽいな。

 「じゃあ、お言葉に甘えさせていただいて、少しだけお時間を頂きますわ。」アリスはスカートのすそをつまんで小さく膝を曲げた。「先にグラディスをお返しいたしますわね。」

 「アキア公、ご無沙汰しております。」アリスがアキア公に挨拶を済ませたので、隣にいたグラディスがアキア公に挨拶を始めた。久しぶりの里帰りを楽しみにしていたし、こちらもつもる話はあるのだろう。

 アリスと旧友3人はのんびりと馬車から降りてきたデヘアも交えてしばし話に花を咲かせた。後ろでは空気を読まないエウリュスがアキア公と楽しそうに話すグラディスを押しのけてアキア公に挨拶をし始めた。

 


 

 中庭でのおしゃべりと挨拶を終えると、アリスたちは城の一室に通された。

 質素な作りの応接で、アリスがアキアで執政を執り行うために用意された部屋だ。重厚な事務机と、その前方にちょっとした会談のできる机とソファーのセットが置かれていた。

 アリスは事務机の脇に置かれていた本棚に本が並んでいるのを目ざとく見つけて、そちらに向かった。視界の隅でヘラクレスが誰に言われるでもなく勝手にソファーに腰をかけたのが見えた。

 「まずは、2時間後、アキア諸氏とのパーティーが開催されます。こちら本日の夕食も兼ねています。」シェリアが懐から小さな手帳を取り出してアリスに読み上げ始めた。

 シェリアは今回、アリスのマネージャーをするつもりのようだ。

 後々で聞いたところによると、本当はスラファかキャロルがやる予定だったのだが、二人ともアキアの人間なので他にいろいろサポートできることがあるだろうということで、スケジュール管理はシェリアが買って出たらしい。

 「明日の午前中、学士院からの報告とディスカッションが予定されています。」シェリアが言った。「時間までは決めておりません。アリスちゃんが決めて大丈夫です。ただし、学士院のメンバーも貴族たちも数日しかアキアには留まらない予定ですので、効率的に予定を組むことをお勧めします。」

 「学士院?」聞きなれない言葉にアリスがシェリアのほうを振り返った。

 「私がつくったんよー。」スラファが答えた。「アリスン昔から言ってたでしょ。自分が居なくても物事が回らないといけないって。だから、領主たちとは別にアキア全体の農業問題を解決するための専門家みたいな人を集めたの。アリスンが居ない所でも改革が回せるように使って。みんなそれなりに学もあるし、農業の事も解ってると思う。」

 「おお!」アリスは驚きと関心の声を上げた。

 「もともとはアキアの農業に何か出来ないかを考えるために田畑のいろいろなデータを集めてたんだけれど、それに協力してくださった人たちなの。」スラファが言った。「貴族やその息子さんも多いから、彼らの故郷の土地では顔が利くと思っていいんよ。」

 スラファ、スゲーな。アキアのために何かしたいとは言っていたけれど、本当にいろいろやってたんだな。

 「おおおお!スラスラ、最高!集めたデータとかも見てみたい。」

 「その本棚のタイトルの打ってない本がそうなの。」スラファは待ってましたとばかりに答えた。「十分じゃないかもしれないけれど。」

 「それでも良いわ!」アリスは嬉しそうに言うと本棚を物色し始めた。「最高よ!」

 「アリスちゃん、ごめん。」シェリアが本棚から本を抜き出したアリスに声をかけた。「着替えと湯あみをして。アキアの貴族さんたちとの会食の準備を先にお願い。」

 「そうだったわね。」アリスは大人しく取り出した本を本棚に戻した。「パーティーにはみんなも出るのよね?」

 「もちろんですわ。」キャロルが答えた。

 「わたし、パス。」デヘアが言った。

 「この地方の山菜料理もありますよ?」シェリアが言った。

 「やっぱ出る。」

 シェリア有能だな。

 「今日はグラディスもゲスト側で参加して良いんじゃない?里帰りなんだし。」アリスが言った。

 「さすがにできません。本日はアキア各所の要人が集まられておりますし。」グラディスが答えた。

 「じゃあ、一緒に街の酒場に行きませんか?」ヘラクレスがグラディスに言った。

 「あんた出ないの?」アリスが訊ねた。「ヘラクレスのドレス姿見たかったのに。」

 いや、無理やり出席させろよ。なんで、ヘラクレスの自由意志があるねん。

 「ドレスなんて持ってませんよ。」ヘラクレスは言った。

 そういう立場じゃなくて、護衛として出なさいよ。

 「そういう場にはエウリュスさんしかないでしょう。ねえ?」ヘラクレスはそう言ってエウリュスを見た。こいつ、自分の仕事を全部エウリュスに押し付けるつもりだ。

 「ん?そうか?当然だな!」そして、おだてられて当然のように舞い上がるエウリュス。「王女殿下、ご安心ください。私がついております。」

 「いや、まあ・・・良いけど。」アリスは呆れて言った。

 「グラディスさん、この辺りにこの地方の美味しいお酒の飲める店ってあります?」ヘラクレスはどこ吹く風で、エウリュスにアリスを押し付けた後の予定を立て始めた。

 「わっはっは!」エウリュスはヘラクレスに乗せられて上機嫌が有頂天なご様子だ。

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