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2-3 a さいきんの冒険もの

 朝。


 さわやかな日差しのもと、スラムの真ん中で、メイド服を身につけて武術の訓練をする王女が居た。

 王女のそばでは、がれきに腰かけて少年と黒猫がその様子を眠そうに眺めている。

 メイド姿のアリスのシャドーに合わせてスカートのプリーツがひらひらとはためく。後ろで縛ったアリスの長い金髪が、アリスが回転するごとにその軌道をなぞるかのように流線型を描く。

 アリスはしばらく見えない相手に連打を繰り返していたが、最期の一撃とばかりのハイキックを決めると、「ふぅ。」と一息ついて、基本の構えに戻った。

「ねえちゃん、なんでそんなことすんのさ。」アリスの様子をずっと見ていた少年がアリスが少し落ち着いたのを見計らって問いかけた。

「だって、いざって時に身を守れないと困るでしょ?」アリスがメイド服の裾でおでこの汗をぬぐいながら答えた。「誰かが私のために危険を冒して守ってくれるとか、なんかおかしいもの。だから、できる限り自分の身は自分で守りたいのよ。」

 アリスはなんか高尚な理由を答えているが、むしろ、その武術でいろんな人が痛い目にあってるのを目の当たりにしてきてるので自分には全く納得がいかない。



 昨日の夜の話をしよう。

 アリスがあの後どうなったかについてだ。

 結局、アリスは泣きじゃくる少年を彼の親元に連れて行った。

 少年の家はボロ家で、虫とかがそこら中に居そうな感じだった。屋根もきちんとした板や石造りではなく、枝をかき集めて乗せたような作りだ。こんなんで雨がふせげるのだろうか?

 アリスと少年が家に着くと、やせ細った具合の悪そうな母親がててきた。

 なにを言おうか迷うアリス。

 息子が連れてきたこの場にはふさわしくない格好の美少女を怪訝そうに見ながら、母親が先に口を開いた。

「タツ、その子は?」さっき聞いたのと名前が違う。そりゃそうか。

 タツと呼ばれた少年はグズリながら、母親に抱きつくと素直に財布をすろうとして失敗したと母親に伝えた。頭突きのことも伝えた。

「うちの息子がとんでもないことを。スリなんて、ほんの魔が差しただけなのです。なにとぞご容赦を。」少年の母親は少しの間だけアリスを観察してから、震えた声で、おびえたように言うと、右手でかばうように少年を身体に引き寄せた。アリスのことを扱いかたを間違えてはいけない人物と判断したようだ。

 アリスはそんな親子の様子をしばらく黙って見つめた後、意を決したかのように口を開いた。


「スリって何?」


 親子はアリスの拍子抜けの質問に、顔を見合わせる。

「ねえちゃん、スリ知らないの?」少し落ち着いてきた少年がアリスに尋ねた。

「知らないわ。」アリスは堂々と答えた。

「スリって言うのは、人のポケットから気づかれないように財布を抜き取ることだよ。」少年がスリについて説明する。

「ふーん??」アリスが首をかしげた。「気づかれないように??」

 アリスはスリがばれたことについて少年を煽っているわけでなく、単純に説明とさっきの状況が合わなくて疑問に思っているようだ。

「普通、気づかないんだって。」少年が苦笑いした。

「財布を抜き取ってどうするの?」

「?」

「?」

 アリスがあまりにも頓珍漢な疑問を呈したので、少年は訳が分からなくなり、少年が訳が分からなくなったことにアリスも訳が分からなくなり、謎の沈黙が流れた。

 感情のアイコンが見れるなら、二人の周りにはたくさんの?マークが発生していることだろう。

「あ、あの、、、、財布というか、お金を盗るのです。」母親が二人の様子を見かねて助け舟を出した。

「ああ。」アリスは理解の声を上げた。ようやく今までの疑問に得心がいったようだ。「って泥棒じゃない!!」状況を理解したアリスが今更憤慨する。

「ほ、本当に申し訳ありません。」母親が慌てて頭を下げながら少年の頭をつかんで無理やり下げさせた。

「まあ、いいわ。」アリスはしれっと言うと、ここぞとばかりに言葉を続けた。「その代わりに、ちょっと今日の宿に困ってるんだけど、今日泊めてくれない?」

 いや、帰ろうよ。

「え??ここに泊まるのですか?」戸惑う母親。

 彼女はそう言ってアリスの姿を隅々まで見た。

 アリスの着ているメイド服は普段来ているドレスほどではないとはいえ、親子の着ている服の基準から行くとびっくりするほどの良い服だ。しかも、それを着ているのは金髪碧眼の美少女だ。

 母親がもう一度訪ねた。「こんなところに?」

「だめ?」アリスがお願いするように母親を上目づかいで見上げた。


 どこかの位の高い貴族に仕えていると思われる美少女メイドが、財布をすろうとした息子を現行犯で捕まえた挙句頭突きで泣かし、今度はこのぼろ屋に泊めろと言ってきている。


 母親があまりの意味不明な状況に戸惑っていると、アリスが部屋の奥に何かを見つけた。

「な、ナニコレ!!」何かを見つけたアリスは断りもなしに親子宅に上がって行った。

 その先には黒猫が一匹あくびをしていた。黒猫は近寄ってくるアリスに逃げる様子もなく、触ろうとしてきたアリスに体をこすりつけてきた。

「可愛い!これ。なに」どうもアリスは猫を見るのが初めてらしい。「クロだよ。」少年がアリスの質問に猫の名前で答えた。

「クロ!!クロー」猫をなでながらアリスが猫に声をかけた。

 猫はアリスに懐くというより、自分をなでる下僕を見つけたといったいった感じでアリスに自分の身体をなでさせてやっている。

 アリスが猫をモフり始めてしまい、母親はとても困った様子だ。

 と、アリスの行為が心労をかけたのか少年の母親が急にせきこんで膝をついた。

「かあちゃん!」少年が慌てて母親のもとに駆け寄った。

 アリスも猫をもふもふするのを止めて、少年の母親の元へ近づいた。

 猫は仕方ないという感じでアリスを解放した。

 アリスは母親のおでこに手をあてた。今までさんざんグラディスに看病されてきたせいか、少し手慣れている。門前の小僧というものだろうか。

「熱があるじゃない!横になって!スタン、布団は?」

 少年が慌てて奥のぼろぼろのござを指し示した。

 アリスは一瞬コレ?という顔をしたがほかに寝かせるところもなかったので、黙って少年と二人で母親をござまで連れて行って寝かせた。アリスは持ってきたバスケットから、タオルを取り出して、勝手に部屋を徘徊すると、部屋の隅の桶に汲んであった水を見つけてタオルを浸した。

 そして少年と母親のもとに戻ってくると、母親の額にタオルを乗せた。

 ああ、タオルきちんと絞ってない!

 母親の額を伝って水が枕に滴る。再び母親がせき込んだ。

 熱もあるし鼻も出てる。喉も見たいところだけれど、咳の感じからもウイルス感染症だろう。いわゆる風邪だと思う。問題は栄養失調気味なのと、発熱が酷いせいで症状がかなり重く出ている点だ。まず必要なのは解熱と十分な静養ってとこかな。

 結局、しばらくして母親が眠りについても二人は心配そうにそばについていたが、しばらくして荒い吐息と咳が収まってきて安心したのか、二人ともそのまま倒れるように眠ってしまった。

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