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9-2 a さいきんの農業改革

 デヘアとの話し合いを終えて、学校の生徒たちに散々寄ってたかられ、質問攻めにされた後、アリスはどうにかこうにか家路につくことが出来た。

 アリスはヘラクレスを学校で拾って搭に帰ってくると、部屋に戻るなり机に向かってペンを取った。

 そうだよ、ヘラクレスだよ。

 ちょっと聞いてくれ。

 今、『ヘラクレスを拾った』と言ったじゃん。

 あの野郎、学校での体育の授業の帰りに女子生徒たちに囲まれて歩いているアリスを見つけて、「ちょうど良かった。塔までいっしょに乗せてってくださいよ。」とかのたまいやがったのだ。

 つまりだ、こいつはこの一連の流れにこいつはついてきていなかったのだ。

 国政会議の時も、お供をしてきたのはジュリアスんとこの若い兵士と着替えを持ったグラディスだけだった。ヘラクレスはサボりだ。

 さらに言えば、強人組事務所にはジュリアスの兵士すらついてきていない。アリス一人だ。

 ジュリアスの兵士たちは、今やそこまでアリスを護衛しない。

 何故なら、彼らはアリスが搭の外でヘラクレスと武術の訓練をするのを見て、

 『王女も武術の真似事してみたいんだな、可愛い』 ⇒ 『思ったより本格的に頑張ってるんだな、偉い偉い』 ⇒ 『結構やるじゃん、今度手ほどきでもしてあげようかな』 ⇒ 『あれ?この子俺らより強いんじゃね』 ⇒ 『至急他の奴らも呼んできて見学させろ!』 ⇒ 『師匠!』

 ってなってる。

 そんな訳で、アリスが要らないと言えば、自分達より強いアリスに彼らはわざわざついて来なくなってしまった。

 いちおうアリス、先月、強人組事務所で暗殺されかかってんのよ?

 ここ2年くらい一度も気絶していないせいか、アリス自身も自らに対する危機管理がどんどんおろそかになってきているような気がする。

 こんなんでアキアなんか行って大丈夫だろうか。

 自分にしても多少の荒事についてはアリスなら大丈夫だと慢心しているような気もする。気を引き締めないといけない。気を引き締めたところでなんも出来ないんだけれども。

 自らの中にそんな心配をしている生き物がいるとは思いもせず、アリスはアキアへ行く準備を着々と勧めていた。

 アリスは机に向かって座ると、便箋を取り出してスラファとキャロル宛の・・・ああっ!

 思い出した!

 さっきの国政会議に居たアリスのこと推してくれたアキアの貴族、スラファの父ちゃんだ。

 見たことあると思ったよ。顔似てるもん。

 違う。今はそんな話じゃなかった。

 何だっけ?

 そうそう、アリスはスラファとキャロル宛に・・・あっ!

 前回の国政会議のアキアの貴族で自分だけは儲かってますみたいなこと言ってた貴族、あれ、キャロルの父ちゃんだ。

 かなりいけ好かない感じの貴族だったけど、アリスと仲良くなる前のキャロルも相当いけ好かなかったしなぁ。間違いなく親子だ。

 「よし、終わりっと。」

 ああん。こっちがちょっと脱線している間に、アリスはスラファとキャロルへの手紙を書き終えてしまった。

 はえーよ。

 3行くらいしか書かなかったんじゃないのか?

 手紙というか事務連絡だったんじゃなかろうか。

 まあ、でも、スラファとキャロルは今アキアに居る。アリスは自分が行くことを知らせただけなのだろう。募る話はアキアに言ってからするに違いない。




 次の日、搭にアルトがやってきた。

 豆のことについて訊くためにアリスが呼びつけたのだ。

 デヘアの言っていた貴族はアルトではないかもしれない。だが、そうだとすると、この国にはマッチョな貴族が二人存在することになってしまう。

 「あんた、豆料理知ってるの?」アリスがアルトに訊ねた。

 「豆?突然だね。」アルトは突然のアルトの質問に戸惑いながら答えた。「いくつか知っているよ?」

 「そのレシピ欲しいわ。」

 「それはまた唐突に。」アルトは言った。「いったいどうしたんだい?」

 「豆をね、高く流通させたいのよ。出来れば保存がきく料理が良いの。」

 『高く』ってとこがアリスらしい。

 「なるほどなるほど。」アルトがこれはしたりと笑った。「私のように筋肉をつけたくなったのかな。」

 「そういうのいいから。」

 「ふむ、まず、きな粉かな。豆を乾かしてから粉にしたものだ。水や牛乳に溶かして飲むと身体に良い。」アルトが言った。

 お前のそのきな粉の使い方は間違っている。プロテインかいな。

 「まずそう。」アリスが素直に言った。

 「筋肉の発達に良いのに。」アルトがアリスの反応に眉をひそめた。「砂糖入れれば美味しいよ?」

 「砂糖入れりゃそうでしょうよ。」

 ビルダー的に砂糖はOKなのだろうか?そもそも豆より鶏肉食ったほうがが良いんじゃないかな?

 「保存性の面だと高野豆腐かなあ?」

 「なに?なにそれ?」アリスが食いついた。

 「うーん?豆で作ったプリンみたいなものを凍らせて、その後乾燥させた食べ物と言えばいいのかな?」

 「プリン!」アリスは言葉だけ聞いて食いついた。高野豆腐はそういう食べ物ではないぞ?

 「スープで煮込むとスープを吸ってフワフワに戻るんだ。しみ込んだスープの味を楽しむんだよ。」

 前世の高野豆腐と似た食べ物のようだ。

 なぜ豆腐の所で止まってくれなかったのか。冷ややっこで良いから豆腐を食べたかった。

 って、醤油が無いか。

 アレ?

 豆腐的な物が作れるんなら豆から醤油も作れんじゃね?

 【変質】系スキルの中身が知りたい。発酵みたいのが制御できれば醤油も作れるかもしれないのに。いくらでも醸すぞ!

 「それ良さそう。」アリスは興奮気味に言った。「他にもいっぱい知ってるってデヘアから聞いたけど?」

 「豆料理なんて、この国にもいっぱいあるでしょ?」アルトが言った。

 「それも含めて教えてよ。」

 「では、レシピをかき集めておこうか?」

 「私ちょっとアキアに行ってくるんで、来年の夏くらいまでで大丈夫よ。よろしく。」

 「承知。」アルトはそう短く言うとそそくさと帰る様子を見せた。「では。今日はこれで。」

 「アルト。ちょっと待って。」アリスがアルトに声をかけた。「私、ちょっとアキアに行ってしばらく会えなくなっちゃうから今のうちに伝えておきたい事があるの。」

 声をかけられたアルトがびくりとして止まった。

 珍しくアリスが真正面から人としてアルトに声をかけたので嫌な予感がしたのだろう。

 アルトはものすごい強張った顔でアリスを真正面から見つめた。

 しかし、アリスが口にしたのは予想外の言葉だった。

 「私、アキア行っちゃうから今のうちに言っとくわね。」アリスは少し恥じらいながら言った。


 「ありがとう、アルト。私がここまでいろいろ出来るようになったり、アキアに行ったりできるようになったのは、あなたのおかげよ。」


 そう言って、アリスは少しはにかんで笑った。

 アルトは予想外の言葉に、

 うげっ!?

 「うげっ!?」

 自分もアリスも思わず声を上げた。

 アリスの言葉を聞いたアルトが顔をくしゃくしゃにして泣きだしたのだ。

 「・・・・・・ええぇ。」ドン引きのアリス。

 ぶっちゃけ、自分も涙のおよそ似合わない風体の大男が声を押し殺しながらも大泣きしていることにドン引きではある。

 だが、アルトの気持ちは少しだけ分かる。

 アルトも今までいろいろ頑張ってきたんだ。

 ずっと上手くいかなくてさ。

 何度も何度もアリスが倒れて。

 ・・・とは言っても、全部自分のせいなんだけども。

 なんだかんだ言って、アルトはこんなわけの分からない存在の自分を封じ込めることには成功した。

 いま、自分は何一つ動けない。

 これはアルトの功績だ。

 アリスに褒められてしかるべき努力だ。

 もし、自分が前世でリナを助けることが出来ていたら、そして彼女に「ありがとう」と言われていたら、自分はアルトのように泣いたのだろうか。


 もしも、アリスが自分に・・・。


 やめよう。

 ばかばかしい仮定はやめよう。

 あり得ない事は考えたって意味がない。

 自分は、アリスに礼を言われることは決して無い。

 アルトのように報われることなどないのだ。

 それを覚悟のうえで、自分はアリスを守ると決めたのだ。


 アリスはいつもはウザったらしいアルトの子供のような姿にしばらく呆れていた。

 が、少し気を取り直して、ひとつため息をつくと、アルトにゆっくりと近づいた。

 そして、しゃがみこむと、うずくまって泣いているアルトの頭をやさしく撫でた。


 「きっと私の知らないところで、いっぱい、いっぱい頑張ってくれたのよね・・・。本当にありがとう。」


 彼はアリスに撫でられながらいっそう小さくなって泣いた。

 何年も何年も溜めこんでいた涙が一気に漏れ出て来たかのようだった。

 大人の、それも大男が声を上げて泣く姿は、見ていて恥ずかしくもあった。

 それでも、この暑苦しくて見苦しい光景は、自分には本懐を遂げた漢の姿に見えた。

 正直、とても羨ましかった。

 アリスは今までアルトには向けたことのないやさしい表情で、うずくまって泣いているアルトの頭をそっと抱きしめた。


 なんだよ。


 本当はまだアルトは何も成していない。

 だって、自分はまだアリスの中に存在してる。

 面白くない。

 大男がアリスに抱きしめられる姿を見たくなかった自分は城の近くに居た鳥の中に逃げるように視点を移した。

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