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9-2 b さいきんの農業改革

 アルトが帰った後、アリスは着替えなどの手荷物の準備をあっという間に整えた。

 クロゼットから訓練や組合事務所に出かける時に着る地味めな服を取り出し、雑にたたんでカバンに突っ込んだ。

 アリスは続けて公共の場で着るつもりだと思われるいつもの紅いドレスを取り出したが、グラディスがドレスを慌ててひったくり「これは私が荷詰めします」と珍しく不機嫌に言った。

 そんなこんなで、10分も経つことなく、子供が入れるくらいの大きさの木製のカバン一つにアリスの旅の荷物はすべて詰め込まれた。今回は本は積まなかった。この世界の王女という基準でこの荷物が多いのか少ないのか分からないが、グラディスもアリスの分を持っていくのだろうしこんなもんなのだろう。

 と、そんな中、今度はミスタークィーンがやってきた。

 アリスがオギー経由で呼びつけていたらしい。

 「この度はアキアの改革を託されたと聞き及びました。」ミスタークィーンは揉み手しながら言った。「何かご用意するものはございますか?」

 「あるわ!」アリスは当然といった感じで声を上げた。「食料の運搬・販売網を準備しなさい。」

 予想外のもんが要求されたので、ミスタークィーンが驚いた顔をした。

 「もしかしたら、ようやく貴族商取引法を廃止できるのですね。」

 「私にそんな力ないわよ。」アリスが困ったように眉をひそめて言った。「私がお願いしたいのは小麦の流通網の構築。」

 「はあ。」

 「アキアの小麦を各地に売り捌くの。」

 「なるほど?でも貴族商取引法は残るのですか?それではアキアの小麦なんかマーケットが受け入れませんよ?」

 「取引法の底値より安い価格で出すわ。」

 「安く!?」

 「申し訳ないけど、薄利多売の商品になるわね。」

 「バルクは出るのですか?」

 「出すわ。」アリスは胸を張って答えた。「この国の小麦需要のすべてを押さえるつもりよ。あと、豆と。」

 「それは大きく出まし・・・、豆?」

 「豆は夏くらいに流通させるわ。加工品かもしれないけど。」アリスは言った。「いずれ、小麦も豆も、あなたたちに任せる方向で進むと思うけど、今は運送賃くらいで我慢しなさい。アキアでいろいろ決まってから子細を連絡するわ。」

 「承知しました。」ミスタークィーンは言った。「では、私どのもの方からもアテンドを付けましょう。」

 「見張りでしょ?」

 「せっかくオブラートに包んだのに、気軽に剥がすのやめません?」

 「あんたに連絡つき易くなりそうだから別にいいわよ。」アリスはミスタークィーンの言い草を気にする様子もなく言った。「できる限り私の言葉があなたに早く届くようにして。あと、ウザくない人をよろしく。」

 「お任せを。」ミスタークィーンは何かをたくらんでいるらしくニヤリと笑った。「殿下のサティスファクションをパーフェクトに満たしてご覧にいれますよ。」




 アリスはその後もミスタークィーンに豆の種やら何やらいろいろ注文を付けて帰すと、今度はスラムに出向いて行った。

 当然ヘラクレスは来ない。

 だーかーらーもぉー!!

 アリスはドレス姿のまま、一人でスラムをのっしのっしと進んでいった。

 今日は組合事務所ではなく、スラムの街のほうが目的だ。

 良く考えたらアリスってここ数年スラムの市街のほうにはあんま来た事ないんだよな。いつも組合事務所か搭にいるから。

 久々に通るスラムが学校を抜けて遊びに来ていた頃とはまったく違う姿だったので、アリスは道すがら辺りをずっときょろきょろ見ていた。とても嬉しそうだ。

 自分も真面目にスラム街をきちんと観察したのはアリスが大掃除をした直後くらいだ。それからのたった2か月でもスラムは大きく様変わりしていた。

 建物は建物だし、道は道だった。店には商品が並んでいる。家は家だった。人の着ているものが服だ。おまけに看板や花壇まである。

 大掃除の直後は、きちんと家と呼ばれるものはまだ少なく、そのせいで、どこまでが道でどこまでが家か解らなかった。出ていた露店も地面にボロきれを敷いただけのものだったし、スラムの人の身にまとっていたものは構造的に服というには不完全だった。

 それこそ、大掃除よりも前なんて、ここはがれきが積まれているだけの廃墟だった。

 人は行く場所がないから、がれきの下で風雨がしのげるから、そこに居た。それだけだった。少なくともアリスがスクィージに大見栄を切った時はそうだった。

 いま、この場所には人が『住んで』いる。

 どうせ、強欲なアリスの事だから、このレベルではまだ満足していないのではあろう。

 沿道の市民たちが、アリスを見かけてざわめいた。一人の市民がアリスに大きく手を振った。

 アリスがにっこり笑いながら、手を振り返すと、沿道の市民たちが次々とアリスに手を振ってきた。

 アリスは皆に手を振り返しながら進み、街の一番奥のある大きな建物の前に来た。

 タツの工房だ。

 タツの工房は元あった石造りの建物を利用し、レンガや漆喰でつぎはぎして建物としての機能を復旧させたものだった。見た目はどの家よりも不細工だったが、今まで通り過ぎてきたどの家よりも頑丈そうだった。

 タツの工房の扉をバンと開けるなりアリスは中に叫んだ。

 「タツ!文字が読めて図がかける職人が欲しいの!」

 せっかちさんかな?

 「姉ちゃん!」

 タツがビックリした声を上げた。

 中は仕切られていない広い作業場で、いろんな道具や、丸太を割って作った作業テーブル、大きな窯のようなものが雑然と置かれていた。

 この部屋ではタツ以外にも10人くらいの工夫たちが働いており、強人組からここに就職した何人かがアリスにお辞儀をした。

 そして、

 「アリス姉ちゃん!」小さな少年が嬉しそうに声を上げた。

 ショウだった。時々来ているのだろうか?

 「ショウ!元気だった。」アリスはショウを喜びの眼差して見て言った。「あんたも、手伝いなさい。文字が読める職人が沢山欲しいの。」

 「姉ちゃん、相変わらずだね。」いきなりのアリスの言動にショウは呆れて言った。

 「うーん。お給料はちゃんと出るのかな?」タツが訊ねた。

 「あら、いいわね。」アリスがニヤリと笑った。「商売人らしくなってきたじゃない。」

 アリスはそう言って、タツたちに自分のアキアに行きについて説明を始めた。

 アリスはタツとショウたちを雇ってアキアに来させるつもりのようだ。

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