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9-1 a さいきんの農業改革

アリスとジュリアスは反アリス派のブラドを追い込んで、スラムの問題をすべて解決した。

そんなアリスを待っていたのは国王からのアキア再生の命令だった。


そして、未だ【冬眠】の解けない一彦。

一彦は復活できるのか?

 アリスはスラムの問題を綺麗に片づけた。

 一方で自分のほうの問題は何一つ解決しなかった。

 相変わらず動けない。

 アルトの薬は先日ようやく空になった。

 だが、【冬眠】の効果が消える気配がない。

 何故か【冬眠】しているのにレベルは上がる。時間制なのかな?それとも、アルトの薬の爆発攻撃をやり過ごしたと換算されているのだろうか?

 スキルポイントは入るが、スキルを取ったりすることはできない。

 増殖もできない。3か月も経ったので、感染して間もない細胞の数の少なかった何体もの個体がリストから外れていった。

 今や自分は完全に他人の行動をのぞき見しているだけの生命体に成り下がってしまった。

 何時になったらこの【冬眠】はとけるのだろう。

 アリスにしてみれば自分が冬眠していようがいまいが関係などないのだろうけれど。

 はがゆい。

 最近、アリスの暗殺の手口が、直接的かつ大胆なものが増えてきている気がする。

 搭でグラディスが狙われたのもそうだし、この間のアープの件もそうだ。ブラドが仕掛けてきたようなアリスを失脚させようという意図の謀略も心配だが、暴力的な暗殺行為も怖い。

 ロッシフォールかトマヤ、いや、おそらくはその両方がかなり焦ってきているに違いない。

 アリスは充分強いが、自分を過信しすぎて無茶をする傾向がある。

 う~ん。ちょっと違うかな?

 アリスには無茶が通らなかったら通らなかったですっぱり諦めてしまう潔さがある。

 こっちのほうが合ってそうだ。

 アリスは限界いっぱいまで頑張り、それでダメなら死であろうと何であろうとその結果を受け入れるだろう。

 だから、無茶苦茶な行動も平気でするし、それが効果的と判断すると一切のリスクを顧みずノータイムで行動する。それが今まではたまたま上手く言っているだけに思える。

 アリスは必要とあれば自分の命をかけて平気でダイスを振れる人間なのだ。

 トレメール暗殺の段で心から思い知った。

 ヘラクレスの激怒が少しずつ自分の心にもしみてきた。

 暗殺がどうこうだけではない。

 アリス自身が極めて危ういのだ。

 でも、今、自分は何もすることができない。

 自分でなくてもいい。誰かが、もう少し普通の人間の目線でアリスの事を見守っていて欲しい。

 このままじゃ、きっとアリスの無茶がアリス自身を苦しめることになる。そんな気がする。




 アリスの話に戻ろう。

 アリスのアキア行きが決まることになる国政会議の少し前。

 事前に行われた4公が集まっての話し合いでアリスのスラムでの成果に文句を言うものは無かった。

 スラムだけではなく街中の浮浪者やあぶれ物が強人組に流れ、そして、きちんとした労働者として再出発し、社会に復帰していた。これもアリスの成果として扱われた。

 4公たちの話し合いで揉めたのは、トマヤ達反アリス派をどうするかという事についてだった。その点について彼らの上司であるロッシフォールが何とかしろという形で話は収まった。

 ロッシフォールはそのことについてはかなり嫌な顔をしていた。だが、彼はスラムについてのアリスの評価については文句をつけるつもりは無いようだった。アリスの成果は問題なく受け入れることになるだろう。

 アリス的に問題なのは、国政会議でロッシフォールから税金が請求されるであろうことだ。この4公の話し合いのなかで芋の税金の算出法が立案された。間違いなくアリスは嫌な顔をするだろう。


 というわけで、国政会議だ。

 アリスは前回と同じ位置に凛として立っている。

 前回のように各領地が報告を行い、報告の終わるころに王が遅れて登場し、議題はアリスの話に移った。

 ロッシフォールがアリスのスラムでの成果を説明する。

 ロッシフォールはアリスのスラムでの行動による結果と、もともとのスラムの問題がすべてブラド候の手によるものであることを報告した。嫌味や当てつけをすることも無く、ロッシフォールは的確にアリスの行動を評価した。この事について彼は何かを画策するつもりはないようだ。

 アリスのせこいところをすべてを知ってる自分としては、むしろ、手放しにほめ過ぎなくらいに感じた。

 トマヤ以下エラスティアの反アリス派も、ロッシフォールが報告しているためか、口を挟んではこなかった。

 「アリス公のスラムに対する業績は以上だ。」

 アリスはロッシフォールの評価を聞きながらどや顔で胸を張っている、っポイ。眉に力が入っている。

 「今回のアリス公の働きについては文句のつけようがないものと評価する。」ロッシフォールは言った。「異議のあるものは述べよ。」

 誰も声を上げる様子はなかった。

 スラムの問題となっていたのは実はブラドだった訳で、みんなうかつに口を差し挟んで自らに火の粉がかかる可能性を恐れているのかもしれない。

 「では、公爵アリスへの最初の命は果たされたという事で良いな。」王が言った。

 アリス以外の一同が頭を軽く下げた。

 アリスはどや顔で胸を張ったままだ。

 「続いて、スラム街の今後について話し合いたい。」ロッシフォールが言った。「勝手にできた集落故、未だスラムとして呼称が無い。また、税の徴収がなされていない。」

 うおっぉ!

 アリスの顔の表情筋の動きがすごいんですけど!?

 おまっ、今、とんでもない顔してるな?

 「スラムに対する・・・・・・」ロッシフォールがアリスの顔に気づいて絶句する。

 一体どんな顔してんだ?

 見た・・・いや、見たくないな。

 ほんとに凄い顔してそうだし。

 「ええと・・・・」ロッシフォールはアリスの顔にかなり戸惑いの様子で少し言いよどんでから続けた。「先に、税制の話からしようか。」

 アリスの顔にさらに力が入ったのが感じられた。

 ロッシフォールはアリスの顔にめげず、芋への税と生産品についての税制について説明を行った。

 「・・・以上、これらの取引については税を支払うべき経済活動とみなすこととする。これら未納税の案件についての徴税方法についてだが、王都である訳で本来であれば王都管理のブラド候がするべきところであるが・・・」

 「紫薔薇公。」ロッシフォールの発言を遮るようにアリスが挙手して声を上げた。「生産品について納税しろというのはどういう事でしょうか。」

 「新しい産業も始まったでしょう。いくら変な石が使われているとは言っても一部はスラムの外に商品が出ています。」ロッシフォールがアリスを睨みつけた。「それに税をかけるのは当然でしょう?」

 「そうではなく、芋はともかく、産業分については芋の加工品の分を含めてクィーン商会を通して私が払っておりますわ。」

 「は?」ロッシフォールが聞いていないというように声を上げた。

 「後で確認してくださいまし。」アリスが言った。

 「いや、芋畑はともかく、スラムの生産物に関してまで、なんで、殿下が管理しているのですか?」

 「だって前回、私スラムの公爵になりましたわよね?」

 「は?」

 「皆様おっしゃっていたではないですか。スラムの領主には私が相応しいと。」アリスが言った。

 「!?」会場がざわつく。

 「たしか、ワイシ卿がおっしゃって、皆さま笑顔で受け入れてくれましたわ。」

 「ええぇ?」アリスに名指しされた貴族が戸惑いの声を上げた。

 トマヤの隣に居た貴族だ。

 思い出したぞ。

 最初の国政会議の時に『アリス王女にはスラムが相応しい』みたいなこと言ってた奴だ。

 意味合い逆じゃねえか。

 そんな揚げ足取りばっかしてるから、ジュリアスにまで『言葉尻を捕らえる天才』とか言われるんだ。

 「それに、スラムの責任を負うのは私だと前回決まったはずです。」アリスは続けた。「バゾリ伯もスラムの統治など御免だとおっしゃってましたし、私が統治してよろしいものと思っておりましたが。」

 「それは、アリス公がスラムを開発したことで起こった問題について責任を取れという意味だ。」今度はロッシフォールの代わりに、アリスの前に立っていたミンドート公が答えた。

 「おっしゃることが良く分かりませんわ。」アリスが反論する。「開拓したのが私で、そのことについて責任を取るべきなのも私でしたら、それはもう、私の領土という事でしょう?そもそも、今の納税の件についても私に向けてご相談された訳ですから、ロッシフォール公もそのようにご認識と考えておりましたが。それに皆さんもワイシ卿の発言に反対しませんでしたわよね?」

 「彼は殿下を揶揄したのだ。馬鹿にしただけなのだよ。」トマヤが言った。

 「あら?ワイシ卿はそんなことなさったのたの?」アリスが意地悪く言った。「国政会議の場で?」

 「え!?いや、そういうわけでは。」ワイシ卿が慌てふためいた。

 さすがに悪口を言ってましたと堂々と答えるわけにはいかない。

 かといって、このタイミングでとぼけるのは――

 「ほら、違うじゃない。やっぱり私はスラム公だと推していただいていたようですわよ?」

 ――と、いうようにアリスの思うつぼだ。

 「アリス公。ワイシ伯爵が何を言おうと、会議の場で公に決まっていないことは正規ではない。」ロッシフォールが言った。

 「しかし、スラムにも管理者が必要である。」いままで、黙っていた王が言った。「アリス公がスラム地区の統治に立候補するという事で良いのか?」

 「ええ、私がいたします。」

 「私は反対です。」ロッシフォールが一言王に意見を述べた。

 エラスティアの諸侯たちがこぞって反対の声を上げた。

 「私も反対です。」モブートも反対に回った。「領地を得るというのはそのように簡単になされてよいものではございません。」

 モブート側と思われる諸侯も反対を開始した。

 「私は賛成です。」ジュリアスが反対の声を抑えるかのように言った。「いま、スラムを管理しているのはアリス公だ。彼女がこの場所に手を入れるまで捨て置かれていたのです。彼らを捨ておいた他の人間がかの場所を今さらどうこうするのはおかしい。」

 ベルマリア諸侯たちはジュリアスがそう発言したのでアリス側に着いた。

 「ミンドート公はどうか。」王が尋ねた。

 「私はこの件については意見を言う気はございません。スラムなぞどうでもよろしい。あのような場所は好きにしたらよい。ミンドート公領内の各諸侯がどのような意見を持とうと私は関与しない。」

 ミンドート派閥が顔を見合わせた。

 「私は賛成です。」ミンドート派の中から赤い巻き毛の貴族が声を上げた。めっちゃ似てる。カルパニアの親父に違いない。

 ミンドート派の貴族たちの何人かから、賛成の声が上がった。

 声を上げない人は居たが、反対をわざわざ唱える者は居なかった。

 「アキア代理としてわたくしは賛成をいたします。」見たことのない貴族が言った。

 見たことない貴族だけど見たことある気がする。なんでだろう?

 「ふむ。2公領が反対、2公領が賛成、1公領が半分賛成と言ったところか。」王が言った。

 そして、今度はバゾリに対して訊ねた。

 「バゾリよ。そなたはスラム地区の官吏をおこないたいか?」

 「は。ありがたきお言葉にございます。」バゾリが頭をたれた。「しかしながら、スラムの管理には私は役者不足でございます。ワイシ卿のおっしゃる通り、アリス殿下でも無ければ務まらないのではないでしょうか。出来れば、王都ではない別の地区としていただき、私どもと関わり合いのない形で統治していただけるのが有難く存じます。」

 バゾリ伯爵はほんとにスラムと関わるのが嫌なのだろう。

 「余も、アリスがスラムの管理をするのには賛成だ。アリス公が一番かの土地については詳しいであろう。」王は言った。「バゾリに異論がないというのであれば、此度のスラムに対する働きの褒美として、アリス公にはスラムの官吏を任せようと思う。バソリの提案の通りに、王家直轄としアリス公に任せようと思う。それならば問題あるまいな、ロッシフォール、モブート。」

 「功績による褒美という形であるのでしたら、私は反論する筋はございません。」モブートが言った。

 ロッシフォールは少し考えてから言った。「ケネス殿がアリス殿下の監督をしてくれるのでありましたら、異存はありません。」

 ロッシフォールがさらっと手のひらを返したので、エラスティアの貴族たちがざわつく。

 もしかして、こいつが反対したのって、単純にアリスがらみのトラブルに巻き込まれるのが嫌だったからか?

 「構いませんよ。」ケネスが言った。

 ロッシフォールが片方の眉を上げてニヤリと笑った。『ケネスよ、アリスで困れ』とか思ってるな。

 「問題が起こった場合はもちろん責任を取ってもらう。良いなアリス?」王が言った。

 「当然ですとも!」アリスは嬉しそうに答えた。

 「殿下。」ロッシフォールがアリスの態度を嗜めるようにひとこと言った。そして、続けて会場の皆に言った。「では、アリス公が徴税を行う官吏となること、スラムがアリス公の直轄地となるという事で構わないな。」

 会場からは反対の意見は出なかった。反対していた側も賛成していた側も、特に感情が表に出ている感じがない。自分達のボスが言っているのに合わせて反対だの賛成だの言っていただけなのだろう。

 バゾリも言っていたが、みんな正直スラムなんかどうでも良いと思っているのかもしれない。トマヤですら涼しい顔だ。

 「ではアリス公にスラムを領地として与えることとする。徴税の管理を任せる。」ロッシフォールが言った。「スラムで起こった問題の解決やスラムの統治も任とする。必要となる費用については国に対する税と併せてスラム地区から徴収し、そこから賄うように。」

 徴収も何も、アリス、スラムにちょっかい出すたびに儲けを出してるし。そこらへんは問題ないだろう。でも、そういうのって公的機関としてどうなのかね?

 「承りました。」アリスは神妙に頭を下げた。

 「いつまでも、スラムと呼ぶわけにもいかぬので、かの地区の呼称も決めておくように。」ロッシフォールはアリスに言った。

 アリスのネーミングセンスは信用ならん。こっちは心配だ。

 「ロッシフォール卿。スラムに関しては問題がまだ残っておりますぞ。」トマヤだった。遂に動いた。「殿下の芋の栽培が王国の食の流通を圧迫しております。貧民どもの頭になったという事であれば、部下の面倒はきちんとみていただきたいものでございます。」

 嫌味のつもりで『頭』という言葉を使ったのかもしれないが、ほんとにそう呼ばれている件。

 「それはブラド侯爵のたわごとだったのではないのか?」王が訊ねた。

 「芋栽培という特異な農業がアキアを苦しめているのは事実でございます。」とバゾリ。「わたくし共の地区では殿下の芋のせいで小麦の販売が滞っております。そのため、我々がアキアの小麦の買い取りにまで手を出すことができません。」

 販売が滞っていてアキアの小麦が買えない?

 アキアの小麦を買ったけど販売ができない、ではないのか?

 もしかして、こいつら、海外から小麦を買ったのにそれが捌ききれなくなったのをアキアの小麦が売れなくなったと言い代えてないか?

 「ふむ。そうであるか。」王は理解したことを示すかのように頷いた。「ならば、アリス公にはアキアの農業を立て直してきてもらおうか。」

 会場がざわめいた。

 前回も同じようなこと言ってたな。王はよほどアリスをアキアに行かせたいらしい。

 「陛下!?なぜそうなるのです!」ロッシフォールが声を上げた。

 「小麦が売れないのはアキアの小麦が高いからであろう。ならば安く作れるようにすれば良い。」王は適当な感じで答えた。「いまや5公が4公と言われているようだ。アキアを立ち上げ直して来ればアリスが王位を継ぐに文句を言う奴はおらぬじゃろ。」

 会場がいっそうざわついた。

 王は、アリスが王になるのの手土産としてアキア立て直しの実績を付けようとしているのだ。

 公式の会議の場とは思えないざわつきを他所に王は続けた。

 「だだし、できなかった場合は、資格なしとして王位継承権をはく奪する。」

 は!?

 「「「「は!?」」」」トマヤ、ロッシフォール、ケネスのみならずや他の貴族たちからも驚きの声が上がった。

 「わしが死ぬまでにアキアの問題を解決できなかった場合も同じじゃ。」

 あんた、何言ってんの?

 アキアの問題ってそんな簡単に解決できる問題なの?

 だいたい、あんた次の収穫まで生きてられるのか?

 「アキア公に協力をするように伝えよう。アキア諸氏から資金は引け。もしも足りないというのであれば、お前はすでに公領をもっている、資金はそこから引き出せ。お前自身とアキア諸氏の資金のみで成し遂げよ。王領はこの件には金は出さぬ。」

 「陛下!?」ロッシフォールが驚きの声を上げた。

 「承知いたしました。お任せください」アリスは平然と返事をした。

 「殿下!?」

 4公たちが、特にロッシフォールが驚きを隠せない。

 4公だけではない。この場にいた王と王女を除くすべての人間が完全にあっけにとられている。

 まさかの無理難題、しかもその結果如何では王位継承権がはく奪される。

 そして、その難題をさらりと受けるアリス。

 トマヤを含めその場の全員が絶句した。

 この間のブレグの件でも少し思ったが、この王、ただの親バカなのかと思っていたが、なかなかどうしてアリスに対して厳しい親なのかもしれない。

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