9-2 c さいきんの農業改革
アリスの行動には一切の戸惑いも躊躇もなかった。
王の命令は結構な無茶ぶりではあったはずだが、アリスにはそんな重圧は一切影響なかった。
アリスがアキアへ行く準備は着々と整っていった。
むしろ、迷い、翻弄されたのはアリス以外の人々であった。
まずは、トマヤ。
こいつの動向がつかめたのは偶然だった。
ベルマリア旗下の貴族にラヴノスという貴族が居る。彼はジュリアスから【感染】していた貴族だ。
アリスのアキア行きを貴族たちがどう思っているかを知るため、国政会議のあと、【感染】しているいろんな貴族たちの元をマメに覗いていた。
そうしたら、ラヴノスとトマヤ達反アリス連合が城のどこかの部屋で机を囲んで話をしている所に出くわした。
やっとだ。やっとトマヤの尻尾をつかんだ。
この場でトマヤや反アリス派のエラスティア貴族たちに【感染】を狙えないのが歯がゆいが、このラヴノスという貴族を見張っておけばいつかはトマヤにも感染できるだろう。
部屋に集まっていたのはトマヤを入れて10人。彼らは丸いテーブルを囲んでいた。
国政会議でいつもトマヤの周りに陣取っている貴族たちも居る。ロッシフォールは居ない。
会議っぽい集まりに見えたが、各々の前のテーブルにはワインが置かれていた。
「あの王女が遠くに行ってくれてよかった。万一病気をうつされては叶わんしな。」会場にいた一人の貴族が言った。
「しかし、アキアに逃げられては手が出しづらい。」そう言ったのはトマヤだ。
「別に、ほっとけば良かろう。」
「その通りだ。アキアの改革など成るわけがない。王自身がとどめを刺してくれたようなものだ。」そう言った貴族がワインを煽った。「これでアミール殿下が王位に付くことができる。」
「我々の意見も取り入れられ易くなりますな。」
「今日は一足お先の勝利の美酒ということで。」
「ロッシフォール公もお招きすべきでしたかな。」
「まだ決まったわけではない。」トマヤが用心深く言った。
「トマヤ殿はアリス殿下の事を買いかぶり過ぎだ。アキアの改革などできるわけがない。」
「それに、万一アキアの改革などができるような王女であるというなら、王になることを反対したりなどせんわ。」
「しかし、あの王女が王になったとしたら、我々の話に耳など傾けてくれないでしょう。」ラヴノスが言った。「それどころか、人としての話し合いが無理でしょう。私はいくらアキアの件が上手く言ったとしても、王女派閥に鞍替えするのは考えますがね。」
「しかし、アキアの件が上手くいったら反論のしようがあるまい。」
「つまり貴殿は今回の王女の成功如何では王女派閥に鞍替えすると申されているのか?」そう言ったのは以前の会議で『アリスにはスラムがお似合いだ』みたいなことを言ってたワイシとか言う貴族だ。
「たとえ、王女殿下がアキアの改革に成功したとしても、もちろんのことアミール殿下を推すともさ。」そう答えた貴族は、斜め上に目線を逸らした。
「我々は、この国の行く末を鑑みてアミール殿下を王に据えるべく集った仲間では無かったのか。」ワイシが貴族をにらみつけた。「我々は常にアミール殿下擁立の旗の元、対王女で団結せねばならぬはずだ。」
「まあまあ、ご心配召されるな。ワイシ卿。」別の貴族が言った。「アキアの改革が小娘一人の手腕で一朝一夕でなされるものかね。あり得ない空想に文句をつけても仕方なかろう。」
反アリス派は基本的にはアミール派のタカ派だ。『アリスのアキア行き=失脚』と言う構図が彼らに受け取られているのならば、アリスはアキアに居る間は安全なのかもしれない。
「まあ、万一、アキアの改革が成されでもしたら、王女殿下にあんなことを言った貴殿は大変かもしれないがな。」一人の貴族が少し厭味ったらしく言った。
ワイシはその貴族を睨みつけた。
「その万一をつぶすことも考えておきたいところだ。」トマヤが渋い顔で言った。
「トマヤ伯よ。アミール殿下尊しの裏返しで王女憎しでは、今度はあなたがブラド候のように問題をおこしかねませんな。」
「しかし、あの小娘を野放しにしておくのは何かと不都合だ。あの王女は何をしでかすか分からない。」と、トマヤ。
こいつはアリスの事徹底的に毛嫌いしているよな。何か個人的に恨みでもあるんだろうか。
・・・あるんだった。
アリスが自分で言ってたわ。いったい何したん?
「何かしでかすとは、何をかね?」貴族の一人が呆れたように言った。「小娘一人でアキアの農業が変わるとでも?」
「しかし、あの小娘が絡んだ時、こちらの想定内の結果に終わったことなどないぞ。」
「「「・・・・・・。」」」
「そう言われると、王女殿下のアキアの改革の成功がとても説得力のある事柄に聞こえてくるな。」
「さ、さすがにないじゃろ。」
「いやいや、昨日の会議は事実上のアミール様の王位継承宣言よ。王もご自身の我が侭でアリス殿下を次期王に指名した以上、こうでもしなくては収まりがつかなかったのじゃろうて。」
「そりゃあ、そうでしょうとも。」
彼らは自らを安堵させるべく会話を帰着させた。
反アリス派は緩みきっているようだ。
トマヤとラヴノス、ワイシだけがアリスに対しての警鐘を鳴らしているだけに見える。
王の目論見通り、アリスのアキア行きが決まったことで、彼らはまとまりを欠いてきているようだった。
次に4公たち。
「普通、国政会議が終わったら、しばし落ち着けるものなのだが。」ミンドート公がぶっきらぼうに言った。「二回連続で国政会議の次の日に4公会議とは。」
「王の無茶ぶりのせいですね。」モブート公が嘆息する。
「王女殿下も何故断らんのか。」ロッシフォールが頭を抱えた。「無理難題であるという事が判らないほどの阿呆ではなかろうに。」
ロッシフォールはアリスをアキアに行かせたくないのだろうか?本気で心配しているようにも見える。
「むしろ、やる気満々でしたが?」と、モブートが呆れたように言った。
「あやつ、また会議ほっぽり出してアキアに行きかねない勢いだったぞ。」ミンドート公が呆れたように言った。「大体、スラム地区の統治も回さねばならぬというのに。」
「それについてご報告が・・・。」ジュリアスが申し訳なさそうに会話に割り込んで来た。
「どうした?」
「アリス公ですが、カプア嬢にスラム地区の管理の大部分を委任したようです。」
「カプア伯爵夫人?なぜだ?なぜ、突然彼女が出てくる?」ロッシフォールは心底不思議そうに訊ねた。「貴殿が何かしら取り持ったのか?」
「いえ、伯爵夫人ではなくカプア伯の御令嬢です。カルパニア=カプア嬢でございます。」ジュリアスが答えた。「アリス殿下のクラスメイトにございました。」
「クラスメイト!?」ロッシフォールが叫んだ。「そんな若い娘に統治など務まるのか?」
ごもっともな心配。
「経済面での執政はミスタークィーンとかいう商人が執り行い、法的な部分はスラム地区で顔の広いケンと言う男が執り行うようです。カプア嬢は国政関係とのつなぎとしての顔役となるようです。」
「貴族がおらんではないか。」ミンドート公が言った。
「そもそも、スラムには貴族がいませんからねぇ。」モブート公が隣で呆れたようにつぶやいた。
「治安はどうするのだ?取り締まりなどの荒事の解決や抑止力が必要だろう。」ミンドート公が訊ねた。「それにカルパニア嬢はともかく、ミスタークィーン?とかいう変な名前の男とスラムの男は信用置けるのか?」
その中だと、むしろカルパニアが一番の要注意人物なんだよ?
「商人のほうは解りません。ケンについては問題ないでしょう。」ジュリアスが答えた。「治安の取り締まりの面については、私も少し協力を仰がれております。」
「あの小娘は・・・。前回、そういう管理区分を超えた助力を簡単に願ってブラドたちにつけ込まれたのをもう忘れたか。」ミンドート公がつぶやいた。
「いえ、私が頼まれたのはカルパニアの護衛と、万一、スラム外から何か武力的な行為を行われたときの対処のみで、スラム内の自治のための取り締まりは頼まれておりません。依頼された部分については元々の王都警備の範疇かと。」
「それではスラム内は無法地帯のままだ。仮に今は良かろうとも、何もせず放っておけば崩れるように悪化する。人とはそういうものだ。」ミンドート公は言った。「アリス公はその程度の事も分らんのか?人を過信しすぎなのではないだろうか。」
「アリス公はその点についても、ちょっとした計画があるようで、私のものとに相談に訪れました。実はその点について皆様にご相談が・・・。」ジュリアスは言いにくそうに言った。「アリス公はアープという男にスラムの警察兵を組織させようとしています。」
「アープ?」
「少し前に逮捕したアリス公暗殺未遂の犯人です。」ジュリアスが説明する。「ペケペケと言う男の面通しのため生かしてありました。」
ロッシフォールが両ひじを机についていつもの自閉モードに突入した。今回は心の壁が見えるくらいに表情が無だ。
「は?そいつにスラムの憲兵をさせるのですか?いや、ダメでしょう。」モブート公が真っ先に反対した。「そんな奴を野放しにして良いものか。」
「犯罪者、それも王女暗殺未遂の重罪人だぞ?」ミンドート公も声を上げた。「あの王女はそんな基本的な順法もできぬのか?」
「それ以前に、狙われた本人ではないですか。何をどう考えたらそうなるのか?」モブート公の声は混乱をはらんでいる。
「それが・・・。」ジュリアスが言いにくいことがあるかのように困った顔をする。「一応、犯罪者を簡単に解放する訳にはいかないと拒否したのですが・・・。」
「アリス殿下は何と言っていたのだ。」
ジュリアスは少し言い出しにくそうに口ごもってから言った。「『アープに殺されかけたのって、やっぱ気のせいだった!ゴッメーン☆』・・・とのことです。」
「無茶苦茶かっ!!」
「無理あり過ぎだろうっ!!」
「どうも、その無理を通そうとしたいようなのです。」ジュリアスは困ったように言った。「最後には誤認逮捕者を捕まえたままで良いのか?と私に絡み始める始末で・・・。」
「もともとあの小娘が言い出した事だろうが!誤認逮捕だと宣うならあやつに責任を取らせい!」ミンドート公が怒鳴った。
「それも『私の責任でいいわよ』って言ってるんですよ。」ジュリアスは困った様子で答えた。
「・・・・」沈黙が場を包む。
「完全に我々が二の脚を踏むのを見こされているな。だいたい、そのような犯罪者にスラムの治安を守ることなどできるのか?」
「元兵士という事ですから、あるいは。」ジュリアスは自信なさそうに答えた。「それにアリスが彼と面会して、かなり口汚く脅していましたので。」
「脅すとな?脅しただけで何とかなるものか。王女は何と言ったのだ?」
「私の口からはとても・・・。」
金玉握りつぶすって言ってた。
「めんどくさいことを。」ミンドート公が鼻を鳴らす。「これなら、ベルマリア公が兵を出したほうが幾分もましだ。」
「ええいっ!いまいましい!!」我関せずを決め込もうとしていたロッシフォールがついにキレた。「あの娘はそうやって仕方なくジュリアスが兵を出してくるのを目論んどるのだ!いや、もしかしたら我々が右往左往させて楽しんどるのかもしれんな!もう、そのアープとやらを解放してしまえ!全部あの王女の勘違いのせいで捕まってたって噂流してほっぽりだしてしまえば良い!」
「落ち着け、紫薔薇公。そいつが再び王女殿下を暗殺を試みるかもしれぬぞ。」ロッシフォールがあまりに取り乱したのでミンドート公が珍しくなだめる係に回った。
「んなもん、もうどうでも良いわっ!」ロッシフォールは声を大にして言い放った。
「その・・・それも、簡単にはできないと思います・・・。」ジュリアスはさっきよりも言いにくいことがあるかのように言いよどんだ。
「まだ何かあるのか!!」ロッシフォールが興奮冷めやらぬ様子で怒鳴った。
「それが・・・。」
最後に、無茶振りをした王。
さて、さっきのジュリアスの言葉の続きを聞いたロッシフォールが、王とケネスが話って合っている場に乗り込んできた。
ケネスに視点を移して先回りしていたが、思ったよりずっと早い時間で扉が乱暴にノックされた。
ロッシフォールももう爺さんと言ってもいい年だというのに、4公会議を飛び出してからダッシュで来たのだろう。
「陛下、王女殿下のことについてお話が!」ロッシフォールは扉が開かれるなり大声で叫んだ。
「どうしたロッシフォールよ。」王がロッシフォールを見やった。「アリスのアキア行きなら取りやめぬぞ。」
「陛下!今すぐアリス殿下を止めてください。もはや手に負えない。」
「慌ただしい。アキアの問題が手に負えぬかどうかはアリス自身が決めることじゃ。」
「アキアが、ではありません。アリス殿下が我々の手に負えないのです。」
「なんじゃ?」王があまりのロッシフォールの剣幕に、訝しげにしながら言った。「アリスの身を守る件については世が責任をもって護衛を出すと言ったはずだが。」
王は後ろに控えている騎士に声をかけた。
「このエウリュスをアリスに付けようと思う。近衛じゃ。腕も良い。」王が言った。「今回はアキアじゃし、もう何人か居たほうが良いかのう?」
「王よ。アリス殿下はすでにアキアに出立いたしております。」
「心配性じゃのう。いままでもヘラクレス一人で怪我も無く何とかなってきたのであろう?そこに近衛の騎士が加わるのじゃ、何も心配することは、あん??出立した?」
「は、今朝、ベルマリア公に難題を押し付けてそのまま馬車に乗って旅立ってしまったそうです。」
「昨日アキアに行けと言ったばかりじゃぞ??」王が戸惑いの声を上げた。「え?スラムは?アリスの領地はどうなっとる?」
「手近な人間に適当に押し付けていきました。」ロッシフォールは大雑把に報告した。「王女殿下はそういう人です。」
「エウリュス!!」王が慌てて怒鳴った。「今すぐに出立せい!!」
「はっ!」王の後ろに控えていた生真面目そうな若い兵士が慌ててお辞儀をして、顔を上げた「えっ!?」
「今すぐじゃ!アリスが行ってしまう。」
「はっ、ははぁっ!」エウリュスと呼ばれた兵士は戸惑いながら頭を下げると慌てて部屋を出て言った。
カルパニアの生家をスプリグスとしていましたが、以前にカプアとしていたことを忘れておりました。
カプアに統一いたしました。 21/12/10




