9-1 b さいきんの農業改革
国政会議はその後つつがなく終わった。
アリスが途中で出ていくことも無かった。
本当は今回も出て行こうとしたんだが、さすがの二度目は4公もあっけにとられることは無く、全員に怒られたアリスは会議に留まらざるを得なかった。
会議については、アリスのアキア行きを除けば特別な話題は無かった。
はてさて、この件についてトマヤはどう思っているのか?
アリスがアキアに行ったことで、手が出しやすくなったのだろうか?
ペケペケというギョロ目の男については、ジュリアス他いろいろな人間にその存在が知られ始めた。王都では手配書も回っている。だが、アキアならペケペケもまだ動きやすいに違いない。トマヤ自身も動きやすいのではないだろうか?
絶対に何か仕掛けてくるに違いない。王都から遠く離れたからといって大丈夫とは思わないほうが良いだろう。
むしろ、大それたことを仕掛けてくる可能性もある。要注意だ。
といっても【冬眠】が明けないと何もできないのだけれど。
自分、いつまで寝てないとダメなのかなぁ・・・。
さて、会議が終わり、ジュリアスが会場を出ようと動き出そうとしたところでロッシフォールに捕まった。
ロッシフォールが捕まえたのはジュリアスだけでなかった。彼は他の2公とケネス、さらには王にも声をかけ、王座の周りに偉い人ばかりの立ち話の場が出来上がった。
アリスはとっとと出て行ってしまったので、ちょっとジュリアスから立ち聞きしとこう。
ジュリアスに視点を移す。
「アリス殿下のアキア行きをお考え直しいただけないでしょうか。陛下はアリス殿下が王になることをお望みでは無いのですか?」ロッシフォールはめちゃくちゃ単刀直入に王に訊ねた。
他の公爵とケネスもそれが知りたいとばかりに王に真剣なまなざしを向けた。
王はさっきまで貴族たちで埋め尽くされていた会場に公爵たちの他に近衛騎士が二人しかいないことを確認してから答えた。
「今のままアリスが王になることは望まん。」
何だって!?
4公とケネスも驚きの表情だ。
「このままであればな。」王は補足するように続けた。「アリスには何かしらの功績が必要だ。」
「たしかに、アリス殿下の能力を疑うものは多いですが、今回のスラムの件でも充分でしょう。それに民衆にも人気がございます。心配召される事ではないかと存じます。」ロッシフォールが王に言った。
あれ?こいつアミールを王にしたいんじゃないのか?
「私の申した事を気になさっておられるのでしょうか。」ケネスが言った。「アリス殿下が周りの貴族と上手くやれないだろうという事を。だから、アリス殿下に誰も文句を言えないほどの功績を積ませようと?」
「その通りだ。アキアを立て直せば誰も文句を付けられまい。」王は答えた。
「王よ。私の申したのはそのような意味ではありませぬ。」ケネスは言った。「アリス殿下が独裁者とならぬよう、自分と相対する者を受け入れられるようなるべきという旨を申し上げたのです。」
「心配するな。アリスは厳しい以上にやさしい。独裁者になぞなれんよ。」
「しかし、アキアの改革なぞできるわけがないでしょう。」ロッシフォールが食い下がった。「アキア公や、それこそ我々でも無理な話です。陛下はアリス殿下をつぶすおつもりか。」
「海外の安い小麦がある以上、アキアの小麦は売れることはありません。」ケネスもロッシフォールを援護する。「なすべきはアキアには無く、我々の保護政策にあります。もしくは、農業自体をアキアに捨てさせるかです。」
「それが出来なくて今日があるのであろう?」王がケネスに言った。「戦争の可能性を考えればアキアに農業を捨てさせるわけにはいかん。かといって『貴族商取引法』をさらに優遇すれば商人たちが持たん。」
『貴族商取引法』は貴族が海外から輸入される一部の作物を独占して販売できる代わりに、最低価格以下で売ってはいけないという法律だ。小麦の値崩れを防いでいるみたいな事をケネスだったかが言っていた気がする。ただ、この法律があったところで、アキアの小麦より輸入小麦の売価のほうが安い。さらにたちの悪いことに、『貴族商取引法』の価格ですら小麦を買えないスラム民のような貧民たちがこの国には少なからずいる。
「アキアでは芋は育たないそうなのです。陛下がもし、芋を利用してこの難題を打開させようと目論んでいるのならば、即座に発言を撤回されることをお勧めします。」今度はジュリアスが言った。
「そんな具体的なアイデアなどあったら、予がとっととやっとるわ。」
「丸投げ!?」ロッシフォールが驚きの声を上げた。
「そうじゃ。」王はさも当然のように言った。「なまじ、変な制約をつけぬほうがアリスは動きやすかろう。なに、アリスならやりおおせるとも。世には未来が見えておる。決定は絶対じゃ。」
「しかし、陛下が亡くなるまでにというのは絶対に無理でございます。」ロッシフォールが失礼なことを言った。
「何じゃ、そんなにすぐに予が死ぬと思っておるのか?」王がむっとした様子で返事を返す。
「思っております。」もはやロッシフォールは喧嘩腰だ。
なんか、ロッシフォールのほうがアリス思いのようにすら見えてきた。
「なに、この我が命、簡単に病気なんぞで無為に散らさぬよ。王として、死すべき定めの時に逝く。それにアルト卿があと一年くらいは大丈夫だと言っておる。」
「一年じゃ短いと申し上げておるのです。」
「アリスには充分じゃ。」王は娘をかいかぶり過ぎなのではないだろうか。「それに、予が死ぬまでにアキアの改革などできるわけがないと皆が思っていればこそ、邪魔も入らぬのではないかな?」
たしかに。放っておけば王の無茶振りでアリスが潰れるんだ。反アリスは手をこまねいてみているだけで良い。
ロッシフォールが黙った。
「構わん。アリスの事を良く思わんものがいることも知っておる。」王は言った。「今回はお主には責任は取らさぬ。今まで、無理を強いてすまなかったの。ロッシフォールよ。」
「しかし、」
「私は陛下に賛成ですな。」ロッシフォールの言葉を遮ったのはミンドート公だった。「正直、私もアリス殿下の手腕には疑問を抱いております。アキアの件は充分な試金石だ。これをもこなすのであれば、私は黙ってアリス殿下に従いましょう。」
「4公の中にもこのように申すものがおる。そう言う事じゃ。」王がこれで話は終わりというようにピシャリと言った。「すまぬの。ミンドート公。」
「私も手に負えない娘の親でございますゆえ。」ミンドート公はゆっくりと頭を下げた。




