9-1 c さいきんの農業改革
そして早速アリスは動き出した。
搭に帰るなりアリスは意気揚々と旅の準備を開始した。
まず、アリスは馬車を手配し、御者にアキアまでの旅の手配をさらっと丸投げした。
そして、アリス自身は組合事務所へと向かい、しばらくアキアへ行ってしまう旨をケンとブレグに通達した。
ブレグは組合事務所の職員として働くようになって、みるみる勉強ができるようになっていた。今は、一部事務作業もこなせるようになり、受付の手伝いもできるようになったので、アリスのいない時でも強人組は何とか回るようになっていた。
ケンは教え方が自分のほうが上手かったのだと、アリスに対して少し鼻高々だ。アリスも悔しがっている。
でも、ブレグは計算はともかく文字はもともと読めたんじゃなかろうか。
ケンたちに報告を済ますと、アリスは事務所のロビーで涼んでいたカルパニアを捕まえた。
カルパニアは最近、スラム内にあるというのにも関わらず平気で組合事務所に入り浸っている。
アリスはカルパニアに芋畑の運用について面倒を見てくれるようにお願いした。
カルパニアは突然の無茶ぶりに目を白黒させていたが、細かい計算や税の取り方が決められていたのと、作業自体はミスタークィーンとその部下たちがやると聞いて、少し考え始めた。そして、最終的に「揉め事とかはジュリアスにも協力をお願いしてるから。」というアリスの殺し文句がさく裂し、喜んでスラムと芋畑の管理を受諾した。
私がスラムを管理しますと言っておきながら、いきなりカルパニアに投げるっていうね。
まあ、アリスがスラムを管理したがったのは、スラムが税制的な問題に晒されるのを嫌がったからなのだろう。
ロッシフォールが会議で説明していた税はいわゆる国民税。国に金が流れ、アリスの元には一銭も入らない。スラムの領主となったアリスはここにさらに地方税を上乗せできる。その税収からスラムを運用していき、余りがアリスの懐に入る。
今まででいうところのアリスの搭に大量に眠っている芋がその地方税にあたり、カリア石がスラムへの運用に当たる。
アリスではない人間が領主になるとカリア石も芋のたくわえもスラムにとっては無かったことになってしまう。これではアリスの立ち上げた経済は無くなってしまう。
例えば、バゾリが担当になっていたとしたら、カリア石経済などを踏襲したとは思えない。スラムは廃れ、芋での収入だけがバゾリにもたらされたことであろう。
だが、現在のこの国では、農業は領主にとって足を引っ張るだけの産業なのだ。芋の収入でさえ、バゾリにとっては邪魔なのだ。彼にしてみればスラムなどハナからお荷物だったのだ。
だがアリスは、そうは思っていない。
アリスとミスタークィーンは芋を高級路線で販売していくことを狙っているようだ。さらに、芋は面積当たりの取れる量が小麦より全然多いのだ。たぶん、あの芋の山を見たことのない貴族たちは王都のこじんまりした芋畑集落がどれほどの量の作物を輩出しているか知らないのだ。
あながち、王都に芋が出回って小麦が全く売れないというバゾリの言い分は間違っていないとも言えるのだった。
その後アリスは一度搭に戻り、すぐさま馬車を駆ってデヘアに会いに行った。
デヘアは未だ学校に寄宿していた。
生物以外はとんとダメなデヘアはアリスやシェリアたちと同じ年代だったが留年した。本人も学校で植物の勉強を続けたいらしく留年を望んだので、そのまま学校に在籍することとなった。
アリスは教員室を覗いたがアピスがいなかったので、デヘアの元へと直接向かった。
すれ違った二人の女生徒が王女アリスに気づいたらしく信じれないようなものを見たというように目をまん丸にしてアリスを凝視した。
アリスはにこやかに会釈だけして過ぎ去っていった。
アリスが通り過ぎてしばらくして後ろから黄色い歓声が上がった。
アリスは久しぶりの学校の階段を懐かしそうに眺めながら登った。デヘアの居る教員室の上の寄宿寮はキャロルたちの部屋があった場所だ。
アリスは思い出深い廊下を進み、教員室で教えてもらっていたデヘアの部屋へとたどり着いた。
アリスはデヘアの部屋の扉をノックした。「デヘア。居る?アリスよ。」
しばらくすると、扉が空いた。
「ん。」デヘアがアリスを見て言った。てか、これは『言った』なのだろうか?
デヘアが扉を大きく開けたのでアリスはデヘアの部屋の中へと入った。
デヘアの部屋は、床に机に、そこかしこにうず高く本が積まれていた。ベッドの上にも本が何冊も散らばり、デヘアが横たわるであろう場所にだけ、その形にスペースが開いていた。
「わお!すごい!!」アリスが嬉しそうな声を上げて周りの本をいじり始めた。「ちょっと見ていい?」
「うん。」デヘアはそう言いながら、椅子の上の本を片付け始めた。
デヘアはアリスと自分が座れるスペースを確保すると、本をめくり始めたアリスに訊ねた。
「何か用?」
「あなたに頼みがあるの。小麦を沢山作りたいの。小麦について教えて。」アリスは言った。
アリスはデヘアの空けてくれた椅子に座ると、細かいことは抜きにして、アキアでの小麦の生産量を大幅に増やしたい旨だけを説明した。
「アキアではたくさん小麦はできないの?」
「気候的にはむいている。」デヘアが答えた。
「でも、輸入小麦の値段から考えると、面積当たり少なくても二倍くらいの収穫量がないと回らないのよ。」アリスは言った。
「外国は二期作に成功しているのかも?」
「二期作?」
「春と秋、二回小麦を収穫する。」デヘアが答えた。
「なんでアキアはしないの?」
「土地がやせる。」デヘアが答えた。「あと、アキアだと場所による。気候的にできない可能性が高い。」
「ねえ、アキアに一緒に来てくれない?」アリスが言った。
本題はこれだな。デヘアに農業改革を手伝ってもらうつもりのようだ。
アリスはアキアに関しては真っ向勝負、アキアの小麦を輸入小麦より安くするつもりのようだ。
「アキア行く。アキアの植物見てていい?」
「良いわよ。お金も私から出すわ。二期作にするの手伝って」
「二期作は良くない。」デヘアが言った。「二毛作にして。」
「二毛作?」
「違う種類の作物を小麦を作ってない時に作る。」デヘアはとても端的に説明した。「同じ作物を作り続けると植物に良くない。」
「え?」アリスはハッとした様子だ。「もしかして芋も?」
「芋も。」デヘアが答えた。「芋なんか3年も連作してたら土地が死んじゃう。」
「それ困る!アキアから戻って来てたらその件でも力貸して。」
「畑欲しい。」
意外と抜け目がないデヘア。
「良いわ。好きなものを作って。」
「なら協力する。」
「二毛作は何を育てるのがおすすめなの?」
「お米か豆。」
米!?
米だと!!
「デヘアならどっちがおすすめ?」
米を!米、米を!
「うーん、豆。」デヘアが悩みながら言った。
こっ、米を・・・。
「アキアは水が少ないから米より豆。」
「豆って、沢山採れるの?」
「それほど。重さで小麦の半分くらい。」
「でも、豆なんて高く売れるのかしら?」アリスが言った。「煮込むくらいしか無いし、ぱさぱさしてて私はあまり好きじゃないのよ。」
「加工食品がいろいろできるらしい。」デヘアは言った。「きなこ、春雨、高野豆腐。それに豆にもいろんな種類がある。」
食事のジャンルがいきなり洋風じゃねぇし!きな粉や高野豆腐なんてこの世界にあんのかいな。
似たようなもんを脳内変換しているだけだろうから期待はしないでおこう。
「なるほど、加工して高く売るのはアリね。」アリスは少し考えてそう言うと感心して言った。「デヘアは植物のことなら何でも知ってるのね。」
「違う。たんぱく質を毎日摂取したいっていう貴族が、豆の作り方を訊きに来た。その時に言ってた。」
「たんぱく質?」アリスが初めて聞く言葉に首をかしげた。
たんぱく質なんて概念あったのか。
「なんでも筋肉がつく成分らしい。その貴族もマッチョだった。作り方は彼に訊いて。」
アルトやんけ。
アイツ豆からプロテインでも作ろうとしてるんだろうか。
「アルトって名前じゃなかった?」アリスも思い当たったようだ。というかアイツ以外おらんやろ。
「忘れた。」と、デヘア。「植物じゃないから。」
「豆を作るには何が必要?」アリスが話を戻す。
「水と種にする豆?」デヘアが言った。「アキアは乾燥している。水を撒きたい。あと、棒。」
「棒??」
「ツルが絡まるのに必要。」
なんか、アリスとデヘアだと話し合いは回るんだな。
アリスが植物に関係あることしか聞かないからなんかな。
アリスはデヘアと長い間話し込み、デヘアも得意になって知識を披露した。
そして、アリスがデヘアとアキアへの旅の約束をして部屋を出るころには、王女アリスを一目見ようと学園の生徒たちが廊下につめかけていたのだった。




